* ゼロの静寂 *
オンライン創作プラットフォーム「アーカイブ」の底辺は、いつも夜だった。
そこには、太陽も月も存在しない。
あるのはただ、古びたサーバーの冷却ファンが回る、遠い地鳴りのような低い唸りだけ。地図から削除された廃村に、かろうじて電気だけが通っている――そんな場所だ。
新人作家のユリは、暗い部屋で一人、液晶画面を凝視していた。
投稿画面の右下にある、青い「公開」ボタン。
指先を微かに震わせ、彼女はそっとマウスをクリックした。
カチッ、という乾いた音が、静寂に小さな穴を開ける。
「投稿が完了しました」
無機質なシステムメッセージが表示され、すぐに消えた。
それだけだった。
通知は鳴らない。
画面右上にあるPV(ページビュー)の数字は、「0」のまま。まるで重力に縛り付けられた石のように、びくとも動かない。
「……また、変わらない」
ユリは呟いた。自分の声が、部屋の空気に吸い込まれて消えていく。
ここでは、読まれない言葉は質量を持たない。文章は誰かの視線に触れて初めて重さを得て、この世界に定着する。
誰にも読まれない物語は、朝靄よりも薄く、やがてアップロードしたという事実さえ曖昧になって、アーカイブの深淵へと沈んでいく。
ふと、ユリは自分の手元を見た。
キーボードの上に置いた指先が、ひやりと冷たい。
目を凝らすと、爪の先から少しずつ、皮膚の下が透け始めていた。キートップの「F」や「J」の文字が、指を透過してぼんやりと見える。
(ああ、また薄くなっている……)
この場所では、「読まれない」ということは「存在しない」ことと同義だった。誰の目にも留まらなければ、肉体さえもこの静寂に溶けていく。
遥か上空、見上げるほど高い場所に、光の帯が流れているのが見えた。
「上位ランキング」と呼ばれる場所だ。
そこには常に万雷の拍手のような通知音が鳴り響き、無数のスターたちが数字の光を浴びて、輝かしい実体を持って笑っている。
「私は、ここにいるのに」
ユリはもう一度、「0」の数字をリロードした。
相変わらず、数字は動かない。
彼女の輪郭はさらに曖昧になり、椅子の背もたれが透けて見え始めていた。