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誘う者

ー/ー



 その日は、いつもよりも風が恋しくなる日だった。気温が少しずつ温暖になり始めた夜、フィスティシアは焦れったくなるほどではない無性にもどかしい熱さに耐えかねて生徒会室の窓を開けた。吹く風が流れた汗を乾かしてよそいでいる。メモリア・ビアスという優秀な人物が空けた穴は大きく、そのツケはすべてフィスティシアに回ってきた。大量の書類を抱え、全生徒が帰路についてもまだ仕事は終わる気配がない。寝る時間も日に日に短くなり、そろそろ我慢の限界が近づいてきたところだった。

 その日、フィスティシアを胡乱な客が尋ねてきた。


「それで隠れているつもりか。早く姿を現せ」

「……扉を開けて入るつもりが、思いの外警備が厳しかったので、こんなところからで悪いですが、失礼致します」


 開け放たれた窓から、全身真っ白な汚れひとつないスーツという派手な出で立ちをした男だった。手品師のようなハットを被り、コツコツと足音を鳴らしてフィスティシアの座る机の前に立ち、軽く会釈をして口を開いた。


「初めまして、若き魔法使い。小生は七曜の魔法使いが一人、日曜(ドミンゴ)と申します」

「七曜か。よくもまぁ堂々と私の前に立てたものだな」

「それは、貴女が小生を攻撃する意思を持たないと知っているため」

「まぁ、そうだな。だが――」


 刹那、日曜(ドミンゴ)の首に冷たい殺気を帯びた視線が突き刺さる。


「その気になればその首、いつでも切り落とせるということは理解しておけ」

「……失礼しました。貴女を怒らせるつもりはないのです。本日は提案、そしてお願いをしに参りました」


 殺気を収め、指先でペンをクルクルと回しながらフィスティシアは日曜(ドミンゴ)の言葉に耳を傾ける。ただ、その言葉はまるでフィスティシアには届かず、右から左へと受け流されるばかりだ。
 日曜(ドミンゴ)は震える手を握りしめて平静を装う。時間にすれば、十秒にも満たないフィスティシアの威圧。紛れもない、大魔法使いに最も近い者から浴びせられる殺気に、日曜(ドミンゴ)は冷や汗を流す。
 日曜(ドミンゴ)の言葉に嘘はなかった。フィスティシアと戦う準備などまったくしていない。だからこそ、本音を言えば、この状況が恐ろしくて仕方がないのだ。


「言葉を選べよ、日曜(ドミンゴ)とやら。お前たちは、私の最も大切なものを奪った。タイミングが悪いことに今の私はこの上なく機嫌が悪い。死にたくなれば慎重に口を開け」


 七曜には、メモリアがいる。メモリアとフィスティシアの関係を知らぬほど、七曜も無知ではない。この状況は、獲物を奪ったハイエナが、奪われた虎の前にのうのうと現れたような、そんな今にも逆鱗に触れてしまうような状況なのだ。
 しかし、日曜(ドミンゴ)はそんな状況に竦むどころか、フィスティシアの機嫌を逆撫でするように言葉を言い放つ。


「それはまったくの間違いです。土曜(サバド)は自らの意思で七曜を選んだのですよ。貴女ではなくね」


 パスッ、と

 聞くだけなら心地よく感じる音が生徒会室に響いた。それと同時に、液体が床に飛び散る音と、痛みに悶える男の呻き声が外にまで聞こえるほど大きく響き渡る。切り落とされた舌が鈍い音を立て落下した。そこで自分が何をされたのかはっきりと理解したのか、日曜(ドミンゴ)は口を抑えてまた暴れだした。
 ため息をついて、フィスティシアは席を立った。そして、悶え苦しみ、床の上でのたうち回る日曜(ドミンゴ)を見下しながら踏みつける。


「……随分とよく舌の回るヤツじゃないか。つい()が出てしまった」


 なおも叫び続ける日曜(ドミンゴ)の顔面を思い切り蹴り上げ、壁に突き飛ばす。口から大量の血を吐き出し、痛みのあまり嗚咽混じりに涙を流している。


「みっともないな。床もこんなに汚してくれて……後片付けが面倒だ。なぁ、日曜(ドミンゴ)。お前が私に何を話すと言ったか」


 もはや隠すことのできない、膨れ上がった()()。揺らぎ、ほとばしるフィスティシアの魔力が生徒会室を震え上がらせる。悲鳴をあげるようにガタガタと空間が歪み、辺りはフィスティシアの魔力に包み込まれる。


(まったく想定外だった……! まさか……これほど、までとは……)

「手を出すつもりはなかったが……ここまでしてしまったからには、もう大した違いもないか」


 フィスティシア・エリザベート・エトゥラ。バウディアムス魔法学園の頂点、学園序列一位に君臨し、彼女を知る魔法使いからは、()()()()()使()()()()()()()使()()と揶揄されるほどの実力者。その力量はもはや大魔法使いに近い、どころの話ではなく、大魔法使いそのものと言っても過言ではないほどだった。


「何を語るつもりか知らんが、私は――」


 言葉を飲んだ。()()を見た瞬間、フィスティシアは初めて臨戦態勢に入った。感じたのは、冷たく、鋭い視線。見られている感覚で鳥肌が立つようだった。蛇が獲物を前にして舌なめずりするように、吟味されているかのような視線が突き刺さる。
 日曜(ドミンゴ)は知っている。フィスティシアの強さも、揺るぎない意思も。そして、弱ささえも。利用する。弱みに付け込み、傷を暴いて、致死量まで痛めつける。
 この瞬間に、フィスティシアは日曜(ドミンゴ)を敵だと認識した。放った殺気に臆していたのは演技だったのだろうか。その程度で怯む器ではないことがよくわかる。


「どうでしょう、私の魔法は。素敵ではないですか?」


 ()()()()()()()。切り落としたはずの舌が治っているのを見て、フィスティシアは言葉を失った。治癒魔法を使う素振りなど見せてはいなかった。日曜(ドミンゴ)が何をしたのか理解できないまま、フィスティシアは立ち尽くす。


「やはり強い。私の見込んだ通りです。そこでご提案なのですが……貴女、七曜に入りませんか」

「……何?」


 嬉々として日曜(ドミンゴ)は語り出す。思いもよらない七曜への勧誘にフィスティシアは困惑を隠せずにいた。しかし、即座を疑問を振り払い、フィスティシアは思考を加速させる。
 七曜に協力する必要はない。七曜へと名を連ねるだけで、寝首を掻くことは可能だろう。なにより、七曜にはメモリアがいる。侵入してメモリアを連れ戻せるならば、あえてこの話に乗る理由はある。


「私たちは魔法の消滅を目的として行動しています。貴女ならばその理由がわかりましょう」

「……だから貴様らはダメなんだ」


 しかし、そんなことは関係ない。裏切りを画策する必要はない。そんなことをせずとも正面から叩き伏せればいい。メモリアについても、フィスティシアは大した心配事などない。連れ戻すことは元より考えていない。メモリアが選んだならばそうすればいい。本心からフィスティシアはそう思っていた。
 ならばあとは、自分の意思に従うだけだ。その選択をして後悔はないか。己の人生を振り返った時、恥じることはないか。そして、自分の歩んできた道を、()()()()()()()()と、胸を張って言えるかどうか。


「私は、貴様らのような、希望を捨ててしまった人間にはならない」

「実に貴女らしい答えだ。であれば、これ以上の問答は不要でしょう」


 そう言うと日曜(ドミンゴ)は踵を返して、生徒会室の扉に触れた。そして、わざとらしく口角を上げると、振り返って言葉を残した。


「貴女を七曜へ勧誘する件。最も反対していたのは土曜(サバド)でした」


 それだけ言い残すと、日曜(ドミンゴ)は跡を残さず消え去った。フィスティシアは一息つくと、辺りを見渡し、ぐちゃぐちゃになった生徒会室を見て肩を落とす。


(随分と厄介そうな連中だな……)


 空を見上げると、深い藍色の空にかすかに月が見えた。数日後には完全に見えなくなるだろう。そうなれば、あとは満ちていくだけだ。


(メモリア……お前は何故……)


 何度繰り返し考えてもその答えは出てこない。それを知るには、本人と相対する以外の方法はないのだから。


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 その日は、いつもよりも風が恋しくなる日だった。気温が少しずつ温暖になり始めた夜、フィスティシアは焦れったくなるほどではない無性にもどかしい熱さに耐えかねて生徒会室の窓を開けた。吹く風が流れた汗を乾かしてよそいでいる。メモリア・ビアスという優秀な人物が空けた穴は大きく、そのツケはすべてフィスティシアに回ってきた。大量の書類を抱え、全生徒が帰路についてもまだ仕事は終わる気配がない。寝る時間も日に日に短くなり、そろそろ我慢の限界が近づいてきたところだった。
 その日、フィスティシアを胡乱な客が尋ねてきた。
「それで隠れているつもりか。早く姿を現せ」
「……扉を開けて入るつもりが、思いの外警備が厳しかったので、こんなところからで悪いですが、失礼致します」
 開け放たれた窓から、全身真っ白な汚れひとつないスーツという派手な出で立ちをした男だった。手品師のようなハットを被り、コツコツと足音を鳴らしてフィスティシアの座る机の前に立ち、軽く会釈をして口を開いた。
「初めまして、若き魔法使い。小生は七曜の魔法使いが一人、|日曜《ドミンゴ》と申します」
「七曜か。よくもまぁ堂々と私の前に立てたものだな」
「それは、貴女が小生を攻撃する意思を持たないと知っているため」
「まぁ、そうだな。だが――」
 刹那、|日曜《ドミンゴ》の首に冷たい殺気を帯びた視線が突き刺さる。
「その気になればその首、いつでも切り落とせるということは理解しておけ」
「……失礼しました。貴女を怒らせるつもりはないのです。本日は提案、そしてお願いをしに参りました」
 殺気を収め、指先でペンをクルクルと回しながらフィスティシアは|日曜《ドミンゴ》の言葉に耳を傾ける。ただ、その言葉はまるでフィスティシアには届かず、右から左へと受け流されるばかりだ。
 |日曜《ドミンゴ》は震える手を握りしめて平静を装う。時間にすれば、十秒にも満たないフィスティシアの威圧。紛れもない、大魔法使いに最も近い者から浴びせられる殺気に、|日曜《ドミンゴ》は冷や汗を流す。
 |日曜《ドミンゴ》の言葉に嘘はなかった。フィスティシアと戦う準備などまったくしていない。だからこそ、本音を言えば、この状況が恐ろしくて仕方がないのだ。
「言葉を選べよ、|日曜《ドミンゴ》とやら。お前たちは、私の最も大切なものを奪った。タイミングが悪いことに今の私はこの上なく機嫌が悪い。死にたくなれば慎重に口を開け」
 七曜には、メモリアがいる。メモリアとフィスティシアの関係を知らぬほど、七曜も無知ではない。この状況は、獲物を奪ったハイエナが、奪われた虎の前にのうのうと現れたような、そんな今にも逆鱗に触れてしまうような状況なのだ。
 しかし、|日曜《ドミンゴ》はそんな状況に竦むどころか、フィスティシアの機嫌を逆撫でするように言葉を言い放つ。
「それはまったくの間違いです。|土曜《サバド》は自らの意思で七曜を選んだのですよ。貴女ではなくね」
 パスッ、と
 聞くだけなら心地よく感じる音が生徒会室に響いた。それと同時に、液体が床に飛び散る音と、痛みに悶える男の呻き声が外にまで聞こえるほど大きく響き渡る。切り落とされた舌が鈍い音を立て落下した。そこで自分が何をされたのかはっきりと理解したのか、|日曜《ドミンゴ》は口を抑えてまた暴れだした。
 ため息をついて、フィスティシアは席を立った。そして、悶え苦しみ、床の上でのたうち回る|日曜《ドミンゴ》を見下しながら踏みつける。
「……随分とよく舌の回るヤツじゃないか。つい|手《・》が出てしまった」
 なおも叫び続ける|日曜《ドミンゴ》の顔面を思い切り蹴り上げ、壁に突き飛ばす。口から大量の血を吐き出し、痛みのあまり嗚咽混じりに涙を流している。
「みっともないな。床もこんなに汚してくれて……後片付けが面倒だ。なぁ、|日曜《ドミンゴ》。お前が私に何を話すと言ったか」
 もはや隠すことのできない、膨れ上がった|怒《・》|り《・》。揺らぎ、ほとばしるフィスティシアの魔力が生徒会室を震え上がらせる。悲鳴をあげるようにガタガタと空間が歪み、辺りはフィスティシアの魔力に包み込まれる。
(まったく想定外だった……! まさか……これほど、までとは……)
「手を出すつもりはなかったが……ここまでしてしまったからには、もう大した違いもないか」
 フィスティシア・エリザベート・エトゥラ。バウディアムス魔法学園の頂点、学園序列一位に君臨し、彼女を知る魔法使いからは、|最《・》|も《・》|大《・》|魔《・》|法《・》|使《・》|い《・》|に《・》|近《・》|い《・》|魔《・》|法《・》|使《・》|い《・》と揶揄されるほどの実力者。その力量はもはや大魔法使いに近い、どころの話ではなく、大魔法使いそのものと言っても過言ではないほどだった。
「何を語るつもりか知らんが、私は――」
 言葉を飲んだ。|そ《・》|れ《・》を見た瞬間、フィスティシアは初めて臨戦態勢に入った。感じたのは、冷たく、鋭い視線。見られている感覚で鳥肌が立つようだった。蛇が獲物を前にして舌なめずりするように、吟味されているかのような視線が突き刺さる。
 |日曜《ドミンゴ》は知っている。フィスティシアの強さも、揺るぎない意思も。そして、弱ささえも。利用する。弱みに付け込み、傷を暴いて、致死量まで痛めつける。
 この瞬間に、フィスティシアは|日曜《ドミンゴ》を敵だと認識した。放った殺気に臆していたのは演技だったのだろうか。その程度で怯む器ではないことがよくわかる。
「どうでしょう、私の魔法は。素敵ではないですか?」
 |傷《・》|が《・》|癒《・》|え《・》|て《・》|い《・》|た《・》。切り落としたはずの舌が治っているのを見て、フィスティシアは言葉を失った。治癒魔法を使う素振りなど見せてはいなかった。|日曜《ドミンゴ》が何をしたのか理解できないまま、フィスティシアは立ち尽くす。
「やはり強い。私の見込んだ通りです。そこでご提案なのですが……貴女、七曜に入りませんか」
「……何?」
 嬉々として|日曜《ドミンゴ》は語り出す。思いもよらない七曜への勧誘にフィスティシアは困惑を隠せずにいた。しかし、即座を疑問を振り払い、フィスティシアは思考を加速させる。
 七曜に協力する必要はない。七曜へと名を連ねるだけで、寝首を掻くことは可能だろう。なにより、七曜にはメモリアがいる。侵入してメモリアを連れ戻せるならば、あえてこの話に乗る理由はある。
「私たちは魔法の消滅を目的として行動しています。貴女ならばその理由がわかりましょう」
「……だから貴様らはダメなんだ」
 しかし、そんなことは関係ない。裏切りを画策する必要はない。そんなことをせずとも正面から叩き伏せればいい。メモリアについても、フィスティシアは大した心配事などない。連れ戻すことは元より考えていない。メモリアが選んだならばそうすればいい。本心からフィスティシアはそう思っていた。
 ならばあとは、自分の意思に従うだけだ。その選択をして後悔はないか。己の人生を振り返った時、恥じることはないか。そして、自分の歩んできた道を、|正《・》|し《・》|い《・》|も《・》|の《・》|だ《・》|っ《・》|た《・》と、胸を張って言えるかどうか。
「私は、貴様らのような、希望を捨ててしまった人間にはならない」
「実に貴女らしい答えだ。であれば、これ以上の問答は不要でしょう」
 そう言うと|日曜《ドミンゴ》は踵を返して、生徒会室の扉に触れた。そして、わざとらしく口角を上げると、振り返って言葉を残した。
「貴女を七曜へ勧誘する件。最も反対していたのは|土曜《サバド》でした」
 それだけ言い残すと、|日曜《ドミンゴ》は跡を残さず消え去った。フィスティシアは一息つくと、辺りを見渡し、ぐちゃぐちゃになった生徒会室を見て肩を落とす。
(随分と厄介そうな連中だな……)
 空を見上げると、深い藍色の空にかすかに月が見えた。数日後には完全に見えなくなるだろう。そうなれば、あとは満ちていくだけだ。
(メモリア……お前は何故……)
 何度繰り返し考えてもその答えは出てこない。それを知るには、本人と相対する以外の方法はないのだから。