その銀色の扉は、深い霧が立ち込める森の奥に、ぽつんと立っていた。壁も屋根もない。ただ、扉だけがそこにある。
一人の旅人が、その前で足を止めた。扉の前には、一匹の猫が座り込んでいる。猫は微動だにせず、ただ真っ直ぐに、閉ざされたままの真鍮の取っ手を見つめていた。
「おい、猫。こんなところで何をしているんだ」
旅人が問いかけても、猫は答えなかった。ただ、筆のように長いしっぽが、退屈そうに地面を払っただけだった。
この扉は、千年に一度だけ開くと言い伝えられている。向こう側にあるのは、失われた王国の黄金か、あるいは全てを塗り替える輝かしい未来か。あるいは――
「お前も、世界が変わる瞬間を待っているのか?」
旅人は猫の隣に腰を下ろした。何時間、あるいは何日が過ぎたろうか。空の色が紫から深い群青へと変わり、星々が扉を照らし出す。その時、ついに重厚な音が響いた。
ギギ……と、錆びついた蝶番が悲鳴を上げる。
扉がわずかに開いた。隙間から溢れ出したのは、目が眩むような光。旅人は息を呑み、未来を掴み取ろうと手を伸ばしかけた。
しかし、その瞬間。光の向こう側から、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。それは、焼きたての魚のような、ひどく日常的で温かな匂いだった。
猫は喉を鳴らし、迷わずその光の中へと飛び込んでいった。
「未来か、ごはんなんて。お前にとっちゃ、どっちも同じことなんだな」
旅人は苦笑し、自分もまた、その温かな光の向こう側へと一歩を踏み出した。