「ザッザッザッ……」
俺達は今、須賀高原の叢を散策しているところだ。静寂漂う中に、草を踏み鳴らす音だけが響き渡る。
「この世界には、未知が満ちているんだ!」
俺達がここへ来た理由は、岩玖の来訪による。彼曰く、須賀高原で雷鳥が目撃されたという噂を耳にしたとのこと。
ただ、俺から言わせれば雷鳥よりも未知なる存在が眼前にいる。牛頭の少年こそ異形そのものだが、誰一人として奇異の目を向けないのはどうにも不可解。
国籍や宗教など、多様性を尊重する風潮にある昨今。けれど、それが牛頭の少年を容認することに繋がっているとは考えにくい。
「雷鳥の蹴りって、雷よりも速いんでしょ?」
甥っ子よ、それはどこぞのファンタジーだ。仮にそんな鳥が居たら、きっと逃げ足も俊敏だろうな。
「そうとも! だからこそ雷鳥を狩ることは男のロマンなんだ!」
雷鳥は確か、国の特別天然記念物に指定されるほど希少な存在だった筈。そんな鳥を狩った日には、公僕であるお前の立場も危うくなるんじゃないのか……?
そもそも、公僕がその日暮らしというのはどうにも解せない話。俺は、予てからの疑問を岩玖へぶつけてみることにした。
「帰る場所……そんなものは、とうの昔に捨てたな」
この男、ますます底が知れない。住所不定の公僕なんて聞いたことないぞ……?
「その日暮らしの男に、その質問は野暮ってもんさ」
岩玖は天を仰いだ。どうやら、これ以上の詮索は不可能と見た。
「強いられて、いるんだ〜旅を、続けること〜♪」
俺の話題を逸らすように、岩玖は鼻歌を口ずさんだ。強いられている……その本懐はどこにあるのか。
「強いられて、いるんだ〜♪」
意味不明な鼻歌を、牛郎まで口ずさんでいる。寄り添う無知は、優しさか否か…。
俺は内心思う。この旅はいつになれば終えるのか? いや、終わらせることは出来ても終わりはないんだろうな……。
「おや……?」
向こうの小川で、少しだけ岩が動いたように見えたが……。いや、気のせいか……。
ーー
片道数時間の道のりを経て、俺達は須賀高原の山頂付近へ辿り着いた。けれど、雷鳥らしき姿は一向に見受けられない。
「目撃談によると、この辺りだ」
そこは、頭上に青天が広がる雄大な景色。晴天も手伝って、周囲の景色は鮮明に見える。
「見て見て、街がゴミみたいだよっ!」
甥っ子よ、その言葉は色々と誤解を招くぞ。おそらく、街並みが小さく見えるとでも言いたいのだろうな。
「……」
ここに来て、岩玖が物思いに耽っている。山頂の雄大な景色に、心奪われたのか?
「そう言えば、雷鳥ってどんな鳥なんだ……?」
お前、雷鳥がどんな鳥が知らないのかっ!! 言い出しっぺはいい加減と言うけれど、これには天地も思わずひっくり返る。
「雷鳥は、僕達の心の中にいるのさ……」
甥っ子は、尤もらしい言葉で締めようとしている。『夢は夢のままで』と言いたいのかも知れないが、それは一番もやもやする結末だ。
「まぁ、そういうこった! ハッハッハ!!」
そのもやもやを、岩玖は豪快に笑い飛ばした。空は青いし空気も旨い、この旅はそれだけで十分なのかもしれない。
「とりあえず、みんなで一杯やるかっ!」
その一言で、岩玖はステンレスコップへ粉末コーヒー豆をぶち撒けた。そして、注ぐ水筒からは激しく湯気が立っていた。
今回は、もはやパーコーレーターすら使わないんだな。けれど、熱々コーヒーはお約束のようだ。
その後、俺達3人は山頂で熱々コーヒーを火傷した。そう、これでいいのだ……。
ーー
『先日、栃木県・須賀高原でオオサンショウウオが発見されました』
翌日、俺がテレビを点けた矢先に飛び込んできたニュース。俺が岩だと思っていた物の正体は、これまた国の特別天然記念物だったのだ。