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#117 彷徨える死霊 (カグヤ視点)

ー/ー



「……何だか、これまでに見たレイスとは雰囲気が違いますね」
「だとしても油断するな」


 レンポッサ卿など、今までに遭遇したレイスは知性こそあれど、ただ目の前の生物を襲って魔力を吸い尽くしたいという欲求のまま、強い敵意を向けてきた。


 両の掌をブンブンと振って敵意が無いことをアピールしてはいるが、こちらを油断させて不意打ちを狙う気かも知れないため、ダスクは用心深く一挙手一投足の観察を続け、妙な挙動が見られたら即座に斬り掛かれる体勢を取っている。
 物理攻撃が効かずとも、魔力を伴った攻撃ならばダメージを与えられるため、ダスクに掛かれば単独のレイスなど問題無く瞬殺できる相手だ。


「……どちら様でしょうか?」
「失礼。俺ハ、エルマー・イーグ。ノトス、ノ街ニ住ム、シガナイ鉱夫ダッタ者ダ」


 レイスが口にしたその名に、ダスクの眉根がピクリと反応した。


「イーグ? ヴェセルの母方の実家が、確かそんな名前じゃなかったか?」
「ええ。それにノトスの住民という点でも共通しています」


 何とも奇妙な偶然──否、或いはこれも引力と呼ぶべきなのだろうか。


「俺ノコトヲ知ッテイルノカ?」
「イーグという姓に心当たりがあるだけです。同姓の別人かも知れませんが」
「ソウカ。トコロデ、今ハ何年ナンダ? 見テノ通リ暗闇シカ無イカラ、自分ガ死ンデカラ、ドノクライ経ッタノカ全然分カラナインダ」


 凄まじい瘴気のせいで太陽の光さえ遮られるため、今が朝か夜か、ここでは時間の感覚さえ掴めないようだ。


「今はヴルエール暦一五八二年です」
「一五八二年……! 俺ガ死ンダノガ、確カ一五二一年ダッタカラ、エ~ト、ツマリ……」
「六十一年。今の『邪神の息吹』が始まったのがおよそ五十年前という話だったから、その前だ」


 その頃はまだ『リュミスの(あぎと)』もここまで途方も無い量の瘴気は放出しておらず、人間が辛うじて活動できる程度の環境だったのだろう。


「私たちはイーグ家の血を継ぐ人に頼まれて、この地を訪れたのです。もしかしてあなたの子孫なのでしょうか?」
「俺ガ知ル訳無イダロ。タダ……本当ニ縁者ダトシタラ、ヒョットシタラ弟ノ子孫カモ知レナイ。俺ニモ付キ合ッテイタ女ガ居タンダガ、領主様ニ雇ワレテ『リュミスの(あぎと)』ニ行ッタラコノ通リ、結婚ハ永遠ニオ預ケニナッチマッタ」


『リュミスの(あぎと)』の底には魔素宝石(マナジュエル)のアメジストを始めとした希少鉱石が眠っており、『邪神の息吹』が無い時代にはそれを掘り起こそうとする試みが為されたとクレオーズが言っていた。
 その試みに鉱夫として駆り出された所、不幸にも命を落としてレイスと化し、以来この地を彷徨っているという経緯のようだ。


「それでエルマーとやら、襲う訳でないのなら一体何の用だ?」
「アア、本来ナラコンナコト、初対面ノ相手ニ頼ムヨウナコトジャナインダガ……」


 一呼吸置いてエルマーが切り出す。


「──俺ヲ、殺シテ欲シイ」


 既に死んでいる者の台詞としてはナンセンス、という気がしなくもないが、目の前のエルマーは至って真剣そのものだ。


 アンデッドとしての死、すなわち霊魂の完全なる解放。
 それが彼の偽らざる望み。


「……理由を伺っても?」


 一応尋ねはしたものの、私には動機の見当が付いていた。


「ココ『リュミスの(あぎと)』ハ、アンデッド、ガ活動スル上デ最適ナ土地ト言ワレテイル。大好物ノ瘴気ガ、タップリ満チテイル訳ダカラナ。ダガ、他ニハ何モ無イ。会話スル相手モ居ナケレバ、遠クヘ行クコトモデキナイ。時間ノ感覚モナケレバ、娯楽ガアル訳デモナイ。楽シミモ目的モ無ク、無限ノ暗闇ノ中デ、タダ漠然ト存在シテイルダケダ」


 希望無く孤独に過ごす苦しみと、死の終焉に救済を見出すエルマーの気持ちはよく分かる。
 かつての私も似たようなものだった。
 体は生きていても心が死んでいて、自ら命を絶とうとしても死に切れず、虚無感と共に月日を過ごしていた。


「ソッチノ兄チャンモ、アンデッド、ダロウ? ナラ俺ノコノ苦シミガ、少シハ分カルハズダ」
「……そうだな。俺も少し前までは、復讐を終えたら潔く消えるつもりだったが、こっちのカグヤに説得されて『希望』が芽生えてな。主君や仲間から受け継いだ意志を貫くため、こうして共に活動するようになった」
「羨マシイナ。俺ハコノ六十年、変異魔物ヤ、アンデッド以外ニ出会イガ無カッタ。コウシテ誰カトマタ会話デキタコト自体、本当ニ奇跡ナンダ」


 知性も記憶も無い中級以下のアンデッドならば、孤独も絶望も虚無感も覚えずに済んだのだろうが、知性ある上級アンデッドと化してしまったことがエルマーのとっての不運だった。


「わざわざ俺たちに頼まなくとも、魔法で自爆するなり、自分の死体を破壊するなり手はあるだろう」


 霊体アンデッドは死体が本体、死体が傷付けば霊体も同じように傷付くということは、レンポッサ卿との戦いで見て知っている。


「悲シイコトニ俺ノ死体ハ地中深クニ埋マッテイテ、正確ナ位置ガ分カラナイ。ソレニ、レイス、ハ霊体ダカラカ、自分自身ヲ傷付ケルコトガデキナインダ」
「強力な魔法で地面ごと死体を吹き飛ばしたり、他のアンデッドを使役して死体を掘り起こさせる、という手段は使えなかったのですか?」


 するとエルマーは自嘲的に笑い、


「試シタガ残念ナコトニ、俺ニハソウシタ魔法ヲ使ッタリ、他ノ奴ヲ使役スル力ハ無カッタ。レイス、ノ中デモカナリ弱ッチイ個体ナノサ。鉱夫ダッタ俺ガ自分ヲ掘リ起コセナイナンテ、本当ニ皮肉ダヨナ。ソノセイデ、コンナニモ長ク苦シムコトニナッチマッタ」


 霊体アンデッドは自らの死体から遠く離れることはできない。
 人としての死を迎えて闇の存在に成り果ててから、エルマーの魂は肉体という牢獄に閉じ込められたままだ。


 こんな瘴気以外に何も無い、草一本も生えないような地獄に六十年間も縛り付けられ、理由も目的も無いまま孤独に月日を過ごすなど、確かに死以上に辛いことだろう。


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「……何だか、これまでに見たレイスとは雰囲気が違いますね」
「だとしても油断するな」
 レンポッサ卿など、今までに遭遇したレイスは知性こそあれど、ただ目の前の生物を襲って魔力を吸い尽くしたいという欲求のまま、強い敵意を向けてきた。
 両の掌をブンブンと振って敵意が無いことをアピールしてはいるが、こちらを油断させて不意打ちを狙う気かも知れないため、ダスクは用心深く一挙手一投足の観察を続け、妙な挙動が見られたら即座に斬り掛かれる体勢を取っている。
 物理攻撃が効かずとも、魔力を伴った攻撃ならばダメージを与えられるため、ダスクに掛かれば単独のレイスなど問題無く瞬殺できる相手だ。
「……どちら様でしょうか?」
「失礼。俺ハ、エルマー・イーグ。ノトス、ノ街ニ住ム、シガナイ鉱夫ダッタ者ダ」
 レイスが口にしたその名に、ダスクの眉根がピクリと反応した。
「イーグ? ヴェセルの母方の実家が、確かそんな名前じゃなかったか?」
「ええ。それにノトスの住民という点でも共通しています」
 何とも奇妙な偶然──否、或いはこれも引力と呼ぶべきなのだろうか。
「俺ノコトヲ知ッテイルノカ?」
「イーグという姓に心当たりがあるだけです。同姓の別人かも知れませんが」
「ソウカ。トコロデ、今ハ何年ナンダ? 見テノ通リ暗闇シカ無イカラ、自分ガ死ンデカラ、ドノクライ経ッタノカ全然分カラナインダ」
 凄まじい瘴気のせいで太陽の光さえ遮られるため、今が朝か夜か、ここでは時間の感覚さえ掴めないようだ。
「今はヴルエール暦一五八二年です」
「一五八二年……! 俺ガ死ンダノガ、確カ一五二一年ダッタカラ、エ~ト、ツマリ……」
「六十一年。今の『邪神の息吹』が始まったのがおよそ五十年前という話だったから、その前だ」
 その頃はまだ『リュミスの|咢《あぎと》』もここまで途方も無い量の瘴気は放出しておらず、人間が辛うじて活動できる程度の環境だったのだろう。
「私たちはイーグ家の血を継ぐ人に頼まれて、この地を訪れたのです。もしかしてあなたの子孫なのでしょうか?」
「俺ガ知ル訳無イダロ。タダ……本当ニ縁者ダトシタラ、ヒョットシタラ弟ノ子孫カモ知レナイ。俺ニモ付キ合ッテイタ女ガ居タンダガ、領主様ニ雇ワレテ『リュミスの|咢《あぎと》』ニ行ッタラコノ通リ、結婚ハ永遠ニオ預ケニナッチマッタ」
『リュミスの|咢《あぎと》』の底には|魔素宝石《マナジュエル》のアメジストを始めとした希少鉱石が眠っており、『邪神の息吹』が無い時代にはそれを掘り起こそうとする試みが為されたとクレオーズが言っていた。
 その試みに鉱夫として駆り出された所、不幸にも命を落としてレイスと化し、以来この地を彷徨っているという経緯のようだ。
「それでエルマーとやら、襲う訳でないのなら一体何の用だ?」
「アア、本来ナラコンナコト、初対面ノ相手ニ頼ムヨウナコトジャナインダガ……」
 一呼吸置いてエルマーが切り出す。
「──俺ヲ、殺シテ欲シイ」
 既に死んでいる者の台詞としてはナンセンス、という気がしなくもないが、目の前のエルマーは至って真剣そのものだ。
 アンデッドとしての死、すなわち霊魂の完全なる解放。
 それが彼の偽らざる望み。
「……理由を伺っても?」
 一応尋ねはしたものの、私には動機の見当が付いていた。
「ココ『リュミスの|咢《あぎと》』ハ、アンデッド、ガ活動スル上デ最適ナ土地ト言ワレテイル。大好物ノ瘴気ガ、タップリ満チテイル訳ダカラナ。ダガ、他ニハ何モ無イ。会話スル相手モ居ナケレバ、遠クヘ行クコトモデキナイ。時間ノ感覚モナケレバ、娯楽ガアル訳デモナイ。楽シミモ目的モ無ク、無限ノ暗闇ノ中デ、タダ漠然ト存在シテイルダケダ」
 希望無く孤独に過ごす苦しみと、死の終焉に救済を見出すエルマーの気持ちはよく分かる。
 かつての私も似たようなものだった。
 体は生きていても心が死んでいて、自ら命を絶とうとしても死に切れず、虚無感と共に月日を過ごしていた。
「ソッチノ兄チャンモ、アンデッド、ダロウ? ナラ俺ノコノ苦シミガ、少シハ分カルハズダ」
「……そうだな。俺も少し前までは、復讐を終えたら潔く消えるつもりだったが、こっちのカグヤに説得されて『希望』が芽生えてな。主君や仲間から受け継いだ意志を貫くため、こうして共に活動するようになった」
「羨マシイナ。俺ハコノ六十年、変異魔物ヤ、アンデッド以外ニ出会イガ無カッタ。コウシテ誰カトマタ会話デキタコト自体、本当ニ奇跡ナンダ」
 知性も記憶も無い中級以下のアンデッドならば、孤独も絶望も虚無感も覚えずに済んだのだろうが、知性ある上級アンデッドと化してしまったことがエルマーのとっての不運だった。
「わざわざ俺たちに頼まなくとも、魔法で自爆するなり、自分の死体を破壊するなり手はあるだろう」
 霊体アンデッドは死体が本体、死体が傷付けば霊体も同じように傷付くということは、レンポッサ卿との戦いで見て知っている。
「悲シイコトニ俺ノ死体ハ地中深クニ埋マッテイテ、正確ナ位置ガ分カラナイ。ソレニ、レイス、ハ霊体ダカラカ、自分自身ヲ傷付ケルコトガデキナインダ」
「強力な魔法で地面ごと死体を吹き飛ばしたり、他のアンデッドを使役して死体を掘り起こさせる、という手段は使えなかったのですか?」
 するとエルマーは自嘲的に笑い、
「試シタガ残念ナコトニ、俺ニハソウシタ魔法ヲ使ッタリ、他ノ奴ヲ使役スル力ハ無カッタ。レイス、ノ中デモカナリ弱ッチイ個体ナノサ。鉱夫ダッタ俺ガ自分ヲ掘リ起コセナイナンテ、本当ニ皮肉ダヨナ。ソノセイデ、コンナニモ長ク苦シムコトニナッチマッタ」
 霊体アンデッドは自らの死体から遠く離れることはできない。
 人としての死を迎えて闇の存在に成り果ててから、エルマーの魂は肉体という牢獄に閉じ込められたままだ。
 こんな瘴気以外に何も無い、草一本も生えないような地獄に六十年間も縛り付けられ、理由も目的も無いまま孤独に月日を過ごすなど、確かに死以上に辛いことだろう。