9 決着
ー/ー 『床の裂け目に飛び込んでください』
「はい!」
オフィサーの声に従って。
善夜は裂け目に向かって床を蹴り――
そのまま落下した。
「~~~~~!!?」
風が頬を叩く中、真っ逆さまに落ちていく。
無数の鎖が不規則な動きで飛来する。
が、彼女の右手が振るう漆黒の刃が全て捌く。
『狼狽えず、しっかりと着地してください』
「わかって……ます……!」
彼女の体が縦にくるりと回り――善夜の身体が園庭に着地する。
安堵の溜息をつく暇もなく、
『3時の方向へ走ります』
下された命令に従い、寮舎から離れるように走る善夜。
その時――背後から、地響きのような音が聞こえてきた。
振り返った善夜の目が大きく見開かれる。
寮舎の奥から現れたのは、淡い緑がかった白銀色の巨大な蛇。
無数の鎖で構成された身体は直径だけでも2メートル以上か。
鎖という素材でできているからか、園庭に散らばる児童や職員などものともしない。
鎖を鳴らして並走するように移動している。
『絶対に逃がさねーぞ……!!』
聞き慣れた声は巨大な蛇から聞こえた。
このガラの悪い喋り方は……
「ヒドゥン、さん……!?」
『ええ。彼が魔人化した姿です』
圧倒される善夜に、オフィサーの声がいつものトーンで告げる。
『自身の特性を最大限に行使する時――我々は、本来の姿に戻ります』
善夜はふと、異形のオフィサーを思い出す。
あれが、彼が魔人化した姿なのだろうか。
巨大な蛇――魔人化ヒドゥンが善夜を追い越し、僅かに進路を変えた。
前方に回り込むようにカーブを描き始める。
『差し支えがなければ、私にアニマを込めてください』
アニマを込めて、大変なことになった気がするのだが……
「……それって、辛いことを思い浮かべるんですよね?」
『ええ』
「また過剰摂取? になったらどうするんですか?」
『不意打ちでなければ問題ありません』
念入りに確認した直後。
断続的に響く金属音のリズムが変わった。
じゃじゃじゃじゃじゃっ、という重い物を引きずるような音。
(なに……?)
意識を向けてすぐ、善夜は息を飲んだ。
急カーブに合わせてドリフトしているのは、大きく長い尻尾。
前方に回り込んでいた巨大な蛇が、真っ直ぐに突進してくる。
緑の目がギロリとこちらに狙いを定めている。
このままでは……
『――このまま駆け抜けます。足を止めないでください』
『はっ、そんな細い剣で何ができるってんだ!』
耳を疑う命令の直後、もっともな彼の主張が聞こえる。
金属製の太い胴体に、どうやって対抗するつもりなのだろうか。
いや、それ以前に……
『このまま飲み込んでやるっ』
鎖の蛇がジャラリ、と口を開けた。
緑の光に包まれながら。
巨体が食らいつくように、さらに加速する。
スピードに乗って、大きな胴体が飛び石のようにバウンドしながら迫ってくる。
喉の奥まで見える口の中では、無数の鎖が渦巻いている。
錆びた鉄の臭いが鼻をつき、喉にざらつきを残す。
「っ……!!」
大きく息を飲んだまま、呼吸が止まる。
このままじゃ……
それでも、彼は『駆け抜けろ』と言った。
だから飲んだ息は、吐かない!
その代わり――
「うわああああああああああ!!!!」
思いっきり吐き出した雄叫びとともに。
善夜は、地面を踏みしめる足にさらに力を込めた。
『上出来です』
猛々しい善夜の叫び声が響き渡る中。
彼女の右手が動いた。
流れるような動作で剣帯に無彩剣を収めたあと。
隣にぶら下がるドア型のキーホルダーを掴み頭上に放り投げた。
ドア枠から飛び出したのは、無彩剣と同じ作りの柄。
頭上に伸びた右手がそれを掴み、肉迫する魔人化ヒドゥンに向かって振り下ろす。
ドア枠を押し広げ引き出されたのは、真っ黒な大剣。
『両手で持ってください。そして……』
「……はい!」
構え直された大剣が、大きな口を開けた蛇の上顎にめり込む。。
――が、それだけだった。
刃の侵攻と善夜の足が止まったのは、誰の意志でもない。
無数の鎖を撚り合わせてできた、魔人化ヒドゥンの身体が押し返しているのだ。
両足は力いっぱい踏ん張っているようだが、後退が止まらない。
さらに切れた鎖が大剣に絡まって、身動きも取れない。
『武器を大きくしたところで無駄だ。代行者がへなちょこだったら……』
――断砕剣・過負荷
嘲笑うヒドゥンの声を飲み込んだのは、燃え上がるように大剣を駆け上がる黒。
それは善夜が込めたアニマから変換された、オフィサーの魔力。
荒れ狂う闇をまとった刃が、進み始めた。
『では改めて――駆け抜けましょう』
「わかりました!」
応えて、善夜は素早く地面を蹴った。
***
黒く燃え上がる刃は巨大な蛇の上顎を深く侵攻し、胴体の幾重もの鎖を砕きながら前進を続ける。
『お前なんかに何ができる!?』
斬り裂かれ徐々に外光が差し込んでいく蛇の体内に、ヒドゥンの呼びかけが響く。
『いいから足を止めろ! 今度こそお前の思い通りに繋いでやる!』
まだ言っている。
『お前一人じゃ絶対に無……』
「――やっちゃってくださいオフィサーさん」
『承知いたしました』
善夜が追加で込めた怒りにより、纏う闇が一層深まり勢いを増す大剣。
『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』
ヒドゥンの最後の絶叫を聞きながら。
善夜の意志が、断砕剣を豪快に振りきった。
***
巨大な蛇の姿は消えた。
その輪郭にわだかまる暗緑色のモヤが、一つの方向に流されていく。
床に置かれた扉型のキーホルダーが、ヒドゥンだったアニマを吸い込んでいた。
善夜が興味深そうにそれを眺めていると、
「携帯型空間短縮装置で結紮者ヒドゥンを魔界に送還しています」
「けいたいがた…………?」
最初に使っていた折りたたみ式の黒い端末を耳に当てたまま、オフィサーが親切に解説してくれた。
しかし、善夜は聞き慣れない長い言葉は覚えられない。
「『携帯型扉』でも通じます」
「あ……携帯型、扉……」
善夜がその言葉を反芻するのを見たあと、
「オフィサーです。公務は無事に完了しました」
オフィサーはすぐに目を伏せて電話の向こうの誰かと会話を始めた。
善夜は、彼の横顔を見つめる。
(公務、完了……)
これで、終わり。
ってことは――
善夜は自分の胸に手を当てた。
落ち着きかけた鼓動が、また激しく脈打っていた。
「はい!」
オフィサーの声に従って。
善夜は裂け目に向かって床を蹴り――
そのまま落下した。
「~~~~~!!?」
風が頬を叩く中、真っ逆さまに落ちていく。
無数の鎖が不規則な動きで飛来する。
が、彼女の右手が振るう漆黒の刃が全て捌く。
『狼狽えず、しっかりと着地してください』
「わかって……ます……!」
彼女の体が縦にくるりと回り――善夜の身体が園庭に着地する。
安堵の溜息をつく暇もなく、
『3時の方向へ走ります』
下された命令に従い、寮舎から離れるように走る善夜。
その時――背後から、地響きのような音が聞こえてきた。
振り返った善夜の目が大きく見開かれる。
寮舎の奥から現れたのは、淡い緑がかった白銀色の巨大な蛇。
無数の鎖で構成された身体は直径だけでも2メートル以上か。
鎖という素材でできているからか、園庭に散らばる児童や職員などものともしない。
鎖を鳴らして並走するように移動している。
『絶対に逃がさねーぞ……!!』
聞き慣れた声は巨大な蛇から聞こえた。
このガラの悪い喋り方は……
「ヒドゥン、さん……!?」
『ええ。彼が魔人化した姿です』
圧倒される善夜に、オフィサーの声がいつものトーンで告げる。
『自身の特性を最大限に行使する時――我々は、本来の姿に戻ります』
善夜はふと、異形のオフィサーを思い出す。
あれが、彼が魔人化した姿なのだろうか。
巨大な蛇――魔人化ヒドゥンが善夜を追い越し、僅かに進路を変えた。
前方に回り込むようにカーブを描き始める。
『差し支えがなければ、私にアニマを込めてください』
アニマを込めて、大変なことになった気がするのだが……
「……それって、辛いことを思い浮かべるんですよね?」
『ええ』
「また過剰摂取? になったらどうするんですか?」
『不意打ちでなければ問題ありません』
念入りに確認した直後。
断続的に響く金属音のリズムが変わった。
じゃじゃじゃじゃじゃっ、という重い物を引きずるような音。
(なに……?)
意識を向けてすぐ、善夜は息を飲んだ。
急カーブに合わせてドリフトしているのは、大きく長い尻尾。
前方に回り込んでいた巨大な蛇が、真っ直ぐに突進してくる。
緑の目がギロリとこちらに狙いを定めている。
このままでは……
『――このまま駆け抜けます。足を止めないでください』
『はっ、そんな細い剣で何ができるってんだ!』
耳を疑う命令の直後、もっともな彼の主張が聞こえる。
金属製の太い胴体に、どうやって対抗するつもりなのだろうか。
いや、それ以前に……
『このまま飲み込んでやるっ』
鎖の蛇がジャラリ、と口を開けた。
緑の光に包まれながら。
巨体が食らいつくように、さらに加速する。
スピードに乗って、大きな胴体が飛び石のようにバウンドしながら迫ってくる。
喉の奥まで見える口の中では、無数の鎖が渦巻いている。
錆びた鉄の臭いが鼻をつき、喉にざらつきを残す。
「っ……!!」
大きく息を飲んだまま、呼吸が止まる。
このままじゃ……
それでも、彼は『駆け抜けろ』と言った。
だから飲んだ息は、吐かない!
その代わり――
「うわああああああああああ!!!!」
思いっきり吐き出した雄叫びとともに。
善夜は、地面を踏みしめる足にさらに力を込めた。
『上出来です』
猛々しい善夜の叫び声が響き渡る中。
彼女の右手が動いた。
流れるような動作で剣帯に無彩剣を収めたあと。
隣にぶら下がるドア型のキーホルダーを掴み頭上に放り投げた。
ドア枠から飛び出したのは、無彩剣と同じ作りの柄。
頭上に伸びた右手がそれを掴み、肉迫する魔人化ヒドゥンに向かって振り下ろす。
ドア枠を押し広げ引き出されたのは、真っ黒な大剣。
『両手で持ってください。そして……』
「……はい!」
構え直された大剣が、大きな口を開けた蛇の上顎にめり込む。。
――が、それだけだった。
刃の侵攻と善夜の足が止まったのは、誰の意志でもない。
無数の鎖を撚り合わせてできた、魔人化ヒドゥンの身体が押し返しているのだ。
両足は力いっぱい踏ん張っているようだが、後退が止まらない。
さらに切れた鎖が大剣に絡まって、身動きも取れない。
『武器を大きくしたところで無駄だ。代行者がへなちょこだったら……』
――断砕剣・過負荷
嘲笑うヒドゥンの声を飲み込んだのは、燃え上がるように大剣を駆け上がる黒。
それは善夜が込めたアニマから変換された、オフィサーの魔力。
荒れ狂う闇をまとった刃が、進み始めた。
『では改めて――駆け抜けましょう』
「わかりました!」
応えて、善夜は素早く地面を蹴った。
***
黒く燃え上がる刃は巨大な蛇の上顎を深く侵攻し、胴体の幾重もの鎖を砕きながら前進を続ける。
『お前なんかに何ができる!?』
斬り裂かれ徐々に外光が差し込んでいく蛇の体内に、ヒドゥンの呼びかけが響く。
『いいから足を止めろ! 今度こそお前の思い通りに繋いでやる!』
まだ言っている。
『お前一人じゃ絶対に無……』
「――やっちゃってくださいオフィサーさん」
『承知いたしました』
善夜が追加で込めた怒りにより、纏う闇が一層深まり勢いを増す大剣。
『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』
ヒドゥンの最後の絶叫を聞きながら。
善夜の意志が、断砕剣を豪快に振りきった。
***
巨大な蛇の姿は消えた。
その輪郭にわだかまる暗緑色のモヤが、一つの方向に流されていく。
床に置かれた扉型のキーホルダーが、ヒドゥンだったアニマを吸い込んでいた。
善夜が興味深そうにそれを眺めていると、
「携帯型空間短縮装置で結紮者ヒドゥンを魔界に送還しています」
「けいたいがた…………?」
最初に使っていた折りたたみ式の黒い端末を耳に当てたまま、オフィサーが親切に解説してくれた。
しかし、善夜は聞き慣れない長い言葉は覚えられない。
「『携帯型扉』でも通じます」
「あ……携帯型、扉……」
善夜がその言葉を反芻するのを見たあと、
「オフィサーです。公務は無事に完了しました」
オフィサーはすぐに目を伏せて電話の向こうの誰かと会話を始めた。
善夜は、彼の横顔を見つめる。
(公務、完了……)
これで、終わり。
ってことは――
善夜は自分の胸に手を当てた。
落ち着きかけた鼓動が、また激しく脈打っていた。
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