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二十八話 蓮見千佳 回想④

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 蓮見は血の滲むような努力に青春を費やした。
 学校の昼休みには校舎裏で振り付けの確認。
 通学中や下校時には与えられた課題の復習。
 レッスン後には、事務所の近くの公園で終電まで練習。
 ボイトレの動画や本を見て、独学で歌唱力を研磨。
 メイクやファッションにも力を注ぎ、アイドルになるために原石を磨いた。
 苦手だったSNSには自撮りも載せ、メイク道具や私服の紹介、アイドルオタクとしての自分を見せる。
 毎日三回以上の投稿を心がけ、絞り出しながらネットという海へと送り出した。
 そしてショート動画ではダンスや歌唱を披露。
 結成当初とは比較にならないほど上達した個人パフォーマンスは、多くの高評価を付けてもらえるようにもなった。
 初めてのライブから半年が過ぎ、いまやフォロワー数も三千を超え、ファンと呼べるような人もできた。
 ライブ会場の規模も三百までなら埋めれるようになり、徐々に目的地までの距離を縮めていく。

「いた!」

 昼休みに校舎裏で振り付けの確認をしていたとき、クラスの女子数人がスマホを片手に話しかけてきた。

「これって蓮見さんでしょ?」

 見せてきたのはダンスのショート動画だ。
 SNSでは前髪を分けているが、学校では下ろしている。
 アイドルという肩書きを背負っているときは、顔を出すことに抵抗はなくなった。
 可愛いという声が増えたことも影響している。
 でも学校では、教室の隅で息をする根暗な生徒というのは変わっていない。
 そのギャップを知られることが、どこか恥ずかしかった。

「うん……」

「やっぱり! 学校とは雰囲気違うから、同姓同名なだけかなって思ってたけど、そうだよね」

「なんでこんな可愛いのに、前髪で顔隠してるの?」

「もったいないよ。学校でも動画みたいにすればいいのに」

「ていうかアイドルやってたんだね。曲とか出してるの?」

「ダンス上手いよね。あと歌も良かったよ」 

 一斉に言われたため、蓮見はどれを返していいか分からなかった。

「ねえ、今日の放課後カラオケいかない? 蓮見さんの歌聞いてみたい」

 人生で初めて遊びに誘われたかもしれない。
 もしかしたら小学生のときにはあったかもしれないが、その記憶はない。
 胸が高鳴った。
 ずっと憧れていた青春が目の前に差し出されたから。

「ごめんなさい、今日もレッスンがあるから……」

 でも断った。
 今は青春よりも大事な夢がある。

「そっか……もうちょっと早く知りたかったな」

 今は高三の冬。
 卒業まであと僅かしかない。
 たぶん友達になることは難しいだろう。
 空いている時間はすべてアイドルに捧げるから。
 その後も質問攻めを受けた。
 主に芸能関係のことだったが、蓮見は地下で細々と活動しているだけだったため、答えられることは一つもなかった。
 放課後、校門を出たときに声をかけられた。

「蓮見」

 振り返ると小田和也だった。同じ学年で一番モテてる男子。
 彼はチャラいと噂されており、蓮見が一番苦手とするタイプだ。
 正直、あまり話したくない。

「動画見たよ。ダンス上手だね」

「ありがとう……」

「俺さ、蓮見のこと一年のときから気になってたんだよね。でも中々声をかけられなくて……」

 小田は恥じらうように頬を赤らめた。
 でもそれが演技だと、蓮見はすぐに見抜く。

――一年のときも一緒のクラスだったろ。覚えとけよ
――地味すぎて、存在すら分からなかったわ

 一年前の言葉が頭をよぎる。小田は蓮見の存在すら知らなかった。
 きっと、自分が言っていたことなど覚えていないのだろう。

「ありがとう。レッスンがあるから行くね」

 背中を向けて去ろうとすると、小田が腕を掴んできた。

「連絡先、交換しない? もうすぐ卒業だしさ、このままだと後悔しそうだから」

 自分がモテていると分かっている。
 だから好意を見せれば、相手は落ちると勘違いしているのだ。
 前戯のないアプローチほど痛々しいものはない。

「ごめんなさい。一応アイドルなので」

「いいじゃん連絡先ぐらい。それに付き合ったとしても、誰にも言わなければ大丈夫じゃない?」

 少女漫画の主人公のような、キラキラした笑顔だった。
 きっとこれに騙されてしまうのだろう。
 眩しさがあるが、アイドルの放つキラキラとは質感が違う。

「付き合わないし、男性とは距離を置きたいので、連絡先は絶対に交換しません」

 蓮見が言い終えた瞬間、空気感が変わった。
 小田の顔を見ると、眉間に皺を寄せながら見下すように蓮見を睨んでいた。

「売れてもないのにアイドルぶるなよ。お前みたいな勘違い陰キャに連絡先教えてやるんだから感謝くらいしろ。芸能界じゃ通用しない素人なんだからよ」

 今まで女性関係で躓いたことがなかったのかもしれない。
 好意を見せただけで落としてきたからこそ、断られるという行為が許せなかった。
 プライドを守るために暴言を吐き、傷がつかないようにする。
 顔は良いかもしれないが人間性は粗悪だ。
 蓮見が抱いていた嫌悪は、呆れに変換されていた。

「確かに私のことを知ってる人はまだ少ない。でもね、売れないアイドルでもプライドは持ってるの。その信念だけは何があっても折ることはない。私自身でもあるから。どれだけ装飾された綺麗な宝箱も、中身がなければただの箱。飾ったものでしか判断できない人に、私が靡くことはない」

 蓮見は小田の反論も聞かずに背を向けて歩き出した。
 舌打ちが耳に入ったが気にしない。
 アイドルとして売れたら、汚れた言葉を何度も目にしなければならない。
 このときの蓮見は信念と覚悟だけで生きていた。
 目的地があったから。
 歩ける道があったから。
 まだ希望が見えていたから。


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 蓮見は血の滲むような努力に青春を費やした。
 学校の昼休みには校舎裏で振り付けの確認。
 通学中や下校時には与えられた課題の復習。
 レッスン後には、事務所の近くの公園で終電まで練習。
 ボイトレの動画や本を見て、独学で歌唱力を研磨。
 メイクやファッションにも力を注ぎ、アイドルになるために原石を磨いた。
 苦手だったSNSには自撮りも載せ、メイク道具や私服の紹介、アイドルオタクとしての自分を見せる。
 毎日三回以上の投稿を心がけ、絞り出しながらネットという海へと送り出した。
 そしてショート動画ではダンスや歌唱を披露。
 結成当初とは比較にならないほど上達した個人パフォーマンスは、多くの高評価を付けてもらえるようにもなった。
 初めてのライブから半年が過ぎ、いまやフォロワー数も三千を超え、ファンと呼べるような人もできた。
 ライブ会場の規模も三百までなら埋めれるようになり、徐々に目的地までの距離を縮めていく。
「いた!」
 昼休みに校舎裏で振り付けの確認をしていたとき、クラスの女子数人がスマホを片手に話しかけてきた。
「これって蓮見さんでしょ?」
 見せてきたのはダンスのショート動画だ。
 SNSでは前髪を分けているが、学校では下ろしている。
 アイドルという肩書きを背負っているときは、顔を出すことに抵抗はなくなった。
 可愛いという声が増えたことも影響している。
 でも学校では、教室の隅で息をする根暗な生徒というのは変わっていない。
 そのギャップを知られることが、どこか恥ずかしかった。
「うん……」
「やっぱり! 学校とは雰囲気違うから、同姓同名なだけかなって思ってたけど、そうだよね」
「なんでこんな可愛いのに、前髪で顔隠してるの?」
「もったいないよ。学校でも動画みたいにすればいいのに」
「ていうかアイドルやってたんだね。曲とか出してるの?」
「ダンス上手いよね。あと歌も良かったよ」 
 一斉に言われたため、蓮見はどれを返していいか分からなかった。
「ねえ、今日の放課後カラオケいかない? 蓮見さんの歌聞いてみたい」
 人生で初めて遊びに誘われたかもしれない。
 もしかしたら小学生のときにはあったかもしれないが、その記憶はない。
 胸が高鳴った。
 ずっと憧れていた青春が目の前に差し出されたから。
「ごめんなさい、今日もレッスンがあるから……」
 でも断った。
 今は青春よりも大事な夢がある。
「そっか……もうちょっと早く知りたかったな」
 今は高三の冬。
 卒業まであと僅かしかない。
 たぶん友達になることは難しいだろう。
 空いている時間はすべてアイドルに捧げるから。
 その後も質問攻めを受けた。
 主に芸能関係のことだったが、蓮見は地下で細々と活動しているだけだったため、答えられることは一つもなかった。
 放課後、校門を出たときに声をかけられた。
「蓮見」
 振り返ると小田和也だった。同じ学年で一番モテてる男子。
 彼はチャラいと噂されており、蓮見が一番苦手とするタイプだ。
 正直、あまり話したくない。
「動画見たよ。ダンス上手だね」
「ありがとう……」
「俺さ、蓮見のこと一年のときから気になってたんだよね。でも中々声をかけられなくて……」
 小田は恥じらうように頬を赤らめた。
 でもそれが演技だと、蓮見はすぐに見抜く。
――一年のときも一緒のクラスだったろ。覚えとけよ
――地味すぎて、存在すら分からなかったわ
 一年前の言葉が頭をよぎる。小田は蓮見の存在すら知らなかった。
 きっと、自分が言っていたことなど覚えていないのだろう。
「ありがとう。レッスンがあるから行くね」
 背中を向けて去ろうとすると、小田が腕を掴んできた。
「連絡先、交換しない? もうすぐ卒業だしさ、このままだと後悔しそうだから」
 自分がモテていると分かっている。
 だから好意を見せれば、相手は落ちると勘違いしているのだ。
 前戯のないアプローチほど痛々しいものはない。
「ごめんなさい。一応アイドルなので」
「いいじゃん連絡先ぐらい。それに付き合ったとしても、誰にも言わなければ大丈夫じゃない?」
 少女漫画の主人公のような、キラキラした笑顔だった。
 きっとこれに騙されてしまうのだろう。
 眩しさがあるが、アイドルの放つキラキラとは質感が違う。
「付き合わないし、男性とは距離を置きたいので、連絡先は絶対に交換しません」
 蓮見が言い終えた瞬間、空気感が変わった。
 小田の顔を見ると、眉間に皺を寄せながら見下すように蓮見を睨んでいた。
「売れてもないのにアイドルぶるなよ。お前みたいな勘違い陰キャに連絡先教えてやるんだから感謝くらいしろ。芸能界じゃ通用しない素人なんだからよ」
 今まで女性関係で躓いたことがなかったのかもしれない。
 好意を見せただけで落としてきたからこそ、断られるという行為が許せなかった。
 プライドを守るために暴言を吐き、傷がつかないようにする。
 顔は良いかもしれないが人間性は粗悪だ。
 蓮見が抱いていた嫌悪は、呆れに変換されていた。
「確かに私のことを知ってる人はまだ少ない。でもね、売れないアイドルでもプライドは持ってるの。その信念だけは何があっても折ることはない。私自身でもあるから。どれだけ装飾された綺麗な宝箱も、中身がなければただの箱。飾ったものでしか判断できない人に、私が靡くことはない」
 蓮見は小田の反論も聞かずに背を向けて歩き出した。
 舌打ちが耳に入ったが気にしない。
 アイドルとして売れたら、汚れた言葉を何度も目にしなければならない。
 このときの蓮見は信念と覚悟だけで生きていた。
 目的地があったから。
 歩ける道があったから。
 まだ希望が見えていたから。