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二十六話 蓮見千佳 回想②

ー/ー



 オーディション会場は赤坂にあるビルの一室で行われた。
 一面鏡張りになっており、普段はレッスン場であることが見て取れる。
 鏡の前には蓮見を含む十名の女の子がおり、二列になって椅子に座っている。目の前には審査をする芸能事務所のスタッフがいた。
 その中には事務所の社長もおり、真ん中にどっしりと腰を下ろしている。
 今は一人ずつ自己アピールをしており、蓮見の番がもうすぐ迫っていた。
 高鳴る心臓を宥めるため、蓮見は深く深呼吸をする。
 何度、肺に酸素を送り込んだのかさえ分からない。
 天井知らずの緊張は、常にピークと思えるほど心臓を煽っていた。
 昨夜はあまり寝付けず、星と共に朝を迎えた。
 初めてのオーディションということもあったが、一番の心配事は笑われるのではという不安だ。

――お前みたいな根暗がアイドルなんて無理だろ

 こんな地味な人間を見たら、誰もがそう思うだろう。
 世の中には色んなアイドルがいるが、さしずめみんな輝いている。
 性格が内向的でも魅力的だし、キャラクターとして変換されている。

――私の根暗具合はキャラにもならないゴミ同然のもの

 ネガティブな言葉は流星群の如く、頭の中を流れていた。
 周りを見渡すと、不安はさらに膨らんだ。
 アイドルらしいピンクのワンピース。
 モデルのような全身黒のクールなコーデ。
 派手な色合いを上手に組み合わせた個性的なセットアップ。
 雑誌の中にいるような錯覚を起こすほど、会場はオシャレが蔓延している。
 蓮見は不安気に自身の服装に視線を移した。
 バーゲンで買った三千円の黒のタートルネック、その上には古着屋で買った茶色のカーディガン、下はどこで買ったかも覚えていない黒のロングスカート。
 今日のためにフリルの付いた白のワンピースを買ってはいたが、鏡に映る自分を見て『自分みたいなのが……』と思い、普段の地味な格好に変えることにした。
 だが、ここでは逆に目立っているような気がする。
 良い意味ではなく、悪い意味で。
 服装以外にも絶望を感じた。
 印象に残るような際立ったキャラクターを提示する人もいれば、笑いを誘うトークスキルを披露する人もいる。
 キラキラと輝く明るいオーラに、愛嬌のある屈託のない笑顔。
 蓮見には持ち合わせていないものばかりだ。
 自分にはキャラがないし、話もつまらない。
 キラキラしたものは纏っていないし、可愛らしさが微塵もない。
 持っているものといえば、根暗な性格とアイドルが好きという気持ちだけ。
 あとは何かを変えたいという妄想のみだ。
 路傍の石ではダイヤモンドにはなれない。
 それは分かっていたが、実際にアイドルを目指している子たちに囲まれると、一層実感することになった。
 それと髪の毛やメイクもいつもと同じにした。というより、着飾ることが怖かった。
 もしオーディションに落ちたら、すべてを否定されるような気がしたから。
 無意識のうちに保険を張り、言い訳できる余白を残した。
 本気で挑めば、この傷は消えなくなる。
 きっと希望すら持てないまま、一生を過ごしていく。
 本能が察知し、予防線を張った。

「私はいじめられてから学校にも行かず、ずっと引きこもっていました。そんな私を救ってくれたのがアイドルです。自分と同じような人を励ませるようになりたいと思って、ここに来ました」

 蓮見の隣にいる女の子が、審査員に向かって言った。
 清楚系の見た目で、大人しそうな子だっだ。
 ここにいる人たちは、自分とは違う世界の人間だと勝手に思っていた。
 だが蓮見と同じようにアイドルに救われ、同じような理由でアイドルを目指している子もいる。
 その言葉に勇気が湧いた。
 落ちることを前提としてオーディションを受けていたが、そんな自分が恥ずかしくなる。
 これが最後のチャンスかもしれない。
 たとえ落ちたとしても、胸を張ってすべてを賭けたと言いたい。
 覚悟とも呼べるものが、蓮見の中に芽生えてきた。

「ありがとうございます。では次の方」

 審査員席に座る男性に言われ、蓮見はゆっくりと立ち上がった。
 途端、心拍数が上昇し、鼓動の間隔が短くなる。
 そして周りの視線が集まるっているのが分かると、「ブス」という言葉が頭をよぎった。
 好きだった男の子にかけられた呪いが、蓮見の顔を俯かせる。

「大丈夫ですか?」

 男性に言われ、蓮見が「はい」と答えると、周りからクスッと笑いが起こる。
 たった二文字の言葉が上擦ってしまい、甲高い声を発してしまった。
 蓮見は恥らいで、唇を強く噛み締める。
 言葉を出すのも怖くなり、今すぐにでもこの場を立ち去りたいと思った。

――やっぱり来なければよかった。
――私にはそもそも向いてなかった。
――夢なんて見ても傷つくだけだ。

 数々のネガティブな言葉が頭を駆け回る中、隣に座っていた子が囁くように声をかけてきた。

「大丈夫。私にもできたから」

 自己アピールのとき、彼女はいじめられて引きこもりになったと言っていた。
 ここに来ること自体、ものすごく勇気がいったはずだ。蓮見以上に。
 自分を変えるためには、変わろうと思わなければいけない。
 変われないと思えば、変わらない自分を選ぶことになる。
 ずっと怖かった。
 人に見られることが。
 注目を浴びることが。
 たった一言を気にしながら生きてきた結果、地味という防具を身に付けた。
 瞳を隠す重たい前髪は、世界から自分を隠すために必要なものだった。
 でも夢を叶えるためには、自分を変えるためには、傘を閉じないといけない。
 二度ほど大きな深呼吸をすると、蓮見はおさげを解き、ゴムで前髪を結んだ。
 今はちょんまげのようになっている。
 オーディションでするような髪型ではないが、蓮見にとっては人生を変える髪型だ。
 人前で顔を出したのはいつ以来かも覚えていないし、自分でも顔を見るのが怖くて、数年はちゃんと見ていない。
 周りの反応が怖くて、蓮見は目を瞑っていた。
 きっと笑っているだろう。
 なんでこんな人間がアイドルになろうとしているのだろうと。
 でも、どう思われてもいい。
 一歩踏み出した自分を、誇りに思えることの方が大事だ。
 蓮見は勇気を振り絞り、目を開いた。
 笑っていると思われた審査員の顔は、なぜか驚いたような顔をしている。
 蓮見の前に座っている女の子たちも同じような顔をしていた。
 その表情の意味が分からなかった。
 どう思われてるのかさえも読み取れない。
 戸惑っていると、「まずはお名前と年齢をお願いします」と審査員の一人が目を丸くしながら言ってきた。

「蓮見千佳、十七歳です」

「では自己アピールを一分ほどでお願いします」

 蓮見はもう一度息を吐き、自分の中に溜め込んでいた言葉を編み出す。

「私はアイドルには向いていません。人前で話すことは苦手だし、キャラクターも持っていない。誰かに愛されるような人間でも、誰かに必要とされる人間でもない。でも変わりたいんです。ずっと閉じこもって諦め続けてきたから。きっとこの世界の片隅には、変われないと苦しんでいる人たちがいる。私がアイドルになれば、そんな子たちにも光を差すことができると思うんです。私は誰かの人生に影響を与えられるような人になりたい。夢は叶えられるものだと知ってもらいたい。胸を張れるような生き方をしてきたわけじゃないけど、だからこそ伝えられるものがあると思うんです。アイドルには向いてないですけど、こんな私だからアイドルになる意味があるんです」

 蓮見は話し終えると、深くお辞儀をして腰を下ろした。

「ありがとうございました。では次の方お願いします」

「はい。永田朋子二四歳、特技はドリアンを素手で割ったあとに六法全書を暗唱……」

 次の女の子が自己アピールを始めるが、蓮見の耳には入っていなかった。
 頭の中は真っ白になり、心臓の音だけが響いている。
 初めて自分の想いを他人に話した。
 心の中に仕舞っていた気持ちを言葉にすることなど、一生ないと思っていた。
 自分ではないみたい。
 でも自分の口から言葉を発した。
 そして何年も開いていた傘を閉じることができた。
 審査員にどう思われたかなど、どうでもいい。
 それ以上に、蓮見は変われた自分が誇らしかった。


 オーディションから二週間が経ち、再び赤坂にあるビルへと足を運んだ。
 来るのはこれで三度目。
 一次選考合格後に個人面接があり、その際にも訪れた。
 面接の翌日に事務所から連絡があり、「合格」という二文字を授かった。
 そのときは自宅の部屋にいたのだが、ベッドが軋むほど飛び跳ね、母親からうるさいと怒られた。
 だが見事に蓮見はアイドルの切符を掴んだ。
 夢は見るだけのものだと思っていた蓮見にとって、未だに信じられない出来事だった。
 詐欺かもしれないと思いつつ、二つの緊張を携えてビルに入る。
 今日は他の合格者との顔合わせになるらしい。
 蓮見を入れて五人と聞いた。
 その中に、隣に座っていた女の子がいてくれたらと願う。
 彼女の言葉で勇気づけられ、蓮見は合格できた。
 お礼を言いたかったし、一緒に活動できるならとても心強い。
 同じ志しを持っている人がいるなら、一層頑張れる気がする。
 ただ売れるだけではダメだ。
 誰かの人生に影響を与えられるようなアイドルでないといけない。
 自分だからこそ、できることがある。
 蓮見はアイドルになることに意味を付けたかった。
 代替が利く存在ではなく、蓮見千佳でなければいけないと思わせるようなアイドルになりたい。
 その覚悟を持つため、今日はピン留めで前髪を上げた。
 髪を下ろしてないと不安で仕方なかったが、アイドルになったらそうはいかない。
 人に見れらることになるし、なによりこの目に映したい。
 自分が変わったと思えるような景色を。
 合格してから、蓮見はちゃんと自分の顔を見るようになった。
 だが、まだ自身の顔が受け入れられない。
 他人はどう思うのだろうかという気持ちが前面に出て、自信を持てなかった。
 学校では、未だに重たい前髪で目を隠している。
 オーディションでは初めて会う人たちしかいなかったが、学校は違う。
 変化を見せるというのは勇気がいることだし、何より反応が怖い。
 幼少期に言われた言葉ではあるが、呪いは簡単に解けるものではなかった。
 エレベーターで五階まで上がると、正面と左手に扉がある。
 左手の扉は先日オーディションを行った会場で、正面の扉は事務所になっている。
 壁に打ち込まれた透明のアクリル銘板には『scream』と書かれており、その下にはインターホンが設置されていた。
 蓮見がインターホンを押すと、女性の声で「はい」という声がスピーカーから流れた。

「十三時に約束していた蓮見千佳と申します」

「蓮見さんですね。少々お待ちください」

 インターホンが切れると、蓮見の鼓動が跳ねた。
 これから一緒にやっていくメンバーはどういう人たちなのか?
 暗い自分は馴染めるだろうか?
 そもそも会話ができるのだろうか?
 そんな不安が胸の中で渦巻いていた。

「お待たせしました。どうぞ中へ」

 女性は柔らかな笑みを浮かべながら、扉を開いた。
 蓮見は軽く頭を下げて、事務所に足を踏み入れる。
 室内にはポスターがいくつも貼っており、ほとんど同じ男性が写っていた。
 『scream』は、いわゆる中堅と言われるような芸能事務所だ。
 俳優がメインらしいが、これからはアイドル業にも手を伸ばしていくと個人面接のときに社長が言っていた。
 所属しているタレントは十数名おり、その中で一番売れているのは中村裕樹という若手俳優だった。
 二十代半ばのイケメンと言われる俳優で、先日、初めての主演ドラマが決まったらしい。
 事務所も彼を推してるのが見て取れるほど、室内の壁には爽やかな顔が並んでいた。

「こちらでお待ちください」

 案内された場所は会議室のような場所だった。
 長テーブルが四角形に並べられ、この部屋にも中村裕樹のポスターが貼ってある。
 蓮見は窓側の一番隅に腰を下ろすと、緊張を逃すように大きく息を吐く。
 これからアイドルという肩書きを身に付け、芸能という華やかな世界の一員になる。
 希望よりも不安の方が強い。
 舞台に上がれば大勢からの視線を浴びることになるし、SNSでは誹謗中傷などの言葉も浴びることになる。
 でも傘は差せない。
 濡れ続けても歩き続けなければならない。
 自分に耐えられるのだろうか。
 蓮見の頭の中には、光を喰らう影が差し込んでいた。

「こちらでお待ちください」

 室内の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
 その姿を見たとき、影に光が差す。

「坂井美沙です。宜しくお願いします」

 女性は蓮見を見ると、深くお辞儀をした。

「蓮見千佳です。こちらこそお願いします」

 蓮見は立ち上がって、同じように深くお辞儀をする。

「オーディションのときに隣に座ってた方ですよね?」

 坂井は嬉々とした顔で蓮見の隣に来ると、そう聞いてきた。

「はい」

「良かった。蓮見さんには絶対受かってほしいって思ってたの」

 坂井が安堵した表情を浮かべた。蓮見はその顔を見て嬉しさが込み上げる。

「私もです。あのとき『大丈夫』って言葉をかけてくれたから、勇気を持つことができました。本当に感謝してます」

「私も勇気をもらった。みんなキラキラしてて不安だったし、自分みたいな人間がアイドルを目指していいんだろうかって考えてたの。でも同じような理由で来てた人がいて嬉しかった。『こんな私だからアイドルになる意味があるんです』。あの言葉で覚悟を持つことができた。私しかできないことがあるはずだ、って思わせてくれたから」 

 先ほどまで渦巻いていた不安は嵐のように去っていった。
 まだ微かには残っているが、それ以上に安心の方が勝っている。
 彼女となら良いグループにできると。

「これから一緒のグループになるから、仲良くやろう」

 坂井は手を差し出してきた。
 蓮見は応えるように目の前の手を握ると、「うん」と大きく頷いて、満面の笑みを浮かべた。

「そっちの方がいいよ。千佳ちゃんは可愛いから」

 坂井は蓮見の顔を見て、そう言った。
 初めはなんのことか分からなかったが、前髪を上げていることを思い出し、顔を褒められていることに気付いた。

「そう……かな」

「うん。すごい可愛い。なんで前髪で顔を隠しちゃうんだろうって不思議だった。周りの人たちもびっくりしてたでしょ? あれは想像以上に可愛かったからだよ。私は千佳ちゃんの顔が好き」

 蓮見は自分のことを言われてるのか疑問に思った。
 これだけ褒められたことなど、今までなかったから。
 どういう表情をしていいのかも、どんな言葉を返せばいいのかも分からない。
 褒められるとは、こんなにも困ることなんだと蓮見は知った。 

「あり……がとう」

「一緒に頑張ろうね」

「うん……」

 恥ずかしくて目を見れなかった。
 こんなにも真っ直ぐに言葉を伝えられる彼女が羨ましかった。
 そしてまた、勇気を貰えた。
 自分のために目指したアイドルだが、彼女のためにも良いグループにしたい。
 蓮見はそう思っていた。

「オーディションでも言ったけど、私いじめられてたの」

 坂井は椅子に腰を下ろすと、悲しげな面持ちで言葉を零した。
 蓮見も言葉に耳を傾けながら席に着く。

「他人のことが嫌いだし、上手くやれるか不安だった。でも夢だったの、アイドルになることが。だから千佳ちゃんがいてくれてホットした。人と話すのが苦手なんだけど、オーディションの言葉を聞いて、この人なら普通に喋れるだろうなって思ったの。今もビックリしてる。こんな流暢に話せてる自分が」

 必要とされているようで嬉しかった。
 自分と同じように殻にこもってしまった人に勇気を与えたい。
 影の中を彷徨っている人の光になりたい。
 そう想いからアイドルを目指した。
 誰かの力になるということが、これほどまで自尊心を高めてくれるものとは思わなかった。
 私でも人を変えられる。
 蓮見の中に少しだけ自信が芽吹いた瞬間だった。

「これから辛いこともあると思う。でも一緒に乗り越えていこう。どんなときでも、私は坂井さんの味方だから」

「ありがとう」

 坂井が浮かべた柔らかな笑みは、蓮見に勇気をもたらした。
 この先に待ち構えているであろう茨の道も、二人でなら超えていけると。
 一歩踏み出し、オーディションを受けて良かった。
 このときの蓮見は自分の選択が正しいと思っていた。
 だが後に来る嵐は、すべての希望を連れ去っていくことになる。


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 オーディション会場は赤坂にあるビルの一室で行われた。
 一面鏡張りになっており、普段はレッスン場であることが見て取れる。
 鏡の前には蓮見を含む十名の女の子がおり、二列になって椅子に座っている。目の前には審査をする芸能事務所のスタッフがいた。
 その中には事務所の社長もおり、真ん中にどっしりと腰を下ろしている。
 今は一人ずつ自己アピールをしており、蓮見の番がもうすぐ迫っていた。
 高鳴る心臓を宥めるため、蓮見は深く深呼吸をする。
 何度、肺に酸素を送り込んだのかさえ分からない。
 天井知らずの緊張は、常にピークと思えるほど心臓を煽っていた。
 昨夜はあまり寝付けず、星と共に朝を迎えた。
 初めてのオーディションということもあったが、一番の心配事は笑われるのではという不安だ。
――お前みたいな根暗がアイドルなんて無理だろ
 こんな地味な人間を見たら、誰もがそう思うだろう。
 世の中には色んなアイドルがいるが、さしずめみんな輝いている。
 性格が内向的でも魅力的だし、キャラクターとして変換されている。
――私の根暗具合はキャラにもならないゴミ同然のもの
 ネガティブな言葉は流星群の如く、頭の中を流れていた。
 周りを見渡すと、不安はさらに膨らんだ。
 アイドルらしいピンクのワンピース。
 モデルのような全身黒のクールなコーデ。
 派手な色合いを上手に組み合わせた個性的なセットアップ。
 雑誌の中にいるような錯覚を起こすほど、会場はオシャレが蔓延している。
 蓮見は不安気に自身の服装に視線を移した。
 バーゲンで買った三千円の黒のタートルネック、その上には古着屋で買った茶色のカーディガン、下はどこで買ったかも覚えていない黒のロングスカート。
 今日のためにフリルの付いた白のワンピースを買ってはいたが、鏡に映る自分を見て『自分みたいなのが……』と思い、普段の地味な格好に変えることにした。
 だが、ここでは逆に目立っているような気がする。
 良い意味ではなく、悪い意味で。
 服装以外にも絶望を感じた。
 印象に残るような際立ったキャラクターを提示する人もいれば、笑いを誘うトークスキルを披露する人もいる。
 キラキラと輝く明るいオーラに、愛嬌のある屈託のない笑顔。
 蓮見には持ち合わせていないものばかりだ。
 自分にはキャラがないし、話もつまらない。
 キラキラしたものは纏っていないし、可愛らしさが微塵もない。
 持っているものといえば、根暗な性格とアイドルが好きという気持ちだけ。
 あとは何かを変えたいという妄想のみだ。
 路傍の石ではダイヤモンドにはなれない。
 それは分かっていたが、実際にアイドルを目指している子たちに囲まれると、一層実感することになった。
 それと髪の毛やメイクもいつもと同じにした。というより、着飾ることが怖かった。
 もしオーディションに落ちたら、すべてを否定されるような気がしたから。
 無意識のうちに保険を張り、言い訳できる余白を残した。
 本気で挑めば、この傷は消えなくなる。
 きっと希望すら持てないまま、一生を過ごしていく。
 本能が察知し、予防線を張った。
「私はいじめられてから学校にも行かず、ずっと引きこもっていました。そんな私を救ってくれたのがアイドルです。自分と同じような人を励ませるようになりたいと思って、ここに来ました」
 蓮見の隣にいる女の子が、審査員に向かって言った。
 清楚系の見た目で、大人しそうな子だっだ。
 ここにいる人たちは、自分とは違う世界の人間だと勝手に思っていた。
 だが蓮見と同じようにアイドルに救われ、同じような理由でアイドルを目指している子もいる。
 その言葉に勇気が湧いた。
 落ちることを前提としてオーディションを受けていたが、そんな自分が恥ずかしくなる。
 これが最後のチャンスかもしれない。
 たとえ落ちたとしても、胸を張ってすべてを賭けたと言いたい。
 覚悟とも呼べるものが、蓮見の中に芽生えてきた。
「ありがとうございます。では次の方」
 審査員席に座る男性に言われ、蓮見はゆっくりと立ち上がった。
 途端、心拍数が上昇し、鼓動の間隔が短くなる。
 そして周りの視線が集まるっているのが分かると、「ブス」という言葉が頭をよぎった。
 好きだった男の子にかけられた呪いが、蓮見の顔を俯かせる。
「大丈夫ですか?」
 男性に言われ、蓮見が「はい」と答えると、周りからクスッと笑いが起こる。
 たった二文字の言葉が上擦ってしまい、甲高い声を発してしまった。
 蓮見は恥らいで、唇を強く噛み締める。
 言葉を出すのも怖くなり、今すぐにでもこの場を立ち去りたいと思った。
――やっぱり来なければよかった。
――私にはそもそも向いてなかった。
――夢なんて見ても傷つくだけだ。
 数々のネガティブな言葉が頭を駆け回る中、隣に座っていた子が囁くように声をかけてきた。
「大丈夫。私にもできたから」
 自己アピールのとき、彼女はいじめられて引きこもりになったと言っていた。
 ここに来ること自体、ものすごく勇気がいったはずだ。蓮見以上に。
 自分を変えるためには、変わろうと思わなければいけない。
 変われないと思えば、変わらない自分を選ぶことになる。
 ずっと怖かった。
 人に見られることが。
 注目を浴びることが。
 たった一言を気にしながら生きてきた結果、地味という防具を身に付けた。
 瞳を隠す重たい前髪は、世界から自分を隠すために必要なものだった。
 でも夢を叶えるためには、自分を変えるためには、傘を閉じないといけない。
 二度ほど大きな深呼吸をすると、蓮見はおさげを解き、ゴムで前髪を結んだ。
 今はちょんまげのようになっている。
 オーディションでするような髪型ではないが、蓮見にとっては人生を変える髪型だ。
 人前で顔を出したのはいつ以来かも覚えていないし、自分でも顔を見るのが怖くて、数年はちゃんと見ていない。
 周りの反応が怖くて、蓮見は目を瞑っていた。
 きっと笑っているだろう。
 なんでこんな人間がアイドルになろうとしているのだろうと。
 でも、どう思われてもいい。
 一歩踏み出した自分を、誇りに思えることの方が大事だ。
 蓮見は勇気を振り絞り、目を開いた。
 笑っていると思われた審査員の顔は、なぜか驚いたような顔をしている。
 蓮見の前に座っている女の子たちも同じような顔をしていた。
 その表情の意味が分からなかった。
 どう思われてるのかさえも読み取れない。
 戸惑っていると、「まずはお名前と年齢をお願いします」と審査員の一人が目を丸くしながら言ってきた。
「蓮見千佳、十七歳です」
「では自己アピールを一分ほどでお願いします」
 蓮見はもう一度息を吐き、自分の中に溜め込んでいた言葉を編み出す。
「私はアイドルには向いていません。人前で話すことは苦手だし、キャラクターも持っていない。誰かに愛されるような人間でも、誰かに必要とされる人間でもない。でも変わりたいんです。ずっと閉じこもって諦め続けてきたから。きっとこの世界の片隅には、変われないと苦しんでいる人たちがいる。私がアイドルになれば、そんな子たちにも光を差すことができると思うんです。私は誰かの人生に影響を与えられるような人になりたい。夢は叶えられるものだと知ってもらいたい。胸を張れるような生き方をしてきたわけじゃないけど、だからこそ伝えられるものがあると思うんです。アイドルには向いてないですけど、こんな私だからアイドルになる意味があるんです」
 蓮見は話し終えると、深くお辞儀をして腰を下ろした。
「ありがとうございました。では次の方お願いします」
「はい。永田朋子二四歳、特技はドリアンを素手で割ったあとに六法全書を暗唱……」
 次の女の子が自己アピールを始めるが、蓮見の耳には入っていなかった。
 頭の中は真っ白になり、心臓の音だけが響いている。
 初めて自分の想いを他人に話した。
 心の中に仕舞っていた気持ちを言葉にすることなど、一生ないと思っていた。
 自分ではないみたい。
 でも自分の口から言葉を発した。
 そして何年も開いていた傘を閉じることができた。
 審査員にどう思われたかなど、どうでもいい。
 それ以上に、蓮見は変われた自分が誇らしかった。
 オーディションから二週間が経ち、再び赤坂にあるビルへと足を運んだ。
 来るのはこれで三度目。
 一次選考合格後に個人面接があり、その際にも訪れた。
 面接の翌日に事務所から連絡があり、「合格」という二文字を授かった。
 そのときは自宅の部屋にいたのだが、ベッドが軋むほど飛び跳ね、母親からうるさいと怒られた。
 だが見事に蓮見はアイドルの切符を掴んだ。
 夢は見るだけのものだと思っていた蓮見にとって、未だに信じられない出来事だった。
 詐欺かもしれないと思いつつ、二つの緊張を携えてビルに入る。
 今日は他の合格者との顔合わせになるらしい。
 蓮見を入れて五人と聞いた。
 その中に、隣に座っていた女の子がいてくれたらと願う。
 彼女の言葉で勇気づけられ、蓮見は合格できた。
 お礼を言いたかったし、一緒に活動できるならとても心強い。
 同じ志しを持っている人がいるなら、一層頑張れる気がする。
 ただ売れるだけではダメだ。
 誰かの人生に影響を与えられるようなアイドルでないといけない。
 自分だからこそ、できることがある。
 蓮見はアイドルになることに意味を付けたかった。
 代替が利く存在ではなく、蓮見千佳でなければいけないと思わせるようなアイドルになりたい。
 その覚悟を持つため、今日はピン留めで前髪を上げた。
 髪を下ろしてないと不安で仕方なかったが、アイドルになったらそうはいかない。
 人に見れらることになるし、なによりこの目に映したい。
 自分が変わったと思えるような景色を。
 合格してから、蓮見はちゃんと自分の顔を見るようになった。
 だが、まだ自身の顔が受け入れられない。
 他人はどう思うのだろうかという気持ちが前面に出て、自信を持てなかった。
 学校では、未だに重たい前髪で目を隠している。
 オーディションでは初めて会う人たちしかいなかったが、学校は違う。
 変化を見せるというのは勇気がいることだし、何より反応が怖い。
 幼少期に言われた言葉ではあるが、呪いは簡単に解けるものではなかった。
 エレベーターで五階まで上がると、正面と左手に扉がある。
 左手の扉は先日オーディションを行った会場で、正面の扉は事務所になっている。
 壁に打ち込まれた透明のアクリル銘板には『scream』と書かれており、その下にはインターホンが設置されていた。
 蓮見がインターホンを押すと、女性の声で「はい」という声がスピーカーから流れた。
「十三時に約束していた蓮見千佳と申します」
「蓮見さんですね。少々お待ちください」
 インターホンが切れると、蓮見の鼓動が跳ねた。
 これから一緒にやっていくメンバーはどういう人たちなのか?
 暗い自分は馴染めるだろうか?
 そもそも会話ができるのだろうか?
 そんな不安が胸の中で渦巻いていた。
「お待たせしました。どうぞ中へ」
 女性は柔らかな笑みを浮かべながら、扉を開いた。
 蓮見は軽く頭を下げて、事務所に足を踏み入れる。
 室内にはポスターがいくつも貼っており、ほとんど同じ男性が写っていた。
 『scream』は、いわゆる中堅と言われるような芸能事務所だ。
 俳優がメインらしいが、これからはアイドル業にも手を伸ばしていくと個人面接のときに社長が言っていた。
 所属しているタレントは十数名おり、その中で一番売れているのは中村裕樹という若手俳優だった。
 二十代半ばのイケメンと言われる俳優で、先日、初めての主演ドラマが決まったらしい。
 事務所も彼を推してるのが見て取れるほど、室内の壁には爽やかな顔が並んでいた。
「こちらでお待ちください」
 案内された場所は会議室のような場所だった。
 長テーブルが四角形に並べられ、この部屋にも中村裕樹のポスターが貼ってある。
 蓮見は窓側の一番隅に腰を下ろすと、緊張を逃すように大きく息を吐く。
 これからアイドルという肩書きを身に付け、芸能という華やかな世界の一員になる。
 希望よりも不安の方が強い。
 舞台に上がれば大勢からの視線を浴びることになるし、SNSでは誹謗中傷などの言葉も浴びることになる。
 でも傘は差せない。
 濡れ続けても歩き続けなければならない。
 自分に耐えられるのだろうか。
 蓮見の頭の中には、光を喰らう影が差し込んでいた。
「こちらでお待ちください」
 室内の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
 その姿を見たとき、影に光が差す。
「坂井美沙です。宜しくお願いします」
 女性は蓮見を見ると、深くお辞儀をした。
「蓮見千佳です。こちらこそお願いします」
 蓮見は立ち上がって、同じように深くお辞儀をする。
「オーディションのときに隣に座ってた方ですよね?」
 坂井は嬉々とした顔で蓮見の隣に来ると、そう聞いてきた。
「はい」
「良かった。蓮見さんには絶対受かってほしいって思ってたの」
 坂井が安堵した表情を浮かべた。蓮見はその顔を見て嬉しさが込み上げる。
「私もです。あのとき『大丈夫』って言葉をかけてくれたから、勇気を持つことができました。本当に感謝してます」
「私も勇気をもらった。みんなキラキラしてて不安だったし、自分みたいな人間がアイドルを目指していいんだろうかって考えてたの。でも同じような理由で来てた人がいて嬉しかった。『こんな私だからアイドルになる意味があるんです』。あの言葉で覚悟を持つことができた。私しかできないことがあるはずだ、って思わせてくれたから」 
 先ほどまで渦巻いていた不安は嵐のように去っていった。
 まだ微かには残っているが、それ以上に安心の方が勝っている。
 彼女となら良いグループにできると。
「これから一緒のグループになるから、仲良くやろう」
 坂井は手を差し出してきた。
 蓮見は応えるように目の前の手を握ると、「うん」と大きく頷いて、満面の笑みを浮かべた。
「そっちの方がいいよ。千佳ちゃんは可愛いから」
 坂井は蓮見の顔を見て、そう言った。
 初めはなんのことか分からなかったが、前髪を上げていることを思い出し、顔を褒められていることに気付いた。
「そう……かな」
「うん。すごい可愛い。なんで前髪で顔を隠しちゃうんだろうって不思議だった。周りの人たちもびっくりしてたでしょ? あれは想像以上に可愛かったからだよ。私は千佳ちゃんの顔が好き」
 蓮見は自分のことを言われてるのか疑問に思った。
 これだけ褒められたことなど、今までなかったから。
 どういう表情をしていいのかも、どんな言葉を返せばいいのかも分からない。
 褒められるとは、こんなにも困ることなんだと蓮見は知った。 
「あり……がとう」
「一緒に頑張ろうね」
「うん……」
 恥ずかしくて目を見れなかった。
 こんなにも真っ直ぐに言葉を伝えられる彼女が羨ましかった。
 そしてまた、勇気を貰えた。
 自分のために目指したアイドルだが、彼女のためにも良いグループにしたい。
 蓮見はそう思っていた。
「オーディションでも言ったけど、私いじめられてたの」
 坂井は椅子に腰を下ろすと、悲しげな面持ちで言葉を零した。
 蓮見も言葉に耳を傾けながら席に着く。
「他人のことが嫌いだし、上手くやれるか不安だった。でも夢だったの、アイドルになることが。だから千佳ちゃんがいてくれてホットした。人と話すのが苦手なんだけど、オーディションの言葉を聞いて、この人なら普通に喋れるだろうなって思ったの。今もビックリしてる。こんな流暢に話せてる自分が」
 必要とされているようで嬉しかった。
 自分と同じように殻にこもってしまった人に勇気を与えたい。
 影の中を彷徨っている人の光になりたい。
 そう想いからアイドルを目指した。
 誰かの力になるということが、これほどまで自尊心を高めてくれるものとは思わなかった。
 私でも人を変えられる。
 蓮見の中に少しだけ自信が芽吹いた瞬間だった。
「これから辛いこともあると思う。でも一緒に乗り越えていこう。どんなときでも、私は坂井さんの味方だから」
「ありがとう」
 坂井が浮かべた柔らかな笑みは、蓮見に勇気をもたらした。
 この先に待ち構えているであろう茨の道も、二人でなら超えていけると。
 一歩踏み出し、オーディションを受けて良かった。
 このときの蓮見は自分の選択が正しいと思っていた。
 だが後に来る嵐は、すべての希望を連れ去っていくことになる。