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#119 黒き神 その1 (カグヤ視点)

ー/ー



 黒々とした外殻の一部が、妖しい紫に輝く巨龍。


 それがエルマーが語った、七十メートル級ドラゴンの大まかな特徴である。


「恐らくそいつの正体はアメジスト・ドラゴン──『宝石龍種(ジュエルドラゴン)』の一種だ」


 エルマーを葬って先へ進む道中、ダスクが分析を聞かせてくれた。


「確か、宝石質の外殻を持つドラゴンですね。以前読んだ魔物大全に載っていました。魔素宝石(マナジュエル)の鉱床を貪って取り込む習性を持ち、蓄えた体内で凝縮、変質して鱗や甲殻に表れる、と」
「その通りだ。俺も三百年前にルビー・ドラゴンを見たことがあるが、確かに外殻の一部が真っ赤なルビーになっていた」


 宝石龍種(ジュエルドラゴン)には他にもエメラルド、サファイア、トパーズ、ダイヤモンド、ガーネット、アレキサンドライト、ベリル、オニキスなど様々な種類が居るそうだが、いずれも希少故に遭遇例は少なく、その上非常に強力であるため、討伐例は更に少ない。
 故に彼らから採れる素材はいずれも高価で、特にその身に生える魔素宝石(マナジュエル)は『至宝龍石(スプリームジェム)』と呼ばれ、宝飾品としても魔導具素材としてもその価値は最高級だ。


 ラクダが背中の(こぶ)に脂肪を溜め込むことで、食事や水を欠いても数日間は生きられるように、宝石龍種(ジュエルドラゴン)も周囲の魔素(マナ)の吸収と貯蔵を行う器官として、自らの体に至宝龍石(スプリームジェム)を生やして非常時の予備エネルギーとしているそうだ。
 その巨体に違わずドラゴンは大喰らいであり、特に『邪神の息吹』の時期は餌となる他の生物が激減してしまうため、食料不足を乗り切るために獲得した生態──とフェンデリン邸で読んだ魔物大全に書かれていた。


「アメジスト・ドラゴンは闇属性に特化した宝石龍種(ジュエルドラゴン)で、その名が示す通り、外殻の一部から至宝龍石(スプリームジェム)のアメジストが生えているそうだ」
「もしかして、『リュミスの(あぎと)』の地底にあるというアメジストの鉱床を食していたのでしょうか?」
「恐らくな。そうやって体に生やしたアメジストで莫大な瘴気も取り込んだ結果、七十メートルという規格外の巨体へ成長したんだろう」


 瘴気に対して完全耐性を持ち、それを自らの魔力に変換できる生物。
 そう、私と同じだ。


「闇属性に特化しているということは、同じ属性の魔法は効果が落ちるということになる。俺たちの攻撃もアメジスト・ドラゴンに対しては効果が落ちてしまうだろう」


 地と風、火と水、光と闇はそれぞれ対属性となり、攻撃や防御の魔法の場合、対属性ならば受けるダメージや及ぼす効果が増大するが、同属性の場合は減少する。
 ただし、治癒や回復、強化のようなプラスの効果を及ぼす魔法の場合は、逆に同属性の方が効果が増大、対属性では減少する。


「ですが裏を返せば、ドラゴンの攻撃も私たちに対して効果が落ちるということ。悪いことばかりではありません」


 今までのアンデッドとの戦いも闇対闇の戦いだったが、闇の極大魔力『望月』を宿す私と最強格のヴァンパイアであるダスクとはレベルが違い過ぎて、属性の相性は然程問題にはならなかった。


 しかし、今回の相手は今までに遭遇してきたどんな魔物をも凌駕する、最強種族ドラゴンの中でも最強の個体。
 熾烈(しれつ)な戦いを想像して、また少し気が重くなったその時、


「──空気が変わった」


 重い声でダスクが耳打ちする。
 周囲に展開したゴーストやスペクターも不穏な気配を感じ取ったようで、小さくざわめき出した。


 遂に来るのだ。


 五秒、十秒と待った頃だろうか、私にもその音が聞こえた。
 旗やシーツのような大きな布が、強風に煽られた時に立てるあのはためき音を、何十、何百倍にしたような鳴動が鼓膜を打つ。


 それが近付いて──否、舞い降りて来る。


 それまでは風も無く縦に降り注いでいた邪水雨が、急に横殴りの暴力的な勢い、嵐の如く変じて私たちの身を打ち叩く。


「あれが……アメジスト・ドラゴン……」


 巨大な翼が巻き起こす風圧が、濃厚な瘴気を吹き飛ばしてくれるお陰で、私たちの眼にもその怪物の全容が窺い知れた。
 翼の生えた巨大トカゲ、という表現が最も妥当な、ファンタジー作品を通じて万人が思い浮かべるであろう姿。


 エルマーが語っていた通り、全身を覆うのは闇の王に相応しい漆黒の外殻。
 人間で言う肩や腿、背筋に該当する部位からは、見るも巨大な『至宝龍石(スプリームジェム)』のアメジストが、石筍(せきじゅん)のように刺々しい形状で突き出、紫の輝きと邪水雨で濡れた外殻の光沢が、その生物が持つ神々しさを孕んだ禍々しさをより際立たせていた。


 あらゆる生物を遥かに超越したその姿に思わず見入ってしまっていた間に、適度な高さまで降りて来た巨龍が羽ばたきを止め、四肢で大地を踏み締めた。


 ──激震。


「きゃあ……ッ」


 たまらず尻餅を突いてしまった。


 日本で体験する地震の多くは横の揺れだが、こちらは縦の揺れ。
 少し遠い方からは、崖か土砂が崩れたような音も上がった。


「着地だけで大地を震撼させるとは、規格外にも程があるだろ……」


 多くの魔物を目の当たりにしてきたダスクも、これには呆れるしか無いようだ。


 着地を終えると、ドラゴンは身を持ち上げて人間と同じく直立二足の姿勢を取り、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「私たちに気付いたのでしょうか……?」


 あんな巨体を手に入れれば、他の生物など何の脅威にもならず、警戒心など育たないように思うのだが。


「ひょっとしたら、君の『望月』の気配でも感じ取ったのかも知れないな。アンデッドたちがそうだったように」


 しかしドラゴンはもう満足したのか、こちらへ眼を遣ること無く、体を前に倒して前肢を地面に付けた。


 ──再度、激震。


 今度はダスクが私を抱えて跳躍してくれたため、転ぶようなことは無かった。


 やはりこちらに気付いた様子は見受けられず、四本の足で大地に悲鳴を上げさせながら、ドラゴンは『リュミスの(あぎと)』の方角へ悠然と歩き始めた。


「あれに今から挑むのですね……」


 七十メートルという数値だけ聞いて知っていても、それは単なる知識。
 大都市の駅舎、或いは大型ショッピングモールがそのまま移動しているような、現実離れした光景に圧倒され、脚が小刻みに震え出していた。


「怖くなったか? 帰ると言うのなら異論は無い。俺が抱えて走ってやる」


 ダスクは元々、この企てに反対の立場を取っていた。


「いえ、せっかくここまで来たのですから、何もせず帰る訳にはいきません。エルマーさんのお陰で『弱点』も判明していることですし」
「そうだったな。奴のためにも、やるだけやらなくてはな」


 ドラゴンがこちらに気付いておらず、無警戒でいる内がチャンス。
 不意の一撃で仕留められればそれが理想なのだが──


「やはり駄目か。どんどん離れていく……!」


 ドラゴンの方は普段の速度で歩いているだけだが、規格外の巨体故に人間とは歩幅が決定的に異なり、ダスクの俊足を以てしても距離がぐんぐんと開いていってしまう。
 邪水雨のせいで視界も路面状態も悪く、その上私を抱えながら走っていては、狙った場所に正確に攻撃を加えるどころか追い付くことさえ至難の業だ。


「せめて十秒でも止まってくれさえすれば、手が出せるんだがな……」
「十秒、ですね。やってみましょう」


 まだ彼らは私の周りに居る。


 そして数秒後、一定のリズムを刻んで轟いていた地響きが、ピタリと止んだ。


「あれは……ゴーストとスペクターか……?」


 ドラゴンの頭部を見上げたダスクが、その正体に気付く。


「そうです。付近を彷徨っていた霊体アンデッドたちを集め、ドラゴンの眼前で飛び回らせました」


 人間でも、小蝿の群れに顔の周りをしつこく飛び回られれば、鬱陶しさと苛立ちを覚えて集中を欠き、周囲への意識が分散される。
 最強だろうが巨大だろうが、生物としての基本的な本能は変わらない。


 つまらない小細工ではあるが、何十何百と飛び交う霊体アンデッドに視界を遮られたドラゴンは、忌々し気な唸り声を上げてその場で一時停止してくれた。


「今です。攪乱できている内に攻撃を」
「上出来だ、カグヤ」


 私を地面に降ろして身軽になったダスクが、稲妻の如くドラゴンへ立ち向かう。


 狙うはエルマーが教えてくれた、ドラゴンの『弱点』ただ一つ。


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 黒々とした外殻の一部が、妖しい紫に輝く巨龍。
 それがエルマーが語った、七十メートル級ドラゴンの大まかな特徴である。
「恐らくそいつの正体はアメジスト・ドラゴン──『|宝石龍種《ジュエルドラゴン》』の一種だ」
 エルマーを葬って先へ進む道中、ダスクが分析を聞かせてくれた。
「確か、宝石質の外殻を持つドラゴンですね。以前読んだ魔物大全に載っていました。|魔素宝石《マナジュエル》の鉱床を貪って取り込む習性を持ち、蓄えた体内で凝縮、変質して鱗や甲殻に表れる、と」
「その通りだ。俺も三百年前にルビー・ドラゴンを見たことがあるが、確かに外殻の一部が真っ赤なルビーになっていた」
 |宝石龍種《ジュエルドラゴン》には他にもエメラルド、サファイア、トパーズ、ダイヤモンド、ガーネット、アレキサンドライト、ベリル、オニキスなど様々な種類が居るそうだが、いずれも希少故に遭遇例は少なく、その上非常に強力であるため、討伐例は更に少ない。
 故に彼らから採れる素材はいずれも高価で、特にその身に生える|魔素宝石《マナジュエル》は『|至宝龍石《スプリームジェム》』と呼ばれ、宝飾品としても魔導具素材としてもその価値は最高級だ。
 ラクダが背中の|瘤《こぶ》に脂肪を溜め込むことで、食事や水を欠いても数日間は生きられるように、|宝石龍種《ジュエルドラゴン》も周囲の|魔素《マナ》の吸収と貯蔵を行う器官として、自らの体に|至宝龍石《スプリームジェム》を生やして非常時の予備エネルギーとしているそうだ。
 その巨体に違わずドラゴンは大喰らいであり、特に『邪神の息吹』の時期は餌となる他の生物が激減してしまうため、食料不足を乗り切るために獲得した生態──とフェンデリン邸で読んだ魔物大全に書かれていた。
「アメジスト・ドラゴンは闇属性に特化した|宝石龍種《ジュエルドラゴン》で、その名が示す通り、外殻の一部から|至宝龍石《スプリームジェム》のアメジストが生えているそうだ」
「もしかして、『リュミスの|咢《あぎと》』の地底にあるというアメジストの鉱床を食していたのでしょうか?」
「恐らくな。そうやって体に生やしたアメジストで莫大な瘴気も取り込んだ結果、七十メートルという規格外の巨体へ成長したんだろう」
 瘴気に対して完全耐性を持ち、それを自らの魔力に変換できる生物。
 そう、私と同じだ。
「闇属性に特化しているということは、同じ属性の魔法は効果が落ちるということになる。俺たちの攻撃もアメジスト・ドラゴンに対しては効果が落ちてしまうだろう」
 地と風、火と水、光と闇はそれぞれ対属性となり、攻撃や防御の魔法の場合、対属性ならば受けるダメージや及ぼす効果が増大するが、同属性の場合は減少する。
 ただし、治癒や回復、強化のようなプラスの効果を及ぼす魔法の場合は、逆に同属性の方が効果が増大、対属性では減少する。
「ですが裏を返せば、ドラゴンの攻撃も私たちに対して効果が落ちるということ。悪いことばかりではありません」
 今までのアンデッドとの戦いも闇対闇の戦いだったが、闇の極大魔力『望月』を宿す私と最強格のヴァンパイアであるダスクとはレベルが違い過ぎて、属性の相性は然程問題にはならなかった。
 しかし、今回の相手は今までに遭遇してきたどんな魔物をも凌駕する、最強種族ドラゴンの中でも最強の個体。
 |熾烈《しれつ》な戦いを想像して、また少し気が重くなったその時、
「──空気が変わった」
 重い声でダスクが耳打ちする。
 周囲に展開したゴーストやスペクターも不穏な気配を感じ取ったようで、小さくざわめき出した。
 遂に来るのだ。
 五秒、十秒と待った頃だろうか、私にもその音が聞こえた。
 旗やシーツのような大きな布が、強風に煽られた時に立てるあのはためき音を、何十、何百倍にしたような鳴動が鼓膜を打つ。
 それが近付いて──否、舞い降りて来る。
 それまでは風も無く縦に降り注いでいた邪水雨が、急に横殴りの暴力的な勢い、嵐の如く変じて私たちの身を打ち叩く。
「あれが……アメジスト・ドラゴン……」
 巨大な翼が巻き起こす風圧が、濃厚な瘴気を吹き飛ばしてくれるお陰で、私たちの眼にもその怪物の全容が窺い知れた。
 翼の生えた巨大トカゲ、という表現が最も妥当な、ファンタジー作品を通じて万人が思い浮かべるであろう姿。
 エルマーが語っていた通り、全身を覆うのは闇の王に相応しい漆黒の外殻。
 人間で言う肩や腿、背筋に該当する部位からは、見るも巨大な『|至宝龍石《スプリームジェム》』のアメジストが、|石筍《せきじゅん》のように刺々しい形状で突き出、紫の輝きと邪水雨で濡れた外殻の光沢が、その生物が持つ神々しさを孕んだ禍々しさをより際立たせていた。
 あらゆる生物を遥かに超越したその姿に思わず見入ってしまっていた間に、適度な高さまで降りて来た巨龍が羽ばたきを止め、四肢で大地を踏み締めた。
 ──激震。
「きゃあ……ッ」
 たまらず尻餅を突いてしまった。
 日本で体験する地震の多くは横の揺れだが、こちらは縦の揺れ。
 少し遠い方からは、崖か土砂が崩れたような音も上がった。
「着地だけで大地を震撼させるとは、規格外にも程があるだろ……」
 多くの魔物を目の当たりにしてきたダスクも、これには呆れるしか無いようだ。
 着地を終えると、ドラゴンは身を持ち上げて人間と同じく直立二足の姿勢を取り、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「私たちに気付いたのでしょうか……?」
 あんな巨体を手に入れれば、他の生物など何の脅威にもならず、警戒心など育たないように思うのだが。
「ひょっとしたら、君の『望月』の気配でも感じ取ったのかも知れないな。アンデッドたちがそうだったように」
 しかしドラゴンはもう満足したのか、こちらへ眼を遣ること無く、体を前に倒して前肢を地面に付けた。
 ──再度、激震。
 今度はダスクが私を抱えて跳躍してくれたため、転ぶようなことは無かった。
 やはりこちらに気付いた様子は見受けられず、四本の足で大地に悲鳴を上げさせながら、ドラゴンは『リュミスの|咢《あぎと》』の方角へ悠然と歩き始めた。
「あれに今から挑むのですね……」
 七十メートルという数値だけ聞いて知っていても、それは単なる知識。
 大都市の駅舎、或いは大型ショッピングモールがそのまま移動しているような、現実離れした光景に圧倒され、脚が小刻みに震え出していた。
「怖くなったか? 帰ると言うのなら異論は無い。俺が抱えて走ってやる」
 ダスクは元々、この企てに反対の立場を取っていた。
「いえ、せっかくここまで来たのですから、何もせず帰る訳にはいきません。エルマーさんのお陰で『弱点』も判明していることですし」
「そうだったな。奴のためにも、やるだけやらなくてはな」
 ドラゴンがこちらに気付いておらず、無警戒でいる内がチャンス。
 不意の一撃で仕留められればそれが理想なのだが──
「やはり駄目か。どんどん離れていく……!」
 ドラゴンの方は普段の速度で歩いているだけだが、規格外の巨体故に人間とは歩幅が決定的に異なり、ダスクの俊足を以てしても距離がぐんぐんと開いていってしまう。
 邪水雨のせいで視界も路面状態も悪く、その上私を抱えながら走っていては、狙った場所に正確に攻撃を加えるどころか追い付くことさえ至難の業だ。
「せめて十秒でも止まってくれさえすれば、手が出せるんだがな……」
「十秒、ですね。やってみましょう」
 まだ彼らは私の周りに居る。
 そして数秒後、一定のリズムを刻んで轟いていた地響きが、ピタリと止んだ。
「あれは……ゴーストとスペクターか……?」
 ドラゴンの頭部を見上げたダスクが、その正体に気付く。
「そうです。付近を彷徨っていた霊体アンデッドたちを集め、ドラゴンの眼前で飛び回らせました」
 人間でも、小蝿の群れに顔の周りをしつこく飛び回られれば、鬱陶しさと苛立ちを覚えて集中を欠き、周囲への意識が分散される。
 最強だろうが巨大だろうが、生物としての基本的な本能は変わらない。
 つまらない小細工ではあるが、何十何百と飛び交う霊体アンデッドに視界を遮られたドラゴンは、忌々し気な唸り声を上げてその場で一時停止してくれた。
「今です。攪乱できている内に攻撃を」
「上出来だ、カグヤ」
 私を地面に降ろして身軽になったダスクが、稲妻の如くドラゴンへ立ち向かう。
 狙うはエルマーが教えてくれた、ドラゴンの『弱点』ただ一つ。