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#118 天国に消ゆ (カグヤ視点)

ー/ー



「分カッタダロウ? 完全ニ消滅スル以外ニ、俺ニハ救イガ無インダ」


 レンポッサ卿には自分たちを見殺しにした国や栄耀教会への復讐という存在理由があったが、エルマーにはそうした執着も無い。
 普通の生物ならばいつかは寿命という終わりが来るが、既に死んでいるアンデッドは不老不死、終身刑は永遠に続く。


「どうしますか、ダスクさん?」
「君の中でも、もう答は出ているはずだ」


 生きている人間が「死にたい」「殺してくれ」などと言えば、励ましや慰めの言葉でも掛けて考え直させるのが模範解答なのだろうが、アンデッドになって六十年も苦しみ続けてきたエルマーに対して、それは傷口に塩を塗るに等しい行為だ。


「……分かりました。今までさぞお辛かったことでしょう。こうして巡り会ったのも何かの御縁、あなたの願いを聞き入れましょう」


 これもまた運命の導き、必然の引力なのだと、私はこの出会いを解釈した。


「理解シテクレテアリガトウ。感謝スルヨ」


 髑髏の姿故に表情に変化は無いが、しかし彼が笑っているという事は雰囲気や声音で分かった。


 苦しむ者に救いを与えることこそ、この世界で私が果たすべき務め。
 相手がアンデッドであろうとそれは変わらない。


「ですが、その前にあなたに訊きたいことがあります。私たちはこの地に七十メートルを超える巨大なドラゴンが棲み付いていると聞いて来たのですが、それについて何かご存知ありませんか?」
「アア、ソレナラ知ッテイルガ……マサカ、アレヲ退治シニ来タ、ナンテ言ウンジャナイダロウナ?」
「そのまさかだ」


『リュミスの(あぎと)』の瘴気を吸収するなどと言ったところで、信じて貰えるはずも無いし、この後消滅が決まっている相手に詳細を語った所で意味が無い。


「気ハ確カカ? アンナ化ケ物ニ挑ムナンテ自殺行為ダ。アレニ勝テル奴ナンテコノ世ニ存在シナイ。ソウ断言デキル。ドンナ事情カハ知ラナイガ、命ハ大切ニシロヨ」
「ええ、だからこそ情報が必要なのです。知っていることがあれば教えて下さい」
「純粋ナ親切心デ言ッテルンダガナ。近付クコト自体ガ危険極マリナイ存在ナンダ。ココマデノ道中デ気付イテルダロウガ、アンデッド、ヤ、変異魔物ガ全然居ナカッタダロ?」
「ええ。あなたのような霊体アンデッドだけでした」
「奴ノセイダ。何セアノ山ミタイナ巨体ダカラナ。タダ歩クダケデ周リハ滅茶苦茶ダ。アンデッド、モ、変異魔物モ踏ミ潰サレタリ、尻尾ニ弾キ飛バサレテホボ全滅。辛ウジテ逃ゲ延ビタ奴ラモ、モウ絶対ニ近付イテ来ナイ。残ッタノハ物理的ニ接触デキナイ、俺ミタイナ霊体ダケッテ訳ナノサ」


 ドラゴンからすれば他の生物やアンデッドなど虫ケラも同然、何気無い日常の動作が他の命を奪ったことにさえ気付いていないはずだ。
 最早、地震や台風のような自然災害が生物の形を取って動いている、というレベルである。


「勿論それなりの勝算はありますし、危なくなれば逃げることも想定しています。それにそのドラゴンを放置しておけば、いずれあなたの故郷ノトスに甚大な被害を及ぼさないとも限りません。先程話したイーグの血を継ぐ方も、それを危惧して私たちに依頼したのです」
「ノトス、ガ……」


 故郷の名を出されたエルマーが動揺、観念したように項垂(うなだ)れた。


「……分カッタ。ソウイウコトナラ、協力シナイ訳ニハイカナイカ。具体的ニ何ガ知リタイ?」
「まずはドラゴンの種類や特徴だ。他には普段どこに居て、どういう行動パターンかなど、あんたが知っている限りのことをな」
「ジャアマズハ特徴ダナ。ドラゴン、ノ種類ナンテ俺ハ知ラナイガ、ドンナ見タ目ダッタカクライハ分カル」


 それからしばらく、私たちはエルマーへ質問を重ね──


「──トマア、俺ガ知ッテルノハコンナ所ダ。マダ何カアルカ?」
「いや、充分だ。協力感謝する」
「ありがとうございます、エルマーさん」


 聞くべきことは全て聞いた。
 最後の時が訪れる。


「カグヤ、ト、ダスク、ダッタカ。アンタタチニ出会ウタメニ、俺ハ六十年モココニ居タノカモ知レナイナ」
「そうかも知れ──いえ、きっとそうなのでしょう。長く辛いお役目、本当にご苦労様でした」


 私もまた、この世界に来て『望月』の可能性に気付いた時、それまでの苦しい月日はこの世界で苦しむ人々を救うための試練だったのだと思えた。


 異世界から召喚された私と、三百年を経て蘇ったダスクと、六十年間も彷徨っていたエルマー。
 本来ならば出会うはずの無かった私たち三人が今こうしてここに居ることもまた、『望月』が持つ運命的な引力が起こした奇跡と言えよう。


「誰カノ役ニ立テテ旅立テルッテノハ、良イ気分ダナ」
「そうだな。務めを全うし、満足感を抱いて生涯を終える──それこそが本当の『天国』って奴だ。さっきあんたは俺を羨ましいと言ったが、俺の方こそあんたが羨ましく思えるよ」


 三百年前にその逆を体験したダスクだからこそ、その言葉には重みがある。


「サア、急イデルンダロ。早ク終ワラセテクレ」
「ああ……」


 ダスクが剣を抜く。
 魔力を込めた斬撃ならばレイスにもダメージを与えられる。
 まして今回の相手は逃げも防ぎもしないため、一撃で確実に終わる。


「──さよならだ」


 躊躇いの無い斬撃が、エルマーの髑髏面を薙ぎ払う。
 霊体故に、肉が裂ける音も骨が砕ける音も血が噴き出る音も無く、突風が吹き抜けるような音だけが鼓膜を小さく打った。


「──幸運ヲ」


 最後の言葉を残し、彷徨える者は永遠の安息の中へと掻き消えていった。


「やり遂げます。あなたのためにも」


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「分カッタダロウ? 完全ニ消滅スル以外ニ、俺ニハ救イガ無インダ」
 レンポッサ卿には自分たちを見殺しにした国や栄耀教会への復讐という存在理由があったが、エルマーにはそうした執着も無い。
 普通の生物ならばいつかは寿命という終わりが来るが、既に死んでいるアンデッドは不老不死、終身刑は永遠に続く。
「どうしますか、ダスクさん?」
「君の中でも、もう答は出ているはずだ」
 生きている人間が「死にたい」「殺してくれ」などと言えば、励ましや慰めの言葉でも掛けて考え直させるのが模範解答なのだろうが、アンデッドになって六十年も苦しみ続けてきたエルマーに対して、それは傷口に塩を塗るに等しい行為だ。
「……分かりました。今までさぞお辛かったことでしょう。こうして巡り会ったのも何かの御縁、あなたの願いを聞き入れましょう」
 これもまた運命の導き、必然の引力なのだと、私はこの出会いを解釈した。
「理解シテクレテアリガトウ。感謝スルヨ」
 髑髏の姿故に表情に変化は無いが、しかし彼が笑っているという事は雰囲気や声音で分かった。
 苦しむ者に救いを与えることこそ、この世界で私が果たすべき務め。
 相手がアンデッドであろうとそれは変わらない。
「ですが、その前にあなたに訊きたいことがあります。私たちはこの地に七十メートルを超える巨大なドラゴンが棲み付いていると聞いて来たのですが、それについて何かご存知ありませんか?」
「アア、ソレナラ知ッテイルガ……マサカ、アレヲ退治シニ来タ、ナンテ言ウンジャナイダロウナ?」
「そのまさかだ」
『リュミスの|咢《あぎと》』の瘴気を吸収するなどと言ったところで、信じて貰えるはずも無いし、この後消滅が決まっている相手に詳細を語った所で意味が無い。
「気ハ確カカ? アンナ化ケ物ニ挑ムナンテ自殺行為ダ。アレニ勝テル奴ナンテコノ世ニ存在シナイ。ソウ断言デキル。ドンナ事情カハ知ラナイガ、命ハ大切ニシロヨ」
「ええ、だからこそ情報が必要なのです。知っていることがあれば教えて下さい」
「純粋ナ親切心デ言ッテルンダガナ。近付クコト自体ガ危険極マリナイ存在ナンダ。ココマデノ道中デ気付イテルダロウガ、アンデッド、ヤ、変異魔物ガ全然居ナカッタダロ?」
「ええ。あなたのような霊体アンデッドだけでした」
「奴ノセイダ。何セアノ山ミタイナ巨体ダカラナ。タダ歩クダケデ周リハ滅茶苦茶ダ。アンデッド、モ、変異魔物モ踏ミ潰サレタリ、尻尾ニ弾キ飛バサレテホボ全滅。辛ウジテ逃ゲ延ビタ奴ラモ、モウ絶対ニ近付イテ来ナイ。残ッタノハ物理的ニ接触デキナイ、俺ミタイナ霊体ダケッテ訳ナノサ」
 ドラゴンからすれば他の生物やアンデッドなど虫ケラも同然、何気無い日常の動作が他の命を奪ったことにさえ気付いていないはずだ。
 最早、地震や台風のような自然災害が生物の形を取って動いている、というレベルである。
「勿論それなりの勝算はありますし、危なくなれば逃げることも想定しています。それにそのドラゴンを放置しておけば、いずれあなたの故郷ノトスに甚大な被害を及ぼさないとも限りません。先程話したイーグの血を継ぐ方も、それを危惧して私たちに依頼したのです」
「ノトス、ガ……」
 故郷の名を出されたエルマーが動揺、観念したように|項垂《うなだ》れた。
「……分カッタ。ソウイウコトナラ、協力シナイ訳ニハイカナイカ。具体的ニ何ガ知リタイ?」
「まずはドラゴンの種類や特徴だ。他には普段どこに居て、どういう行動パターンかなど、あんたが知っている限りのことをな」
「ジャアマズハ特徴ダナ。ドラゴン、ノ種類ナンテ俺ハ知ラナイガ、ドンナ見タ目ダッタカクライハ分カル」
 それからしばらく、私たちはエルマーへ質問を重ね──
「──トマア、俺ガ知ッテルノハコンナ所ダ。マダ何カアルカ?」
「いや、充分だ。協力感謝する」
「ありがとうございます、エルマーさん」
 聞くべきことは全て聞いた。
 最後の時が訪れる。
「カグヤ、ト、ダスク、ダッタカ。アンタタチニ出会ウタメニ、俺ハ六十年モココニ居タノカモ知レナイナ」
「そうかも知れ──いえ、きっとそうなのでしょう。長く辛いお役目、本当にご苦労様でした」
 私もまた、この世界に来て『望月』の可能性に気付いた時、それまでの苦しい月日はこの世界で苦しむ人々を救うための試練だったのだと思えた。
 異世界から召喚された私と、三百年を経て蘇ったダスクと、六十年間も彷徨っていたエルマー。
 本来ならば出会うはずの無かった私たち三人が今こうしてここに居ることもまた、『望月』が持つ運命的な引力が起こした奇跡と言えよう。
「誰カノ役ニ立テテ旅立テルッテノハ、良イ気分ダナ」
「そうだな。務めを全うし、満足感を抱いて生涯を終える──それこそが本当の『天国』って奴だ。さっきあんたは俺を羨ましいと言ったが、俺の方こそあんたが羨ましく思えるよ」
 三百年前にその逆を体験したダスクだからこそ、その言葉には重みがある。
「サア、急イデルンダロ。早ク終ワラセテクレ」
「ああ……」
 ダスクが剣を抜く。
 魔力を込めた斬撃ならばレイスにもダメージを与えられる。
 まして今回の相手は逃げも防ぎもしないため、一撃で確実に終わる。
「──さよならだ」
 躊躇いの無い斬撃が、エルマーの髑髏面を薙ぎ払う。
 霊体故に、肉が裂ける音も骨が砕ける音も血が噴き出る音も無く、突風が吹き抜けるような音だけが鼓膜を小さく打った。
「──幸運ヲ」
 最後の言葉を残し、彷徨える者は永遠の安息の中へと掻き消えていった。
「やり遂げます。あなたのためにも」