第168話 故に彼女は説明しない
ー/ー
準備運動からの通し稽古、そしてダメ出しをすると部活はすぐに終わった。
この段階に入ると体感速度が速く思える。
一日一日が短い。だが、決してそれは薄っぺらいというわけではなく、一日の濃度で言えば濃い方だ。不思議なことだが、濃くて短い日々を過ごしている。
そんな部活をしているが、今日に関してはここからが本番だろう。
駅横のショッピングモール、そのフードコートに俺たち六人は来ていた。
樫田と夏村以外は飲み物を買って、座っている。
「じゃあ、俺と夏村はそこら辺で時間潰しているから、話が終わったら連絡してくれ」
「ええ、分かったわ」
樫田は夏村を連れて、フードコートから出ていった。
どうやら田島と話すのは、俺たちが先になったようだ。
椎名と田島が向かい合うように座って、俺と池本はそれぞれの横についている。
「それでぇ、椎名先輩たちの話って何ですかぁ?」
「率直に言うわ。全国についてよ」
「……」
「全国……?」
その言葉に田島は黙り、池本は何のことだろうと呟いた。
椎名は一直線に田島を見る。田島の表情には少し影があり、静かに続きを待っていた。
少しだけ空気が淀んだように重かった。
「実は、私と杉野は今年の秋大会で全国を目指しているわ」
「!」
一瞬だけ驚いた表情をしたが、田島はすぐに真剣な顔に戻る。
椎名はその様子を観察しながら話を進める。
「杉野から話は聞いたわ。田島。あなたは全国へ行くために必要なことを知っているのかしら?」
「……ええ、知っています」
「その上で今年は全国に行けないと断言したそうね」
「きっと、全国には行けないとは言いました。断言したわけじゃありません」
動じることなく、はっきりと答える田島。
椎名はちらりと俺を見てきた。小さく頷くと視線を戻し、話を進める。
「そう。それはごめんなさい。なら、どうして今年は全国に行けないと思っているのか、教えてくれないかしら?」
「それは既に杉野先輩にお伝えしました」
「私たちの演技が高校演劇向きじゃないって話よね」
「はい」
「もう少し掘り下げて教えてくれないかしら?」
「それは、出来ません」
堂々とした態度で田島は拒否した。
一瞬、椎名は思考が止まったかのように固まったが、すぐに聞き返す。
「何故かしら?」
「それに意味がないからです」
「……どういうことかしら」
「先輩たちが全国を目指しているなら、きっと私がここでどんなに合理的なことを言っても、納得しないからです。心のどこかで私の言葉を否定して、自分たちには可能性があると信じて、諦めない。だから、今私が説明することに意味がないんです」
田島の言葉には、想いがこもっていた。それはまるで実体験を話すような熱を持ち、妙な説得力があった。
その強い意志に俺は少し圧倒された。
「それはつまり、私たちが頑固とでも言いたいのかしら」
冷静な声とは裏腹に、椎名の言葉には怒りの感情が乗っていた。
それを知ってか知らずか、田島は目をそらさない。
「いいえ。先輩たちが本気だと……本気で全国を目指していると思っているからこそ、私の言葉ではそれを止めらない」
「ずいぶんと聞いたような口を利くのね」
「そうですね。まだ私は先輩たちのことをよく知りません……でも演劇については、人より詳しい自負がありますので」
なぜだろうか。そう言う田島の顔には寂しさがあるように感じだ。
まるで自虐しているような……。
「そう。それが分かった上で教えてくれないのね」
「はい。必要なら樫田先輩に聞いてください」
「樫田に?」
「きっと言語化に関しては、私より分かりやすいですから」
「……ずいぶんと信頼しているのね」
「ええ、信用しています」
にこっと笑って答えた。その笑顔の裏に何があるのか、俺には分からなかった。
椎名は、これ以上話しても無駄と感じたのか、俺の方へ視線を送る。
何か話すかことはない? ということだろう。
俺が見ると、田島もこっちを見る。
「なぁ田島。お前はどうして来年全国に行きたいんだ?」
「え」
驚いた声を上げたのは池本だった。
瞬時に視線が集まると、「す、すみません」と謝った。
俺は笑って、「気にするな」と言って視線を田島に戻した。
「あの時言った通り、私の渇望ですかね……」
「詳細を言う気はないか?」
「あ、いえ、話してもいいんですけど……」
田島は横目で池本を見た。ああ、そういうこと。
順番があるってことか。
「じゃあ、それは今度聞かせてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「田島。俺たちは全員で全国を目指す。そのつもりだ。それでもやっぱり、今年全国を目指す気はないのか?」
「すみません。杉野先輩」
迷うことなく、田島は謝った。
やはり譲れない何かがあるのだろう。
それを知っているのはきっと――。
「そうか……でも、こないだの別れ際に言ったことは本気だからな」
「杉野先輩……」
田島は肩の力が抜けたように笑った。
俺は椎名へと視線を送る。今これ以上話しても仕方ないだろう。
意図を理解したのか、頷くと椎名はスマホを取り出した。
「私たちの話は以上だわ」
そう言って、樫田へと連絡するのだった。
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この段階に入ると体感速度が速く思える。
一日一日が短い。だが、決してそれは薄っぺらいというわけではなく、一日の濃度で言えば濃い方だ。不思議なことだが、濃くて短い日々を過ごしている。
そんな部活をしているが、今日に関してはここからが本番だろう。
駅横のショッピングモール、そのフードコートに俺たち六人は来ていた。
樫田と夏村以外は飲み物を買って、座っている。
「じゃあ、俺と夏村はそこら辺で時間潰しているから、話が終わったら連絡してくれ」
「ええ、分かったわ」
樫田は夏村を連れて、フードコートから出ていった。
どうやら田島と話すのは、俺たちが先になったようだ。
椎名と田島が向かい合うように座って、俺と池本はそれぞれの横についている。
「それでぇ、椎名先輩たちの話って何ですかぁ?」
「率直に言うわ。全国についてよ」
「……」
「全国……?」
その言葉に田島は黙り、池本は何のことだろうと呟いた。
椎名は一直線に田島を見る。田島の表情には少し影があり、静かに続きを待っていた。
少しだけ空気が淀んだように重かった。
「実は、私と杉野は今年の秋大会で全国を目指しているわ」
「!」
一瞬だけ驚いた表情をしたが、田島はすぐに真剣な顔に戻る。
椎名はその様子を観察しながら話を進める。
「杉野から話は聞いたわ。田島。あなたは全国へ行くために必要なことを知っているのかしら?」
「……ええ、知っています」
「その上で今年は全国に行けないと断言したそうね」
「きっと、全国には行けないとは言いました。断言したわけじゃありません」
動じることなく、はっきりと答える田島。
椎名はちらりと俺を見てきた。小さく頷くと視線を戻し、話を進める。
「そう。それはごめんなさい。なら、どうして今年は全国に行けないと思っているのか、教えてくれないかしら?」
「それは既に杉野先輩にお伝えしました」
「私たちの演技が高校演劇向きじゃないって話よね」
「はい」
「もう少し掘り下げて教えてくれないかしら?」
「それは、出来ません」
堂々とした態度で田島は拒否した。
一瞬、椎名は思考が止まったかのように固まったが、すぐに聞き返す。
「何故かしら?」
「それに意味がないからです」
「……どういうことかしら」
「先輩たちが全国を目指しているなら、きっと私がここでどんなに合理的なことを言っても、納得しないからです。心のどこかで私の言葉を否定して、自分たちには可能性があると信じて、諦めない。だから、今私が説明することに意味がないんです」
田島の言葉には、想いがこもっていた。それはまるで実体験を話すような熱を持ち、妙な説得力があった。
その強い意志に俺は少し圧倒された。
「それはつまり、私たちが頑固とでも言いたいのかしら」
冷静な声とは裏腹に、椎名の言葉には怒りの感情が乗っていた。
それを知ってか知らずか、田島は目をそらさない。
「いいえ。先輩たちが本気だと……本気で全国を目指していると思っているからこそ、私の言葉ではそれを止めらない」
「ずいぶんと聞いたような口を利くのね」
「そうですね。まだ私は先輩たちのことをよく知りません……でも演劇については、人より詳しい自負がありますので」
なぜだろうか。そう言う田島の顔には寂しさがあるように感じだ。
まるで自虐しているような……。
「そう。それが分かった上で教えてくれないのね」
「はい。必要なら樫田先輩に聞いてください」
「樫田に?」
「きっと言語化に関しては、私より分かりやすいですから」
「……ずいぶんと信頼しているのね」
「ええ、信用しています」
にこっと笑って答えた。その笑顔の裏に何があるのか、俺には分からなかった。
椎名は、これ以上話しても無駄と感じたのか、俺の方へ視線を送る。
何か話すかことはない? ということだろう。
俺が見ると、田島もこっちを見る。
「なぁ田島。お前はどうして来年全国に行きたいんだ?」
「え」
驚いた声を上げたのは池本だった。
瞬時に視線が集まると、「す、すみません」と謝った。
俺は笑って、「気にするな」と言って視線を田島に戻した。
「あの時言った通り、私の渇望ですかね……」
「詳細を言う気はないか?」
「あ、いえ、話してもいいんですけど……」
田島は横目で池本を見た。ああ、そういうこと。
順番があるってことか。
「じゃあ、それは今度聞かせてくれ」
「はい。ありがとうございます」
「田島。俺たちは全員で全国を目指す。そのつもりだ。それでもやっぱり、今年全国を目指す気はないのか?」
「すみません。杉野先輩」
迷うことなく、田島は謝った。
やはり譲れない何かがあるのだろう。
それを知っているのはきっと――。
「そうか……でも、こないだの別れ際に言ったことは本気だからな」
「杉野先輩……」
田島は肩の力が抜けたように笑った。
俺は椎名へと視線を送る。今これ以上話しても仕方ないだろう。
意図を理解したのか、頷くと椎名はスマホを取り出した。
「私たちの話は以上だわ」
そう言って、樫田へと連絡するのだった。