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37頭目 母とは

ー/ー



『健吾ママです♪ みんな今日も、味噌煮に煮転がし食べたね♪』
 画面いっぱいの顔面ドアップで登場し、健吾ママが家族に朝食を振る舞う。軽やかな歌と共に、コンビニ弁当の宣伝で締めとなる。
 健吾ママとは、元アイドルグループのムードメーカー・羽鳥健吾扮する女性キャラクターである。元々はバラエティ番組のワンコーナーに登場していたが、その人気から番組終了後も単独でCMなどに起用されている。
「この味噌煮、うんまいっ!!」
 奇しくも、俺達はその味噌煮弁当を食べているところだ。普段は自炊メインの我が家だが、今日はどうにも気怠くてコンビニ弁当を買ってしまった。
 自立した今だから分かるが、毎日の自炊はつい億劫になってしまう。正直、こんな面倒なことを長年続けているお袋はすごいよなぁ。
 弁当はサバが主菜にも拘らず、俺の手は里芋へ伸びている。この煮転がしは、砂糖醤油の優しい口当たりが実に心地良い。
 三温糖と味醂(みりん)の組み合わせが、包み込むようなお袋の優しさを想起させる。健吾ママというコメディのキャラクターはともかく、お袋の味としての再現度は非常に高い。
 この弁当、期間限定と言わずに定番化して欲しいものだ。これさえあれば、俺は炊事なんて辞めてもいいかもしれない……まぁ、それは言い過ぎだな。
「このフンコロガシ、ホクホクしてるっ!」
 甥っ子よ、俺が懐かしんでいるのを邪魔するな。錬師のようにこの蹄……もとい拳をお見舞いしてやろうか……?

ーー

『健吾ママの味噌煮定食が波紋! 女性蔑視としてSNSで賛否』
 翌日のニュースで、俺達が昨日食べていた味噌煮弁当が話題になっていた。けれど、あまり良いニュースではないようだ。
 事の発端は、とある女子高生がSNSへ投稿した一言だった。彼女は幼い頃に母と生き別れ、男手一つで育てられた。
 しかしながら男手だけで家事はままならず、至らぬところを彼女がカバーしていたそう。
『女性は家事ロボットじゃないんだ!!!』
 部活動や恋愛など、本来ならば謳歌していたであろう高校生活。苦悩する彼女の姿が垣間見え、俺は心が痛む。
『そうですかねぇ? 僕としては、お袋の味って温かみがあっていいと思うんですが……』
 このニュースに男性コメンテーターは懐疑的。スタジオ内も、彼の意見に賛同する雰囲気が漂っている。
 ただ、ここで留意しなければならないのは少数派の意見だ。番組が行ったアンケート調査には、1割程度だが彼女に賛同する回答が見られる。
 夫婦の離婚率が約3割と言われる昨今、ひとり親になってしまう子供もそれ相応にいるはずだ。そういう意味で、お袋の味に共感できない意見があっても然るべき。
『私はぁ、離婚してお母さんと2人で暮らしてましたぁ。あと……おじいちゃん!』
 そうそう、この女性コメンテーターのように現代は母子家庭も珍しくない。祖父の手を借りられたのは幸いかも知れないな。
 但し、お袋の味を引き合いに出すならば、母の日だって同じようなものじゃないか? あれだって、ひとり親にとっては虚無感を覚える残酷なイベントかも知れないだろう?
 俺からすれば、母の日や父の日なんて言い方をするから角が立つ。いっそのこと、『家族の日』と一括りにした方が万人向けではなかろうか?
 牛郎なんて、両親不在で伯父の俺が育てているからな。そういうところに、世間はもう少し着目して欲しい。
『私のおじいちゃんですかぁ? 元プロレスラーのセント佐野ですよぉ!』
 今、何て言った? セント佐野の孫娘……? セント佐野って、栃木県が世界に誇るプロレスラーじゃないかっ!!
 その一言にスタジオがどよめいた。その事実、どうやら誰一人として知らなかったらしい。
『私の名前はぁ、このポーズが由来なんですよおっ!』
 彼女は自慢げに両手を交差させている。そのポーズは、セント佐野の代名詞『天空クロスチョップ』そのものだ。
 その事実に気を取られ、カメラアングルが彼女の全身アップに切り替わる。クロスチョップの構えと『佐野美空(みく)』の名札が誇らしげに映えている。
 あれ、本題が霞んだぞ……? 確かなのは、美空の背中にお爺様の影が見えるということだ。
「おじさん、昨日のフンコロガシ弁当買ってきたよっ!」
 ……そうだった、健吾ママの味噌煮定食が波紋を呼んでいたんだ。SNSで炎上した結果、在庫限りで販売中止に追い込まれたのは世知辛いものだ。
 甥っ子よ、売切れ前に味噌煮定食をリピートするとはやるじゃないか。フンコロガシは一言余計だが、今回は許してやる。


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『健吾ママです♪ みんな今日も、味噌煮に煮転がし食べたね♪』 画面いっぱいの顔面ドアップで登場し、健吾ママが家族に朝食を振る舞う。軽やかな歌と共に、コンビニ弁当の宣伝で締めとなる。
 健吾ママとは、元アイドルグループのムードメーカー・羽鳥健吾扮する女性キャラクターである。元々はバラエティ番組のワンコーナーに登場していたが、その人気から番組終了後も単独でCMなどに起用されている。
「この味噌煮、うんまいっ!!」
 奇しくも、俺達はその味噌煮弁当を食べているところだ。普段は自炊メインの我が家だが、今日はどうにも気怠くてコンビニ弁当を買ってしまった。
 自立した今だから分かるが、毎日の自炊はつい億劫になってしまう。正直、こんな面倒なことを長年続けているお袋はすごいよなぁ。
 弁当はサバが主菜にも拘らず、俺の手は里芋へ伸びている。この煮転がしは、砂糖醤油の優しい口当たりが実に心地良い。
 三温糖と|味醂《みりん》の組み合わせが、包み込むようなお袋の優しさを想起させる。健吾ママというコメディのキャラクターはともかく、お袋の味としての再現度は非常に高い。
 この弁当、期間限定と言わずに定番化して欲しいものだ。これさえあれば、俺は炊事なんて辞めてもいいかもしれない……まぁ、それは言い過ぎだな。
「このフンコロガシ、ホクホクしてるっ!」
 甥っ子よ、俺が懐かしんでいるのを邪魔するな。錬師のようにこの蹄……もとい拳をお見舞いしてやろうか……?
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『健吾ママの味噌煮定食が波紋! 女性蔑視としてSNSで賛否』
 翌日のニュースで、俺達が昨日食べていた味噌煮弁当が話題になっていた。けれど、あまり良いニュースではないようだ。
 事の発端は、とある女子高生がSNSへ投稿した一言だった。彼女は幼い頃に母と生き別れ、男手一つで育てられた。
 しかしながら男手だけで家事はままならず、至らぬところを彼女がカバーしていたそう。
『女性は家事ロボットじゃないんだ!!!』
 部活動や恋愛など、本来ならば謳歌していたであろう高校生活。苦悩する彼女の姿が垣間見え、俺は心が痛む。
『そうですかねぇ? 僕としては、お袋の味って温かみがあっていいと思うんですが……』
 このニュースに男性コメンテーターは懐疑的。スタジオ内も、彼の意見に賛同する雰囲気が漂っている。
 ただ、ここで留意しなければならないのは少数派の意見だ。番組が行ったアンケート調査には、1割程度だが彼女に賛同する回答が見られる。
 夫婦の離婚率が約3割と言われる昨今、ひとり親になってしまう子供もそれ相応にいるはずだ。そういう意味で、お袋の味に共感できない意見があっても然るべき。
『私はぁ、離婚してお母さんと2人で暮らしてましたぁ。あと……おじいちゃん!』
 そうそう、この女性コメンテーターのように現代は母子家庭も珍しくない。祖父の手を借りられたのは幸いかも知れないな。
 但し、お袋の味を引き合いに出すならば、母の日だって同じようなものじゃないか? あれだって、ひとり親にとっては虚無感を覚える残酷なイベントかも知れないだろう?
 俺からすれば、母の日や父の日なんて言い方をするから角が立つ。いっそのこと、『家族の日』と一括りにした方が万人向けではなかろうか?
 牛郎なんて、両親不在で伯父の俺が育てているからな。そういうところに、世間はもう少し着目して欲しい。
『私のおじいちゃんですかぁ? 元プロレスラーのセント佐野ですよぉ!』
 今、何て言った? セント佐野の孫娘……? セント佐野って、栃木県が世界に誇るプロレスラーじゃないかっ!!
 その一言にスタジオがどよめいた。その事実、どうやら誰一人として知らなかったらしい。
『私の名前はぁ、このポーズが由来なんですよおっ!』
 彼女は自慢げに両手を交差させている。そのポーズは、セント佐野の代名詞『天空クロスチョップ』そのものだ。
 その事実に気を取られ、カメラアングルが彼女の全身アップに切り替わる。クロスチョップの構えと『佐野|美空《みく》』の名札が誇らしげに映えている。
 あれ、本題が霞んだぞ……? 確かなのは、美空の背中にお爺様の影が見えるということだ。
「おじさん、昨日のフンコロガシ弁当買ってきたよっ!」
 ……そうだった、健吾ママの味噌煮定食が波紋を呼んでいたんだ。SNSで炎上した結果、在庫限りで販売中止に追い込まれたのは世知辛いものだ。
 甥っ子よ、売切れ前に味噌煮定食をリピートするとはやるじゃないか。フンコロガシは一言余計だが、今回は許してやる。