女子三人の反応はそれぞれだった。
「そう」
と、一言呟く夏村。
「……」
完全に黙り込んで、何かを考えだす椎名。
「なにそれ!」
分かりやすく憤慨する増倉。
さて、誰にどう話を合わせたものかと思っていると、増倉が一歩俺に近づき聞いてくる。
「じゃあ何!? 田島のやつ手を抜いていたってこと!?」
「いや、まぁ、はい……」
「樫田! 本当!?」
「お、おう。俺と杉野はそう思ってたし、実際、杉野が田島から聞いたからな」
「ありえない! ありえないでしょ!」
俺に掴むかかる勢いで近づいてくる増倉。近い、近いって。
気持ちは分かるけどさ……。
よっぽど許せないのか、増倉の話が止まらなかった。
「来年のために今年を費やすとか! 池本と金子を育てるとか! 何様よ!」
「分かっているから、俺に言うな。落ち着けって」
「これが落ち着いてられる!?」
「すまん……」
どうせいっていうんじゃ。もう完全に頭に血が上っていますね、これは。
俺が視線だけを樫田に向けたが、堪えろと言いたげな表情をしていた。
ちなみに大槻と山路は、完全に安全な位置で気配を消していた。いいなぁ。
「分かっている杉野!? それってつまり私たち舐められているってことだよ!?」
「…………」
増倉の叫びに、みんな沈黙で返す。
ああ、分かっているよ。手を抜かれたってことは、そういうことだよな。
各々思うところがあるのか、重い空気が流れる。
そんな雰囲気を気にせず、増倉が聞いてくる。
「で、どうするわけ?」
「どうって、そりゃ本気を出させるしかないだろ」
「なにそれ、何で杉野はそこまでするの?」
「まぁ、後輩だし……」
俺の言葉に納得いっていないのだろう、睨みつけてくる増倉。
このままでは話が進まないと思っていた時、椎名が口を開いた。
「先輩として、杉野の言っていることは間違っていないわ」
「じゃあ香奈は舐められたままでいいっていうの?」
椎名の言葉に、増倉が振り返りすぐに食らいつく。
それでも椎名は冷静な様子を保つ。
「良くないわよ。これでも
腸が煮えくり返りそうよ」
静かに怒気をまとう椎名に、増倉も言葉が止まる。
ほんの少し冷めた空気の中で椎名は続ける。
「舐められたことは気に食わないけど、それでも私たちは先輩よ。先輩としての行動をすべきよ」
「先輩としての行動って何?」
聞いたのは夏村だった。
椎名は横からの唐突な質問に驚いた。
「佐恵?」
「私は手を抜かれたことも、それに気づけなかったことも許せそうにない」
夏村は小さく、されどはっきりと断言した。
それは露骨に怒った増倉とも、
粛々と努める椎名とも違った。
ある意味、最も感情的だったのかもしれない。
困惑と驚愕の中、樫田が返答する。
「そうだな。それもまた一つの答えだな」
同意するような言い草に、思わず俺は樫田の方を向いた。
他のみんなも、視線を樫田に集める。
「樫田?」
「別に、賛同するわけじゃないさ。けど、見方によっては喧嘩を売られたみたいなもんだ。そりゃそういう意見も出て来るさ」
樫田は平然としていた。
それは夏村を
慮っての言葉なのか分からないが、ある意味、先輩としての行動を尊重する椎名の意見とは違う答えだった。
「それは、そうかもしれないけれど……なら佐恵はどうするつもりなの?」
「別に。どうするってことはない。ただ私の中では許せないってだけ」
「ダメよ。先輩として、同じ演劇部の仲間としてそれはよくないわ」
「分かっている。部に支障をきたすようなことをするつもりもない」
「佐恵……」
珍しい光景だった。いつもの夏村なら何か問題が起きても、苛立ちこそあるもの最終的には許すことがほとんどだった。ここまで頑なに許さないは、彼女が演劇に対して思い入れが強いからだろうか。
「私は答えを出した。みんなはどうするの?」
夏村は、広くみんなを見て問うた。
それぞれが迷う中、始めに答えたのは樫田だった。
「俺は、一度本気を見てみたいって感じだな。正直言うと、現状の田島の演技は悪くない。劇全体を見たとしても、アベレージは取れているし……まぁ、最低限をしているってのは
癪に障るがな」
「私は嫌」
次に口を開いたのは増倉だった。
樫田の意見を否定するかのように呟いていた。
「例え、劇をするのに問題がなかろうともこっちが真剣にやっているのに、手を抜かれているっていうのが、気に食わない」
力強い拒絶だった。
だが、気持ちは分からなくなかった。俺たちは俺たちなりに一生懸命に演劇と向き合っている。その横で手加減されたら怒りも湧くだろう。
増倉に対して、椎名が諭すように話す。
「だとしても、私たちは先輩として彼女と向き合うべきだわ。事情をしっかり聴いて、それで真面目にやるように指導すべきだわ」
「……なに。部長にでもなったつもり?」
「そうじゃないわ」
一瞬、増倉と椎名が睨み合う。緊張が走る。どうにか割って入ろうとするが、それよりも早く夏村が俺に聞いてきた。
「杉野は? 田島と話してどう?」
「……そうだな。俺は……」
みんなの視線が俺に集まる。さっきとは違う緊張感が背中を走る。
睨み合っていた二人も、成り行きを見守るように注意深く見ていた。
俺は田島と話して感じたことを素直に言う。
「田島に本気を出させたい」
「どうして?」
「稽古をしている時のあいつの目がつまらなそうだったんだよ……そんなの、ダメだろ。俺は演劇っては役者が楽しくないとお客も楽しめないって習った。そりゃ、手を抜いている事とか来年の全国行くために今年を費やすとか、許せないことはあるけどさ。それよりなにより、今目の前で後輩が劇を楽しんでないんだぜ? なら、まずはそれを何とかしないとだろ」
尋ねた夏村が、じっと俺を見てきた。
他のみんなも俺の言葉に何を思ったのか、静かだった。
数秒の静寂の後、夏村が口を開いた。
「……確かに、劇を楽しんでないなら、それが一番の問題」
「ちょっと佐恵! 田島のこと許すの!?」
「許す許さないじゃない。その前の話」
「っ!」
増倉がすぐに反応するが、落ち着いた夏村の様子に言葉が詰まっていた。
分が悪いと感じたのか、増倉は黙っていた大槻と山路に話を振った。
「二人はどうなの!?」
「どうっていうか…………実際問題打つ手が何かによるかなって感じ」
「だねー。確かにみんなの言う通り思うところはあるけどさー。それでも現実として何が出来るのかなっていうのが大切じゃないー?」
「それは、そうだけど……」
核心を突いたような二人の言葉を聞いて増倉は落ち着きを取り戻したのか、そこで言葉が止まった。
その瞬間を、樫田は見逃さなかった。
「まぁ、言いたいこと、納得いかないことはあるけどさ。現実問題として今後どうするべきかを考えようぜ」
その一言で、話の流れが変わった。
さっきまでの感情的な話が、現実的な話し合いへと変化する。
さすが樫田だ。みんなの表情を確認しながら、自然と進行役へとなる。
沈黙を肯定と捉えた樫田は、そのまま話を進める。
「じゃあ、田島の今後について話し合おうか」