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理由なき選択を、正しさと呼べるか

ー/ー



 試験の前に、衣服の着替えやリラックスのためにクラスごとに控え室で準備を行うことになった。あと少しで、待ちわびた実技試験が始まるという中、突然準備室の扉が開かれる。そこに立っていたのは思いもしなかった人物だった。


「すまん、遅れた」

「…………は?」


 思いもよらず開かれた扉の前にはアステシアの姿があった。数週間の間、事情も聞かされず、授業はもちろん、学園にも現れていなかったアステシアが目の前にいるのだ。困惑も当然だろう。誰もが呆気にとられている中、真っ先に旭がアステシアに食ってかかる。誰にもバレないように、小さく、しかし激しく訴えかけるように言う。


「どんな胆力してるんだあんた……」

「いやなんだ、流石に試験には顔を出さないとな」

「面の皮厚すぎだろ……」


 さすがの旭も感情が追いついていないのか、もはや呆れている様子で、怒ろうにも怒れないようだった。ぞろぞろとアステシアに言い寄るクラスメイトたちをよそ目に、意外にもモニカは口を噤んだ。言いたいこと、聞きたいことが多すぎて、何から話せばいいのかわからなくなって、思考が上手くまとまらない。
 わけもわからず、モニカはアステシアを見る。顔を上げた時、思わず目が合ってしまった。そして、アステシアの視線が、一瞬だけ揺れて、目を逸らした。
 その一瞬だけでも、モニカは痛いほど理解できた。あれは、()()()()()()だった。いつもの、いつも通りの優しくて、時に厳しい、そんな目をしていた。そう思ってしまった自分に、モニカは思わず首を振る。ありえない、そんなはずはない。だって――

 ルナ・アステシアは、世界の敵のはずなのに

 そこまで考えて、モニカはハッとして思考を止める。無意味な思考だと、無理やり考えないようにした。これは確証のない、あくまで仮説にすぎない。憶測を憶測のまま語ることはできない。きっとそれは混乱を生む。しかし、本音はそうではなかった。

(もし……本当にアステシア先生が――)

 それが事実だと知ってしまえば最後、すべてが崩れてしまう。信じていたものが壊れてしまう。だから、信じたくない。疑いたくない。

 モニカと同じように、アステシアに疑念を抱き、この現状を受け入れきれない者たちは数人いるようだった。そんな状況を理解していながら、アステシアは神妙な面持ちで話し始める。


「この試験について、お前たちに言っておくべきことがある」


 それは、ルナ・アステシアとしての揺るぎない美学。月詠の大魔法使いとして生きてきたアステシアの表徴、あるいは人生とも呼ぶべき理念だった。


「人は極限では、十分な情報も、整った倫理も、善悪の判断すらも持つことはできない」


 全員が固唾を呑んでアステシアの言葉に耳を傾ける。その姿を見て、モニカは改めて確信する。師としての振る舞い、眼差し、言葉。すべてが心地よく感じられる。これが、この姿こそが、アステシアのあるべき姿なのだと、モニカは疑念を振り払った。

 アステシアは全員とゆっくり目を合わせて、言葉を続ける。


「けれど、お前たちがこれから生きていく中で、いつか選ばなければいけない瞬間がやってくる。無知でも、無秩序でも、愚かであっても、選択の時はやってくる」


 何かを堪えるように、アステシアは言葉を連ねる。


「選んだ理由は、あとでいい。だから、理由は選択の条件ではなく、()()()()()として引き受ける覚悟を持て」


 選択はいつだって突然にやってくる。その経験があるモニカは、アステシアの言葉を深く胸に刻み込んだ。そして、母からも同じような言葉を言われたことを、モニカは思い出す。

 選ぶ権利がある。それと同時に、選んだ責任も伴う。価値を見出すのは、自分自身である。

 今も、モニカは大きな責任の伴う分岐点に立たされているのだろう。どちらかを必ず選ばなければならない。どちらが正しいのかなんて、誰にもわからない。どちらも正しいのかもしれない。どちらも間違っているのかもしれない。どちらも選ぶことはできない。だけど、どちらかを選ぶことのできない人間にはなりたくない。

 選んだ理由は、あとでいい。

 それは、理由は不要である、という意味ではないのだろう。きっと、選択の瞬間に、理由を完成させなくてもいいと、そう言いたいのだ。


「私はジョカとともに試験官として実技試験を見させてもらう。評価は贔屓せず、平等につけるようにするから、あまり情けない結果は残すなよ」

「だってよ、レオ」

「だから俺関係ねぇって!」


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 試験の前に、衣服の着替えやリラックスのためにクラスごとに控え室で準備を行うことになった。あと少しで、待ちわびた実技試験が始まるという中、突然準備室の扉が開かれる。そこに立っていたのは思いもしなかった人物だった。
「すまん、遅れた」
「…………は?」
 思いもよらず開かれた扉の前にはアステシアの姿があった。数週間の間、事情も聞かされず、授業はもちろん、学園にも現れていなかったアステシアが目の前にいるのだ。困惑も当然だろう。誰もが呆気にとられている中、真っ先に旭がアステシアに食ってかかる。誰にもバレないように、小さく、しかし激しく訴えかけるように言う。
「どんな胆力してるんだあんた……」
「いやなんだ、流石に試験には顔を出さないとな」
「面の皮厚すぎだろ……」
 さすがの旭も感情が追いついていないのか、もはや呆れている様子で、怒ろうにも怒れないようだった。ぞろぞろとアステシアに言い寄るクラスメイトたちをよそ目に、意外にもモニカは口を噤んだ。言いたいこと、聞きたいことが多すぎて、何から話せばいいのかわからなくなって、思考が上手くまとまらない。
 わけもわからず、モニカはアステシアを見る。顔を上げた時、思わず目が合ってしまった。そして、アステシアの視線が、一瞬だけ揺れて、目を逸らした。
 その一瞬だけでも、モニカは痛いほど理解できた。あれは、|生《・》|徒《・》|を《・》|見《・》|る《・》|目《・》だった。いつもの、いつも通りの優しくて、時に厳しい、そんな目をしていた。そう思ってしまった自分に、モニカは思わず首を振る。ありえない、そんなはずはない。だって――
 ルナ・アステシアは、世界の敵のはずなのに
 そこまで考えて、モニカはハッとして思考を止める。無意味な思考だと、無理やり考えないようにした。これは確証のない、あくまで仮説にすぎない。憶測を憶測のまま語ることはできない。きっとそれは混乱を生む。しかし、本音はそうではなかった。
(もし……本当にアステシア先生が――)
 それが事実だと知ってしまえば最後、すべてが崩れてしまう。信じていたものが壊れてしまう。だから、信じたくない。疑いたくない。
 モニカと同じように、アステシアに疑念を抱き、この現状を受け入れきれない者たちは数人いるようだった。そんな状況を理解していながら、アステシアは神妙な面持ちで話し始める。
「この試験について、お前たちに言っておくべきことがある」
 それは、ルナ・アステシアとしての揺るぎない美学。月詠の大魔法使いとして生きてきたアステシアの表徴、あるいは人生とも呼ぶべき理念だった。
「人は極限では、十分な情報も、整った倫理も、善悪の判断すらも持つことはできない」
 全員が固唾を呑んでアステシアの言葉に耳を傾ける。その姿を見て、モニカは改めて確信する。師としての振る舞い、眼差し、言葉。すべてが心地よく感じられる。これが、この姿こそが、アステシアのあるべき姿なのだと、モニカは疑念を振り払った。
 アステシアは全員とゆっくり目を合わせて、言葉を続ける。
「けれど、お前たちがこれから生きていく中で、いつか選ばなければいけない瞬間がやってくる。無知でも、無秩序でも、愚かであっても、選択の時はやってくる」
 何かを堪えるように、アステシアは言葉を連ねる。
「選んだ理由は、あとでいい。だから、理由は選択の条件ではなく、|選《・》|択《・》|の《・》|責《・》|任《・》として引き受ける覚悟を持て」
 選択はいつだって突然にやってくる。その経験があるモニカは、アステシアの言葉を深く胸に刻み込んだ。そして、母からも同じような言葉を言われたことを、モニカは思い出す。
 選ぶ権利がある。それと同時に、選んだ責任も伴う。価値を見出すのは、自分自身である。
 今も、モニカは大きな責任の伴う分岐点に立たされているのだろう。どちらかを必ず選ばなければならない。どちらが正しいのかなんて、誰にもわからない。どちらも正しいのかもしれない。どちらも間違っているのかもしれない。どちらも選ぶことはできない。だけど、どちらかを選ぶことのできない人間にはなりたくない。
 選んだ理由は、あとでいい。
 それは、理由は不要である、という意味ではないのだろう。きっと、選択の瞬間に、理由を完成させなくてもいいと、そう言いたいのだ。
「私はジョカとともに試験官として実技試験を見させてもらう。評価は贔屓せず、平等につけるようにするから、あまり情けない結果は残すなよ」
「だってよ、レオ」
「だから俺関係ねぇって!」