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9 実戦編(前半)

ー/ー



 すこやか園の周辺に建つ家々の屋根を蹴り、張り巡らされた鎖を掴み、あるいは電線を踏み台にして。
 オフィサーの支配下に置かれた善夜は、とにかく上へ向かった。

 目指すは善夜の発していた負の感情・アニマが流れていく先にある――謎の直方体。
 それは、遠くからでは目視が難しいほど周囲の曇り空に溶け込んでいた。
 でも、どういうわけか――近づくにつれてはっきりと見えてきた。
 ちょっとした部屋サイズの、灰色の物体が。
 下の方から鎖が飛んでくる。すかさず善夜の右腕が黒い剣で弾くも、衝撃で腕が後方へ逸れる。

「……大丈夫ですか?」

 命令に従って電柱のてっぺんを蹴ってさらに上昇しながら、善夜が心配そうに問いかけるが、

『鳥の群の先頭に着地してください』
「! はいっ……」

 善夜は、オフィサーの声に従った。
 空中で時を止められた鳩の群――その先頭に着地する。
 鳩の背は狭く、オフィサーが何とか留まってくれるようにと、善夜は強く念じていた。

「そんな状態でどうこうできるとでも思ってんのか?」

 その時、ヒドゥンの余裕綽々の声と、数本の鎖の切れる音が耳に入ってきた。
 見ると張り巡らされている鎖の数本が切れており、それらが生き物のように空中を這い善夜に襲いかかる。

「!」

 彼女の右腕が剣を振るい迎撃するも、徐々に押されて1本が善夜の脇腹に刺さる。

「オフィサーさん……」
『鎖を抜きます』
「! はいっ……」

 善夜の左手が刺さった鎖を引き抜いて捨てる。

『私を気遣っている暇はありません……早く、あの直方体に向かって……』
「飛べばいいんですよね!」

 自分の体から細く流出する漆黒のアニマが上空の直方体に入っていくのを目指し、善夜は鳩の背を蹴って大きく飛んだ。
 直方体が間近に迫り、善夜の右腕が漆黒の剣を大きく振るう。
 切り裂かれた直方体の裂け目から、彼女は中に侵入した。


 「うっ……」

 裂け目をくぐると同時に、善夜は激しい目眩に襲われて目が開けられない。
 ゆっくりと何かに埋まっていく感覚が数秒続いたあと――どこか開けた場所に着地したように、体が何かの上に降り立った。

 感覚に慣れた善夜が目を開けると、

「うわぁ……」

 そこは学校の教室ほど広さのある部屋だった。
 コンクリート質のグレーの壁に白黒チェックのカーペット、その上に置かれた真っ赤な革製の1人掛けソファー、雰囲気のある薄暗い裸電球の照明など……時々雑誌のページで見かけるロックテイストな雰囲気が漂っている。

「……意外とオシャレ……――じゃなくて!」

 思わず出た自分の独り言を聞いて慌てて頭を軽く振り、

「オフィサーさん、『あれ』はどうですか……?」
『今、確認しています……』

 いつ襲い来るかもわからない鎖、または本体に怯えながら待つことしばし。

『……発見しました。場所と方法は……』
「…………わかりました……!」

 今からやるべき事を手短に伝えるオフィサーの声に、善夜は力強く頷いてみせたあと。

『――それでは、あとはよろしくお願いいたします』
「……え?」

 事務手続きが終了したような、あっさりとした口調で聞き捨てならないことを言うオフィサーの声。

「それってどういう……」

 聞き返す善夜の右腕が漆黒の剣を顔の前に持って来る。
 同時に飛来した鎖を弾き飛ばした直後――彼女の右手がダラリと下がった。

「――!?」

 手からこぼれ落ちそうになる剣を慌てて握り直し――体に自由が返された感覚を覚えながら、善夜は周囲を見回す。オフィサーの姿はない。

「オフィサーさん……?」
無彩剣(アーテル)……その剣を預けます。あなたさえ諦めなければ、必ず……』

 オフィサーの声が消えた。

「オフィサーさん! どうしたんですか!? オフィサーさ……」

 善夜の声を遮ったのは、部屋の壁という壁から飛び出してきた鎖。
 為す術もなくあっという間に絡め取られ、彼女は身動きの取れない状態に陥った。

「逃げたか滅んだか、だな」

 善夜の目の前にストン、と着地しながらヒドゥンが答えた。
 哀れみと蔑みの目を彼女に向けて。

「お前を俺の圏域に連れてきたってことは、お前をオトリにして逃げた可能性が高い」
「圏域……?」

 怖々と尋ねる善夜に、ヒドゥンは自慢げに顔を近づけて、

圏域(ここ)は俺が創ったアジトだ。お前のアニマで罠とか色々つけてやったぜ」
(アジトが、ひと部屋……)
「……何か言いたげな顔だな?」

 怪訝そうに当たりを見回していた彼女を睨みつけるヒドゥン。

「いえっ……わたしは何も……!」

 善夜は慌てて首を振るも、

「嘘ついてんじゃねーぞ」

 彼女をじっと見つめたまま、ヒドゥンは篭手を纏った手をぎゅっと引っ張った。

「あ……ぐっ……」

 それに呼応するかのように善夜に絡まった鎖がぎゅっと締まり、呼吸が苦しくなる。

「顔を見ればわかるんだよ。俺の圏域が狭いって思ってんだろ……!」
「それ……は……」
(……最初から気にしてただけじゃ……)

 苦痛に顔を歪める善夜の体から鈍色のアニマが立ち昇り、ヒドゥンの表情が緩む。

「ま、これから増築してやればいいだけだ」
(何とか……しないと……!)

 善夜は何とか体に力を入れ、無彩剣を握った右手を動かす。
 予想に反して、剣は手首の力だけでも意のままに動かせた。

(これなら……何とかできるかも……だけど……)

 体に力を入れた反動で、どっと身が重くなる。
 荒い呼吸を繰り返しながら、ヒドゥンのほうを見る。その奥に真っ赤なソファーが見える。

「あきらめろ」

 ヒドゥンが嘲笑う。

「お前はここで消えるしかねーんだ。 公僕が託した剣で何が……」
「――まだ、です……」
「……は?」

 大きく呼吸をし、善夜は彼から目を離さないまま続ける。

「ここまで、頑張ってきたの……だから、最後に1回だけ……今度はちゃんと、自分で決めて……生きて……っ……!」

 再び細く息をする彼女に、ヒドゥンがたまらず吹き出して笑う。

「お前さ……この状態からどうやって助かろうとしてんだよ……? 無理だ無理無理! そもそも仮に生き延びれたとしても、お前が何かを変えれるわけねーだろ!」
「変えれ……ます……」

 グラついた意識の中で、うわごとのように答えると。
 善夜は右手を震わせて懸命に狙いを定め、そして――

「変えて、みせます……!」

 手首の力だけを使い、出せる限りの力と意志を込めて。
 彼女は無彩剣を投げつけた。


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 すこやか園の周辺に建つ家々の屋根を蹴り、張り巡らされた鎖を掴み、あるいは電線を踏み台にして。
 オフィサーの支配下に置かれた善夜は、とにかく上へ向かった。
 目指すは善夜の発していた負の感情・アニマが流れていく先にある――謎の直方体。
 それは、遠くからでは目視が難しいほど周囲の曇り空に溶け込んでいた。
 でも、どういうわけか――近づくにつれてはっきりと見えてきた。
 ちょっとした部屋サイズの、灰色の物体が。
 下の方から鎖が飛んでくる。すかさず善夜の右腕が黒い剣で弾くも、衝撃で腕が後方へ逸れる。
「……大丈夫ですか?」
 命令に従って電柱のてっぺんを蹴ってさらに上昇しながら、善夜が心配そうに問いかけるが、
『鳥の群の先頭に着地してください』
「! はいっ……」
 善夜は、オフィサーの声に従った。
 空中で時を止められた鳩の群――その先頭に着地する。
 鳩の背は狭く、オフィサーが何とか留まってくれるようにと、善夜は強く念じていた。
「そんな状態でどうこうできるとでも思ってんのか?」
 その時、ヒドゥンの余裕綽々の声と、数本の鎖の切れる音が耳に入ってきた。
 見ると張り巡らされている鎖の数本が切れており、それらが生き物のように空中を這い善夜に襲いかかる。
「!」
 彼女の右腕が剣を振るい迎撃するも、徐々に押されて1本が善夜の脇腹に刺さる。
「オフィサーさん……」
『鎖を抜きます』
「! はいっ……」
 善夜の左手が刺さった鎖を引き抜いて捨てる。
『私を気遣っている暇はありません……早く、あの直方体に向かって……』
「飛べばいいんですよね!」
 自分の体から細く流出する漆黒のアニマが上空の直方体に入っていくのを目指し、善夜は鳩の背を蹴って大きく飛んだ。
 直方体が間近に迫り、善夜の右腕が漆黒の剣を大きく振るう。
 切り裂かれた直方体の裂け目から、彼女は中に侵入した。
 「うっ……」
 裂け目をくぐると同時に、善夜は激しい目眩に襲われて目が開けられない。
 ゆっくりと何かに埋まっていく感覚が数秒続いたあと――どこか開けた場所に着地したように、体が何かの上に降り立った。
 感覚に慣れた善夜が目を開けると、
「うわぁ……」
 そこは学校の教室ほど広さのある部屋だった。
 コンクリート質のグレーの壁に白黒チェックのカーペット、その上に置かれた真っ赤な革製の1人掛けソファー、雰囲気のある薄暗い裸電球の照明など……時々雑誌のページで見かけるロックテイストな雰囲気が漂っている。
「……意外とオシャレ……――じゃなくて!」
 思わず出た自分の独り言を聞いて慌てて頭を軽く振り、
「オフィサーさん、『あれ』はどうですか……?」
『今、確認しています……』
 いつ襲い来るかもわからない鎖、または本体に怯えながら待つことしばし。
『……発見しました。場所と方法は……』
「…………わかりました……!」
 今からやるべき事を手短に伝えるオフィサーの声に、善夜は力強く頷いてみせたあと。
『――それでは、あとはよろしくお願いいたします』
「……え?」
 事務手続きが終了したような、あっさりとした口調で聞き捨てならないことを言うオフィサーの声。
「それってどういう……」
 聞き返す善夜の右腕が漆黒の剣を顔の前に持って来る。
 同時に飛来した鎖を弾き飛ばした直後――彼女の右手がダラリと下がった。
「――!?」
 手からこぼれ落ちそうになる剣を慌てて握り直し――体に自由が返された感覚を覚えながら、善夜は周囲を見回す。オフィサーの姿はない。
「オフィサーさん……?」
『|無彩剣《アーテル》……その剣を預けます。あなたさえ諦めなければ、必ず……』
 オフィサーの声が消えた。
「オフィサーさん! どうしたんですか!? オフィサーさ……」
 善夜の声を遮ったのは、部屋の壁という壁から飛び出してきた鎖。
 為す術もなくあっという間に絡め取られ、彼女は身動きの取れない状態に陥った。
「逃げたか滅んだか、だな」
 善夜の目の前にストン、と着地しながらヒドゥンが答えた。
 哀れみと蔑みの目を彼女に向けて。
「お前を俺の圏域に連れてきたってことは、お前をオトリにして逃げた可能性が高い」
「圏域……?」
 怖々と尋ねる善夜に、ヒドゥンは自慢げに顔を近づけて、
「|圏域《ここ》は俺が創ったアジトだ。お前のアニマで罠とか色々つけてやったぜ」
(アジトが、ひと部屋……)
「……何か言いたげな顔だな?」
 怪訝そうに当たりを見回していた彼女を睨みつけるヒドゥン。
「いえっ……わたしは何も……!」
 善夜は慌てて首を振るも、
「嘘ついてんじゃねーぞ」
 彼女をじっと見つめたまま、ヒドゥンは篭手を纏った手をぎゅっと引っ張った。
「あ……ぐっ……」
 それに呼応するかのように善夜に絡まった鎖がぎゅっと締まり、呼吸が苦しくなる。
「顔を見ればわかるんだよ。俺の圏域が狭いって思ってんだろ……!」
「それ……は……」
(……最初から気にしてただけじゃ……)
 苦痛に顔を歪める善夜の体から鈍色のアニマが立ち昇り、ヒドゥンの表情が緩む。
「ま、これから増築してやればいいだけだ」
(何とか……しないと……!)
 善夜は何とか体に力を入れ、無彩剣を握った右手を動かす。
 予想に反して、剣は手首の力だけでも意のままに動かせた。
(これなら……何とかできるかも……だけど……)
 体に力を入れた反動で、どっと身が重くなる。
 荒い呼吸を繰り返しながら、ヒドゥンのほうを見る。その奥に真っ赤なソファーが見える。
「あきらめろ」
 ヒドゥンが嘲笑う。
「お前はここで消えるしかねーんだ。 公僕が託した剣で何が……」
「――まだ、です……」
「……は?」
 大きく呼吸をし、善夜は彼から目を離さないまま続ける。
「ここまで、頑張ってきたの……だから、最後に1回だけ……今度はちゃんと、自分で決めて……生きて……っ……!」
 再び細く息をする彼女に、ヒドゥンがたまらず吹き出して笑う。
「お前さ……この状態からどうやって助かろうとしてんだよ……? 無理だ無理無理! そもそも仮に生き延びれたとしても、お前が何かを変えれるわけねーだろ!」
「変えれ……ます……」
 グラついた意識の中で、うわごとのように答えると。
 善夜は右手を震わせて懸命に狙いを定め、そして――
「変えて、みせます……!」
 手首の力だけを使い、出せる限りの力と意志を込めて。
 彼女は無彩剣を投げつけた。