第160話 断言するのは、感覚が知っていること
ー/ー 想像が付いてはいたがそれでも、どくんと胸が高鳴らずにはいられなかった。
まるで椎名に初めて全国の話をされたときのように、心臓が圧し潰されそうな、そんな感じだった。
衝撃を受けながらも、必死に脳を動かす。
背中に汗を感じながら俺は田島に質問する。
「その意味、分かってんのか?」
「ええ、分かっていますよ」
少しだけ声を荒げてしまったが、それでも田島はすまし顔が答える。
当然だと言わんばかりのその態度に、俺はどこか傲慢さを感じた。
「来年、全国を目指すために私は今動いています」
「そのために手を抜いていると?」
「正しくは、そのための下準備をしている、です」
「よっぽど自分の演技に自信があるんだな」
「ええ、ありますよ」
さらっと即答する田島に、俺は頭が痛くなってきた。
これ、俺一人でどうにかなる話じゃないな。
そう判断する。樫田……だけじゃない。場合によっては椎名や増倉に相談しないといけない。
なら、今出来ることは情報収集だな。
「……そのことは、池本と金子は知ってんのか?」
「いいえ、知りません。これはあくまで私の欲……渇望ですから」
「何で言わない?」
「時期を見て話すつもりです」
「なら、今は二人に経験を積ませるってことか?」
「はい」
質問していくうちに一つ、避けては通れない問いが浮かんでしまった。
ただ、その問いをしたとき答え次第では、俺は先輩ではいられないかもしれない。
最悪を想定しつつ、俺は続ける。
「いつから、考えていたんだ?」
「入部した時にはもう考えていました」
「田島。新入部員歓迎会……あの焼き肉屋での話を覚えているか?」
「はい。忘れもしません」
「俺はあの時の言葉は本心だったと思っている」
かつて俺は彼女に演劇は好きか? と問うたことがあった。
田島は好きとは言わなかった。それでも、あの時語ったことが心からの言葉だと俺は信じている。
俺は立ち止まる。すると田島がそれに合わせるかのように一歩先で止まり、振り返る。
「……演劇部は好きか?」
「はい。大好きです」
笑って答える彼女の笑顔が、本当なのか嘘なのか俺には分からなかった。
それでも、先輩としてその言葉を信じる。
拳を強く握る。一つどうしても聞かないといけないことがあった。
俺は真っ直ぐに田島を見て、尋ねる。
「じゃあ、何で今年目指さないんだ?」
来年目指すのは自由だ。それは田島が自分たちの時代のことを考えている証拠であり、それ自体には何ら問題はないのではないかと思う。
ただ何故、今年の秋大会では目指さないのか。
どうしても、そこが引っかかって仕方がなかった。
田島は微笑みを絶えず、平然としながら口を開く。
「今年は、きっと全国に行けないからです」
最悪の答えが返ってきた。
俺は保てるだけの理性で、体の震えを鎮める。
冷静に、怒りを裏側へ追いやりながら俺は田島を見る。
「何で、そう言い切れるんだ?」
「……私は、先輩たちの演技好きなんですけどね。でも客観的に見た時、先輩たちの演技は、高校演劇向きではないです」
「……」
色んな反論が頭の中にはあった。けど、それを言葉にしても反駁されるだけの気がした。
だから、俺が出せる精一杯のことをなんとか口から出す。
「……それは、俺じゃあ判断つかない」
「いいえ、先輩は理解できたはずです」
田島はそれを許さなかった。
一歩近づき、じっと俺を見てくる。
「杉野先輩は、それを感覚として分かるはずです」
「そんなことは……」
「なら、樫田先輩に聞いてください。きっとあの人も分かっています」
「樫田が?」
「ええ、きっと言語化に関しては私よりも詳細に出来る方です」
まるですべてを知っているかのようだった。
俺が答えられずにいると、田島は駅の方へとゆっくりと歩き出した。
慌てて、横に並ぶ。
「なぁ、田島。もう一つ聞いていいか?」
「はい」
「どうして、俺にだけそれを話したんだ?」
これは怒りなどではなく、純粋な疑問だった。
何故俺にだけそのことを言ったのか。
「樫田先輩は分かっていますから、言う必要がないと思ったんです」
「……ずいぶんと信用しているんだな」
「はい。私が一番信用している先輩ですから」
隠すことなく、臆することなく田島は胸を張る。
いったい、樫田との間に何があったのか。
「あ、もちろん、杉野先輩のことも尊敬してますよ?」
「そりゃ、どーも」
「本心ですよ?」
「疑ってはないよ」
そのやり取りが面白かったのか、田島はくすりと笑った。
どこか掴みどころのないように感じて仕方なかった。
聞けば、しっかりと答えてくれるだろう。
言えば、しっかりと分かってくれるだろう。
その上できっと彼女は手を抜くことを止めないだろう。
現状じゃ、俺の言葉は届かない。
今確かなことはただそれだけだった。
気づくと、駅の近くまで来ていた。
「杉野先輩、ここまでですかね?」
「ああ、そうだな」
田島は駅の方へと歩いて行き、俺はそれを見送る。
彼女が数歩歩いたところで、俺は呼び止めた。
「田島!」
「? どうしました?」
振り返り、不思議そうに俺を見てくる。
そう遠くない距離なのに叫ぶ。
「それでも! それでも俺はお前がつまらなそうに演技することが嫌だ! 先輩として! 同じ役者として! お前に本気の演技をさせてやる!」
ああそうだ。それが例え未来への投資だからって今を犠牲にすることを、誰が許すことが出来ようか。
俺の言葉に、田島は一瞬驚いた表情になったが、すぐに笑い返す。
「分かりました。楽しみにしてます」
これは、俺が田島に対する挑戦だった。
まるで椎名に初めて全国の話をされたときのように、心臓が圧し潰されそうな、そんな感じだった。
衝撃を受けながらも、必死に脳を動かす。
背中に汗を感じながら俺は田島に質問する。
「その意味、分かってんのか?」
「ええ、分かっていますよ」
少しだけ声を荒げてしまったが、それでも田島はすまし顔が答える。
当然だと言わんばかりのその態度に、俺はどこか傲慢さを感じた。
「来年、全国を目指すために私は今動いています」
「そのために手を抜いていると?」
「正しくは、そのための下準備をしている、です」
「よっぽど自分の演技に自信があるんだな」
「ええ、ありますよ」
さらっと即答する田島に、俺は頭が痛くなってきた。
これ、俺一人でどうにかなる話じゃないな。
そう判断する。樫田……だけじゃない。場合によっては椎名や増倉に相談しないといけない。
なら、今出来ることは情報収集だな。
「……そのことは、池本と金子は知ってんのか?」
「いいえ、知りません。これはあくまで私の欲……渇望ですから」
「何で言わない?」
「時期を見て話すつもりです」
「なら、今は二人に経験を積ませるってことか?」
「はい」
質問していくうちに一つ、避けては通れない問いが浮かんでしまった。
ただ、その問いをしたとき答え次第では、俺は先輩ではいられないかもしれない。
最悪を想定しつつ、俺は続ける。
「いつから、考えていたんだ?」
「入部した時にはもう考えていました」
「田島。新入部員歓迎会……あの焼き肉屋での話を覚えているか?」
「はい。忘れもしません」
「俺はあの時の言葉は本心だったと思っている」
かつて俺は彼女に演劇は好きか? と問うたことがあった。
田島は好きとは言わなかった。それでも、あの時語ったことが心からの言葉だと俺は信じている。
俺は立ち止まる。すると田島がそれに合わせるかのように一歩先で止まり、振り返る。
「……演劇部は好きか?」
「はい。大好きです」
笑って答える彼女の笑顔が、本当なのか嘘なのか俺には分からなかった。
それでも、先輩としてその言葉を信じる。
拳を強く握る。一つどうしても聞かないといけないことがあった。
俺は真っ直ぐに田島を見て、尋ねる。
「じゃあ、何で今年目指さないんだ?」
来年目指すのは自由だ。それは田島が自分たちの時代のことを考えている証拠であり、それ自体には何ら問題はないのではないかと思う。
ただ何故、今年の秋大会では目指さないのか。
どうしても、そこが引っかかって仕方がなかった。
田島は微笑みを絶えず、平然としながら口を開く。
「今年は、きっと全国に行けないからです」
最悪の答えが返ってきた。
俺は保てるだけの理性で、体の震えを鎮める。
冷静に、怒りを裏側へ追いやりながら俺は田島を見る。
「何で、そう言い切れるんだ?」
「……私は、先輩たちの演技好きなんですけどね。でも客観的に見た時、先輩たちの演技は、高校演劇向きではないです」
「……」
色んな反論が頭の中にはあった。けど、それを言葉にしても反駁されるだけの気がした。
だから、俺が出せる精一杯のことをなんとか口から出す。
「……それは、俺じゃあ判断つかない」
「いいえ、先輩は理解できたはずです」
田島はそれを許さなかった。
一歩近づき、じっと俺を見てくる。
「杉野先輩は、それを感覚として分かるはずです」
「そんなことは……」
「なら、樫田先輩に聞いてください。きっとあの人も分かっています」
「樫田が?」
「ええ、きっと言語化に関しては私よりも詳細に出来る方です」
まるですべてを知っているかのようだった。
俺が答えられずにいると、田島は駅の方へとゆっくりと歩き出した。
慌てて、横に並ぶ。
「なぁ、田島。もう一つ聞いていいか?」
「はい」
「どうして、俺にだけそれを話したんだ?」
これは怒りなどではなく、純粋な疑問だった。
何故俺にだけそのことを言ったのか。
「樫田先輩は分かっていますから、言う必要がないと思ったんです」
「……ずいぶんと信用しているんだな」
「はい。私が一番信用している先輩ですから」
隠すことなく、臆することなく田島は胸を張る。
いったい、樫田との間に何があったのか。
「あ、もちろん、杉野先輩のことも尊敬してますよ?」
「そりゃ、どーも」
「本心ですよ?」
「疑ってはないよ」
そのやり取りが面白かったのか、田島はくすりと笑った。
どこか掴みどころのないように感じて仕方なかった。
聞けば、しっかりと答えてくれるだろう。
言えば、しっかりと分かってくれるだろう。
その上できっと彼女は手を抜くことを止めないだろう。
現状じゃ、俺の言葉は届かない。
今確かなことはただそれだけだった。
気づくと、駅の近くまで来ていた。
「杉野先輩、ここまでですかね?」
「ああ、そうだな」
田島は駅の方へと歩いて行き、俺はそれを見送る。
彼女が数歩歩いたところで、俺は呼び止めた。
「田島!」
「? どうしました?」
振り返り、不思議そうに俺を見てくる。
そう遠くない距離なのに叫ぶ。
「それでも! それでも俺はお前がつまらなそうに演技することが嫌だ! 先輩として! 同じ役者として! お前に本気の演技をさせてやる!」
ああそうだ。それが例え未来への投資だからって今を犠牲にすることを、誰が許すことが出来ようか。
俺の言葉に、田島は一瞬驚いた表情になったが、すぐに笑い返す。
「分かりました。楽しみにしてます」
これは、俺が田島に対する挑戦だった。
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