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第162話 向き不向き

ー/ー



「……難しいだろうな、とは思っている」

 それはきっと噓偽りのない言葉なのだろう。
 樫田の表情は穏やかだが、その瞳はずいぶんと先を見ていた。

「俺は演出家として部の方針に従うつもりだ。椎名が部長となって全国を目指すというなら、それはそれで俺も全力を出そう……けど、それで全国に行けるかどうかはまた別の話だ」

「それは俺たちの劇が高校演劇向きじゃないからか?」

「田島の言葉か。俺はあんま好きな表現じゃないが……まぁ、それもある。向き不向きって言うなら俺たちがしている劇は向いていない」

 はっきりと樫田は断言した。
 ああちくしょうと、口の中で叫ぶ。
 どうやら俺は否定できる何かを探していたようだ。そしてそれの否定の可能性が、今潰れた。
 さらに樫田は見透かしたように、言う。

「杉野。お前はそれを感覚として知っているはずだ」

「ふ、田島にも言われたよ」

 思わず自虐的な笑いが出た。どいつもこいつも好き勝手なことを。
 そんな俺を、樫田が慈愛に満ちたような目で見てくる。

「そう嫌うな。お前の感性は正しいんだから」

「そうかい……田島は樫田なら言語化できると言っていたぞ」

「マジか。まぁ必要ならするけどさ」

「いや、今はいいわ」

 俺がそう言うと、樫田は「ああ、なるほど」と何かを納得した。おそらく俺の考えなんてお見通しなのだろう。
 会話がそこで止まり、沈黙が降りる。

「悪い、やっぱり質問していいか?」

 不意に大槻が口を出した。
 樫田は俺に視線を送る。頷くと大槻の方へと視線を移す。

「ああ、いいぞ」

「高校演劇向きとか不向きとかって何だよ。そんなんあんの?」

 素朴というか純粋というか、とにかく真っ直ぐな質問だった。
 樫田は「あー」と少し考えた後に、説明をし出す。

「そうだな。高校演劇って審査員が劇を総合審査するのは知っているか?」

「まぁ、一応」

「脚本、演出、演技に舞台美術、そして音響照明を総合審査する…………で、だ。例えばそれらが五点満点形式だったとして、全て真ん中の三点の劇があったとして総合審査は十五点だろ?」

「ああ」

「対して、俺らの劇は演技特化型だ。脚本にオリジナリティはないし、裏方は少ないから舞台美術も音響照明も弱い。演出は、まぁ、この際置いておいて、演技五点満点でも他が一点だったら、総合審査は九点ってわけだ」

「平凡な劇の方が、審査が高くなるの不思議だねー」

 皮肉を言うかのように、山路が笑った。
 だが、説明を聞いていた大槻が反論する。

「それは、あくまで極端な話だろ。音響照明だって、必要な時に必要な量の音や光を届けるのが役目だろ。そりゃ総合審査だから全部大切なのはわかるけどさ。だいたいその審査だって一定の基準があるわけじゃなくて、その審査員の個々判断だろ?」

「そこは高校演劇の難しいところだな。言ってしまえば結局は審査員の判断だ。ちなみに俺たちの関東圏は確か、審査員五人の投票で決まるはずだ」

「仮に、仮にだ。俺たちのタイプが審査向きじゃなかったとして、だからって……」

 よっぽど納得できないのか、大槻は少し混乱気味だった。
 まぁ無理もないか。全国を目指す目指さないに関係なく、向き不向きで判断されるのは、堪ったものじゃない。
 そんな大槻に、樫田はまとめるように、諭すように話す。

「向き不向きって言うよりも、俺らの高校演劇には、高校生らしさがないんだよ」

 誰も、何も言えなかった。
 腑に落ちたのか、それとも言い返すには強すぎる言葉だったのか。
 高校生らしさという曖昧な言葉なはずなのに、あまりにも分かりやすかった。
 嫌な、苦々しい静寂が流れる。

「まぁ、それについても、きっと近々考えないといけない時が来るだろうが、今は田島についてだろ?」

 こんな状況でも、樫田はしっかりと第一優先すべきことを理解していた。
 みんなの視線が俺に集まっていた。
 ああそうだ。気になることもあるが、春大会まで時間がない。
 気を取り直して、樫田に聞く。

「何か、田島に本気を出させる方法はないか?」

「ストレートに聞いてくれるじゃないか」

「時間的に切羽詰まっているからな」

「なら、証明するしかないんじゃないか?」

 何を? という疑問はなかった。俺の中にも、同じ答えがあったからだろう。
 樫田はにやりと笑いながら続ける。

「今年の秋でも全国に行ける可能性があることを」

 当然だろ、と言わんばかりだった。
 樫田は椅子の背もたれに体重を預けるように、少しテーブルから距離を取った。
 疲れたのか、両手を上にあげ、そのまま背中を伸ばし出す。

「簡単に言ってくれるな」

「あー。そっから先は、役者の仕事だと思うがね」

 俺の言葉にも、軽く受け返しをする。
 ただ、言っていることは正しいかった。
 証明するしかないのだ。俺たちが全国行ける可能性を。
 だが、どうやって?
 俺が悩んでいると、大槻がまた口を出す。

「なぁ、杉野」

「ん? なんだよ。審査についてなら樫田に聞いてくれ」

「違くてさ……女子たちに相談したら?」



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次のエピソードへ進む 第163話 女子に相談するかどうか


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「……難しいだろうな、とは思っている」
 それはきっと噓偽りのない言葉なのだろう。
 樫田の表情は穏やかだが、その瞳はずいぶんと先を見ていた。
「俺は演出家として部の方針に従うつもりだ。椎名が部長となって全国を目指すというなら、それはそれで俺も全力を出そう……けど、それで全国に行けるかどうかはまた別の話だ」
「それは俺たちの劇が高校演劇向きじゃないからか?」
「田島の言葉か。俺はあんま好きな表現じゃないが……まぁ、それもある。向き不向きって言うなら俺たちがしている劇は向いていない」
 はっきりと樫田は断言した。
 ああちくしょうと、口の中で叫ぶ。
 どうやら俺は否定できる何かを探していたようだ。そしてそれの否定の可能性が、今潰れた。
 さらに樫田は見透かしたように、言う。
「杉野。お前はそれを感覚として知っているはずだ」
「ふ、田島にも言われたよ」
 思わず自虐的な笑いが出た。どいつもこいつも好き勝手なことを。
 そんな俺を、樫田が慈愛に満ちたような目で見てくる。
「そう嫌うな。お前の感性は正しいんだから」
「そうかい……田島は樫田なら言語化できると言っていたぞ」
「マジか。まぁ必要ならするけどさ」
「いや、今はいいわ」
 俺がそう言うと、樫田は「ああ、なるほど」と何かを納得した。おそらく俺の考えなんてお見通しなのだろう。
 会話がそこで止まり、沈黙が降りる。
「悪い、やっぱり質問していいか?」
 不意に大槻が口を出した。
 樫田は俺に視線を送る。頷くと大槻の方へと視線を移す。
「ああ、いいぞ」
「高校演劇向きとか不向きとかって何だよ。そんなんあんの?」
 素朴というか純粋というか、とにかく真っ直ぐな質問だった。
 樫田は「あー」と少し考えた後に、説明をし出す。
「そうだな。高校演劇って審査員が劇を総合審査するのは知っているか?」
「まぁ、一応」
「脚本、演出、演技に舞台美術、そして音響照明を総合審査する…………で、だ。例えばそれらが五点満点形式だったとして、全て真ん中の三点の劇があったとして総合審査は十五点だろ?」
「ああ」
「対して、俺らの劇は演技特化型だ。脚本にオリジナリティはないし、裏方は少ないから舞台美術も音響照明も弱い。演出は、まぁ、この際置いておいて、演技五点満点でも他が一点だったら、総合審査は九点ってわけだ」
「平凡な劇の方が、審査が高くなるの不思議だねー」
 皮肉を言うかのように、山路が笑った。
 だが、説明を聞いていた大槻が反論する。
「それは、あくまで極端な話だろ。音響照明だって、必要な時に必要な量の音や光を届けるのが役目だろ。そりゃ総合審査だから全部大切なのはわかるけどさ。だいたいその審査だって一定の基準があるわけじゃなくて、その審査員の個々判断だろ?」
「そこは高校演劇の難しいところだな。言ってしまえば結局は審査員の判断だ。ちなみに俺たちの関東圏は確か、審査員五人の投票で決まるはずだ」
「仮に、仮にだ。俺たちのタイプが審査向きじゃなかったとして、だからって……」
 よっぽど納得できないのか、大槻は少し混乱気味だった。
 まぁ無理もないか。全国を目指す目指さないに関係なく、向き不向きで判断されるのは、堪ったものじゃない。
 そんな大槻に、樫田はまとめるように、諭すように話す。
「向き不向きって言うよりも、俺らの高校演劇には、高校生らしさがないんだよ」
 誰も、何も言えなかった。
 腑に落ちたのか、それとも言い返すには強すぎる言葉だったのか。
 高校生らしさという曖昧な言葉なはずなのに、あまりにも分かりやすかった。
 嫌な、苦々しい静寂が流れる。
「まぁ、それについても、きっと近々考えないといけない時が来るだろうが、今は田島についてだろ?」
 こんな状況でも、樫田はしっかりと第一優先すべきことを理解していた。
 みんなの視線が俺に集まっていた。
 ああそうだ。気になることもあるが、春大会まで時間がない。
 気を取り直して、樫田に聞く。
「何か、田島に本気を出させる方法はないか?」
「ストレートに聞いてくれるじゃないか」
「時間的に切羽詰まっているからな」
「なら、証明するしかないんじゃないか?」
 何を? という疑問はなかった。俺の中にも、同じ答えがあったからだろう。
 樫田はにやりと笑いながら続ける。
「今年の秋でも全国に行ける可能性があることを」
 当然だろ、と言わんばかりだった。
 樫田は椅子の背もたれに体重を預けるように、少しテーブルから距離を取った。
 疲れたのか、両手を上にあげ、そのまま背中を伸ばし出す。
「簡単に言ってくれるな」
「あー。そっから先は、役者の仕事だと思うがね」
 俺の言葉にも、軽く受け返しをする。
 ただ、言っていることは正しいかった。
 証明するしかないのだ。俺たちが全国行ける可能性を。
 だが、どうやって?
 俺が悩んでいると、大槻がまた口を出す。
「なぁ、杉野」
「ん? なんだよ。審査についてなら樫田に聞いてくれ」
「違くてさ……女子たちに相談したら?」