月曜日の落とし物郵便局 Episode 1
ー/ー その郵便局は、雨の夕暮れにだけ現れる。
預かっているのは、落とし主が忘れてしまった「あの日」の決意。
バラの刺繍のコンパクトを手に、鈴音すずねが見つけた「自分らしい色」とは。
ー※ーー※ーー※ー
コンパクトは、私の指先にいつも馴染んでいた。
祖母から譲り受けた、古いコンパクト。
柔らかな金色のフレームに縁取られ、蓋には精緻なプチポワンの刺繍が施されている。一針ずつ刺された薄紅色のバラは、長い年月を経て、落ち着いた深い色合いに育っていた。
指先でなぞると、刺繍特有のわずかな隆起が頼もしく、揺れがちな私の心をいつも静かに繋ぎ止めてくれたのだ。
……けれど今、私の指先が触れているのは、湿り気を帯びたコートのポケットの裏地だけだった。
「真実、ごめん。少しだけ外の様子を見てくる」
私は逃げるように店を飛び出した。傘を差すのももどかしく、雨に濡れたアスファルトを走る。
昨夜通った道、立ち寄ったベーカリーの角、街灯の下。どこを覗き込んでも、あの小さなバラは咲いていない。
呼吸が白く乱れ始めたその時だった。
いつも通っているはずの裏路地。古びたレンガ塀の影に、見慣れない赤褐色のポストが、まるで最初からそこにあったかのような顔をして、ぽつんと立っているのが見えた。
ポストのすぐ後ろに、一軒の小さな建物があることに気づく。
蔦に覆われた古い木製のドア。横の窓からは、琥珀色の柔らかな光が漏れている。看板にはかすれた文字で、こう書かれていた。
『月曜日の落としもの郵便局 ――あなたの心からこぼれたものを預かっています』
今日は土曜日だ。けれど、なぜだろう。その扉を叩かなければならないという強い思いに、私は抗うことができなかった。
みんなのリアクション
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その郵便局は、雨の夕暮れにだけ現れる。
預かっているのは、落とし主が忘れてしまった「あの日」の決意。
バラの刺繍のコンパクトを手に、鈴音すずねが見つけた「自分らしい色」とは。
ー※ーー※ーー※ー
コンパクトは、私の指先にいつも馴染んでいた。
祖母から譲り受けた、古いコンパクト。
柔らかな金色のフレームに縁取られ、蓋には精緻なプチポワンの刺繍が施されている。一針ずつ刺された薄紅色のバラは、長い年月を経て、落ち着いた深い色合いに育っていた。
指先でなぞると、刺繍特有のわずかな隆起が頼もしく、揺れがちな私の心をいつも静かに繋ぎ止めてくれたのだ。
……けれど今、私の指先が触れているのは、湿り気を帯びたコートのポケットの裏地だけだった。
「|真実《まみ》、ごめん。少しだけ外の様子を見てくる」
私は逃げるように店を飛び出した。傘を差すのももどかしく、雨に濡れたアスファルトを走る。
昨夜通った道、立ち寄ったベーカリーの角、街灯の下。どこを覗き込んでも、あの小さなバラは咲いていない。
呼吸が白く乱れ始めたその時だった。
いつも通っているはずの裏路地。古びたレンガ塀の影に、見慣れない赤褐色のポストが、まるで最初からそこにあったかのような顔をして、ぽつんと立っているのが見えた。
ポストのすぐ後ろに、一軒の小さな建物があることに気づく。
蔦に覆われた古い木製のドア。横の窓からは、琥珀色の柔らかな光が漏れている。看板にはかすれた文字で、こう書かれていた。
『月曜日の落としもの郵便局 ――あなたの心からこぼれたものを預かっています』
今日は土曜日だ。けれど、なぜだろう。その扉を叩かなければならないという強い思いに、私は抗うことができなかった。