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33頭目 甥っ子と道の駅

ー/ー




 俺は今、牛郎とオープンしたばかりの道の駅へ来ている。道の駅といっても、廃校になった藍武(あいむ)小学校を改装したものだ。
 廃校を再建するという異例さから、初日は大盛況。周辺道路は大渋滞となり、俺達は裏道から迂回せざるを得なかった。
 けれど、この施設がここまで盛況なのはそれだけにとどまらない。その理由は、俺達の眼前にいるこの男だ。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 田舎訛りで声高に叫んでいるのは、宇治耕司というお笑い芸人。これは、自身のネタが滑った時に開き直りの意味で放つフレーズだ。
 不思議なことに、このフレーズは滑り芸として定着。これによって彼は人気を博し、一躍時の人となった。
「すみません、サインください!」
 現在は栃木県のご当地芸人として人気を博し、県内のイベントでは引っ張りだこ。そんな男が道の駅で店頭販売をしているのだから、注目を集めるのも当然だ。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 若い女性客にサインを求められても、耕司はお決まりのフレーズで断った。それにも拘らず、彼女はご満悦の表情。
 ご当地芸人と話せたことに満足したのか、もしくは単純にお決まりのフレーズを聞きたかっただけなのか。どちらにせよ、彼はファンの心をしっかりと捉えている。
「スミマセン、アクシュシテクダサイ」
 おっと、いかにもアメリカンな外国人男性のお出ましだ。武士の末裔を自称するジャパニーズサムライ、耕司はどう応じるのだろうか。
「I'm sorry!」
 藍色の侍、外国人の要望も一刀両断でお断り。片言の日本語に対し、ネイティブな英語で返すところが何とも憎い。
 藍色の侍というのは、耕司の実家に藍色の兜が保管されているという逸話から生まれた二つ名だ。
「Oh,It's crazy!」
 握手を断られたというのに、外国人は落胆するどころか笑いを堪えきれない様子。どうやら、耕司の滑り芸は海を超えているようだ。
「すみません、那須高原カレーください!」
 牛郎がレトルトカレーを指差し、商品を注文した。これは、特段の問題はない筈だが……。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 ……おい、そこは断っちゃダメだろ! それに甥っ子よ、俺のお手製カレーを食べたばかりだろうがっ!
 まさか、こんなところでダブルボケに遭遇するとは思わなかった。これには、かの宮本武蔵も唖然とするに違いない。

ーー

 宇治耕司もさることながら、今回の目的は別にある。それは、彼が母校に寄贈したという『藍武そり』だ。
 これまでは校内のみで共用されていたが、道の駅になったことで公に開放される形となった。もちろん、牛郎の目的はこれだ。
 藍武そりは、耕司の店頭販売に引けを取らない盛況ぶり。他の遊具を差し置いて、長蛇の列が形成されている。
 元小学校の滑り台に、なぜ行列が出来ているのか。それは、耕司が藍武そりの製作に大きく関与していることにある。
 滑り台は2種類設置されており、左右でコンセプトが違う。どちらも、お笑いにおける要素をテーマにしている。
 右側は螺旋状の滑り台で、これは笑いが滑るをことをイメージしている。左側は60°という急傾斜な滑り台で、これは笑いの落ちをイメージ。
 いずれも、耕司がお笑いの要素を具現化したものだ。滑り芸の感性は、思わぬところで活かされている。
「ところで、おじさんはどっちに乗るの?」
 行列待ちの最中、不意に牛郎が尋ねてきた。滑りと落ち……どちらが良いだろうか?
「おじさん、そこは落ち一択でしょっ!」
 待て待てっ、俺はまだ何も言ってないぞ!? しかも、落ちって急降下する方じゃないか!!
 牛郎は不敵な笑みを浮かべながら、俺に同意を求めて親指を突き立てている。もはや、今の俺に断る余地はなかった。

ーー

 行列の割に回転率が高いのか、滑り台はいつの間にか俺達の番になっていた。階段の傾斜はないに等しく、ひたすら真上に向かうだけだった。
 滑り台の頂上は辿り着いた俺は、足がすくんだ。何故かって? 普通に考えて、俺の真横に校舎の時計台があるのはおかしいだろっ!?
 この高さで60°の傾斜は、はっきり言って直下も同然だ。土壇場に立つというが、まさにこのことか。
 ひとまず邪念を捨てよう。とはいうものの、俺はなかなか決心がつかない。
「おじさん、早くしてっ!」
 地団駄を踏む俺に業を煮やしたのか、牛郎は背後から俺を思い切り蹴飛ばした。おいっ、ちょっと待て!!!
「いやぁーーーーーっっっ!!!」
 不意を突かれた俺は、年甲斐もなく絶叫してしまった。神様、どうか俺にお慈悲を……!
「……?」
 落下に恐怖する間もなく、俺はあっという間に滑り終えていた。所詮は滑り台、思いのほか肩透かしだったな。
「おじさん、面白い顔してたね!」
 後を追うように、牛郎は悠然と滑り側から降りてきた。甥っ子め、俺をからかいやがって。
「そういえば、藍武って……」
 その時、不意に俺の脳裏を何かがよぎった。藍武は、山賊を討伐した武士の容姿が由来だったと。
 伝承によれば、武士は藍色の兜を被っていたとか。藍色の兜……藍色の侍……。
「……ファッ!!?」
 俺は気付いてしまった。藍武そり、それは時空を超えた壮大なボケだったのだ。


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 俺は今、牛郎とオープンしたばかりの道の駅へ来ている。道の駅といっても、廃校になった|藍武《あいむ》小学校を改装したものだ。
 廃校を再建するという異例さから、初日は大盛況。周辺道路は大渋滞となり、俺達は裏道から迂回せざるを得なかった。
 けれど、この施設がここまで盛況なのはそれだけにとどまらない。その理由は、俺達の眼前にいるこの男だ。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 田舎訛りで声高に叫んでいるのは、宇治耕司というお笑い芸人。これは、自身のネタが滑った時に開き直りの意味で放つフレーズだ。
 不思議なことに、このフレーズは滑り芸として定着。これによって彼は人気を博し、一躍時の人となった。
「すみません、サインください!」
 現在は栃木県のご当地芸人として人気を博し、県内のイベントでは引っ張りだこ。そんな男が道の駅で店頭販売をしているのだから、注目を集めるのも当然だ。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 若い女性客にサインを求められても、耕司はお決まりのフレーズで断った。それにも拘らず、彼女はご満悦の表情。
 ご当地芸人と話せたことに満足したのか、もしくは単純にお決まりのフレーズを聞きたかっただけなのか。どちらにせよ、彼はファンの心をしっかりと捉えている。
「スミマセン、アクシュシテクダサイ」
 おっと、いかにもアメリカンな外国人男性のお出ましだ。武士の末裔を自称するジャパニーズサムライ、耕司はどう応じるのだろうか。
「I'm sorry!」
 藍色の侍、外国人の要望も一刀両断でお断り。片言の日本語に対し、ネイティブな英語で返すところが何とも憎い。
 藍色の侍というのは、耕司の実家に藍色の兜が保管されているという逸話から生まれた二つ名だ。
「Oh,It's crazy!」
 握手を断られたというのに、外国人は落胆するどころか笑いを堪えきれない様子。どうやら、耕司の滑り芸は海を超えているようだ。
「すみません、那須高原カレーください!」
 牛郎がレトルトカレーを指差し、商品を注文した。これは、特段の問題はない筈だが……。
「ごめんねごめんね〜っ!」
 ……おい、そこは断っちゃダメだろ! それに甥っ子よ、俺のお手製カレーを食べたばかりだろうがっ!
 まさか、こんなところでダブルボケに遭遇するとは思わなかった。これには、かの宮本武蔵も唖然とするに違いない。
ーー
 宇治耕司もさることながら、今回の目的は別にある。それは、彼が母校に寄贈したという『藍武そり』だ。
 これまでは校内のみで共用されていたが、道の駅になったことで公に開放される形となった。もちろん、牛郎の目的はこれだ。
 藍武そりは、耕司の店頭販売に引けを取らない盛況ぶり。他の遊具を差し置いて、長蛇の列が形成されている。
 元小学校の滑り台に、なぜ行列が出来ているのか。それは、耕司が藍武そりの製作に大きく関与していることにある。
 滑り台は2種類設置されており、左右でコンセプトが違う。どちらも、お笑いにおける要素をテーマにしている。
 右側は螺旋状の滑り台で、これは笑いが滑るをことをイメージしている。左側は60°という急傾斜な滑り台で、これは笑いの落ちをイメージ。
 いずれも、耕司がお笑いの要素を具現化したものだ。滑り芸の感性は、思わぬところで活かされている。
「ところで、おじさんはどっちに乗るの?」
 行列待ちの最中、不意に牛郎が尋ねてきた。滑りと落ち……どちらが良いだろうか?
「おじさん、そこは落ち一択でしょっ!」
 待て待てっ、俺はまだ何も言ってないぞ!? しかも、落ちって急降下する方じゃないか!!
 牛郎は不敵な笑みを浮かべながら、俺に同意を求めて親指を突き立てている。もはや、今の俺に断る余地はなかった。
ーー
 行列の割に回転率が高いのか、滑り台はいつの間にか俺達の番になっていた。階段の傾斜はないに等しく、ひたすら真上に向かうだけだった。
 滑り台の頂上は辿り着いた俺は、足がすくんだ。何故かって? 普通に考えて、俺の真横に校舎の時計台があるのはおかしいだろっ!?
 この高さで60°の傾斜は、はっきり言って直下も同然だ。土壇場に立つというが、まさにこのことか。
 ひとまず邪念を捨てよう。とはいうものの、俺はなかなか決心がつかない。
「おじさん、早くしてっ!」
 地団駄を踏む俺に業を煮やしたのか、牛郎は背後から俺を思い切り蹴飛ばした。おいっ、ちょっと待て!!!
「いやぁーーーーーっっっ!!!」
 不意を突かれた俺は、年甲斐もなく絶叫してしまった。神様、どうか俺にお慈悲を……!
「……?」
 落下に恐怖する間もなく、俺はあっという間に滑り終えていた。所詮は滑り台、思いのほか肩透かしだったな。
「おじさん、面白い顔してたね!」
 後を追うように、牛郎は悠然と滑り側から降りてきた。甥っ子め、俺をからかいやがって。
「そういえば、藍武って……」
 その時、不意に俺の脳裏を何かがよぎった。藍武は、山賊を討伐した武士の容姿が由来だったと。
 伝承によれば、武士は藍色の兜を被っていたとか。藍色の兜……藍色の侍……。
「……ファッ!!?」
 俺は気付いてしまった。藍武そり、それは時空を超えた壮大なボケだったのだ。