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三十話  蓮見千佳 回想⑥

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 初めてのドラマ撮影は戸惑うことも多かったが、比較的順調にこなすことができた。 
 ドラマ初出演でヒロインという立場だったため、役者の人たちからは疎ましく思われるだろうと予想していたが、現場のスタッフや演者は優しく、温かな空気感で蓮見を受け入れてくれた。
 他人との会話は今も苦手だが、役者の人たちから話しかけてくれることが多かったため、なんとか馴染むことはできている。
 芝居の方も初演技ということを忘れるくらいの出来で、監督やプロデューサーからは褒めてもらうことも多かった。
 これも真面目に芝居のレッスンを受けてきたからだろう。
 蓮見は日々の鍛錬がいかに大事かを改めて知り、一層努力をしようと覚悟を持った。
 懸念していたことは大方想像だけに留まったが、一番の不安要素は的中することになる。
 ヒロインだったため、主演の中村裕樹と一緒になることが多い。
 彼は他のメンバーを合コンに誘ったりしていたため、蓮見はなるべく距離を置いていた。
 アイドルとして、そんな場所に行くことはできない。
 だが推薦してもらった立場もあり、断ることも難しい。
 二人だけにならないようにと心がけていたが、スタジオ撮影の合間にその瞬間は訪れる。

「千佳ちゃん、ちょっといい」

 自分のシーンを撮り終えた蓮見が控室へと向かっていたときだった。
 他にも演者はいたが、周りに聞こえないように中村は声をかけてくる。

「なんですか?」

「お芝居の確認をしたくて」

 蓮見がみんなに聞こえる声で言うと、中村は笑顔を浮かべて答えた。

「分かりました」

 緊張が走ったが、芝居のことだと分かると安堵が広がる。
 中村がスタジオの隅の方に歩き出したため、蓮見も後を付いていく。

「良かったらさ、連絡先交換しない?」

 立ち止まった中村は爽やかな顔を向けてきた。
 今にも風が吹きそうな表情は、絵に描いたようなイケメン俳優だ。

「ごめんなさい。アイドルなので男性とは連絡先の交換はしないようにしていて……」

「あっ、そういう意味じゃなくて、同じ事務所の先輩として。なにかあったときに相談できる相手がいた方がいいでしょ? これから芝居の仕事も増えるだろうし、協力できることがあったらと思って」

 中村は偽りすら感じられないような、柔らかな笑みを表情に描いている。
 優しい先輩。
 合コンの話を聞いていなかったら、そう感じていたかもしれない。

「ありがとうございます。でもアイドルなので……」

 もっと良い理由はあっただろうが、蓮見は慣れていなかった。
 普段から男性とは距離を置いていたため、連絡先を聞かれることもなかったし、当然断る経験もほとんどない。
 あるとしたら、クラスメイトの小田くらいだ。
 だが、今はあのときとは状況が違う。
 芸能界の先輩であり、事務所の先輩でもあり、ドラマに推薦してくれた人だ。
 断り方は気を付けなければいけない。
 蓮見は頭の中をフル回転させたが、適した言葉が見つからなかった。
 というより、正解すらも分からなかった。

「大丈夫だよ。連絡先くらい、みんな交換してるから。アイドルって言っても、裏では付き合ってたりしてるし、合コンとかも頻繁に参加してる。そういう場で仕事を貰う人もいるしね。それに人脈は広い方がいい。もっと売れたいなら、俺と仲良くしといた方がいいよ。芝居関連の仕事も増えるから」

 なぜみんな、売れればいいと思っているのだろう?
 蓮見は中村の言葉を聞いて、そう思った。
 アイドルという仕事に信念を持ちたい。
 合コンなんて行ったら、きっとファンはガッカリする。
 もしかしたら初めて好きになったアイドルが蓮見かもしれないし、大きなショックを受ける可能性もある。
 それは、進もうとしている道とは真逆の行為だ。
 仮に仕事が増えることになっても、それでは意味がない。
 アイドルに誇りを持ってる蓮見にとって、選択肢は一つしかなかった。

「ごめんなさい。自分が決めたことを曲げたくないんです」

「決めたこと?」

「ファンの人を裏切るようなことは絶対にしない。アイドルとしてのプライドです」

 誰かを変えたい。
 誰かの支えになりたい。
 誰かの人生に光を与えたい。

 蓮見がアイドルをしている理由でもあり、真っ直ぐ生きるための支えでもある。
 この望みを叶えるためには、自分で決めたことを守らないといけない。
 でなければ、誰かを変えることなどできるはずがないから。
 アイドルという聖域から踏み外してしまえば、自分の言動は薄っぺらく見えてしまう。
 蓮見はそう思っているからこそ、信念を曲げることはしたくなかった。

「でもさ、バレなければいいんじゃない?」

 中村は爽やかな笑顔で蓮見の言葉を流した。

「アイドルは幻想を売る仕事なわけで、実生活はただの女の子でいい。彼氏を作ろうが、合コンに行こうが、表に出なければ無いのと一緒。仕事とプライベートを分けないと苦しくなっちゃうよ。それにファンだって気付いてる。アイドルが裏では遊んでるってことくらい。ただ事実を知りたくないだけで、ある程度は許容してる。仮にバレたとしても、法に触れたってわけじゃないでしょ? 犯罪者みたいに批判してくる方がおかしいんだよ。みんなアイドルに求めすぎ。夢と現実の区別も付かない人間が多すぎる」

 中村の言うことは正論かもしれないが、蓮見の目指すアイドルではない。

 “どうやったら人を変えられるか”
 “どうやったら勇気を与えられるか”

 アイドルとしての軸があるからこそ、普段の意識が大切になってくる。
 ただなんとなくやっているわけではない。
 信念を持っているから、自分の中にルールを作る。
 アイドルは遊んでもいいか?
 そんなことを話しているのではなく、これは“どう在るべきか”という話だ。
 アイドルとしての自分に影響力を付けるには、アイドルとして認められなければならない。
 もし裏で遊んでいると分かれば、言葉が伝わらなくなる可能性だってある。

――この人が言うから変われると思った 

 そう言ってもらうには、信念を曲げてはいけない。
 アイドルという肩書きを持ってる以上、アイドルで居続けなければ言葉に光は宿らない。
 中村とは見ている視点が違うため、この人とは理解しあえないと思った。

「確かにそうかもしれません。でも、誰かの人生に足を踏み入れるには、アイドルで居続ける必要がある。でないと誰も認めてくれないし、私の言葉が薄っぺらく感じてしまう。それではアイドルをしてる意味がないんです。だから……連絡先は交換できません」

 中村は怪訝な顔で蓮見を見ていた。
 たぶん理解し難いのだろう。
 アイドルというものに対しての見方が違うから。
 今までの言葉を聞く限り、蓮見のようなタイプとは出会ってこなかったのかもしれない。
 だからアイドルを“女”という視点でしか見れていないのだと感じた。

「遊んでる奴でもアイドルとして評価されてるし、売れてるよ? 認められるかどうかは、そこじゃないと思うけど」

「認められたいと思うのは過程にすぎない。その先にあるものが、私の目的地です」

 これ以上は分かり合えないと思い、蓮見は頭を下げてから、その場を去った。
 怒っているかもしれないが、アイドルとしてのプライドを曲げることはできない。
 自分で決めたルールを破ったら、もうアイドルとしては生きられない。
 誰かを変えたいという思いがあるから、苦しくても乗り越えようと思えた。
 蓮見は心臓に刺した信念を、一層深く差し込んだ。


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次のエピソードへ進む 三十一話 蓮見千佳 回想⑦


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 初めてのドラマ撮影は戸惑うことも多かったが、比較的順調にこなすことができた。 
 ドラマ初出演でヒロインという立場だったため、役者の人たちからは疎ましく思われるだろうと予想していたが、現場のスタッフや演者は優しく、温かな空気感で蓮見を受け入れてくれた。
 他人との会話は今も苦手だが、役者の人たちから話しかけてくれることが多かったため、なんとか馴染むことはできている。
 芝居の方も初演技ということを忘れるくらいの出来で、監督やプロデューサーからは褒めてもらうことも多かった。
 これも真面目に芝居のレッスンを受けてきたからだろう。
 蓮見は日々の鍛錬がいかに大事かを改めて知り、一層努力をしようと覚悟を持った。
 懸念していたことは大方想像だけに留まったが、一番の不安要素は的中することになる。
 ヒロインだったため、主演の中村裕樹と一緒になることが多い。
 彼は他のメンバーを合コンに誘ったりしていたため、蓮見はなるべく距離を置いていた。
 アイドルとして、そんな場所に行くことはできない。
 だが推薦してもらった立場もあり、断ることも難しい。
 二人だけにならないようにと心がけていたが、スタジオ撮影の合間にその瞬間は訪れる。
「千佳ちゃん、ちょっといい」
 自分のシーンを撮り終えた蓮見が控室へと向かっていたときだった。
 他にも演者はいたが、周りに聞こえないように中村は声をかけてくる。
「なんですか?」
「お芝居の確認をしたくて」
 蓮見がみんなに聞こえる声で言うと、中村は笑顔を浮かべて答えた。
「分かりました」
 緊張が走ったが、芝居のことだと分かると安堵が広がる。
 中村がスタジオの隅の方に歩き出したため、蓮見も後を付いていく。
「良かったらさ、連絡先交換しない?」
 立ち止まった中村は爽やかな顔を向けてきた。
 今にも風が吹きそうな表情は、絵に描いたようなイケメン俳優だ。
「ごめんなさい。アイドルなので男性とは連絡先の交換はしないようにしていて……」
「あっ、そういう意味じゃなくて、同じ事務所の先輩として。なにかあったときに相談できる相手がいた方がいいでしょ? これから芝居の仕事も増えるだろうし、協力できることがあったらと思って」
 中村は偽りすら感じられないような、柔らかな笑みを表情に描いている。
 優しい先輩。
 合コンの話を聞いていなかったら、そう感じていたかもしれない。
「ありがとうございます。でもアイドルなので……」
 もっと良い理由はあっただろうが、蓮見は慣れていなかった。
 普段から男性とは距離を置いていたため、連絡先を聞かれることもなかったし、当然断る経験もほとんどない。
 あるとしたら、クラスメイトの小田くらいだ。
 だが、今はあのときとは状況が違う。
 芸能界の先輩であり、事務所の先輩でもあり、ドラマに推薦してくれた人だ。
 断り方は気を付けなければいけない。
 蓮見は頭の中をフル回転させたが、適した言葉が見つからなかった。
 というより、正解すらも分からなかった。
「大丈夫だよ。連絡先くらい、みんな交換してるから。アイドルって言っても、裏では付き合ってたりしてるし、合コンとかも頻繁に参加してる。そういう場で仕事を貰う人もいるしね。それに人脈は広い方がいい。もっと売れたいなら、俺と仲良くしといた方がいいよ。芝居関連の仕事も増えるから」
 なぜみんな、売れればいいと思っているのだろう?
 蓮見は中村の言葉を聞いて、そう思った。
 アイドルという仕事に信念を持ちたい。
 合コンなんて行ったら、きっとファンはガッカリする。
 もしかしたら初めて好きになったアイドルが蓮見かもしれないし、大きなショックを受ける可能性もある。
 それは、進もうとしている道とは真逆の行為だ。
 仮に仕事が増えることになっても、それでは意味がない。
 アイドルに誇りを持ってる蓮見にとって、選択肢は一つしかなかった。
「ごめんなさい。自分が決めたことを曲げたくないんです」
「決めたこと?」
「ファンの人を裏切るようなことは絶対にしない。アイドルとしてのプライドです」
 誰かを変えたい。
 誰かの支えになりたい。
 誰かの人生に光を与えたい。
 蓮見がアイドルをしている理由でもあり、真っ直ぐ生きるための支えでもある。
 この望みを叶えるためには、自分で決めたことを守らないといけない。
 でなければ、誰かを変えることなどできるはずがないから。
 アイドルという聖域から踏み外してしまえば、自分の言動は薄っぺらく見えてしまう。
 蓮見はそう思っているからこそ、信念を曲げることはしたくなかった。
「でもさ、バレなければいいんじゃない?」
 中村は爽やかな笑顔で蓮見の言葉を流した。
「アイドルは幻想を売る仕事なわけで、実生活はただの女の子でいい。彼氏を作ろうが、合コンに行こうが、表に出なければ無いのと一緒。仕事とプライベートを分けないと苦しくなっちゃうよ。それにファンだって気付いてる。アイドルが裏では遊んでるってことくらい。ただ事実を知りたくないだけで、ある程度は許容してる。仮にバレたとしても、法に触れたってわけじゃないでしょ? 犯罪者みたいに批判してくる方がおかしいんだよ。みんなアイドルに求めすぎ。夢と現実の区別も付かない人間が多すぎる」
 中村の言うことは正論かもしれないが、蓮見の目指すアイドルではない。
 “どうやったら人を変えられるか”
 “どうやったら勇気を与えられるか”
 アイドルとしての軸があるからこそ、普段の意識が大切になってくる。
 ただなんとなくやっているわけではない。
 信念を持っているから、自分の中にルールを作る。
 アイドルは遊んでもいいか?
 そんなことを話しているのではなく、これは“どう在るべきか”という話だ。
 アイドルとしての自分に影響力を付けるには、アイドルとして認められなければならない。
 もし裏で遊んでいると分かれば、言葉が伝わらなくなる可能性だってある。
――この人が言うから変われると思った 
 そう言ってもらうには、信念を曲げてはいけない。
 アイドルという肩書きを持ってる以上、アイドルで居続けなければ言葉に光は宿らない。
 中村とは見ている視点が違うため、この人とは理解しあえないと思った。
「確かにそうかもしれません。でも、誰かの人生に足を踏み入れるには、アイドルで居続ける必要がある。でないと誰も認めてくれないし、私の言葉が薄っぺらく感じてしまう。それではアイドルをしてる意味がないんです。だから……連絡先は交換できません」
 中村は怪訝な顔で蓮見を見ていた。
 たぶん理解し難いのだろう。
 アイドルというものに対しての見方が違うから。
 今までの言葉を聞く限り、蓮見のようなタイプとは出会ってこなかったのかもしれない。
 だからアイドルを“女”という視点でしか見れていないのだと感じた。
「遊んでる奴でもアイドルとして評価されてるし、売れてるよ? 認められるかどうかは、そこじゃないと思うけど」
「認められたいと思うのは過程にすぎない。その先にあるものが、私の目的地です」
 これ以上は分かり合えないと思い、蓮見は頭を下げてから、その場を去った。
 怒っているかもしれないが、アイドルとしてのプライドを曲げることはできない。
 自分で決めたルールを破ったら、もうアイドルとしては生きられない。
 誰かを変えたいという思いがあるから、苦しくても乗り越えようと思えた。
 蓮見は心臓に刺した信念を、一層深く差し込んだ。