Episode C
ー/ー 僕が見たのは、さっきまで立っていた通学路ではない。曲がり角の先は、アスファルトではなく、赤茶けた土の道になっていた。
道の脇には、見慣れない木製の電柱が立っている。そして、遠くの角を曲がるタカシの姿は、ひどく色褪せて見えた。
僕だけが、この曲がり角のルールによって、時間のずっと古い場所へ後戻りさせられてしまったのだ。
この赤錆色の土の上で、僕一人だけ永遠に帰れないけんけんぱを続けるしかないのか。
「けん、けん、ぱ……」
絶望に喉が震えた、その時だった。
「……何やってんだよ! 早く来いって!」
角の向こう、陽炎のように揺れていたタカシの姿が、こちらへ向かって猛然と逆走してくるのが見えた。
「タカシ! 来ちゃだめだ、戻れなくなる!」
叫んだが、彼は止まらない。ルールを破って戻ってきたタカシは、僕の襟首を乱暴に掴み、強引に立ち上がらせた。その手は驚くほど冷たい。
「いいか、一度だけだ。俺が『けん、けん』って言ったら、お前が『ぱ』で跳べ。タイミングを合わせろ。いいな?」
タカシの瞳は、これまでに見たことがないほど真剣で、どこか遠い場所を見ているようだった。
彼は僕の肩を抱き寄せ、静かにリズムを刻み始めた。
「けん……、けん……」
僕は全ての感覚を研ぎ澄ませ、タカシの予備動作に合わせた。
「……ぱ!」
二人の足が揃って地面を叩いた瞬間、鼓膜の奥でガラスが割れるような音が響いた。視界が真っ白に弾け、凄まじい風が頬を打つ。
――気がつくと、僕は硬いアスファルトの上に這いつくばっていた。
ツンと鼻を突く排気ガスの匂い。遠くで聞こえる救急車のサイレン。見上げれば、LEDの街灯がチカチカと夜を照らし始めている。「現代」の夜だった。
「……助かった。なあ、タカシ、今の凄かったな」
震える声で隣を振り返る。
けれど、そこには誰もいなかった。
ただ、アスファルトの上に、チョークで描かれたばかりのような白い「けんけんぱ」の円が、タカシが消えた角の向こうまで、まるで道標のように延々と続いていた。
ふと、握りしめていた右手に硬い感触を覚えた。
恐る恐る手を開くと、そこにあったのはタカシが持っていた最新のゲーム機などではなかった。
手のひらに転がっていたのは、ずっしりと重く、赤茶色に錆びついた一個の古いベーゴマだった。
タカシは最初から知っていたのではないか。あの角を無事に曲がりきるためには、誰かが「過去」に踏みとどまる重石にならなければいけないことを。
僕は立ち上がり、親友が消えた角の先を見つめた。
暗い夜の道。もう「けんけんぱ」の音は聞こえない。僕はただ、錆びた鉄の匂いが染み付いた手のひらを、強く、強く握りしめた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
僕が見たのは、さっきまで立っていた通学路ではない。曲がり角の先は、アスファルトではなく、赤茶けた土の道になっていた。
道の脇には、見慣れない木製の電柱が立っている。そして、遠くの角を曲がるタカシの姿は、ひどく色褪せて見えた。
僕だけが、この曲がり角のルールによって、時間のずっと古い場所へ後戻りさせられてしまったのだ。
この赤錆色の土の上で、僕一人だけ永遠に帰れないけんけんぱを続けるしかないのか。
「けん、けん、ぱ……」
絶望に喉が震えた、その時だった。
「……何やってんだよ! 早く来いって!」
角の向こう、陽炎のように揺れていたタカシの姿が、こちらへ向かって猛然と逆走してくるのが見えた。
「タカシ! 来ちゃだめだ、戻れなくなる!」
叫んだが、彼は止まらない。ルールを破って戻ってきたタカシは、僕の襟首を乱暴に掴み、強引に立ち上がらせた。その手は驚くほど冷たい。
「いいか、一度だけだ。俺が『けん、けん』って言ったら、お前が『ぱ』で跳べ。タイミングを合わせろ。いいな?」
タカシの瞳は、これまでに見たことがないほど真剣で、どこか遠い場所を見ているようだった。
彼は僕の肩を抱き寄せ、静かにリズムを刻み始めた。
「けん……、けん……」
僕は全ての感覚を研ぎ澄ませ、タカシの予備動作に合わせた。
「……ぱ!」
二人の足が揃って地面を叩いた瞬間、鼓膜の奥でガラスが割れるような音が響いた。視界が真っ白に弾け、凄まじい風が頬を打つ。
――気がつくと、僕は硬いアスファルトの上に這いつくばっていた。
ツンと鼻を突く排気ガスの匂い。遠くで聞こえる救急車のサイレン。見上げれば、LEDの街灯がチカチカと夜を照らし始めている。「現代」の夜だった。
「……助かった。なあ、タカシ、今の凄かったな」
震える声で隣を振り返る。
けれど、そこには誰もいなかった。
ただ、アスファルトの上に、チョークで描かれたばかりのような白い「けんけんぱ」の円が、タカシが消えた角の向こうまで、まるで道標のように延々と続いていた。
ふと、握りしめていた右手に硬い感触を覚えた。
恐る恐る手を開くと、そこにあったのはタカシが持っていた最新のゲーム機などではなかった。
手のひらに転がっていたのは、ずっしりと重く、赤茶色に錆びついた一個の古いベーゴマだった。
タカシは最初から知っていたのではないか。あの角を無事に曲がりきるためには、誰かが「過去」に踏みとどまる重石にならなければいけないことを。
僕は立ち上がり、親友が消えた角の先を見つめた。
暗い夜の道。もう「けんけんぱ」の音は聞こえない。僕はただ、錆びた鉄の匂いが染み付いた手のひらを、強く、強く握りしめた。