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藍色の包み紙

ー/ー



 塾帰りの夜。直人(なおと)は、冷えた指先をポケットに押し込みながら、逃げ込むようにコンビニへ入った。


明るすぎるLED照明と、聞き慣れた入店音。世界が急に平たくなる。

 お菓子コーナーで、指が止まった。

棚に並ぶ派手なパッケージの中で、それだけが静かだった。



 深い藍色の包み紙。和紙のようにしっとりとした手触り。銀の細い糸で、迷路めいた幾何学模様が縫い込まれている。


「……なにこれ」


商品名はない。値札だけが、他と同じ顔でそこにあった。



直人は理由もなく、それを手に取っていた。

会計は三百円。店員は何も言わない。

いつも通りの買い物のはずだった。

自動ドアが閉まり、夜の冷気が戻ってくる。




 歩きながら包みを開くと、中から現れたのは、黒曜石のように艶やかなチョコレートだった。

ひとかけら、口に入れた瞬間。

――ぐらり、と世界が裏返る。



 濃厚な苦味と同時に、鼻を抜ける甘い花の香り。どこか懐かしいのに、思い出せない匂い。


足裏のアスファルトの感触が、すっと消えた。

気づくと、直人は森の中に立っていた。

木々は銀色に光り、葉が触れ合うたび、風鈴のような音が鳴る。夜空には、色の違う二つの月。



「……おや。また迷い子だ」

声は、上から。

 見上げると、銀色の枝に少年が腰掛けていた。長いしっぽを揺らし、手には――同じチョコレート。



「それは『道標(みちしるべ)』。向こうの世界に遊びに行った人が、帰るために持つものさ」


少年は軽やかに降りると、直人の手から残りのチョコを取り上げた。


「全部食べちゃだめ。食べきると、自分の場所を忘れる」

半分だけ、チョコを返される。

「目を閉じて。家の匂いを思い出して」

言われるまま目を閉じた瞬間、しっぽが頬を叩いた。

「次は、間違えて買わないことだね」

弾かれるように目を開けると、街灯の下に立っていた。


目の前には、見慣れたコンビニの看板。

手の中には、何もない。

ただ、口の奥に残るカカオの香りと、頬のわずかな温もりだけが、確かに「別の場所」を通ってきた証のようだった。






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 塾帰りの夜。|直人《なおと》は、冷えた指先をポケットに押し込みながら、逃げ込むようにコンビニへ入った。
明るすぎるLED照明と、聞き慣れた入店音。世界が急に平たくなる。
 お菓子コーナーで、指が止まった。
棚に並ぶ派手なパッケージの中で、それだけが静かだった。
 深い藍色の包み紙。和紙のようにしっとりとした手触り。銀の細い糸で、迷路めいた幾何学模様が縫い込まれている。
「……なにこれ」
商品名はない。値札だけが、他と同じ顔でそこにあった。
直人は理由もなく、それを手に取っていた。
会計は三百円。店員は何も言わない。
いつも通りの買い物のはずだった。
自動ドアが閉まり、夜の冷気が戻ってくる。
 歩きながら包みを開くと、中から現れたのは、黒曜石のように艶やかなチョコレートだった。
ひとかけら、口に入れた瞬間。
――ぐらり、と世界が裏返る。
 濃厚な苦味と同時に、鼻を抜ける甘い花の香り。どこか懐かしいのに、思い出せない匂い。
足裏のアスファルトの感触が、すっと消えた。
気づくと、直人は森の中に立っていた。
木々は銀色に光り、葉が触れ合うたび、風鈴のような音が鳴る。夜空には、色の違う二つの月。
「……おや。また迷い子だ」
声は、上から。
 見上げると、銀色の枝に少年が腰掛けていた。長いしっぽを揺らし、手には――同じチョコレート。
「それは『|道標《みちしるべ》』。向こうの世界に遊びに行った人が、帰るために持つものさ」
少年は軽やかに降りると、直人の手から残りのチョコを取り上げた。
「全部食べちゃだめ。食べきると、自分の場所を忘れる」
半分だけ、チョコを返される。
「目を閉じて。家の匂いを思い出して」
言われるまま目を閉じた瞬間、しっぽが頬を叩いた。
「次は、間違えて買わないことだね」
弾かれるように目を開けると、街灯の下に立っていた。
目の前には、見慣れたコンビニの看板。
手の中には、何もない。
ただ、口の奥に残るカカオの香りと、頬のわずかな温もりだけが、確かに「別の場所」を通ってきた証のようだった。