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10 実戦編(後半)

ー/ー



 黒い剣は、ふわりと放物線を描き――ヒドゥンを掠りもしないで通り過ぎ、赤いソファーの向こうに消えた。

「いや、擦るぐらいしろよ」

 剣の落ちた方向をただただ見つめる善夜に、ヒドゥンは思わずツッコミを入れたのち、

「ほらな、やっぱり無駄だっただろ?」

 気を取り直すように彼女を嘲笑いながら、鎖を蓄えた篭手を振りかぶり、

「今度こそ、これでクエストクリアだ……」

 彼の腕が止まった。

「……ん?」

 視界に漂い始める鈍色のアニマに彼は眉をひそめる。
 真剣な顔で一点を見つめる善夜を見て――考えを巡らせるように同じ方向に視線を動かす。
 そして、

「――まさか……!」

 余裕の笑みから一転、焦りの色を浮かべたヒドゥンが慌てて振り返る。
 ソファーの向こうから鈍色のアニマが勢いよく噴出していた。

「しまっ……」

 身を翻し走り出したヒドゥンはソファーを飛び越え――その先の床に突き刺さっているのは漆黒の剣。開けられた穴からは、鈍色のアニマが風船から抜ける空気のように勢いよく噴出している。
 その流れが激しすぎるのか、床は今にも破裂しそうなほど歪に盛り上がっていた。

「やめろおおおお!!!!!」

 悲鳴に近い叫び声とともにヒドゥンは慌てて剣を引き抜こうとするが、彼の手が届く前に――床は傷口から真っ二つに弾け破れ、爆風のように広がるアニマが彼を飲み込んだ。

「…………!」

 絡まる鎖に身を任せたまま、善夜は目の前の光景を呆然と眺めていた。
 圏域中に広がる鈍色のアニマが徐々に薄まっていき――うつ伏せに倒れているヒドゥンのすぐ先に、大きく裂けた床から地上が見える。

「……やった……」

 小さく表情をほころばせた善夜が疲労感に身を任せて目を閉じようとした、その時。

「――っうぐ……あ……」

 突如、自分に絡まっていた鎖が一層強く締まった。喋ることはおろか、呼吸もほとんどできない。

「…………」

 体中から暗緑色のアニマを昇らせたヒドゥンがフラフラと立ち上がるのが見える。
 顔には怒りを通り越したような無の表情が張り付き、片手には善夜を戒めている鎖が握られていた。

「お前……やってくれたな……」

 口調は静かだが、ますます締め付けられる鎖が彼の怒りの大きさを表しているようだった。

「っ……あ……」

 善夜の徐々に視界が暗く染まっていく。

「『上納品』が台無しだ。しばらくは人間界(ここ)で楽しく暮らせるはずだったのに、
それを……それを……!!」

 ヒドゥンの怒りがついに爆発した。

「簡単には死なせねぇ……――この場で償ってもらうからな!!」

 恐ろしいセリフとともにガッ!と鎖の束の1本を引っ張ろうとした、その時。
 硬い金属音が、彼女の消えゆく意識の中に響いた。
 同時に体の鎖が緩み、解放された善夜はそのまま床に崩れる。
 不足していた空気を急いで取り込むように、口を大きく開けて何度も呼吸をする。
 視界には白黒チェックのカーペットに突いた自分の両手と切断された鎖――そして、見覚えのある黒い革靴のつま先。

「ご苦労様でした」
「!」

 荒い呼吸を繰り返しながら善夜は顔を上げ、

「オフィサー……さん……!」

 そこに予想した通りの人物の姿を認めた善夜は、顔をほころばせた。

「上手くいって何よりです」

 相変わらず感情の伴わない口調で労うと、オフィサーは無彩剣(アーテル)を剣帯に納めながら善夜に手を差し伸べた。剣帯にぶら下がっている扉型のキーホルダーのようなものが、小さく揺れる。
 手を握り、善夜がフラリと立ち上がったことを確認すると、彼は後ろを振り返り、

「そしてあなたは――詰めが甘いです」

 呆然と立ち尽くすヒドゥンに感想を投げかけた。

「お前、どこから……!? ……どういうことだ……!?」
「『どこから』に関しましては……」

 未だ放心状態から抜け出せていないのか、ポツリポツリと真相を尋ねる彼にオフィサーは答える。

「なけなしの魔力で実体化保持・切れ味を高めた武器を彼女に渡し、私自身は非実体化してその場で待機しておりました」

「……!」

 善夜は目を見開く。

(待機……? ヒトが命懸けで頑張ってた時に……!?)

 つまり、当時。
 あれ以上やれることのなかった彼は、2人のやり取りをただ眺めていた。
 ――ということになる。

「ご存知のとおり私はかなり消耗しておりましたので、感知器官を研ぎ澄ませば容易に発見・殲滅できたはずですが……あなたはそれをしませんでした」

「……!!」

 ヒドゥンはまだ唖然としている。

「次は『どういうことだ』、についてですが……」

 そんな彼をよそに、オフィサーは始めに投げかけられた質問に対する解説を続ける。

「不自然なアニマの流れを確認しておりましたので、あなたの圏域を確認したところ――あなたの圏域の床と底の隙間に大量のアニマを感知しました。そこで、善夜さんの助けを借り――緊急措置として少々拝借し、今に至ります」
(わたしの、助け……!)

 滔々と語る彼に隠れ、善夜はそっとにんまりする。

「ちなみにあなたが自ら過剰摂取(オーバードーズ)に陥ったことについては想定外でした」
「――ふざけんな!!!」

 徐々に我に返り、そのまま怒りのスイッチの入ったヒドゥンが怒りの声を上げた。

「何が『少々』だ!! ごっそり食いやがって……! あれは大事な……」
「どちらの組織に上納する品なのでしょうか?」

 その言葉に彼の怒濤の勢いが止まる。
 ヒドゥンを見つめるオフィサーの目は、何もかも見透かしているかのようだった。

「……それは……」
「今は答えなくてもかまいません。――後ほど詳しくご説明いただきますので」

 オフィサーは、ヒドゥンの答えを待たずに善夜に手を差し伸べた。
 まるで、これ以上の言葉は不要だと言わんばかりに。
 その手を善夜が慌てて握ると、オフィサーの姿が掻き消え――同時に善夜の右手に漆黒の剣――無彩剣(アーテル)が握られる。

『それでは改めて、公務執行に入ります』



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 黒い剣は、ふわりと放物線を描き――ヒドゥンを掠りもしないで通り過ぎ、赤いソファーの向こうに消えた。
「いや、擦るぐらいしろよ」
 剣の落ちた方向をただただ見つめる善夜に、ヒドゥンは思わずツッコミを入れたのち、
「ほらな、やっぱり無駄だっただろ?」
 気を取り直すように彼女を嘲笑いながら、鎖を蓄えた篭手を振りかぶり、
「今度こそ、これでクエストクリアだ……」
 彼の腕が止まった。
「……ん?」
 視界に漂い始める鈍色のアニマに彼は眉をひそめる。
 真剣な顔で一点を見つめる善夜を見て――考えを巡らせるように同じ方向に視線を動かす。
 そして、
「――まさか……!」
 余裕の笑みから一転、焦りの色を浮かべたヒドゥンが慌てて振り返る。
 ソファーの向こうから鈍色のアニマが勢いよく噴出していた。
「しまっ……」
 身を翻し走り出したヒドゥンはソファーを飛び越え――その先の床に突き刺さっているのは漆黒の剣。開けられた穴からは、鈍色のアニマが風船から抜ける空気のように勢いよく噴出している。
 その流れが激しすぎるのか、床は今にも破裂しそうなほど歪に盛り上がっていた。
「やめろおおおお!!!!!」
 悲鳴に近い叫び声とともにヒドゥンは慌てて剣を引き抜こうとするが、彼の手が届く前に――床は傷口から真っ二つに弾け破れ、爆風のように広がるアニマが彼を飲み込んだ。
「…………!」
 絡まる鎖に身を任せたまま、善夜は目の前の光景を呆然と眺めていた。
 圏域中に広がる鈍色のアニマが徐々に薄まっていき――うつ伏せに倒れているヒドゥンのすぐ先に、大きく裂けた床から地上が見える。
「……やった……」
 小さく表情をほころばせた善夜が疲労感に身を任せて目を閉じようとした、その時。
「――っうぐ……あ……」
 突如、自分に絡まっていた鎖が一層強く締まった。喋ることはおろか、呼吸もほとんどできない。
「…………」
 体中から暗緑色のアニマを昇らせたヒドゥンがフラフラと立ち上がるのが見える。
 顔には怒りを通り越したような無の表情が張り付き、片手には善夜を戒めている鎖が握られていた。
「お前……やってくれたな……」
 口調は静かだが、ますます締め付けられる鎖が彼の怒りの大きさを表しているようだった。
「っ……あ……」
 善夜の徐々に視界が暗く染まっていく。
「『上納品』が台無しだ。しばらくは|人間界《ここ》で楽しく暮らせるはずだったのに、
それを……それを……!!」
 ヒドゥンの怒りがついに爆発した。
「簡単には死なせねぇ……――この場で償ってもらうからな!!」
 恐ろしいセリフとともにガッ!と鎖の束の1本を引っ張ろうとした、その時。
 硬い金属音が、彼女の消えゆく意識の中に響いた。
 同時に体の鎖が緩み、解放された善夜はそのまま床に崩れる。
 不足していた空気を急いで取り込むように、口を大きく開けて何度も呼吸をする。
 視界には白黒チェックのカーペットに突いた自分の両手と切断された鎖――そして、見覚えのある黒い革靴のつま先。
「ご苦労様でした」
「!」
 荒い呼吸を繰り返しながら善夜は顔を上げ、
「オフィサー……さん……!」
 そこに予想した通りの人物の姿を認めた善夜は、顔をほころばせた。
「上手くいって何よりです」
 相変わらず感情の伴わない口調で労うと、オフィサーは|無彩剣《アーテル》を剣帯に納めながら善夜に手を差し伸べた。剣帯にぶら下がっている扉型のキーホルダーのようなものが、小さく揺れる。
 手を握り、善夜がフラリと立ち上がったことを確認すると、彼は後ろを振り返り、
「そしてあなたは――詰めが甘いです」
 呆然と立ち尽くすヒドゥンに感想を投げかけた。
「お前、どこから……!? ……どういうことだ……!?」
「『どこから』に関しましては……」
 未だ放心状態から抜け出せていないのか、ポツリポツリと真相を尋ねる彼にオフィサーは答える。
「なけなしの魔力で実体化保持・切れ味を高めた武器を彼女に渡し、私自身は非実体化してその場で待機しておりました」
「……!」
 善夜は目を見開く。
(待機……? ヒトが命懸けで頑張ってた時に……!?)
 つまり、当時。
 あれ以上やれることのなかった彼は、2人のやり取りをただ眺めていた。
 ――ということになる。
「ご存知のとおり私はかなり消耗しておりましたので、感知器官を研ぎ澄ませば容易に発見・殲滅できたはずですが……あなたはそれをしませんでした」
「……!!」
 ヒドゥンはまだ唖然としている。
「次は『どういうことだ』、についてですが……」
 そんな彼をよそに、オフィサーは始めに投げかけられた質問に対する解説を続ける。
「不自然なアニマの流れを確認しておりましたので、あなたの圏域を確認したところ――あなたの圏域の床と底の隙間に大量のアニマを感知しました。そこで、善夜さんの助けを借り――緊急措置として少々拝借し、今に至ります」
(わたしの、助け……!)
 滔々と語る彼に隠れ、善夜はそっとにんまりする。
「ちなみにあなたが自ら|過剰摂取《オーバードーズ》に陥ったことについては想定外でした」
「――ふざけんな!!!」
 徐々に我に返り、そのまま怒りのスイッチの入ったヒドゥンが怒りの声を上げた。
「何が『少々』だ!! ごっそり食いやがって……! あれは大事な……」
「どちらの組織に上納する品なのでしょうか?」
 その言葉に彼の怒濤の勢いが止まる。
 ヒドゥンを見つめるオフィサーの目は、何もかも見透かしているかのようだった。
「……それは……」
「今は答えなくてもかまいません。――後ほど詳しくご説明いただきますので」
 オフィサーは、ヒドゥンの答えを待たずに善夜に手を差し伸べた。
 まるで、これ以上の言葉は不要だと言わんばかりに。
 その手を善夜が慌てて握ると、オフィサーの姿が掻き消え――同時に善夜の右手に漆黒の剣――|無彩剣《アーテル》が握られる。
『それでは改めて、公務執行に入ります』