忘れ物
ー/ー
ある日、モニカは誰かが落としたであろう忘れ物を拾ってしまった。
「……髪留め、かな」
淡いピンク色の宝石の装飾が施された髪留め。それが何なのかモニカにはわからなかったが、とにかく、目を奪われるほど美しい輝きを放っていた。八面体の形をした宝石がはめ込まれているバレッタリボン。神秘的な輝きを放つそのアクセサリーを手に取り、モニカは頭を悩ませる。
(……ここは、名探偵モニカの出番だね!?)
このバレッタの持ち主はわからないが、おおよそ推測することはできる。モニカはどこからともなく虫眼鏡と探偵帽を取り出すとバレッタを片手に一人で探偵ごっこを始める。
第一候補、パーシー・クラウディア。モニカに対するパーシーほどではないが、モニカもパーシーのことは十分に理解している。思い出せる限りの過去と最近のことを思い返しても、パーシーがこのバレッタを身につけていた記憶はない。よって持ち主はパーシーではないと予想。
第二候補、メルティ・ヴァンチャット。最近、趣味はアクセサリー集めだという話を聞いた。メルティは桃色の髪色、宝石がピンク色ということも相まって持ち主である可能性は高い。
第三候補、ヨナ・アージェント。身につけていた覚えはないが何となく似合いそうである。
「むむむむむ……」
「何やってるの……?」
「ほふぇ!?」
がらりと扉を開けて教室に入ってきたのはソフィアだった。走ってきたのか、少し呼吸を荒らげて、いつもなら綺麗な髪も少しはねている。
「びっくりしたぁ。ソフィア、まだ帰寮しないの?」
「あんたこそ。こんな時間までなにやってんのよ」
「テスト近いからね。ギリギリまで勉強」
「そ。頑張ってね」
一月ほど前から、モニカとソフィアは関係が良くない。といっても、ソフィアが少し遠い一定の距離感を保っているだけであって、モニカはソフィアとの関係を意識はしていない。その原因は明白で、二人の想いの行き違いにあった。お互いに旭に想いを寄せている二人はおよそ一月前に起きたちょっとした言い合いから気まずい関係にあった。
ソフィアにとって旭は、自分の人生を絶望の底から救ってくれた人物であり、そして、最初に愛を教えてくれた人物でもある。自分の人生を大きく変えてくれた人物に、数年前からずっと恋していた。バウディアムスにやってきたのも旭を追ってのことだった。
そして、モニカの旭への想いもまた、隠しようのないものに変わりつつあった。関わりを深めていく中で、素っ気ないように思える態度は感情表現が苦手だからだと知った。悪意や敵意に対して冷酷無情でありながら、礼節を重んじるのは良家の生まれだからだった。すべてが勘違いだったわけではない。認められない部分があるのは事実だ。だが、それだけではないということをモニカは知ることができた。
二人の想いはすれ違ったまま、ずっと絡まることなく進んでいた。
「ねぇ、この辺に忘れ物なかった? バレッタなんだけど」
辺りを見回してソフィアは何かを探すように机周りを散策している。モニカは咄嗟に手に持っていたバレッタを隠し、少しぎこちなくソフィアに話しかける。
「……大事なもの?」
「うん。大好きな人からもらったの」
「……旭のことだ」
「そうよ。もしかして持ってたりする?」
嘘をつくこともできず、モニカは申し訳なさそうにバレッタを見せる。さっきまではただの忘れ物、ただのアクセサリーだったバレッタが途端に羨ましく思えてしまう。
モニカは言いずらそうに口を開く。ぎこちないこの関係を、一日でも早く解消したいと思っていた。そのために、言わなければいけないことがあった。
「私ね。あの時言ったこと後悔してるの」
口喧嘩をしたあの日、モニカは『旭は私のもの』などと軽はずみな発言をしてしまったことをずっと悔やんでいた。ソフィアの想いを知ってしまったからには、謝らなければならない。旭は誰のものでもない。強いて言えば、誰よりも先に旭に恋をしていたのがソフィアなのだ。ソフィアの想いをないがしろにして、モニカはこの恋に正直になることはできない。
「だから――」
「やめて」
謝ろうとしたモニカをソフィアは制止する。
「それ以上言ったら許さない」
「でもッ!」
手のひらでモニカの口を塞ぎ、口元にそっと指を当ててソフィアはモニカを見つめる。大切な秘密を共有する二人だからわかる。言葉で言わずとも、心で伝わる。
「その気持ちに嘘をつかなくてもいい。私は旭が好き。モニカも旭が好き。それでいいの」
謝ることをソフィアは許さない。それでは、恋したことが、愛したことが、まるで間違いだったみたいだ。違う。愛はそんなものではない。ソフィアだからわかることだ。
自分の気持ちに素直になっていい。想いを隠すことも、押しつぶすこともしなくていい。ただ、自分の想いに正直にならなくてはいけない。
「私たちは恋のライバルでいい。どっちが先に旭を振り向かせることができるか、なんて勝負するつもりはないけど、譲るつもりもないわ」
誰かのために自分の恋を諦めるなんて、そんなことは純粋ではない。
「私、大事な友達と本当に好きな人には魔法を使わないって決めてるの」
ソフィアはモニカからバレッタを受け取ると、長く淡い紫色の髪を束ねて教室を後にする。扉開けて、振り返ったソフィアの顔にはこれまで見たことのない笑顔が浮かんでいた。
「油断してると置いてくわよ、モニカ」
それは、ソフィアなりの宣戦布告だったのだろう。ソフィアの気配が消えると、モニカは忘れていた呼吸を思い出し、一気に空気を吸い込み、一息に吐き出した。そして、複雑な笑顔で見せつけられた格の違いを認識する。
「敵わないなぁ……」
けれど、隔てられていたソフィアとの心の壁は、どこか絆されているように感じられた。安心するようにモニカは一息ついて、まだそう遠くには行っていないだろうソフィアを追いかけて帰路に着くのだった。
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ある日、モニカは誰かが落としたであろう忘れ物を拾ってしまった。
「……髪留め、かな」
淡いピンク色の宝石の装飾が施された髪留め。それが何なのかモニカにはわからなかったが、とにかく、目を奪われるほど美しい輝きを放っていた。八面体の形をした宝石がはめ込まれているバレッタリボン。神秘的な輝きを放つそのアクセサリーを手に取り、モニカは頭を悩ませる。
(……ここは、名探偵モニカの出番だね!?)
このバレッタの持ち主はわからないが、おおよそ推測することはできる。モニカはどこからともなく虫眼鏡と探偵帽を取り出すとバレッタを片手に一人で探偵ごっこを始める。
第一候補、パーシー・クラウディア。モニカに対するパーシーほどではないが、モニカもパーシーのことは十分に理解している。思い出せる限りの過去と最近のことを思い返しても、パーシーがこのバレッタを身につけていた記憶はない。よって持ち主はパーシーではないと予想。
第二候補、メルティ・ヴァンチャット。最近、趣味はアクセサリー集めだという話を聞いた。メルティは桃色の髪色、宝石がピンク色ということも相まって持ち主である可能性は高い。
第三候補、ヨナ・アージェント。身につけていた覚えはないが何となく似合いそうである。
「むむむむむ……」
「何やってるの……?」
「ほふぇ!?」
がらりと扉を開けて教室に入ってきたのはソフィアだった。走ってきたのか、少し呼吸を荒らげて、いつもなら綺麗な髪も少しはねている。
「びっくりしたぁ。ソフィア、まだ帰寮しないの?」
「あんたこそ。こんな時間までなにやってんのよ」
「テスト近いからね。ギリギリまで勉強」
「そ。頑張ってね」
一月ほど前から、モニカとソフィアは関係が良くない。といっても、ソフィアが少し遠い一定の距離感を保っているだけであって、モニカはソフィアとの関係を意識はしていない。その原因は明白で、二人の想いの行き違いにあった。お互いに旭に想いを寄せている二人はおよそ一月前に起きたちょっとした言い合いから気まずい関係にあった。
ソフィアにとって旭は、自分の人生を絶望の底から救ってくれた人物であり、そして、最初に愛を教えてくれた人物でもある。自分の人生を大きく変えてくれた人物に、数年前からずっと恋していた。バウディアムスにやってきたのも旭を追ってのことだった。
そして、モニカの旭への想いもまた、隠しようのないものに変わりつつあった。関わりを深めていく中で、素っ気ないように思える態度は感情表現が苦手だからだと知った。悪意や敵意に対して冷酷無情でありながら、礼節を重んじるのは良家の生まれだからだった。すべてが勘違いだったわけではない。認められない部分があるのは事実だ。だが、それだけではないということをモニカは知ることができた。
二人の想いはすれ違ったまま、ずっと絡まることなく進んでいた。
「ねぇ、この辺に忘れ物なかった? バレッタなんだけど」
辺りを見回してソフィアは何かを探すように机周りを散策している。モニカは咄嗟に手に持っていたバレッタを隠し、少しぎこちなくソフィアに話しかける。
「……大事なもの?」
「うん。大好きな人からもらったの」
「……旭のことだ」
「そうよ。もしかして持ってたりする?」
嘘をつくこともできず、モニカは申し訳なさそうにバレッタを見せる。さっきまではただの忘れ物、ただのアクセサリーだったバレッタが途端に羨ましく思えてしまう。
モニカは言いずらそうに口を開く。ぎこちないこの関係を、一日でも早く解消したいと思っていた。そのために、言わなければいけないことがあった。
「私ね。あの時言ったこと後悔してるの」
口喧嘩をしたあの日、モニカは『旭は私のもの』などと軽はずみな発言をしてしまったことをずっと悔やんでいた。ソフィアの想いを知ってしまったからには、謝らなければならない。旭は誰のものでもない。強いて言えば、誰よりも先に旭に恋をしていたのがソフィアなのだ。ソフィアの想いをないがしろにして、モニカはこの恋に正直になることはできない。
「だから――」
「やめて」
謝ろうとしたモニカをソフィアは制止する。
「それ以上言ったら許さない」
「でもッ!」
手のひらでモニカの口を塞ぎ、口元にそっと指を当ててソフィアはモニカを見つめる。大切な秘密を共有する二人だからわかる。言葉で言わずとも、心で伝わる。
「その気持ちに嘘をつかなくてもいい。私は旭が好き。モニカも旭が好き。それでいいの」
謝ることをソフィアは許さない。それでは、恋したことが、愛したことが、まるで間違いだったみたいだ。違う。愛はそんなものではない。ソフィアだからわかることだ。
自分の気持ちに素直になっていい。想いを隠すことも、押しつぶすこともしなくていい。ただ、自分の想いに正直にならなくてはいけない。
「私たちは恋のライバルでいい。どっちが先に旭を振り向かせることができるか、なんて勝負するつもりはないけど、譲るつもりもないわ」
誰かのために自分の恋を諦めるなんて、そんなことは純粋ではない。
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ソフィアはモニカからバレッタを受け取ると、長く淡い紫色の髪を束ねて教室を後にする。扉開けて、振り返ったソフィアの顔にはこれまで見たことのない笑顔が浮かんでいた。
「油断してると置いてくわよ、モニカ」
それは、ソフィアなりの宣戦布告だったのだろう。ソフィアの気配が消えると、モニカは忘れていた呼吸を思い出し、一気に空気を吸い込み、一息に吐き出した。そして、複雑な笑顔で見せつけられた格の違いを認識する。
「敵わないなぁ……」
けれど、隔てられていたソフィアとの心の壁は、どこか絆されているように感じられた。安心するようにモニカは一息ついて、まだそう遠くには行っていないだろうソフィアを追いかけて帰路に着くのだった。