想像が付いてはいたがそれでも、どくんと胸が高鳴らずにはいられなかった。
まるで椎名に初めて全国の話をされたときのように、心臓が圧し潰されそうな、そんな感じだった。
衝撃を受けながらも、必死に脳を動かす。
背中に汗を感じながら俺は田島に質問する。
「その意味、分かってんのか?」
「ええ、分かっていますよ」
少しだけ声を荒げてしまったが、それでも田島はすまし顔が答える。
当然だと言わんばかりのその態度に、俺はどこか傲慢さを感じた。
「来年、全国を目指すために私は今動いています」
「そのために手を抜いていると?」
「正しくは、そのための下準備をしている、です」
「よっぽど自分の演技に自信があるんだな」
「ええ、ありますよ」
さらっと即答する田島に、俺は頭が痛くなってきた。
これ、俺一人でどうにかなる話じゃないな。
そう判断する。樫田……だけじゃない。場合によっては椎名や増倉に相談しないといけない。
なら、今出来ることは情報収集だな。
「……そのことは、池本と金子は知ってんのか?」
「いいえ、知りません。これはあくまで私の欲……渇望ですから」
「何で言わない?」
「時期を見て話すつもりです」
「なら、今は二人に経験を積ませるってことか?」
「はい」
質問していくうちに一つ、避けては通れない問いが浮かんでしまった。
ただ、その問いをしたとき答え次第では、俺は先輩ではいられないかもしれない。
最悪を想定しつつ、俺は続ける。
「いつから、考えていたんだ?」
「入部した時にはもう考えていました」
「田島。新入部員歓迎会……あの焼き肉屋での話を覚えているか?」
「はい。忘れもしません」
「俺はあの時の言葉は本心だったと思っている」
かつて俺は彼女に演劇は好きか? と問うたことがあった。
田島は好きとは言わなかった。それでも、あの時語ったことが心からの言葉だと俺は信じている。
俺は立ち止まる。すると田島がそれに合わせるかのように一歩先で止まり、振り返る。
「……演劇部は好きか?」
「はい。大好きです」
笑って答える彼女の笑顔が、本当なのか嘘なのか俺には分からなかった。
それでも、先輩としてその言葉を信じる。
拳を強く握る。一つどうしても聞かないといけないことがあった。
俺は真っ直ぐに田島を見て、尋ねる。
「じゃあ、何で今年目指さないんだ?」
来年目指すのは自由だ。それは田島が自分たちの時代のことを考えている証拠であり、それ自体には何ら問題はないのではないかと思う。
ただ何故、今年の秋大会では目指さないのか。
どうしても、そこが引っかかって仕方がなかった。
田島は微笑みを絶えず、平然としながら口を開く。
「今年は、きっと全国に行けないからです」
最悪の答えが返ってきた。
俺は保てるだけの理性で、体の震えを鎮める。
冷静に、怒りを裏側へ追いやりながら俺は田島を見る。
「何で、そう言い切れるんだ?」
「……私は、先輩たちの演技好きなんですけどね。でも客観的に見た時、先輩たちの演技は、高校演劇向きではないです」
「……」
色んな反論が頭の中にはあった。けど、それを言葉にしても
反駁されるだけの気がした。
だから、俺が出せる精一杯のことをなんとか口から出す。
「……それは、俺じゃあ判断つかない」
「いいえ、先輩は理解できたはずです」
田島はそれを許さなかった。
一歩近づき、じっと俺を見てくる。
「杉野先輩は、それを感覚として分かるはずです」
「そんなことは……」
「なら、樫田先輩に聞いてください。きっとあの人も分かっています」
「樫田が?」
「ええ、きっと言語化に関しては私よりも詳細に出来る方です」
まるですべてを知っているかのようだった。
俺が答えられずにいると、田島は駅の方へとゆっくりと歩き出した。
慌てて、横に並ぶ。
「なぁ、田島。もう一つ聞いていいか?」
「はい」
「どうして、俺にだけそれを話したんだ?」
これは怒りなどではなく、純粋な疑問だった。
何故俺にだけそのことを言ったのか。
「樫田先輩は分かっていますから、言う必要がないと思ったんです」
「……ずいぶんと信用しているんだな」
「はい。私が一番信用している先輩ですから」
隠すことなく、臆することなく田島は胸を張る。
いったい、樫田との間に何があったのか。
「あ、もちろん、杉野先輩のことも尊敬してますよ?」
「そりゃ、どーも」
「本心ですよ?」
「疑ってはないよ」
そのやり取りが面白かったのか、田島はくすりと笑った。
どこか掴みどころのないように感じて仕方なかった。
聞けば、しっかりと答えてくれるだろう。
言えば、しっかりと分かってくれるだろう。
その上できっと彼女は手を抜くことを止めないだろう。
現状じゃ、俺の言葉は届かない。
今確かなことはただそれだけだった。
気づくと、駅の近くまで来ていた。
「杉野先輩、ここまでですかね?」
「ああ、そうだな」
田島は駅の方へと歩いて行き、俺はそれを見送る。
彼女が数歩歩いたところで、俺は呼び止めた。
「田島!」
「? どうしました?」
振り返り、不思議そうに俺を見てくる。
そう遠くない距離なのに叫ぶ。
「それでも! それでも俺はお前がつまらなそうに演技することが嫌だ! 先輩として! 同じ役者として! お前に本気の演技をさせてやる!」
ああそうだ。それが例え未来への投資だからって今を犠牲にすることを、誰が許すことが出来ようか。
俺の言葉に、田島は一瞬驚いた表情になったが、すぐに笑い返す。
「分かりました。楽しみにしてます」
これは、俺が田島に対する挑戦だった。