占い師の予言
ー/ー 「旅……」
(旅に出られる……? 本当に?)
胸の奥で燻っていた火種が、一気に燃え上がるのを感じた。
けれどその直後、冷たい水が差される。脳裏をよぎるのは、昨日戦った老練なオークキングの姿だ。
「……私が、本当に旅に出ていいの?」
先ほど、自分自身で口にしたばかりだ。
魔物は強くなり、数は増えていると。
「……正直、本当に魔物がどんどん強くなってきてる。みんなの強さを疑う訳じゃないけど、それくらい魔物の成長スピードが早いの」
(私がいない間に、もし魔物の群れが村に進行したら……)
リネットはこの村で一番の実力者だ。
その自負と責任感が、手放しで喜ぶことを許さない。足首を掴む泥のように、不安がまとわりつく。
「ああ。お前が留守の間、俺たちみんなでこの村を守る。だから、お前はこの村のことを気にせず旅をすればいいんだ……って」
ヴェルナーはバツが悪そうに後頭部をガシガシと掻いた。
「さっきあんな話をした直後だ。リネットからしたら、不安にもなるか」
「……」
「だがな、それでもお前が夢を叶える姿を、村の皆が見たいと思っているんだ。だから……」
コン、コン。
いい話になりかけた空気を、乾いたノックの音が叩き割った。
「ん? なんだこんな時に……アラン、ちょっと出てきてくれるか?」
「分かった」
アランがパタパタと玄関へ走っていく。
その足音が止まると同時に、話し声が聞こえてきた。
『はぁい! あれ? オーウェンさん?』
「ん? オーウェンさんだと?」
「みたいだね?」
ヴェルナーと顔を見合わせた、その時だ。
玄関の方から――
『やぁ、ごきげんようアラン。少々急用でね、上がっても良いかな?』
『うん、それはいいけど』
言葉が終わるか終わらないかの瞬間、リネットの隣で強烈な緑色の光がほとばしった。
風が巻き起こり、光の粒子の中から人影が形成される。
「おはよう。リネット、ヴェルナー」
「おいおいおいおい……。家の中でも魔法かい? オーウェンさん」
ヴェルナーが苦笑交じりに肩をすくめる。
現れたのは村の偉大な魔法使いで、賢者のオーウェンだ。彼は悪びれる様子もなく、涼しい顔で微笑んでいる。
「ふふ、リネットに急ぎ伝えたいことがあってね」
「私に……ですか?」
リネットは自分を指さし、首を傾げた。
「そう、君にだ。リネット」
オーウェンは真剣な眼差しで、一歩踏み出す。
「単刀直入に言うよ」
一拍の沈黙。
「リネット、君は世界を救う運命となった」
「は?」
「え?」
「ん?」
シンクロした三人の間の抜けた声が、広間に虚しく響き渡った。
重苦しい沈黙が落ちた。
最初に再起動を果たしたのは、やはり年の功か、ヴェルナーだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
ヴェルナーは額に手を当て、混乱した頭を振る。
「リネットが??? 救う??? 世界を???」
「ふふふ。珍しく動揺しているね、ヴェルナー」
「いやいや……当たり前だろう……。見ろよ、俺の子供たちを」
ヴェルナーがくいっと顎でしゃくる。
ヴェルナーの視線につられて隣を見れば、アランが口を半開きにして石化している。
リネットの思考も完全にショートした。恐らく弟と同じ顔をして、固まっていたのだろう。
「おやおや、それほど驚いたのかね」
「いや、オーウェンさん……。いきなり世界を救うだなんて言われたらこうなるぜ。俺だって頭がいっぱいいっぱいだ」
「ふむ、だがその気持ちは分かるとも。私もリネットが世界を救うと占いで知った時は、あやうく踊り出しそうになったものだ」
「なんだって? オーウェンさんが踊り出す? つまり……どういうことだ?」
「ふふふ。喜びのあまり、正気ではいられなかったということさ」
オーウェンは詩を吟じるような口調で、エルフ特有の回りくどい言い回しをしてみせる。
その大仰な仕草に、リネットもようやく冷静さを取り戻した。
「オーウェンさん、私が世界を救うってどういうこと??」
「実はね、リネット。私は随分前から、君が『明日』旅に出ることを知っていたのだよ」
人差し指を立て、悪戯っぽく片目を瞑る。
「……えっ」
(明日……? 私、こんな不安定な状況で明日旅立っちゃうの……? )
先ほどまでの決意が揺らぐ。
魔物が活発化している今、村を空けて自分の責任を放棄するような行動に出るなんて。未来の自分は何を考えているのだろう。
「おいおい……もうどこからツッコんでいいか分からなくなってきたぜ。プライバシーもクソもないじゃないか」
「そこで私は今日、世界の行く末を占ったのだよ。大切な愛弟子が旅立つのだから、変なことに巻き込まれないか心配でね」
ボヤくヴェルナーを柳のように受け流し、オーウェンはふと表情を消した。
「すると……『世界を飲み込むほどの邪悪』。そして、『それさえも飲み込む無垢』。その二つがせめぎ合い、世界を壊すという結果が出た」
「邪悪と……無垢? なんだそりゃ」
ヴェルナーが眉をひそめる。
「邪悪ならともかく、無垢が世界を破滅させるなんて聞いたことがないが……」
「うむ。邪悪に関しても無垢に関しても、私の占いではそれ以上見通すことが出来なかった」
「……」
「オーウェンさんが見通せないって……それ、相当ヤバいんじゃ……」
背筋に冷たいものが走る。
この村一番の賢者である彼ですら見えない未来。それは未知の恐怖そのものだ。
「そうだね。非常に不味い。だが、二つだけ確かなことを知れたんだ」
オーウェンはリネットの方へ向き直り、真っ直ぐにその目を見据えた。
「まず、世界を救う少女がいた。それは……君だったんだ。リネット」
「っ……」
「そして、二つ目。今回の占いの結果だが……」
一拍の沈黙。
オーウェンは神妙な面持ちで、最後の啓示を口にした。
「なにやら『勇者』が関わっていることは、間違いなさそうだ」
(旅に出られる……? 本当に?)
胸の奥で燻っていた火種が、一気に燃え上がるのを感じた。
けれどその直後、冷たい水が差される。脳裏をよぎるのは、昨日戦った老練なオークキングの姿だ。
「……私が、本当に旅に出ていいの?」
先ほど、自分自身で口にしたばかりだ。
魔物は強くなり、数は増えていると。
「……正直、本当に魔物がどんどん強くなってきてる。みんなの強さを疑う訳じゃないけど、それくらい魔物の成長スピードが早いの」
(私がいない間に、もし魔物の群れが村に進行したら……)
リネットはこの村で一番の実力者だ。
その自負と責任感が、手放しで喜ぶことを許さない。足首を掴む泥のように、不安がまとわりつく。
「ああ。お前が留守の間、俺たちみんなでこの村を守る。だから、お前はこの村のことを気にせず旅をすればいいんだ……って」
ヴェルナーはバツが悪そうに後頭部をガシガシと掻いた。
「さっきあんな話をした直後だ。リネットからしたら、不安にもなるか」
「……」
「だがな、それでもお前が夢を叶える姿を、村の皆が見たいと思っているんだ。だから……」
コン、コン。
いい話になりかけた空気を、乾いたノックの音が叩き割った。
「ん? なんだこんな時に……アラン、ちょっと出てきてくれるか?」
「分かった」
アランがパタパタと玄関へ走っていく。
その足音が止まると同時に、話し声が聞こえてきた。
『はぁい! あれ? オーウェンさん?』
「ん? オーウェンさんだと?」
「みたいだね?」
ヴェルナーと顔を見合わせた、その時だ。
玄関の方から――
『やぁ、ごきげんようアラン。少々急用でね、上がっても良いかな?』
『うん、それはいいけど』
言葉が終わるか終わらないかの瞬間、リネットの隣で強烈な緑色の光がほとばしった。
風が巻き起こり、光の粒子の中から人影が形成される。
「おはよう。リネット、ヴェルナー」
「おいおいおいおい……。家の中でも魔法かい? オーウェンさん」
ヴェルナーが苦笑交じりに肩をすくめる。
現れたのは村の偉大な魔法使いで、賢者のオーウェンだ。彼は悪びれる様子もなく、涼しい顔で微笑んでいる。
「ふふ、リネットに急ぎ伝えたいことがあってね」
「私に……ですか?」
リネットは自分を指さし、首を傾げた。
「そう、君にだ。リネット」
オーウェンは真剣な眼差しで、一歩踏み出す。
「単刀直入に言うよ」
一拍の沈黙。
「リネット、君は世界を救う運命となった」
「は?」
「え?」
「ん?」
シンクロした三人の間の抜けた声が、広間に虚しく響き渡った。
重苦しい沈黙が落ちた。
最初に再起動を果たしたのは、やはり年の功か、ヴェルナーだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
ヴェルナーは額に手を当て、混乱した頭を振る。
「リネットが??? 救う??? 世界を???」
「ふふふ。珍しく動揺しているね、ヴェルナー」
「いやいや……当たり前だろう……。見ろよ、俺の子供たちを」
ヴェルナーがくいっと顎でしゃくる。
ヴェルナーの視線につられて隣を見れば、アランが口を半開きにして石化している。
リネットの思考も完全にショートした。恐らく弟と同じ顔をして、固まっていたのだろう。
「おやおや、それほど驚いたのかね」
「いや、オーウェンさん……。いきなり世界を救うだなんて言われたらこうなるぜ。俺だって頭がいっぱいいっぱいだ」
「ふむ、だがその気持ちは分かるとも。私もリネットが世界を救うと占いで知った時は、あやうく踊り出しそうになったものだ」
「なんだって? オーウェンさんが踊り出す? つまり……どういうことだ?」
「ふふふ。喜びのあまり、正気ではいられなかったということさ」
オーウェンは詩を吟じるような口調で、エルフ特有の回りくどい言い回しをしてみせる。
その大仰な仕草に、リネットもようやく冷静さを取り戻した。
「オーウェンさん、私が世界を救うってどういうこと??」
「実はね、リネット。私は随分前から、君が『明日』旅に出ることを知っていたのだよ」
人差し指を立て、悪戯っぽく片目を瞑る。
「……えっ」
(明日……? 私、こんな不安定な状況で明日旅立っちゃうの……? )
先ほどまでの決意が揺らぐ。
魔物が活発化している今、村を空けて自分の責任を放棄するような行動に出るなんて。未来の自分は何を考えているのだろう。
「おいおい……もうどこからツッコんでいいか分からなくなってきたぜ。プライバシーもクソもないじゃないか」
「そこで私は今日、世界の行く末を占ったのだよ。大切な愛弟子が旅立つのだから、変なことに巻き込まれないか心配でね」
ボヤくヴェルナーを柳のように受け流し、オーウェンはふと表情を消した。
「すると……『世界を飲み込むほどの邪悪』。そして、『それさえも飲み込む無垢』。その二つがせめぎ合い、世界を壊すという結果が出た」
「邪悪と……無垢? なんだそりゃ」
ヴェルナーが眉をひそめる。
「邪悪ならともかく、無垢が世界を破滅させるなんて聞いたことがないが……」
「うむ。邪悪に関しても無垢に関しても、私の占いではそれ以上見通すことが出来なかった」
「……」
「オーウェンさんが見通せないって……それ、相当ヤバいんじゃ……」
背筋に冷たいものが走る。
この村一番の賢者である彼ですら見えない未来。それは未知の恐怖そのものだ。
「そうだね。非常に不味い。だが、二つだけ確かなことを知れたんだ」
オーウェンはリネットの方へ向き直り、真っ直ぐにその目を見据えた。
「まず、世界を救う少女がいた。それは……君だったんだ。リネット」
「っ……」
「そして、二つ目。今回の占いの結果だが……」
一拍の沈黙。
オーウェンは神妙な面持ちで、最後の啓示を口にした。
「なにやら『勇者』が関わっていることは、間違いなさそうだ」
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「旅……」
(旅に出られる……? 本当に?)
胸の奥で燻っていた火種が、一気に燃え上がるのを感じた。
けれどその直後、冷たい水が差される。脳裏をよぎるのは、昨日戦った老練なオークキングの姿だ。
「……私が、本当に旅に出ていいの?」
先ほど、自分自身で口にしたばかりだ。
魔物は強くなり、数は増えていると。
「……正直、本当に魔物がどんどん強くなってきてる。みんなの強さを疑う訳じゃないけど、それくらい魔物の成長スピードが早いの」
(私がいない間に、もし魔物の群れが村に進行したら……)
リネットはこの村で一番の実力者だ。
その自負と責任感が、手放しで喜ぶことを許さない。足首を掴む泥のように、不安がまとわりつく。
「ああ。お前が留守の間、俺たちみんなでこの村を守る。だから、お前はこの村のことを気にせず旅をすればいいんだ……って」
ヴェルナーはバツが悪そうに後頭部をガシガシと掻いた。
「さっきあんな話をした直後だ。リネットからしたら、不安にもなるか」
「……」
「だがな、それでもお前が夢を叶える姿を、村の皆が見たいと思っているんだ。だから……」
コン、コン。
いい話になりかけた空気を、乾いたノックの音が叩き割った。
「ん? なんだこんな時に……アラン、ちょっと出てきてくれるか?」
「分かった」
アランがパタパタと玄関へ走っていく。
その足音が止まると同時に、話し声が聞こえてきた。
『はぁい! あれ? オーウェンさん?』
「ん? オーウェンさんだと?」
「みたいだね?」
ヴェルナーと顔を見合わせた、その時だ。
玄関の方から――
『やぁ、ごきげんようアラン。少々急用でね、上がっても良いかな?』
『うん、それはいいけど』
言葉が終わるか終わらないかの瞬間、リネットの隣で強烈な緑色の光がほとばしった。
風が巻き起こり、光の粒子の中から人影が形成される。
「おはよう。リネット、ヴェルナー」
「おいおいおいおい……。家の中でも魔法かい? オーウェンさん」
ヴェルナーが苦笑交じりに肩をすくめる。
現れたのは村の偉大な魔法使いで、賢者のオーウェンだ。彼は悪びれる様子もなく、涼しい顔で微笑んでいる。
「ふふ、リネットに急ぎ伝えたいことがあってね」
「私に……ですか?」
リネットは自分を指さし、首を傾げた。
「そう、君にだ。リネット」
オーウェンは真剣な眼差しで、一歩踏み出す。
「単刀直入に言うよ」
一拍の沈黙。
「リネット、君は世界を救う運命となった」
「は?」
「え?」
「ん?」
シンクロした三人の間の抜けた声が、広間に虚しく響き渡った。
重苦しい沈黙が落ちた。
最初に再起動を果たしたのは、やはり年の功か、ヴェルナーだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
ヴェルナーは額に手を当て、混乱した頭を振る。
「リネットが??? 救う??? 世界を???」
「ふふふ。珍しく動揺しているね、ヴェルナー」
「いやいや……当たり前だろう……。見ろよ、俺の子供たちを」
ヴェルナーがくいっと顎でしゃくる。
ヴェルナーの視線につられて隣を見れば、アランが口を半開きにして石化している。
リネットの思考も完全にショートした。恐らく弟と同じ顔をして、固まっていたのだろう。
リネットの思考も完全にショートした。恐らく弟と同じ顔をして、固まっていたのだろう。
「おやおや、それほど驚いたのかね」
「いや、オーウェンさん……。いきなり世界を救うだなんて言われたらこうなるぜ。俺だって頭がいっぱいいっぱいだ」
「ふむ、だがその気持ちは分かるとも。私もリネットが世界を救うと占いで知った時は、あやうく踊り出しそうになったものだ」
「なんだって? オーウェンさんが踊り出す? つまり……どういうことだ?」
「ふふふ。喜びのあまり、正気ではいられなかったということさ」
オーウェンは詩を吟じるような口調で、エルフ特有の回りくどい言い回しをしてみせる。
その大仰な仕草に、リネットもようやく冷静さを取り戻した。
「オーウェンさん、私が世界を救うってどういうこと??」
「実はね、リネット。私は随分前から、君が『明日』旅に出ることを知っていたのだよ」
人差し指を立て、悪戯っぽく片目を瞑る。
「……えっ」
(明日……? 私、こんな不安定な状況で明日旅立っちゃうの……? )
先ほどまでの決意が揺らぐ。
魔物が活発化している今、村を空けて自分の責任を放棄するような行動に出るなんて。未来の自分は何を考えているのだろう。
「おいおい……もうどこからツッコんでいいか分からなくなってきたぜ。プライバシーもクソもないじゃないか」
「そこで私は今日、世界の行く末を占ったのだよ。大切な愛弟子が旅立つのだから、変なことに巻き込まれないか心配でね」
ボヤくヴェルナーを柳のように受け流し、オーウェンはふと表情を消した。
「すると……『世界を飲み込むほどの邪悪』。そして、『それさえも飲み込む無垢』。その二つがせめぎ合い、世界を壊すという結果が出た」
「邪悪と……無垢? なんだそりゃ」
ヴェルナーが眉をひそめる。
「邪悪ならともかく、無垢が世界を破滅させるなんて聞いたことがないが……」
「うむ。邪悪に関しても無垢に関しても、私の占いではそれ以上見通すことが出来なかった」
「……」
「オーウェンさんが見通せないって……それ、相当ヤバいんじゃ……」
背筋に冷たいものが走る。
この村一番の賢者である彼ですら見えない未来。それは未知の恐怖そのものだ。
「そうだね。非常に不味い。だが、二つだけ確かなことを知れたんだ」
オーウェンはリネットの方へ向き直り、真っ直ぐにその目を見据えた。
「まず、世界を救う少女がいた。それは……君だったんだ。リネット」
「っ……」
「そして、二つ目。今回の占いの結果だが……」
一拍の沈黙。
オーウェンは神妙な面持ちで、最後の啓示を口にした。
「なにやら『勇者』が関わっていることは、間違いなさそうだ」