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〜1〜

ー/ー




Bad End。

 テレビ画面には無情な英単語二文字が映っている。
「うわぁ、マジかよ」
 嫌な予感はしていたんだ。風の封印石を見つけた途端に突然の記憶喪失。正直、良い展開とは言いづらい。主人公補正に期待していたけど、やはり死亡フラグだったか。
 八種類ある封印石を辿る順番が違うのか?それともスサノオとの相性パラメータが低かったのだろうか?はたまたどこかで手に入れるはずの必須アイテムを取り忘れてるのか?
 そういえば死ぬ寸前に剣が心に浮かんだって言ってたな。どこかで手に入るのか?うーん……。
 今日、クラスメイトの直太郎に借りた「スサ☆クシ」という名のこの新作ゲーム。ふざけたタイトルの割に意外と血の匂いのするシナリオで、ミステリー&ホラー好きな俺としてはなかなか興味をそそられる作品であった。
 ふと時計を見るとすでに深夜の1時を回っていて、いつの間にか日付が変わっていた。
 やり始めたのが6時くらいだったから……おお、7時間もやってたのか。
 くるるるるぅー。
 思い出したように鳴り出す腹の虫。そりゃ腹も減るってもんだ。時間を忘れて、さらに食までも忘れてゲームに集中するとは……俺もまだ若いな。
 とは言え今から何か作るってのも面倒くさい。たしかまだ残ってたよなと台所の戸棚を開けて中をあさってみる。
 あったあった、一人暮らしの生活必需品、カップ麺。危ないラス1。また買い置きしとかなきゃ。
 じょぼじょぼじょぼじょぼ……
「……それにしても、ちょっと遅いな」
 お湯を注いだカップ麺に語りかける。いやいや、麺の出来上がりの事ではない。そこまで短気でもせっかちでもない。どれだけ空腹であろうと3~4分待つ余裕は持ち合わせている。
 俺が今言っているのは母さんの帰りの事だ。

 うちは母一人子一人のいわゆる母子家庭。父親は俺が物心つく前に死んだと聞かされている。別にその事に関してどうこう言うことは無い。昔はどうだか知らないが、今時では特に珍しいことでもないだろう。
 母さんは17年間、女手ひとつで俺を育ててきてくれた。それについては感謝の気持ちでいっぱいだ。一人息子の俺をそれはそれは大事に育ててくれた。だけど人と人との付き合いを円滑に営むにはある程度バランスというものが不可欠な訳で。

 中学の頃はこんなことがあった。
 俺が部活で怪我して帰ってきたらイジメにあったのではと勝手に勘違いをし、心配したあげく学校の職員室に乗り込んで直談判。
 あれは恥ずかしかった……基本、思い込みが激しすぎるんだよな。俺の話なんて聞く耳持ちゃしない。

 つい最近でもたまに弁当を作ってくれたかと思うと、ご飯の上に桜でんぶでハートを描いてくれたこともあった。ふたを開けたときの衝撃ったら相当なもんさ。度肝を抜かれた。付き合っている彼女からの弁当なら何の文句もないんだが……ちょっとイタすぎる母。

 ま、そんな溺愛という名の過保護っぷりをみせる母さんのおかげで、俺は早いうちから親離れをさせてもらった。

 過保護な母親だったが幸いにも毎日べったりしてくる訳ではなかったからだ。あれは小学生の高学年になった頃だったか。いつもの様に学校から家に帰ると母親が神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。
「拓利、母さんこれからたまに仕事で家を空ける事が増えると思うの」
 突然のそんな母親からの言葉に、まだ幼かった俺は寂しさを感じた。だが、話す母親の真剣さが幼なながらも伝わり、俺はうなずいた。
 そんな訳で今では仕事で外出することが多く、どちらかと言えば一緒にいる時間の方が少ないという生活背景にもよるものだった。
 おかげで17歳にして一人暮らしをしているようなもので、炊事洗濯は当たり前。学校が終われば週6のバイトをこなし生活費も稼いでいた。

 ふと時計を見てみると、もうじき深夜の2時を回るところだった。ま、予定通りに帰ってこない事は特別珍しい事でもない。前にもそんな日が何度もあったし心配することでもないだろう。
 明日も学校だしそろそろ寝るとするか。
 スープも飲みきりゴミと化したカップラーメンをゴミ袋に放り込み居間を後にした。

 明日の時間割を見る。一時間目が現国の授業。これはもう落とすわけにはいかない。俺は正直、朝に弱い。目覚ましを4つも使っているがまともに起きれたためしがない。朝起きると止めた覚えがない目覚まし時計が並んでいるのだ。俺を貶めようとする誰かが勝手に止めに来ているんじゃないかと本気で思ったりもする。
 そんな訳で俺の登校時間は人より遅い。5分遅れるのも1時間遅れるのも一緒だという考えのため、受けている授業数も人より少ない。だが誤解しないでほしい。俺は学校が嫌いなわけではない。その証拠に遅刻回数は年間3桁当たり前だが、欠席、早退は共に0なのだ。
 話がそれた。そんな事はどうでもいい。今何が一番問題か。それは授業の単位だ。うちのクラスの時間割は誰が作ったが知らないが、非常に偏っている。月・水・木と実に週三日も一時間目は現国という変則カリキュラムなのだ。
必然的に俺の現国の単位が少なくなってしまう訳だ。二学期の終わり、担任は俺を呼び出しこう告げた。
「あと3回授業を落としたら進学できんぞ」
 その目は笑っていなかった。

 部屋の電気を消し布団にもぐり込み目を閉じる。先ほどまでやっていたゲームの展開が浮かんでくる。
 うーん、やっぱり武器が必要なんだろうな。最後に心に浮かんだ刀ってのが怪しい。絶対それを取り忘れてるんだ。明日学校へ行ったら直太郎に聞いてみよう。

 小さな頃の俺がそこにいた。家の中で一人ベソをかいている。
 6畳の母親の部屋と4畳半の自分の部屋。それと6畳分の広さのダイニングキッチン。そんなに広い部屋ではないはずなのに。むしろ狭いとまで思っていたはずの自分の家なのに。今は心細くてたまらない。
 俺はダイニングキッチンのイスに座り、玄関のドアをずっと見つめていた。
「行ってくるね」と出て行った母親の背中が浮かぶ。
 何故なんだろう?
 それは自分が見た母さんの最後の姿。そんな不吉なことを考えてしまっている。何の根拠も無い自分で作りあげた悪い予感。もう母さんは帰ってこないんだ。そう思い始めてしまったら、もう止まらなかった。俺は声を上げて泣き出していた。それを合図かのように扉が開く。
「あらあら、拓利。どうしたの?」
 帰ってきた母さんが泣いている俺を見て驚いていた。俺はというとまだ泣き続けている。心細さからくる涙が安堵の涙に変わっただけだった。でも言わなくちゃいけない。しゃっくり交じりでなかば叫びながら。
「ひっぐ、ひっぐ……おがえりぃ」
 そう言った俺を優しく抱きしめて、母さんは「ただいま」と答えてくれた――

 恥ずい……。
 朝から何て夢見るんだまったく。
 時計を見ると7時10秒前。秒針が12を指すまであとわずか。3……2……1……、ジリッ!!タン!
 目覚まし時計の仕事を1秒たらずで終わらせてやった。……目覚ましより早く起きると何か損した気分になるのは気のせいだろうか。

 自分の部屋を出て台所へ顔を洗いに向かう。
「帰ってこなかったか……」
 玄関には自分のスニーカーが一足だけ置いてある。ドアを見つめて今朝の夢を思い出す。
「あんな時もあったな、そう言えば」
 鼻で笑って顔を洗った。

「拓ちゃん、おはよう」
 高校へ向かう通学路を歩いていると、こっちに向かって歩いてくる女生徒に声をかけられた。
「ああ、おはよう理子」
 彼女は幼馴染の横ノ内理子。背中まで伸ばした長い黒髪が印象的な子だ。
付き合いが長い事もあり色々と助けてもらっている。同い年の癖に年上ぶってたまにウザい時もあるが、トータルで見ると……うん、やはり良いやつだ。
「えらいえらい、ちゃんと朝起きれたんだね」
 俺と並ぶと彼女は回れ右をして来た道を一緒に歩き出す。笑顔を見せる彼女は朝から満足そうだ。
「まぁな、俺もやればできる子だからさ」
「う~ん、でもやっぱり心配なのよね」
「いや、大丈夫だから。迎えに来なくていいから」
 理子が言い出すより早く俺は断った。
「別に遠慮しなくてもいいのに」
 つまらなそうに理子は口を尖らせる。理子の家は俺の家と高校のちょうど真ん中辺りに位置している。つまり理子が俺を迎えにいくという事は、高校とは反対方向へ歩き出すという事なのである。実に効率の悪い通学路を彼女は選んでいる。有難いと思うと同時に後ろめたい訳である。
「あ、ひょっとして蓮華さん帰ってきた?それで起こしてもらえたとか」
 よっぽど俺がちゃんと起きれた事が気に食わないのだろうか?理子は朝からそんな推理をぶつけてきた。
「母さんが帰ってきてたら、逆にまだ家を出れてないよ。たまに帰ってきた母を一人にするのか~って。学校休めぐらい言いそうだ」
 冗談ではないところが恐ろしい母親なのだが。
「たしかにそうかも。駄々こねてる蓮華さんが浮かんじゃった」
 苦笑いする理子。
「でも蓮華さんってそういうところ可愛いよね」
「人の母親つかまえて可愛いとか言わないでくれ」
「私もあんなお母さんになりたいな」
「やめてくれ。不幸な息子が増える」
「もう素直じゃないな。でも、まだ帰ってこないんだ、蓮華さん。今回の仕事長いね」
「ん、そうか?俺は一人のほうが楽で良いんだけどな」
 繰り返すが理子とは付き合いが長いので、うちの家庭の事情などは全てと言っていいほど知っている。
 初めて理子と会ったのは確か、小学校に入りたて位の時期だったと思う。場所は当時毎日ように通っていた小さな公園。それでどんな流れだったのか覚えてないが、その日の夜は彼女の家で晩飯を食べていた。うん、今思い起こしても子供って無邪気というか自由っていうか……無敵だったな。ま、それがきっかけで俺の母さんと理子のおばさんも仲良くなって家族ぐるみ的な付き合いが始まったという訳だ。
 母さんが仕事で家を空けるようになると、ちょくちょく理子の家に預けられたりもした。理子の家は酒屋を営んでいる。中学にあがった頃から俺は店を手伝うようになって、今ではバイトとして雇ってもらっているという関係になっている。まぁ、本当に横ノ内家には世話になっているという訳だ。
「またそんな事言って。本当に拓ちゃんは素直じゃないんだから。そろそろ寂しくて蓮華さんの夢でも見るんじゃないの?」
「……!、何言ってんの、バカじゃないの」
 不意を疲つかれた。今朝の夢を思い出してぶっきらぼうに言ってしまった。これじゃ肯定していると言っているようなもんじゃないか。俺は少し歩く速度を増していた。
「あ、待ってよ拓ちゃん。怒んないでよ、冗談じゃない。もう」

「じゃ、お昼にね」
「おう」
 理子とは教室が違うので廊下で別れ、自分の教室に入る。
「おいっす~、拓利。ちゃんと起きれたみたいだな」
 入って早々、そんな挨拶を交わしてきた男子生徒。俺の親友、村田直太郎だ。どいつもこいつも俺への挨拶はそんな言葉だ。うん、俺はみんなに愛されてる。きっとそう、きっとそうと思い込む。
「しっかし、横ノ内も健気だよな」
 教室に入るとき姿が見えたのか、直太郎がそう言った。
「今日は自分で起きたんだよ」
 心外だと今朝の快挙を訴えるが「ハイハイ」という心無い言葉に流される。
「お前のどこが気に入ってるんだか?」
「お、何だ?朝から喧嘩か?いいぞ、多少高くても今日は買い上げるぞ」
 俺は華麗なワンツーを繰り出す。
「なはははは、悪りぃ悪りぃ。今日は品切れだ。一昨日来やがれ、この野郎」
 なんて笑いながら直太郎は俺の背中を叩く。

 ――何でもないいつもの日常。特に不満もなく過ぎていく毎日。
 俺は何の疑いもなくこんな日々が続いていくものだと勝手に思い込んでいた。

「そういえば昨日貸したゲームやったか?」
「おお、やったやった。あれなかなか面白いな。飯も食わないで、ずっとやってたぜ。タイトルがダサいけど」
「あ、俺もそれ思った。タイトルで損してるよな。で、どこまで行ったよ?」
「あれだ、八雲山に行って封印石探してたら記憶なくなって……」

 ――事件は突然起こった。当たり前に過ぎていた日常は、実はとても脆いものだった。

「おお、結構進んだなぁ。で、どうなった?死んだ?」
「ああ、死んだよ。何か頭がカラスのやつが出てきてあっさり殺された」

 ――「死ぬ」だの「殺された」だの、そんなものはテレビやゲームの世界の言葉。自分には一生関わる事なんてないと思っていた言葉。

「クサナギの剣、取り忘れだな」
「あ、やっぱりそれか。何だそれ?どこで取れんだ?分岐点あったっけか?」

 ――でもそんな言葉たちは、すぐ近くにあった。一瞬でひっくり返る、背中合わせの世界だった。

「和海くん、いますか!?」
 すごい勢いで担任の楠本先生が教室の扉を開け、俺を呼びつけた。俺は直太郎と顔を見合わせ、日頃の行いを思い返す。少なくとも昨日今日は怒られる事していないはずだが。廊下に出ると担任がひどく狼狽しているのが見て取れ
た。そのくせ俺には「和海君、落ち着いて聞いて」なんて事をぬかす。
「いやいや、落ち着くのは先生のほうでしょ」
 言われた担任は素直に頷き、大きく一回深呼吸をする。そして俺の目をまっすぐ見つめてくる。その緊張感が俺にも伝わる。
「あのね、あなたのお母さんなんだけど、昨日の夜は家にいらっしゃった?」
 てっきり自分の事で何か言われるのかと思っていた為、突然母親の事を聞かれて動揺してしまう。
「い、いや、母は仕事で家を空けてますけど……」
 ごくりと担任は息を呑んだ。俺を見る目は何故か悲しみに溢れているように見えた。嫌な予感が胸をよぎる。だけどそれには気づかないふりをする。
「先生も一緒に行くから」
 何のことだろう?先生も一緒に行く?どこに行くというのだろう?俺は授業を受けなくちゃいけないのに。単位が足りなくて俺が大変な事知ってるはずなのに。この先生はいったい何を言ってるんだろう?俺は沸いてくる嫌な予感を、無理やり気づかないように努めていた。




みんなのリアクション


Bad End。
 テレビ画面には無情な英単語二文字が映っている。
「うわぁ、マジかよ」
 嫌な予感はしていたんだ。風の封印石を見つけた途端に突然の記憶喪失。正直、良い展開とは言いづらい。主人公補正に期待していたけど、やはり死亡フラグだったか。
 八種類ある封印石を辿る順番が違うのか?それともスサノオとの相性パラメータが低かったのだろうか?はたまたどこかで手に入れるはずの必須アイテムを取り忘れてるのか?
 そういえば死ぬ寸前に剣が心に浮かんだって言ってたな。どこかで手に入るのか?うーん……。
 今日、クラスメイトの直太郎に借りた「スサ☆クシ」という名のこの新作ゲーム。ふざけたタイトルの割に意外と血の匂いのするシナリオで、ミステリー&ホラー好きな俺としてはなかなか興味をそそられる作品であった。
 ふと時計を見るとすでに深夜の1時を回っていて、いつの間にか日付が変わっていた。
 やり始めたのが6時くらいだったから……おお、7時間もやってたのか。
 くるるるるぅー。
 思い出したように鳴り出す腹の虫。そりゃ腹も減るってもんだ。時間を忘れて、さらに食までも忘れてゲームに集中するとは……俺もまだ若いな。
 とは言え今から何か作るってのも面倒くさい。たしかまだ残ってたよなと台所の戸棚を開けて中をあさってみる。
 あったあった、一人暮らしの生活必需品、カップ麺。危ないラス1。また買い置きしとかなきゃ。
 じょぼじょぼじょぼじょぼ……
「……それにしても、ちょっと遅いな」
 お湯を注いだカップ麺に語りかける。いやいや、麺の出来上がりの事ではない。そこまで短気でもせっかちでもない。どれだけ空腹であろうと3~4分待つ余裕は持ち合わせている。
 俺が今言っているのは母さんの帰りの事だ。
 うちは母一人子一人のいわゆる母子家庭。父親は俺が物心つく前に死んだと聞かされている。別にその事に関してどうこう言うことは無い。昔はどうだか知らないが、今時では特に珍しいことでもないだろう。
 母さんは17年間、女手ひとつで俺を育ててきてくれた。それについては感謝の気持ちでいっぱいだ。一人息子の俺をそれはそれは大事に育ててくれた。だけど人と人との付き合いを円滑に営むにはある程度バランスというものが不可欠な訳で。
 中学の頃はこんなことがあった。
 俺が部活で怪我して帰ってきたらイジメにあったのではと勝手に勘違いをし、心配したあげく学校の職員室に乗り込んで直談判。
 あれは恥ずかしかった……基本、思い込みが激しすぎるんだよな。俺の話なんて聞く耳持ちゃしない。
 つい最近でもたまに弁当を作ってくれたかと思うと、ご飯の上に桜でんぶでハートを描いてくれたこともあった。ふたを開けたときの衝撃ったら相当なもんさ。度肝を抜かれた。付き合っている彼女からの弁当なら何の文句もないんだが……ちょっとイタすぎる母。
 ま、そんな溺愛という名の過保護っぷりをみせる母さんのおかげで、俺は早いうちから親離れをさせてもらった。
 過保護な母親だったが幸いにも毎日べったりしてくる訳ではなかったからだ。あれは小学生の高学年になった頃だったか。いつもの様に学校から家に帰ると母親が神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。
「拓利、母さんこれからたまに仕事で家を空ける事が増えると思うの」
 突然のそんな母親からの言葉に、まだ幼かった俺は寂しさを感じた。だが、話す母親の真剣さが幼なながらも伝わり、俺はうなずいた。
 そんな訳で今では仕事で外出することが多く、どちらかと言えば一緒にいる時間の方が少ないという生活背景にもよるものだった。
 おかげで17歳にして一人暮らしをしているようなもので、炊事洗濯は当たり前。学校が終われば週6のバイトをこなし生活費も稼いでいた。
 ふと時計を見てみると、もうじき深夜の2時を回るところだった。ま、予定通りに帰ってこない事は特別珍しい事でもない。前にもそんな日が何度もあったし心配することでもないだろう。
 明日も学校だしそろそろ寝るとするか。
 スープも飲みきりゴミと化したカップラーメンをゴミ袋に放り込み居間を後にした。
 明日の時間割を見る。一時間目が現国の授業。これはもう落とすわけにはいかない。俺は正直、朝に弱い。目覚ましを4つも使っているがまともに起きれたためしがない。朝起きると止めた覚えがない目覚まし時計が並んでいるのだ。俺を貶めようとする誰かが勝手に止めに来ているんじゃないかと本気で思ったりもする。
 そんな訳で俺の登校時間は人より遅い。5分遅れるのも1時間遅れるのも一緒だという考えのため、受けている授業数も人より少ない。だが誤解しないでほしい。俺は学校が嫌いなわけではない。その証拠に遅刻回数は年間3桁当たり前だが、欠席、早退は共に0なのだ。
 話がそれた。そんな事はどうでもいい。今何が一番問題か。それは授業の単位だ。うちのクラスの時間割は誰が作ったが知らないが、非常に偏っている。月・水・木と実に週三日も一時間目は現国という変則カリキュラムなのだ。
必然的に俺の現国の単位が少なくなってしまう訳だ。二学期の終わり、担任は俺を呼び出しこう告げた。
「あと3回授業を落としたら進学できんぞ」
 その目は笑っていなかった。
 部屋の電気を消し布団にもぐり込み目を閉じる。先ほどまでやっていたゲームの展開が浮かんでくる。
 うーん、やっぱり武器が必要なんだろうな。最後に心に浮かんだ刀ってのが怪しい。絶対それを取り忘れてるんだ。明日学校へ行ったら直太郎に聞いてみよう。
 小さな頃の俺がそこにいた。家の中で一人ベソをかいている。
 6畳の母親の部屋と4畳半の自分の部屋。それと6畳分の広さのダイニングキッチン。そんなに広い部屋ではないはずなのに。むしろ狭いとまで思っていたはずの自分の家なのに。今は心細くてたまらない。
 俺はダイニングキッチンのイスに座り、玄関のドアをずっと見つめていた。
「行ってくるね」と出て行った母親の背中が浮かぶ。
 何故なんだろう?
 それは自分が見た母さんの最後の姿。そんな不吉なことを考えてしまっている。何の根拠も無い自分で作りあげた悪い予感。もう母さんは帰ってこないんだ。そう思い始めてしまったら、もう止まらなかった。俺は声を上げて泣き出していた。それを合図かのように扉が開く。
「あらあら、拓利。どうしたの?」
 帰ってきた母さんが泣いている俺を見て驚いていた。俺はというとまだ泣き続けている。心細さからくる涙が安堵の涙に変わっただけだった。でも言わなくちゃいけない。しゃっくり交じりでなかば叫びながら。
「ひっぐ、ひっぐ……おがえりぃ」
 そう言った俺を優しく抱きしめて、母さんは「ただいま」と答えてくれた――
 恥ずい……。
 朝から何て夢見るんだまったく。
 時計を見ると7時10秒前。秒針が12を指すまであとわずか。3……2……1……、ジリッ!!タン!
 目覚まし時計の仕事を1秒たらずで終わらせてやった。……目覚ましより早く起きると何か損した気分になるのは気のせいだろうか。
 自分の部屋を出て台所へ顔を洗いに向かう。
「帰ってこなかったか……」
 玄関には自分のスニーカーが一足だけ置いてある。ドアを見つめて今朝の夢を思い出す。
「あんな時もあったな、そう言えば」
 鼻で笑って顔を洗った。
「拓ちゃん、おはよう」
 高校へ向かう通学路を歩いていると、こっちに向かって歩いてくる女生徒に声をかけられた。
「ああ、おはよう理子」
 彼女は幼馴染の横ノ内理子。背中まで伸ばした長い黒髪が印象的な子だ。
付き合いが長い事もあり色々と助けてもらっている。同い年の癖に年上ぶってたまにウザい時もあるが、トータルで見ると……うん、やはり良いやつだ。
「えらいえらい、ちゃんと朝起きれたんだね」
 俺と並ぶと彼女は回れ右をして来た道を一緒に歩き出す。笑顔を見せる彼女は朝から満足そうだ。
「まぁな、俺もやればできる子だからさ」
「う~ん、でもやっぱり心配なのよね」
「いや、大丈夫だから。迎えに来なくていいから」
 理子が言い出すより早く俺は断った。
「別に遠慮しなくてもいいのに」
 つまらなそうに理子は口を尖らせる。理子の家は俺の家と高校のちょうど真ん中辺りに位置している。つまり理子が俺を迎えにいくという事は、高校とは反対方向へ歩き出すという事なのである。実に効率の悪い通学路を彼女は選んでいる。有難いと思うと同時に後ろめたい訳である。
「あ、ひょっとして蓮華さん帰ってきた?それで起こしてもらえたとか」
 よっぽど俺がちゃんと起きれた事が気に食わないのだろうか?理子は朝からそんな推理をぶつけてきた。
「母さんが帰ってきてたら、逆にまだ家を出れてないよ。たまに帰ってきた母を一人にするのか~って。学校休めぐらい言いそうだ」
 冗談ではないところが恐ろしい母親なのだが。
「たしかにそうかも。駄々こねてる蓮華さんが浮かんじゃった」
 苦笑いする理子。
「でも蓮華さんってそういうところ可愛いよね」
「人の母親つかまえて可愛いとか言わないでくれ」
「私もあんなお母さんになりたいな」
「やめてくれ。不幸な息子が増える」
「もう素直じゃないな。でも、まだ帰ってこないんだ、蓮華さん。今回の仕事長いね」
「ん、そうか?俺は一人のほうが楽で良いんだけどな」
 繰り返すが理子とは付き合いが長いので、うちの家庭の事情などは全てと言っていいほど知っている。
 初めて理子と会ったのは確か、小学校に入りたて位の時期だったと思う。場所は当時毎日ように通っていた小さな公園。それでどんな流れだったのか覚えてないが、その日の夜は彼女の家で晩飯を食べていた。うん、今思い起こしても子供って無邪気というか自由っていうか……無敵だったな。ま、それがきっかけで俺の母さんと理子のおばさんも仲良くなって家族ぐるみ的な付き合いが始まったという訳だ。
 母さんが仕事で家を空けるようになると、ちょくちょく理子の家に預けられたりもした。理子の家は酒屋を営んでいる。中学にあがった頃から俺は店を手伝うようになって、今ではバイトとして雇ってもらっているという関係になっている。まぁ、本当に横ノ内家には世話になっているという訳だ。
「またそんな事言って。本当に拓ちゃんは素直じゃないんだから。そろそろ寂しくて蓮華さんの夢でも見るんじゃないの?」
「……!、何言ってんの、バカじゃないの」
 不意を疲つかれた。今朝の夢を思い出してぶっきらぼうに言ってしまった。これじゃ肯定していると言っているようなもんじゃないか。俺は少し歩く速度を増していた。
「あ、待ってよ拓ちゃん。怒んないでよ、冗談じゃない。もう」
「じゃ、お昼にね」
「おう」
 理子とは教室が違うので廊下で別れ、自分の教室に入る。
「おいっす~、拓利。ちゃんと起きれたみたいだな」
 入って早々、そんな挨拶を交わしてきた男子生徒。俺の親友、村田直太郎だ。どいつもこいつも俺への挨拶はそんな言葉だ。うん、俺はみんなに愛されてる。きっとそう、きっとそうと思い込む。
「しっかし、横ノ内も健気だよな」
 教室に入るとき姿が見えたのか、直太郎がそう言った。
「今日は自分で起きたんだよ」
 心外だと今朝の快挙を訴えるが「ハイハイ」という心無い言葉に流される。
「お前のどこが気に入ってるんだか?」
「お、何だ?朝から喧嘩か?いいぞ、多少高くても今日は買い上げるぞ」
 俺は華麗なワンツーを繰り出す。
「なはははは、悪りぃ悪りぃ。今日は品切れだ。一昨日来やがれ、この野郎」
 なんて笑いながら直太郎は俺の背中を叩く。
 ――何でもないいつもの日常。特に不満もなく過ぎていく毎日。
 俺は何の疑いもなくこんな日々が続いていくものだと勝手に思い込んでいた。
「そういえば昨日貸したゲームやったか?」
「おお、やったやった。あれなかなか面白いな。飯も食わないで、ずっとやってたぜ。タイトルがダサいけど」
「あ、俺もそれ思った。タイトルで損してるよな。で、どこまで行ったよ?」
「あれだ、八雲山に行って封印石探してたら記憶なくなって……」
 ――事件は突然起こった。当たり前に過ぎていた日常は、実はとても脆いものだった。
「おお、結構進んだなぁ。で、どうなった?死んだ?」
「ああ、死んだよ。何か頭がカラスのやつが出てきてあっさり殺された」
 ――「死ぬ」だの「殺された」だの、そんなものはテレビやゲームの世界の言葉。自分には一生関わる事なんてないと思っていた言葉。
「クサナギの剣、取り忘れだな」
「あ、やっぱりそれか。何だそれ?どこで取れんだ?分岐点あったっけか?」
 ――でもそんな言葉たちは、すぐ近くにあった。一瞬でひっくり返る、背中合わせの世界だった。
「和海くん、いますか!?」
 すごい勢いで担任の楠本先生が教室の扉を開け、俺を呼びつけた。俺は直太郎と顔を見合わせ、日頃の行いを思い返す。少なくとも昨日今日は怒られる事していないはずだが。廊下に出ると担任がひどく狼狽しているのが見て取れ
た。そのくせ俺には「和海君、落ち着いて聞いて」なんて事をぬかす。
「いやいや、落ち着くのは先生のほうでしょ」
 言われた担任は素直に頷き、大きく一回深呼吸をする。そして俺の目をまっすぐ見つめてくる。その緊張感が俺にも伝わる。
「あのね、あなたのお母さんなんだけど、昨日の夜は家にいらっしゃった?」
 てっきり自分の事で何か言われるのかと思っていた為、突然母親の事を聞かれて動揺してしまう。
「い、いや、母は仕事で家を空けてますけど……」
 ごくりと担任は息を呑んだ。俺を見る目は何故か悲しみに溢れているように見えた。嫌な予感が胸をよぎる。だけどそれには気づかないふりをする。
「先生も一緒に行くから」
 何のことだろう?先生も一緒に行く?どこに行くというのだろう?俺は授業を受けなくちゃいけないのに。単位が足りなくて俺が大変な事知ってるはずなのに。この先生はいったい何を言ってるんだろう?俺は沸いてくる嫌な予感を、無理やり気づかないように努めていた。


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