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ー/ー



祠がある山は島のほぼ真ん中、診療所から約十分程歩いたところに鎮座していた。
二人は朝食を食べ終えると、すぐに出掛けた。
裏山に着くと心地よい蝉時雨が二人を出迎えた。
三十分ほど登ったところに、石の鳥居が見えて来た。
「ちょっと、ごんちゃん!あんた山登りも達者なのねぇ」
そう言うと、里子は荒れた呼吸を整えるため、鳥居の前でしばらく足を止めた。
「すまないね」
そう言ったごんべえは里子とは対照的に息一つ乱れず、汗も全くかいていなかった。

鳥居をくぐると頂上まで石階段が続いた。
ごんべえは早る脚をぐっと抑え、里子の歩調に合わせた。
頂上に着くと、人がひとり入れそうな大きさの木造の祠が海に向かってひっそりと建っていた。
「これ?」
「そう。それが海の守り神。名前はワダ何とかって言ったかなぁ?年に一度、暮れの煤払いに御開帳してお掃除するの。それはそれは立派な仁王様みたいな像だから、煤払いの時、見に来るといいわ」
そう言うと里子は祠の前で柏手を打ち、手を合わせた。
ごんべえもそれに倣う。
彼が柏手を打った途端、一陣の風が勢いよく吹き込んだ。青々と茂る木々がさわさわと揺れ、木漏れ日がキラキラと辺りを輝かせた。風に散った青葉が数枚、二人の肩にかかる。
それと同時に、ごんべえの全身は総毛立ち、雷に打たれたような衝撃がその体中を駆け巡った。
「はっ!あーーーー!」
「どしたの?もしかして本当に記憶が?」
里子の問いかけも耳に入らない様子で、ごんべえは雄叫びを上げながら元来た道を風になって駆け抜けていった。
「待って!ごんちゃん!全く…韋駄天なんだから」
追いつくのを諦めた様子で里子はとぼとぼと石段を下った。

それ以来、ごんべえの姿を見たものはない。


半年程が経ち、年末の煤払いの日を迎える頃には、ごんべえが海へ消えてしまった傷も島の人々から薄れつつあった。
この日のために本土からやって来た神主と島民代表の数人は浜辺で日の出を見届け、神主を先頭に祠のある山を登り始めた。

「里子ちゃんは?」
山を登り始めて程なく、駐在が陽子に尋ねた。
「うちの子は…よしとくって。相当ショックだったんだろうねぇ」
「まぁ、無理もないですね」
「後で様子見に来てやって。あの子、あんたと話してる時は、割合、楽しそうだから」
「えぇ」
駐在は、はにかみつつも誇らしげに答えた。

祠の前に一行が到着すると、神主が恭しく祝詞を上げ、扉を開けた。
ゆっくりと御本尊がその姿を現す。
それを見て、皆は驚愕のあまり口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
指を差す者、掃除用具を思わずぼとりと落とす者、腰を抜かし、へたり込む者…。
さすがの陽子も、いつもはよく動くその口を抑え、御神体を瞬きもせず見つめていた。
駐在がその両肩に手を添え、今にもくず折れそうな陽子を支えた。
神主ただ一人、事情が分からず眉間に皺を寄せてキョロキョロと島民の様子を伺っていた。そして、何よりも御神体のその異様な姿に、たじろいでいた。
「何故このようなものを…」
「こ、こりゃ、ごんべえの…」
神主と村長がほぼ同時に呟いた。

半年前…。

祠の前で、自身が何者か全て悟った青年は、風になって一気に山道を駆け下りた。
思い出した。思い出した。
我はこのようなところで遊んでいてはならぬ。
居るべき場所に還らねば。

山を降りると青年はそのまま海へ駆けた。

この履き物は返そうぞ。
我には服も要らぬ。
服…。

その時、彼の脳裏には自身のために一生懸命、服を選んでくれた里子の顔が過ぎった。
--これは地味過ぎるかしら
--こっちはどうだろう?
--うん、よく似合ってる。それがいい

服はそのまま着て還ろう。
「皆の親切、恩に着る。この島の者共と春田里子に、幸多からんことを!」
高らかに叫ぶと、男は着衣のまま海へ颯爽と飛び込んだ。

--我が名は、ワタツミ。


(終わり)




みんなのリアクション

祠がある山は島のほぼ真ん中、診療所から約十分程歩いたところに鎮座していた。
二人は朝食を食べ終えると、すぐに出掛けた。
裏山に着くと心地よい蝉時雨が二人を出迎えた。
三十分ほど登ったところに、石の鳥居が見えて来た。
「ちょっと、ごんちゃん!あんた山登りも達者なのねぇ」
そう言うと、里子は荒れた呼吸を整えるため、鳥居の前でしばらく足を止めた。
「すまないね」
そう言ったごんべえは里子とは対照的に息一つ乱れず、汗も全くかいていなかった。
鳥居をくぐると頂上まで石階段が続いた。
ごんべえは早る脚をぐっと抑え、里子の歩調に合わせた。
頂上に着くと、人がひとり入れそうな大きさの木造の祠が海に向かってひっそりと建っていた。
「これ?」
「そう。それが海の守り神。名前はワダ何とかって言ったかなぁ?年に一度、暮れの煤払いに御開帳してお掃除するの。それはそれは立派な仁王様みたいな像だから、煤払いの時、見に来るといいわ」
そう言うと里子は祠の前で柏手を打ち、手を合わせた。
ごんべえもそれに倣う。
彼が柏手を打った途端、一陣の風が勢いよく吹き込んだ。青々と茂る木々がさわさわと揺れ、木漏れ日がキラキラと辺りを輝かせた。風に散った青葉が数枚、二人の肩にかかる。
それと同時に、ごんべえの全身は総毛立ち、雷に打たれたような衝撃がその体中を駆け巡った。
「はっ!あーーーー!」
「どしたの?もしかして本当に記憶が?」
里子の問いかけも耳に入らない様子で、ごんべえは雄叫びを上げながら元来た道を風になって駆け抜けていった。
「待って!ごんちゃん!全く…韋駄天なんだから」
追いつくのを諦めた様子で里子はとぼとぼと石段を下った。
それ以来、ごんべえの姿を見たものはない。
半年程が経ち、年末の煤払いの日を迎える頃には、ごんべえが海へ消えてしまった傷も島の人々から薄れつつあった。
この日のために本土からやって来た神主と島民代表の数人は浜辺で日の出を見届け、神主を先頭に祠のある山を登り始めた。
「里子ちゃんは?」
山を登り始めて程なく、駐在が陽子に尋ねた。
「うちの子は…よしとくって。相当ショックだったんだろうねぇ」
「まぁ、無理もないですね」
「後で様子見に来てやって。あの子、あんたと話してる時は、割合、楽しそうだから」
「えぇ」
駐在は、はにかみつつも誇らしげに答えた。
祠の前に一行が到着すると、神主が恭しく祝詞を上げ、扉を開けた。
ゆっくりと御本尊がその姿を現す。
それを見て、皆は驚愕のあまり口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
指を差す者、掃除用具を思わずぼとりと落とす者、腰を抜かし、へたり込む者…。
さすがの陽子も、いつもはよく動くその口を抑え、御神体を瞬きもせず見つめていた。
駐在がその両肩に手を添え、今にもくず折れそうな陽子を支えた。
神主ただ一人、事情が分からず眉間に皺を寄せてキョロキョロと島民の様子を伺っていた。そして、何よりも御神体のその異様な姿に、たじろいでいた。
「何故このようなものを…」
「こ、こりゃ、ごんべえの…」
神主と村長がほぼ同時に呟いた。
半年前…。
祠の前で、自身が何者か全て悟った青年は、風になって一気に山道を駆け下りた。
思い出した。思い出した。
我はこのようなところで遊んでいてはならぬ。
居るべき場所に還らねば。
山を降りると青年はそのまま海へ駆けた。
この履き物は返そうぞ。
我には服も要らぬ。
服…。
その時、彼の脳裏には自身のために一生懸命、服を選んでくれた里子の顔が過ぎった。
--これは地味過ぎるかしら
--こっちはどうだろう?
--うん、よく似合ってる。それがいい
服はそのまま着て還ろう。
「皆の親切、恩に着る。この島の者共と春田里子に、幸多からんことを!」
高らかに叫ぶと、男は着衣のまま海へ颯爽と飛び込んだ。
--我が名は、ワタツミ。
(終わり)


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