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月曜日の落とし物郵便局 Episode 2

ー/ー



 木製の重いドアを押すと、カラン、と乾いた鈴の音が響いた。


 古い紙が年月を経て甘くなったような匂いと、どこか懐かしい蜜蝋(みつろう)の香り。雨の音は扉が閉まった瞬間に遠のき、しんと静まり返った空間が広がっていた。


​ カウンターの奥には、一人の青年が座っていた。


 二十代半ばだろうか。糊のきいた白いシャツに、深い紺色のベストを重ねている。彼は羽根ペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、深い森の奥にある湖のように静かで、どこか浮世離れした清潔感を湛えている。


​「いらっしゃいませ。ここは『月曜日の落としもの郵便局』です。……お探しものは、何ですか?」


​ 青年の声は、低く、けれど耳に心地よい響きを持っていた。まるで、ずっと前から私がここに来るのを知っていたかのような、穏やかな問いかけ。


​「あの、昨日の夜、このあたりでコンパクトを失くしてしまって。……蓋に、バラの刺繍がついた、古いものです」


​ 私が言い終えるか終えないかのうちに、青年は傍らに置かれた大きな帳面を、音もなくめくった。指先が白く、細い。


​「……バラの刺繍、ですね」

 青年はふっと目を細め、少しだけ困ったような、けれど優しい微笑を浮かべた。

「届いていますよ。ただ、引き取りには少しばかり順序が必要なんです」



​ 彼は立ち上がり、背後の高い棚に視線を向けた。そこには無数の小さな木箱が、まるで街の灯りのように整然と並んでいた。青年は、棚から一つの小さな木箱をカウンターの上に置いた。けれど、それをすぐに開けようとはせず、ただ静かに私の瞳を覗き込んできた。


​「なくされたものは、これだけですか?」

​ その問いに、私は戸惑った。


「ええ……。祖母から譲り受けた、バラの刺繍のコンパクトです。内側に鏡と、それから……」

​ 言葉が、不意に途切れた。

 あの中には、何か入っていたんだっけ?



​ 鏡に映る自分の顔を見るのが、最近は少しだけ怖かった。


 雑貨店の仕入れに追われ、売上の数字を睨み、真実(まみ)と意見が食い違うたびに、私はコンパクトの蓋をなぞった。


けれど、その蓋を開けて、自分自身と向き合うことをいつから止めていただろうーー





​ 




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 木製の重いドアを押すと、カラン、と乾いた鈴の音が響いた。
 古い紙が年月を経て甘くなったような匂いと、どこか懐かしい|蜜蝋《みつろう》の香り。雨の音は扉が閉まった瞬間に遠のき、しんと静まり返った空間が広がっていた。
​ カウンターの奥には、一人の青年が座っていた。
 二十代半ばだろうか。糊のきいた白いシャツに、深い紺色のベストを重ねている。彼は羽根ペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、深い森の奥にある湖のように静かで、どこか浮世離れした清潔感を湛えている。
​「いらっしゃいませ。ここは『月曜日の落としもの郵便局』です。……お探しものは、何ですか?」
​ 青年の声は、低く、けれど耳に心地よい響きを持っていた。まるで、ずっと前から私がここに来るのを知っていたかのような、穏やかな問いかけ。
​「あの、昨日の夜、このあたりでコンパクトを失くしてしまって。……蓋に、バラの刺繍がついた、古いものです」
​ 私が言い終えるか終えないかのうちに、青年は傍らに置かれた大きな帳面を、音もなくめくった。指先が白く、細い。
​「……バラの刺繍、ですね」
 青年はふっと目を細め、少しだけ困ったような、けれど優しい微笑を浮かべた。
「届いていますよ。ただ、引き取りには少しばかり順序が必要なんです」
​ 彼は立ち上がり、背後の高い棚に視線を向けた。そこには無数の小さな木箱が、まるで街の灯りのように整然と並んでいた。青年は、棚から一つの小さな木箱をカウンターの上に置いた。けれど、それをすぐに開けようとはせず、ただ静かに私の瞳を覗き込んできた。
​「なくされたものは、これだけですか?」
​ その問いに、私は戸惑った。
「ええ……。祖母から譲り受けた、バラの刺繍のコンパクトです。内側に鏡と、それから……」
​ 言葉が、不意に途切れた。
 あの中には、何か入っていたんだっけ?
​ 鏡に映る自分の顔を見るのが、最近は少しだけ怖かった。
 雑貨店の仕入れに追われ、売上の数字を睨み、|真実《まみ》と意見が食い違うたびに、私はコンパクトの蓋をなぞった。
けれど、その蓋を開けて、自分自身と向き合うことをいつから止めていただろうーー
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