二十二話 暴風雨
ー/ー 炒り卵よりのスクランブルエッグ、焦げ目の入ったウインナー、彩りを加えるレタスとトマト、バターの染みた食パン。
朝日が照らすダイニングテーブルに、樹は人数分の朝食を並べた。
コテージに来てから一週間。
顔の傷は消え、眼帯も外した。
左目の腫れはなくなり、見えなかった部分も見えるようになった。
来た当初は喧嘩ばかりで荒れていたが、今は平穏な日々が続き、穏やかに過ごせている。
見ず知らずの人間と同じ屋根の下で暮らすことに抵抗があったが、そこまで悪くはない。
ここにいる人たちは境界線をしっかりと守る。
何かを抱えているからこそ、他人との距離を気遣うのだろう。
これが学生寮のような場所だったら、樹はすでに帰りたいと思っていたかもしれない。
騒がしいのも嫌いだし、群れて行動することも苦手だ。
自分の領域が保たれるこの場所は、樹にとって安息の地になりかけていた。
時計の針が七時を指すと、葉山と竜一と蘭がリビングに入ってきた。
朝日が照らすダイニングテーブルに、樹は人数分の朝食を並べた。
コテージに来てから一週間。
顔の傷は消え、眼帯も外した。
左目の腫れはなくなり、見えなかった部分も見えるようになった。
来た当初は喧嘩ばかりで荒れていたが、今は平穏な日々が続き、穏やかに過ごせている。
見ず知らずの人間と同じ屋根の下で暮らすことに抵抗があったが、そこまで悪くはない。
ここにいる人たちは境界線をしっかりと守る。
何かを抱えているからこそ、他人との距離を気遣うのだろう。
これが学生寮のような場所だったら、樹はすでに帰りたいと思っていたかもしれない。
騒がしいのも嫌いだし、群れて行動することも苦手だ。
自分の領域が保たれるこの場所は、樹にとって安息の地になりかけていた。
時計の針が七時を指すと、葉山と竜一と蘭がリビングに入ってきた。
「おはよう」
「おう」
それぞれが席に着き、朝食に視線を移す。
「卵かけご飯から進歩したな」
「これくらい普通だろ」
「一週間前の樹に、その言葉を聞かせてやりたいよ」
「うるせえな」
家族でもないし、友達でもない。
だがこんな普通の会話もできるようになった。
一言で遮断し、捨てるように吐いていた言葉も、相手に渡そうという意識に変わってきている。
まだ不器用さは残るが、少しずつ人間らしくなってきたなと樹は思った。
「莉亜は?」
「まだ降りて来てない」
「そう。まあ先に食べるか」
と、朝食に手を付けようとすると、リビングに莉亜が入ってきた。
彼女の姿を見た一同は、一斉に手を止める。
「おはよう……」
莉亜は頬を赤らめながら、零すような声で言った。
いつもならすでにメイクを済ませ、小綺麗な格好でリビングに降りてくるのだが、今日は違った。
中央に女性キャラが描かれたTシャツに、下は学校指定のものと思われるジャージのハーフパンツ。
顔は恥ずかしさからくる紅潮のみで無加工だった。
「そんな見ないでよ」
莉亜はモジモジと忙しなく指を動かし、その場に留まっていた。
恥ずかしさだけではなく、不安と緊張も見て取れる。
きっと部屋を出るまでに色んな葛藤があったはずだ。
ずっと完璧な自分で居続けようとした。
欠点を見せないように生き続けてきた。
そんな人間が他人に素顔を晒すというのは、ものすごく勇気がいったことだろう。
装備をすべて外し、素手だけで魔王に挑むような感覚かもしれない。
その勇気をこちらも受け止めなければ。
「そっちの方がいいよ」
樹が言うと、莉亜は目を伏せながら黙って席に着いた。
微かに見える茶色がかった瞳は、居場所を探すように右往左往している。
隠しきれない心情が、こちら側にも伝わってきた。
「もう飾らなくていいよ。ここでは、欠けてるぐらいがちょうどいいから」
「うん」
安堵を浮かべる顔に、池田莉亜という一人の人間の素顔を見れたような気がした。
「そうだ」
朝食に手を付けようとすると、竜一が思い出したように声を出した。
「今日、新しい子来るから」
「男性ですか、女性ですか?」
莉亜が聞くと、竜一は「女」と答える。
「蘭ちゃん、女子会できるね」
蘭はニコッとした笑顔を見せて、莉亜の言葉に応えた。
莉亜の提案で樹たちはリビングの掃除をしていた。
午後に新しい人が来るということなので、綺麗にして迎えようということらしい。
竜一と葉山はキッチン周り、樹と莉亜と蘭はダイニングとリビングスペースを担当していた。
樹がテーブルを水拭きしていると、蘭がやってきた。
手には台ふきんを持っており、樹に差し出してくる。
「持ってるよ」
拭いていた台ふきんを見せるが、蘭は首を横にふる。
その反応の意味が分からず怪訝な顔を浮かべていると、クッションのカバーを干していた莉亜がウッドデッキから戻ってきた。
「樹くん、それ水拭き?」
「うん」
「水拭きすると、テーブルに付着している雑菌をふきんが吸収して広げることになるから、まずは洗剤液を薄めたもので拭くの。その後は洗剤が残らないよう水拭きしてから、最後に乾拭き」
樹は蘭が差し出している台ふきんを見る。
たぶん洗剤を含ませたものだろう。
目が合うと蘭はニコッと笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
樹は困惑を浮かべながら、蘭の持っていた台ふきんを受け取った。
「あと拭き方はね、何度も往復させたりするんじゃなく、一方向拭きかコの字拭きが基本。それとタオルの折り方は……」
「待て」
樹は手のひらを前に出し、莉亜の言葉を遮断する。
「何?」
「また完璧主義が顔出してきてるぞ」
「出てないよ」
「いや、今の入りはカレーを作ったときと同じ口調だった」
「そんなことないよ。樹くんにしっかり教えてあげようと思って」
「ほら、もう出てる」
「出てないよ」
「お前が気付いてないだけで出てるよ」
「お前って言わないでよ。樹くんも言われたら嫌でしょ?」
「別に」
「お前の拭き方はね、雑なんだよ」
莉亜の言葉に、樹はムッとした表情をした。
「ほら、今ムカついた」
「違げえよ。『お前』じゃなくて『雑』の方にイラついたんだよ」
「ううん、『お前』の方に反応してた」
「してねえよ」
「してたよね、蘭ちゃん?」
莉亜が問いかけると、蘭は笑顔だけを見せる。
「ほら、蘭ちゃんもそう言ってる」
「何も言ってねえだろ。笑っただけじゃねえか」
「今の顔は、『樹はすぐ怒るから怖い。もう少し優しくした方がいい』って言ったの」
「質問と答え合ってねえぞ。子供を使って代弁するな」
「こんな怖いお兄さんといると悪影響だから、蘭ちゃんは私と床掃除しよう。樹くんはちゃんとテーブルを拭いてね」
蘭が大きく頷いた後、二人はリビングスペースの方へと向かっていった。
「お互いに角が取れてきたな」
振り向くと竜一が立っていた。
嬉しそうな顔を浮かべており、それが樹にとっては恥ずかしさを催すものだった。
「別に変わらねえよ」
「変わってきてるよ。二人共、少し柔らかくなった」
キッチン掃除が終わったのか、葉山もやって来た。
浮かべている笑顔に、体をくすぐられてるような感覚がある。
「前と比べて、今は相手を受け止めようとしているように思える。尖ってた部分がへこんだって言うのかな。言葉を受け入れる隙間ができたように感じる」
樹は莉亜を見ながら、そう答えた。
「欠点で遊べるくらいには余裕が出てきた。物事の見方や受け取り方が、変わってきたってことだ」
竜一の言うように、樹自身も自分の変化に気付いていた。
何が変わったのかまでは具体的に分からないが、同じ言葉を使っていても感触が違う。
そして会話を楽しいでいる自分もいた。
以前なら重荷でしかなかったものが、今はものすごく軽いような気がする。
わざわざ休日を消費してまで他人と会うことが理解できなかったが、少しだけ意味が分かったような気がした。
考え方の変化が価値観の幅を広げたのかもしれない。
樹がそう思っていると、インターホンが鳴った。
「来るの午後からですよね?」
「ああ。もしかしたら早く着いたのかも」
葉山の質問に答えた後、竜一は玄関へと向かっていった。
「どんな人だろうね?」
莉亜がリビングスペースからやってくる。
顔には不安のようなものが見てとれた。
学校のような場所では、新しく入ってくる人間は好奇心をくすぐるかもしれないが、ここでは違う。
それぞれ何かを抱えてここに来るため、未知のものは懸念だ。
今はいい関係性を気付けてるからこそ、余計に怖さがあるのかもしれない。
それは葉山の顔にも感じた。
樹自身は特に何も感じておらず、変な人間でなければ構わない、といったスタンスだった。
「やあ」
コテージのオーナーである土屋が、竜一と共にリビングに入ってきた。
二人の後ろにはスーツケースを持った二十歳前後の女性がいる。
黒髪のミディアムボブ、黄金比と呼べるような各種パーツ、小さい顔とスレンダーな体型は、まるで芸能人のような容姿だった。
世間的に言えば、綺麗な人と称されるだろう。
だが、その大きな目はどこか攻撃的で、威嚇されているようにも感じた。
「今日からみんなと一緒に暮らす、蓮見千佳さんだ」
土屋が紹介すると、莉亜は目を瞑って息を吐き出した。
「偏見はもっちゃダメ」
と小さく呟き、蓮見のもとへと向かう。
「池田莉亜です。これから一緒に生活していくことになるから、仲良くやろう」
そう言って、莉亜は握手を求めた。
蓮見は差し出された手に数秒ほど視線を置くと、無視するように「部屋はどこですか?」と竜一に聞いた。
場の空気が凍りつくような感覚があった。
莉亜は置き所に困っているのか、無視された手を宙で彷徨わせている。
「二階にある」
「休みたいので案内してもらっていいですか?」
蓮見は莉亜に目を当てようともしない。
二人は初対面のようだから、何かの因果があるわけではない。
なぜ素っ気ない態度を取るのかが分からなかった。
「なんか変なのが来たな……」
樹が隣に視線を向けると、葉山の表情は目を見開きながら固まっていた。
「知り合い?」
声をかけると我に返ったのか、葉山の意識が表情に戻ってきた。
「いや……会うのは初めて」
その言葉に違和感があったが、動揺を見せる葉山にそれ以上聞くことはやめた。
蓮見を見ると視線が重なった。
何か言われたら面倒だなと思い、樹は目を逸らす。
「ねえ」
声が聞こえたため再び視線を送ると、憎悪に近い形相で蓮見が睨んでいた。
先ほどよりも鋭さを増した目つきは、刃物のように双眸を刺してくる。
「今、こいつ面倒だなって思ったでしょ?」
「思ってねえよ」
思っていたが、ややこしくなりそうなので嘘をついた。
「じゃあ今の顔なに?」
「うるせえな」
樹は思わず感情を言語化してしまった。
これが開戦の狼煙となる。
「女だからって舐めてる? そういう態度ムカつくからさ、出てってくれない」
「は? お前が出てけよ」
「二人ともやめよう。これから一緒に生活してくんだから穏やかに過ごそうよ」
葉山は二人の間に流れる険悪な空気を塞ぎ止めるように、言葉を差し込んだ。
それでも樹の苛立ちは収まらず、塞がれたものをこじ開ける。
「俺や池田が何かしたか? 勝手にキレてんのはお前だろ。初対面の相手に自分本位な態度とってんじゃねえよ」
竜一は「お前が言うか」というような目で樹を見てきた。
それに気付き、樹は少しだけ冷静になる。
「じゃあその態度直して。そっちが喧嘩売りつけてくるから買ってるだけ」
「お前な……」
「樹くん、やめよう」
「あいつに言えよ。向こうがきっかけ作ってるんだろ」
「蓮見さんは悪い人じゃないよ」
その言葉に一同の視線が集まる。
「葉山くん、知り合いなの?」
莉亜の質問に葉山は首を振った。
「僕が一方的に知ってるだけ」
その言葉に一同は怪訝な顔を浮かべた。
知り合いではないと分かる言葉だが、その意味までは分からない。
――片方だけが知っている関係性とは
樹が考えを巡らせていると、蓮見が口を開いた。
「あんた私のファン?」
蓮見の問いかけに、葉山は首を縦に振った。
「だとしても、知ったような口きかないで。私のことなんにも知らないでしょ」
「ファン?」
「アイドルやってたの。こういう気持ち悪い奴を相手にしながら」
蓮見は莉亜の疑問符にそう答えた。
葉山を見ると、ショックを受けていることが一目で分かった。
言葉を失っているのか、口は半開きのまま固まっている。
「そんな言い方しなくていいんじゃない。応援してくれてた人だよ? 葉山くんに謝って」
「ファンっていうだけで、なんで感謝しないといけないの。ファンは神様か何か? 私のことをなんでも知ってるかのように彼氏気取りをしてくるし、そのうえ説教は垂れる。名前も顔も見せないでグチグチ言って、自己満だけで人を傷つける臆病者。そんな奴ばっかりなの。ただの鬱陶しい暇人の群れでしょ」
積み重なった怒りをぶちまけるように、蓮見は言葉を乱射した。
その弾はすべて葉山へと被弾していく。
「色んな人間がいるにしても、そいつらと一緒にするなよ。お前も葉山を知らないだろ」
「何も成してない人間ほど寄ってたかって攻撃するの。あんたらみたいに。一人ではなにもできないんでしょ? だから群れて人を弾こうとしてくる」
「お前が意味もなくふっかけてくるからだろ。それに弾こうとなんてしてねえよ。自分から外れようとしてんじゃねえか。とにかく葉山に謝れ」
「僕は大丈夫だから。蓮見さんも疲れてるだろうし、今日はもうやめよう」
「ナヨナヨしてるから言われるんだよ。弱い人間見てると、ものすごく腹が立つの」
「ねえ、なんでそんなに人を攻撃するの? 一番理不尽なのは蓮見さんだよ」
莉亜の言葉に、蓮見の顔はさらに険しくなった。
「あんたみたいに、いい子ぶってる奴が一番嫌い」
蓮見は言葉を吐き捨てると、スーツケースを持ってリビングを出て行った。
そのまま玄関を出て、外へ出ていく。
「樹みたいなのが来たな」
竜一はそう言って、笑みを浮かべた。
普通なら面倒だと思うが、竜一にとっては慣れたものなのだろう。
もとは反社の人間たちと連んでたくらいだから、これくらいのことなど問題とすら思っていなさそうだ。
そういう部分も含めて、土屋は竜一を選んだのかもしれない。
「探してくるから、適当にやってて」
「私も行くよ」
竜一と土屋は、蓮見を追いかけコテージを後にした。
リビングには嵐の余韻が滞留している。
「葉山くん、気にしなくていいからね」
「うん」
葉山は言葉とは裏腹に落ち込んだ様子だった。
自分の好きなアイドルにあれだけ言われたら、誰だって同じ顔をするだろう。
そう思いながら、ふと蘭の方に視線を移す。
幼い子の顔には、感情すら見えない無の表情が刻まれていた。
あれだけ笑顔を浮かべていたのに、時折、魂が抜けたような顔を見せる。
その意味が、今の樹には分からなかった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
炒り卵よりのスクランブルエッグ、焦げ目の入ったウインナー、彩りを加えるレタスとトマト、バターの染みた食パン。
朝日が照らすダイニングテーブルに、樹は人数分の朝食を並べた。
コテージに来てから一週間。
顔の傷は消え、眼帯も外した。
左目の腫れはなくなり、見えなかった部分も見えるようになった。
来た当初は喧嘩ばかりで荒れていたが、今は平穏な日々が続き、穏やかに過ごせている。
見ず知らずの人間と同じ屋根の下で暮らすことに抵抗があったが、そこまで悪くはない。
ここにいる人たちは境界線をしっかりと守る。
何かを抱えているからこそ、他人との距離を気遣うのだろう。
これが学生寮のような場所だったら、樹はすでに帰りたいと思っていたかもしれない。
騒がしいのも嫌いだし、群れて行動することも苦手だ。
自分の領域が保たれるこの場所は、樹にとって安息の地になりかけていた。
時計の針が七時を指すと、葉山と竜一と蘭がリビングに入ってきた。
朝日が照らすダイニングテーブルに、樹は人数分の朝食を並べた。
コテージに来てから一週間。
顔の傷は消え、眼帯も外した。
左目の腫れはなくなり、見えなかった部分も見えるようになった。
来た当初は喧嘩ばかりで荒れていたが、今は平穏な日々が続き、穏やかに過ごせている。
見ず知らずの人間と同じ屋根の下で暮らすことに抵抗があったが、そこまで悪くはない。
ここにいる人たちは境界線をしっかりと守る。
何かを抱えているからこそ、他人との距離を気遣うのだろう。
これが学生寮のような場所だったら、樹はすでに帰りたいと思っていたかもしれない。
騒がしいのも嫌いだし、群れて行動することも苦手だ。
自分の領域が保たれるこの場所は、樹にとって安息の地になりかけていた。
時計の針が七時を指すと、葉山と竜一と蘭がリビングに入ってきた。
「おはよう」
「おう」
「おう」
それぞれが席に着き、朝食に視線を移す。
「卵かけご飯から進歩したな」
「これくらい普通だろ」
「一週間前の樹に、その言葉を聞かせてやりたいよ」
「うるせえな」
家族でもないし、友達でもない。
だがこんな普通の会話もできるようになった。
一言で遮断し、捨てるように吐いていた言葉も、相手に渡そうという意識に変わってきている。
まだ不器用さは残るが、少しずつ人間らしくなってきたなと樹は思った。
だがこんな普通の会話もできるようになった。
一言で遮断し、捨てるように吐いていた言葉も、相手に渡そうという意識に変わってきている。
まだ不器用さは残るが、少しずつ人間らしくなってきたなと樹は思った。
「莉亜は?」
「まだ降りて来てない」
「そう。まあ先に食べるか」
と、朝食に手を付けようとすると、リビングに莉亜が入ってきた。
彼女の姿を見た一同は、一斉に手を止める。
彼女の姿を見た一同は、一斉に手を止める。
「おはよう……」
莉亜は頬を赤らめながら、零すような声で言った。
いつもならすでにメイクを済ませ、小綺麗な格好でリビングに降りてくるのだが、今日は違った。
中央に女性キャラが描かれたTシャツに、下は学校指定のものと思われるジャージのハーフパンツ。
顔は恥ずかしさからくる紅潮のみで無加工だった。
いつもならすでにメイクを済ませ、小綺麗な格好でリビングに降りてくるのだが、今日は違った。
中央に女性キャラが描かれたTシャツに、下は学校指定のものと思われるジャージのハーフパンツ。
顔は恥ずかしさからくる紅潮のみで無加工だった。
「そんな見ないでよ」
莉亜はモジモジと忙しなく指を動かし、その場に留まっていた。
恥ずかしさだけではなく、不安と緊張も見て取れる。
きっと部屋を出るまでに色んな葛藤があったはずだ。
ずっと完璧な自分で居続けようとした。
欠点を見せないように生き続けてきた。
そんな人間が他人に素顔を晒すというのは、ものすごく勇気がいったことだろう。
装備をすべて外し、素手だけで魔王に挑むような感覚かもしれない。
その勇気をこちらも受け止めなければ。
恥ずかしさだけではなく、不安と緊張も見て取れる。
きっと部屋を出るまでに色んな葛藤があったはずだ。
ずっと完璧な自分で居続けようとした。
欠点を見せないように生き続けてきた。
そんな人間が他人に素顔を晒すというのは、ものすごく勇気がいったことだろう。
装備をすべて外し、素手だけで魔王に挑むような感覚かもしれない。
その勇気をこちらも受け止めなければ。
「そっちの方がいいよ」
樹が言うと、莉亜は目を伏せながら黙って席に着いた。
微かに見える茶色がかった瞳は、居場所を探すように右往左往している。
隠しきれない心情が、こちら側にも伝わってきた。
微かに見える茶色がかった瞳は、居場所を探すように右往左往している。
隠しきれない心情が、こちら側にも伝わってきた。
「もう飾らなくていいよ。ここでは、欠けてるぐらいがちょうどいいから」
「うん」
安堵を浮かべる顔に、池田莉亜という一人の人間の素顔を見れたような気がした。
「そうだ」
朝食に手を付けようとすると、竜一が思い出したように声を出した。
「今日、新しい子来るから」
「男性ですか、女性ですか?」
莉亜が聞くと、竜一は「女」と答える。
「蘭ちゃん、女子会できるね」
蘭はニコッとした笑顔を見せて、莉亜の言葉に応えた。
莉亜の提案で樹たちはリビングの掃除をしていた。
午後に新しい人が来るということなので、綺麗にして迎えようということらしい。
竜一と葉山はキッチン周り、樹と莉亜と蘭はダイニングとリビングスペースを担当していた。
樹がテーブルを水拭きしていると、蘭がやってきた。
手には台ふきんを持っており、樹に差し出してくる。
午後に新しい人が来るということなので、綺麗にして迎えようということらしい。
竜一と葉山はキッチン周り、樹と莉亜と蘭はダイニングとリビングスペースを担当していた。
樹がテーブルを水拭きしていると、蘭がやってきた。
手には台ふきんを持っており、樹に差し出してくる。
「持ってるよ」
拭いていた台ふきんを見せるが、蘭は首を横にふる。
その反応の意味が分からず怪訝な顔を浮かべていると、クッションのカバーを干していた莉亜がウッドデッキから戻ってきた。
その反応の意味が分からず怪訝な顔を浮かべていると、クッションのカバーを干していた莉亜がウッドデッキから戻ってきた。
「樹くん、それ水拭き?」
「うん」
「水拭きすると、テーブルに付着している雑菌をふきんが吸収して広げることになるから、まずは洗剤液を薄めたもので拭くの。その後は洗剤が残らないよう水拭きしてから、最後に乾拭き」
樹は蘭が差し出している台ふきんを見る。
たぶん洗剤を含ませたものだろう。
目が合うと蘭はニコッと笑顔を浮かべた。
たぶん洗剤を含ませたものだろう。
目が合うと蘭はニコッと笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
樹は困惑を浮かべながら、蘭の持っていた台ふきんを受け取った。
「あと拭き方はね、何度も往復させたりするんじゃなく、一方向拭きかコの字拭きが基本。それとタオルの折り方は……」
「待て」
樹は手のひらを前に出し、莉亜の言葉を遮断する。
「何?」
「また完璧主義が顔出してきてるぞ」
「出てないよ」
「いや、今の入りはカレーを作ったときと同じ口調だった」
「そんなことないよ。樹くんにしっかり教えてあげようと思って」
「ほら、もう出てる」
「出てないよ」
「お前が気付いてないだけで出てるよ」
「お前って言わないでよ。樹くんも言われたら嫌でしょ?」
「別に」
「お前の拭き方はね、雑なんだよ」
莉亜の言葉に、樹はムッとした表情をした。
「ほら、今ムカついた」
「違げえよ。『お前』じゃなくて『雑』の方にイラついたんだよ」
「ううん、『お前』の方に反応してた」
「してねえよ」
「してたよね、蘭ちゃん?」
莉亜が問いかけると、蘭は笑顔だけを見せる。
「ほら、蘭ちゃんもそう言ってる」
「何も言ってねえだろ。笑っただけじゃねえか」
「今の顔は、『樹はすぐ怒るから怖い。もう少し優しくした方がいい』って言ったの」
「質問と答え合ってねえぞ。子供を使って代弁するな」
「こんな怖いお兄さんといると悪影響だから、蘭ちゃんは私と床掃除しよう。樹くんはちゃんとテーブルを拭いてね」
蘭が大きく頷いた後、二人はリビングスペースの方へと向かっていった。
「お互いに角が取れてきたな」
振り向くと竜一が立っていた。
嬉しそうな顔を浮かべており、それが樹にとっては恥ずかしさを催すものだった。
嬉しそうな顔を浮かべており、それが樹にとっては恥ずかしさを催すものだった。
「別に変わらねえよ」
「変わってきてるよ。二人共、少し柔らかくなった」
キッチン掃除が終わったのか、葉山もやって来た。
浮かべている笑顔に、体をくすぐられてるような感覚がある。
浮かべている笑顔に、体をくすぐられてるような感覚がある。
「前と比べて、今は相手を受け止めようとしているように思える。尖ってた部分がへこんだって言うのかな。言葉を受け入れる隙間ができたように感じる」
樹は莉亜を見ながら、そう答えた。
「欠点で遊べるくらいには余裕が出てきた。物事の見方や受け取り方が、変わってきたってことだ」
竜一の言うように、樹自身も自分の変化に気付いていた。
何が変わったのかまでは具体的に分からないが、同じ言葉を使っていても感触が違う。
そして会話を楽しいでいる自分もいた。
以前なら重荷でしかなかったものが、今はものすごく軽いような気がする。
わざわざ休日を消費してまで他人と会うことが理解できなかったが、少しだけ意味が分かったような気がした。
考え方の変化が価値観の幅を広げたのかもしれない。
樹がそう思っていると、インターホンが鳴った。
何が変わったのかまでは具体的に分からないが、同じ言葉を使っていても感触が違う。
そして会話を楽しいでいる自分もいた。
以前なら重荷でしかなかったものが、今はものすごく軽いような気がする。
わざわざ休日を消費してまで他人と会うことが理解できなかったが、少しだけ意味が分かったような気がした。
考え方の変化が価値観の幅を広げたのかもしれない。
樹がそう思っていると、インターホンが鳴った。
「来るの午後からですよね?」
「ああ。もしかしたら早く着いたのかも」
葉山の質問に答えた後、竜一は玄関へと向かっていった。
「どんな人だろうね?」
莉亜がリビングスペースからやってくる。
顔には不安のようなものが見てとれた。
学校のような場所では、新しく入ってくる人間は好奇心をくすぐるかもしれないが、ここでは違う。
それぞれ何かを抱えてここに来るため、未知のものは懸念だ。
今はいい関係性を気付けてるからこそ、余計に怖さがあるのかもしれない。
それは葉山の顔にも感じた。
樹自身は特に何も感じておらず、変な人間でなければ構わない、といったスタンスだった。
顔には不安のようなものが見てとれた。
学校のような場所では、新しく入ってくる人間は好奇心をくすぐるかもしれないが、ここでは違う。
それぞれ何かを抱えてここに来るため、未知のものは懸念だ。
今はいい関係性を気付けてるからこそ、余計に怖さがあるのかもしれない。
それは葉山の顔にも感じた。
樹自身は特に何も感じておらず、変な人間でなければ構わない、といったスタンスだった。
「やあ」
コテージのオーナーである土屋が、竜一と共にリビングに入ってきた。
二人の後ろにはスーツケースを持った二十歳前後の女性がいる。
黒髪のミディアムボブ、黄金比と呼べるような各種パーツ、小さい顔とスレンダーな体型は、まるで芸能人のような容姿だった。
世間的に言えば、綺麗な人と称されるだろう。
だが、その大きな目はどこか攻撃的で、威嚇されているようにも感じた。
二人の後ろにはスーツケースを持った二十歳前後の女性がいる。
黒髪のミディアムボブ、黄金比と呼べるような各種パーツ、小さい顔とスレンダーな体型は、まるで芸能人のような容姿だった。
世間的に言えば、綺麗な人と称されるだろう。
だが、その大きな目はどこか攻撃的で、威嚇されているようにも感じた。
「今日からみんなと一緒に暮らす、蓮見千佳さんだ」
土屋が紹介すると、莉亜は目を瞑って息を吐き出した。
「偏見はもっちゃダメ」
と小さく呟き、蓮見のもとへと向かう。
「池田莉亜です。これから一緒に生活していくことになるから、仲良くやろう」
そう言って、莉亜は握手を求めた。
蓮見は差し出された手に数秒ほど視線を置くと、無視するように「部屋はどこですか?」と竜一に聞いた。
場の空気が凍りつくような感覚があった。
莉亜は置き所に困っているのか、無視された手を宙で彷徨わせている。
蓮見は差し出された手に数秒ほど視線を置くと、無視するように「部屋はどこですか?」と竜一に聞いた。
場の空気が凍りつくような感覚があった。
莉亜は置き所に困っているのか、無視された手を宙で彷徨わせている。
「二階にある」
「休みたいので案内してもらっていいですか?」
蓮見は莉亜に目を当てようともしない。
二人は初対面のようだから、何かの因果があるわけではない。
なぜ素っ気ない態度を取るのかが分からなかった。
二人は初対面のようだから、何かの因果があるわけではない。
なぜ素っ気ない態度を取るのかが分からなかった。
「なんか変なのが来たな……」
樹が隣に視線を向けると、葉山の表情は目を見開きながら固まっていた。
「知り合い?」
声をかけると我に返ったのか、葉山の意識が表情に戻ってきた。
「いや……会うのは初めて」
その言葉に違和感があったが、動揺を見せる葉山にそれ以上聞くことはやめた。
蓮見を見ると視線が重なった。
何か言われたら面倒だなと思い、樹は目を逸らす。
蓮見を見ると視線が重なった。
何か言われたら面倒だなと思い、樹は目を逸らす。
「ねえ」
声が聞こえたため再び視線を送ると、憎悪に近い形相で蓮見が睨んでいた。
先ほどよりも鋭さを増した目つきは、刃物のように双眸を刺してくる。
先ほどよりも鋭さを増した目つきは、刃物のように双眸を刺してくる。
「今、こいつ面倒だなって思ったでしょ?」
「思ってねえよ」
思っていたが、ややこしくなりそうなので嘘をついた。
「じゃあ今の顔なに?」
「うるせえな」
樹は思わず感情を言語化してしまった。
これが開戦の狼煙となる。
これが開戦の狼煙となる。
「女だからって舐めてる? そういう態度ムカつくからさ、出てってくれない」
「は? お前が出てけよ」
「二人ともやめよう。これから一緒に生活してくんだから穏やかに過ごそうよ」
葉山は二人の間に流れる険悪な空気を塞ぎ止めるように、言葉を差し込んだ。
それでも樹の苛立ちは収まらず、塞がれたものをこじ開ける。
それでも樹の苛立ちは収まらず、塞がれたものをこじ開ける。
「俺や池田が何かしたか? 勝手にキレてんのはお前だろ。初対面の相手に自分本位な態度とってんじゃねえよ」
竜一は「お前が言うか」というような目で樹を見てきた。
それに気付き、樹は少しだけ冷静になる。
それに気付き、樹は少しだけ冷静になる。
「じゃあその態度直して。そっちが喧嘩売りつけてくるから買ってるだけ」
「お前な……」
「樹くん、やめよう」
「あいつに言えよ。向こうがきっかけ作ってるんだろ」
「蓮見さんは悪い人じゃないよ」
その言葉に一同の視線が集まる。
「葉山くん、知り合いなの?」
莉亜の質問に葉山は首を振った。
「僕が一方的に知ってるだけ」
その言葉に一同は怪訝な顔を浮かべた。
知り合いではないと分かる言葉だが、その意味までは分からない。
――片方だけが知っている関係性とは
樹が考えを巡らせていると、蓮見が口を開いた。
知り合いではないと分かる言葉だが、その意味までは分からない。
――片方だけが知っている関係性とは
樹が考えを巡らせていると、蓮見が口を開いた。
「あんた私のファン?」
蓮見の問いかけに、葉山は首を縦に振った。
「だとしても、知ったような口きかないで。私のことなんにも知らないでしょ」
「ファン?」
「アイドルやってたの。こういう気持ち悪い奴を相手にしながら」
蓮見は莉亜の疑問符にそう答えた。
葉山を見ると、ショックを受けていることが一目で分かった。
言葉を失っているのか、口は半開きのまま固まっている。
葉山を見ると、ショックを受けていることが一目で分かった。
言葉を失っているのか、口は半開きのまま固まっている。
「そんな言い方しなくていいんじゃない。応援してくれてた人だよ? 葉山くんに謝って」
「ファンっていうだけで、なんで感謝しないといけないの。ファンは神様か何か? 私のことをなんでも知ってるかのように彼氏気取りをしてくるし、そのうえ説教は垂れる。名前も顔も見せないでグチグチ言って、自己満だけで人を傷つける臆病者。そんな奴ばっかりなの。ただの鬱陶しい暇人の群れでしょ」
積み重なった怒りをぶちまけるように、蓮見は言葉を乱射した。
その弾はすべて葉山へと被弾していく。
その弾はすべて葉山へと被弾していく。
「色んな人間がいるにしても、そいつらと一緒にするなよ。お前も葉山を知らないだろ」
「何も成してない人間ほど寄ってたかって攻撃するの。あんたらみたいに。一人ではなにもできないんでしょ? だから群れて人を弾こうとしてくる」
「お前が意味もなくふっかけてくるからだろ。それに弾こうとなんてしてねえよ。自分から外れようとしてんじゃねえか。とにかく葉山に謝れ」
「僕は大丈夫だから。蓮見さんも疲れてるだろうし、今日はもうやめよう」
「ナヨナヨしてるから言われるんだよ。弱い人間見てると、ものすごく腹が立つの」
「ナヨナヨしてるから言われるんだよ。弱い人間見てると、ものすごく腹が立つの」
「ねえ、なんでそんなに人を攻撃するの? 一番理不尽なのは蓮見さんだよ」
莉亜の言葉に、蓮見の顔はさらに険しくなった。
「あんたみたいに、いい子ぶってる奴が一番嫌い」
蓮見は言葉を吐き捨てると、スーツケースを持ってリビングを出て行った。
そのまま玄関を出て、外へ出ていく。
そのまま玄関を出て、外へ出ていく。
「樹みたいなのが来たな」
竜一はそう言って、笑みを浮かべた。
普通なら面倒だと思うが、竜一にとっては慣れたものなのだろう。
もとは反社の人間たちと連んでたくらいだから、これくらいのことなど問題とすら思っていなさそうだ。
そういう部分も含めて、土屋は竜一を選んだのかもしれない。
普通なら面倒だと思うが、竜一にとっては慣れたものなのだろう。
もとは反社の人間たちと連んでたくらいだから、これくらいのことなど問題とすら思っていなさそうだ。
そういう部分も含めて、土屋は竜一を選んだのかもしれない。
「探してくるから、適当にやってて」
「私も行くよ」
竜一と土屋は、蓮見を追いかけコテージを後にした。
リビングには嵐の余韻が滞留している。
リビングには嵐の余韻が滞留している。
「葉山くん、気にしなくていいからね」
「うん」
葉山は言葉とは裏腹に落ち込んだ様子だった。
自分の好きなアイドルにあれだけ言われたら、誰だって同じ顔をするだろう。
そう思いながら、ふと蘭の方に視線を移す。
幼い子の顔には、感情すら見えない無の表情が刻まれていた。
あれだけ笑顔を浮かべていたのに、時折、魂が抜けたような顔を見せる。
その意味が、今の樹には分からなかった。
自分の好きなアイドルにあれだけ言われたら、誰だって同じ顔をするだろう。
そう思いながら、ふと蘭の方に視線を移す。
幼い子の顔には、感情すら見えない無の表情が刻まれていた。
あれだけ笑顔を浮かべていたのに、時折、魂が抜けたような顔を見せる。
その意味が、今の樹には分からなかった。