初めてのドラマ撮影は戸惑うことも多かったが、比較的順調にこなすことができた。
ドラマ初出演でヒロインという立場だったため、役者の人たちからは疎ましく思われるだろうと予想していたが、現場のスタッフや演者は優しく、温かな空気感で蓮見を受け入れてくれた。
他人との会話は今も苦手だが、役者の人たちから話しかけてくれることが多かったため、なんとか馴染むことはできている。
芝居の方も初演技ということを忘れるくらいの出来で、監督やプロデューサーからは褒めてもらうことも多かった。
これも真面目に芝居のレッスンを受けてきたからだろう。
蓮見は日々の鍛錬がいかに大事かを改めて知り、一層努力をしようと覚悟を持った。
懸念していたことは大方想像だけに留まったが、一番の不安要素は的中することになる。
ヒロインだったため、主演の中村裕樹と一緒になることが多い。
彼は他のメンバーを合コンに誘ったりしていたため、蓮見はなるべく距離を置いていた。
アイドルとして、そんな場所に行くことはできない。
だが推薦してもらった立場もあり、断ることも難しい。
二人だけにならないようにと心がけていたが、スタジオ撮影の合間にその瞬間は訪れる。
「千佳ちゃん、ちょっといい」
自分のシーンを撮り終えた蓮見が控室へと向かっていたときだった。
他にも演者はいたが、周りに聞こえないように中村は声をかけてくる。
「なんですか?」
「お芝居の確認をしたくて」
蓮見がみんなに聞こえる声で言うと、中村は笑顔を浮かべて答えた。
「分かりました」
緊張が走ったが、芝居のことだと分かると安堵が広がる。
中村がスタジオの隅の方に歩き出したため、蓮見も後を付いていく。
「良かったらさ、連絡先交換しない?」
立ち止まった中村は爽やかな顔を向けてきた。
今にも風が吹きそうな表情は、絵に描いたようなイケメン俳優だ。
「ごめんなさい。アイドルなので男性とは連絡先の交換はしないようにしていて……」
「あっ、そういう意味じゃなくて、同じ事務所の先輩として。なにかあったときに相談できる相手がいた方がいいでしょ? これから芝居の仕事も増えるだろうし、協力できることがあったらと思って」
中村は偽りすら感じられないような、柔らかな笑みを表情に描いている。
優しい先輩。
合コンの話を聞いていなかったら、そう感じていたかもしれない。
「ありがとうございます。でもアイドルなので……」
もっと良い理由はあっただろうが、蓮見は慣れていなかった。
普段から男性とは距離を置いていたため、連絡先を聞かれることもなかったし、当然断る経験もほとんどない。
あるとしたら、クラスメイトの小田くらいだ。
だが、今はあのときとは状況が違う。
芸能界の先輩であり、事務所の先輩でもあり、ドラマに推薦してくれた人だ。
断り方は気を付けなければいけない。
蓮見は頭の中をフル回転させたが、適した言葉が見つからなかった。
というより、正解すらも分からなかった。
「大丈夫だよ。連絡先くらい、みんな交換してるから。アイドルって言っても、裏では付き合ってたりしてるし、合コンとかも頻繁に参加してる。そういう場で仕事を貰う人もいるしね。それに人脈は広い方がいい。もっと売れたいなら、俺と仲良くしといた方がいいよ。芝居関連の仕事も増えるから」
なぜみんな、売れればいいと思っているのだろう?
蓮見は中村の言葉を聞いて、そう思った。
アイドルという仕事に信念を持ちたい。
合コンなんて行ったら、きっとファンはガッカリする。
もしかしたら初めて好きになったアイドルが蓮見かもしれないし、大きなショックを受ける可能性もある。
それは、進もうとしている道とは真逆の行為だ。
仮に仕事が増えることになっても、それでは意味がない。
アイドルに誇りを持ってる蓮見にとって、選択肢は一つしかなかった。
「ごめんなさい。自分が決めたことを曲げたくないんです」
「決めたこと?」
「ファンの人を裏切るようなことは絶対にしない。アイドルとしてのプライドです」
誰かを変えたい。
誰かの支えになりたい。
誰かの人生に光を与えたい。
蓮見がアイドルをしている理由でもあり、真っ直ぐ生きるための支えでもある。
この望みを叶えるためには、自分で決めたことを守らないといけない。
でなければ、誰かを変えることなどできるはずがないから。
アイドルという聖域から踏み外してしまえば、自分の言動は薄っぺらく見えてしまう。
蓮見はそう思っているからこそ、信念を曲げることはしたくなかった。
「でもさ、バレなければいいんじゃない?」
中村は爽やかな笑顔で蓮見の言葉を流した。
「アイドルは幻想を売る仕事なわけで、実生活はただの女の子でいい。彼氏を作ろうが、合コンに行こうが、表に出なければ無いのと一緒。仕事とプライベートを分けないと苦しくなっちゃうよ。それにファンだって気付いてる。アイドルが裏では遊んでるってことくらい。ただ事実を知りたくないだけで、ある程度は許容してる。仮にバレたとしても、法に触れたってわけじゃないでしょ? 犯罪者みたいに批判してくる方がおかしいんだよ。みんなアイドルに求めすぎ。夢と現実の区別も付かない人間が多すぎる」
中村の言うことは正論かもしれないが、蓮見の目指すアイドルではない。
“どうやったら人を変えられるか”
“どうやったら勇気を与えられるか”
アイドルとしての軸があるからこそ、普段の意識が大切になってくる。
ただなんとなくやっているわけではない。
信念を持っているから、自分の中にルールを作る。
アイドルは遊んでもいいか?
そんなことを話しているのではなく、これは“どう在るべきか”という話だ。
アイドルとしての自分に影響力を付けるには、アイドルとして認められなければならない。
もし裏で遊んでいると分かれば、言葉が伝わらなくなる可能性だってある。
――この人が言うから変われると思った
そう言ってもらうには、信念を曲げてはいけない。
アイドルという肩書きを持ってる以上、アイドルで居続けなければ言葉に光は宿らない。
中村とは見ている視点が違うため、この人とは理解しあえないと思った。
「確かにそうかもしれません。でも、誰かの人生に足を踏み入れるには、アイドルで居続ける必要がある。でないと誰も認めてくれないし、私の言葉が薄っぺらく感じてしまう。それではアイドルをしてる意味がないんです。だから……連絡先は交換できません」
中村は怪訝な顔で蓮見を見ていた。
たぶん理解し難いのだろう。
アイドルというものに対しての見方が違うから。
今までの言葉を聞く限り、蓮見のようなタイプとは出会ってこなかったのかもしれない。
だからアイドルを“女”という視点でしか見れていないのだと感じた。
「遊んでる奴でもアイドルとして評価されてるし、売れてるよ? 認められるかどうかは、そこじゃないと思うけど」
「認められたいと思うのは過程にすぎない。その先にあるものが、私の目的地です」
これ以上は分かり合えないと思い、蓮見は頭を下げてから、その場を去った。
怒っているかもしれないが、アイドルとしてのプライドを曲げることはできない。
自分で決めたルールを破ったら、もうアイドルとしては生きられない。
誰かを変えたいという思いがあるから、苦しくても乗り越えようと思えた。
蓮見は心臓に刺した信念を、一層深く差し込んだ。