十七話 野良犬のプライド
ー/ー 竜一と蘭と共に、樹は近くのスーパーへと車で買い出しに向かっていた。
「あいつって、いつもあんな感じなの?」
助手席から外の景色を眺めながら、運転席の竜一に質問した。
「莉亜か?」
「うん」
「樹が来る前は喧嘩なんかしてなかったよ」
「俺のせいみたいじゃん」
「うん、お前のせいだよ」
竜一は笑顔を作って答えた。
半分は冗談かもしれないが、半分は本気で言ってるような気もする。
「あいつがここに来てる理由が分からない。俺みたいに人生に躓いてるようにも見えないし、道から逸れたようにも見えない。どちらかと言えば、普通の奴らと同じに感じる」
「家柄は良いって言ってたよ。大学は立派なところに行ってるし、誰もが知ってる商社に就職してた。あと、親が厳しかったとも言ってたな」
見下している理由が分かった。
エリートは自分のような底辺をゴミとして見ているはずだ。
言葉を研いだような言い回しは、先天性のものかもしれない。
ナチュラルにクズ扱いしてくるのは、そういった環境で育ってきたからだろう。
そう考えると、樹の心に憎悪のようなものが渦巻いた。
「だから自分を見下してるのか」
「え?」
「今、そう思ったろ」
心の中で考えていたことが、竜一に読まれていた。
樹はなんの言葉も返せないまま、微かに目を泳がせる。
「バイアスがかかってるから、そう感じるだけだ。過去の人間に引っ張られるな。そいつらはもう過ぎた存在で、今の人生に必要ない。周りにフォーカスを当て過ぎれば、自分の道を委ねることになる。過去を振り返るときは、進むために必要なものを探すときだけでいい。道標を間違えるな。行き先を見失うぞ」
竜一は「なあ、蘭」と子供に同意を求めた。
バックミラーで見た蘭の顔は、笑顔を作っている。
「あいつらも俺みたいに拾ってきたの?」
「ホームページがあるんだよ。人生に行き詰まった人に、休憩所を無料で提供するって。莉亜と薫はそれを見て連絡してきた」
「怪しすぎるだろ。よく連絡したな」
「わざとそうしてるんだよ。まだ余裕があるうちは怪しいと思って連絡しようとも思わない。でも本当に切羽詰まってたり、自分を変えたいって思う人間は藁でもいいから縋りたくなる。そんな奴らに来てほしいんだってよ。うちのオーナーは」
「管理人になったのは、そのオーナーに誘われたんだっけ?」
「うん」
「どんな人なの?」
「簡単に言えば、金持ち」
「やっぱり金持ってる奴は変わってるな。当時のあんたは喧嘩ばっかりしてたんだろ? そんな人間、普通は危なくて誘わない」
「それは“喧嘩ばかり”ってところにだけフォーカスを当てるからだ。多くの人間は善悪の両方を持っていて、環境や周りの人間によって傾き方が変わり、思考の色が決まってくる。当時の俺は真っ当な道を歩いていなかったし、周りも同じような奴らばかりだった。世間一般の常識が鬱陶しくて、反発することに意義を見出していたようにも思う。それが自分という存在を肯定する、唯一の方法だと勘違いしてたのかもしれない」
どこか自分と似ているな、と樹は感じた。
世間を厭うが、認めてほしいという部分は持っている。
その方法が分からないから、暴力という手段で解決しようとしていたのかもしれない。
一番手っ取り早く、自分を誰かの上に置ける行為だから。
「オーナーは腐った部分じゃなく、根っこの部分を見てくれた。だから俺自身も変わろうと思えた。咲き方すら知らなかったガキに、花の育て方を教えてくれたんだ。世間からしたら見窄らしい花かもしれないが、俺はこの咲き方が気に入ってる」
形は違えど、自分と同じように道から逸れていた竜一。
今は自分の咲き方を見つけ、新たな道を歩いている。
真っ当に生きてきた人間は竜一の存在を否定するのかもしれないが、樹のような社会の底辺の住人には希望のように見える。
「でも金持ちは好かない。なんか偉そうだから」
「明日、オーナーがコテージに来る。そのときに判断してみろ。頭の中だけでは知り得ないことが、この世界にはたくさんある」
正直、面倒だなと樹は思った。
もともと人が嫌いということもあるが、金持ちという肩書きがより一層加速させる。
億劫になっていると、バックミラー越しに後部座席の蘭と目が合った。
ニコッとした可愛らしい笑顔を向けてきたが、樹は無視するように目を逸らす。
再度バックミラーで蘭を見ると、幼い子の顔は無表情で俯いていた。
青い空が茜に染まり、暖色の光がリビングに差し込んでいた。
樹は夕食を作るため、莉亜と共にキッチンに立っている。
ソファでは蘭が寝ており、その隣に座る竜一が二人を観察するように視線を向けていた。
広々としたアイランドキッチンの上には、豚こま肉、人参、玉ねぎ、じゃがいもが並べられている。野菜は皮を剥き終え、丸裸の姿でステンレスのトレーに置かれていた。
「まずは人参からね。初めは私が切るから見てて」
莉亜は人参をまな板の上に置き、端の部分に包丁を添える。
「刃先を斜めに入れる(一口大に切る)。切ったら九十度回転させて、再度斜めに刃を入れる。(再び人参を切る)これを乱切りって言うの。太くなってきたら縦に半分に切って。あとは繰り返していくだけ」
莉亜はそう言った後、刃先を反対側に向け、まな板に対し垂直に置いた。
「じゃあやってみて」
樹は包丁を手に取り、言われたまま人参に刃を入れる。
「ちょっと待って」
包丁を一回入れたところで、莉亜が慌てた様子で手を止めさせた。
「なんだよ」
「なんで大きさが違うの。これじゃあ均等に火が入らないじゃん」
樹は莉亜が切った人参に目を向けた。
確かに大きさは違うが、そこまでの差はない。
「これくらい変わらねえだろ」
「ダメ、火の通りにムラができるから均等に切って。それに今は基本を覚える段階だから大きさは意識して」
うるせえな。
喉元まで出かけた言葉を押し殺し、樹は均等を意識して人参に包丁を入れる。
「違う」
「均等じゃねえかよ。一ミリもズレるなって言いたいの? そんなのできるわけねえだろ」
目視では人参の大きさに差異は感じられない。
あまりにも無慈悲な几帳面さが、樹にとっては息苦しく感じる。それが苛立ちに火を付けていた。
「大きさじゃなくて包丁の持ち方。今の樹くんの持ち方は五本の指で柄を握ってるでしょ? 親指と人差し指は刃元の中央をしっかりと握り、他の三本の指を柄に添える。それと姿勢。まずは台から拳一個分離れる。持ち手側の足を半歩引いて、まな板から少し斜めに立つように。そうすることで疲れにくい姿勢を保つことができるの。因みに包丁の握り方にはいくつか種類があって……」
莉亜は詰め込むように基礎を押し込んできた。
淀みなく続く説明に、樹は苛立ちを覚える。
そんな細かいことまでは求めてないし、早く次に進みたい。
ただ料理を作るだけであって、これは仕事ではない。
莉亜の口が動くたび、樹の顔は平行して険しくなっていた。
何より、『そんなことも知らないの』と言わんばかりの口調が許せなかった。
「少し乱暴な気はしたけど、悪くはないかな」
我慢して説明を聞いた後、並べられたすべての食材を切り終えた。
樹は溜め込んだ怒りを包丁に滲ませて、無関係な野菜にぶつけていた。
「次はお鍋で野菜を炒める。サラダ油を大さじ二杯入れて」
ガラスの器に入った軽量スプーンの隣に、サラダ油が置かれている。
樹は手に取って“そのまま”鍋の中に注ごうとすると、「ちょっと待って」と莉亜が手を止めさせた。
「なんで測らないの?」
「大体でいいだろ」
「ダメ、ちゃんと測って」
「いちいち細かいんだよ」
樹は胸に溜めていた怒りを吐きだすように、莉亜に言葉をぶつけた。
「そもそもなんでカレーなんだよ。誰でも作れるようなものを教えても意味ないだろ」
「まずは簡単な方がいいと思ったの。それに細かく言うのは、ちゃんと教えるため。全部“樹くんのため”なんだよ。百点のものを作るには、まず基本から身に付けないといけない。適当にやってたらずっと下手なままでしょ? だから基礎から丁寧に教えてるの。知らないことを教えてもらってるのに、その態度はないんじゃないかな。しかもずっとイライラしてたでしょ。相手に失礼だからね」
その言葉に樹の怒りが二乗する。
やはり見下しているのだろう。
金持ちのエリートからしたら、社会の底辺はゴミと変わらない。
その概念が言葉の節々に宿っている。
「お前が見下した言い方をするからだろ。原因作ってるのはそっちじゃねえか」
「見下してなんかない。丁寧に教えてるだけ。樹くんが恥じを掻かないように言ってるの。今言ったことは全部当たり前のことなんだよ。なんで私が怒られないといけないの?」
「馬鹿にしてるだろ。言葉に出てるんだよ、そういうの全部」
「だからしてない。なんで否定しようとしてくるの?」
「否定してるのはそっちだろ。だからムカついてんだよ」
「さっきから意味が分からない。樹くんが言ってること無茶苦茶だよ」
「それはお前が……」
二人の前に竜一が立った。鋭利な言葉が鞘に収まる。
「やっぱりお前たち合ってるよ。根本にあるものが薄らと見えてきてる。強引ではあるが、喧嘩したことで引き摺り出されてきたって感じだな。お互いの欠点が炙り出されてる、いい傾向だ」
竜一はそう言って、リビングを出て行った。
変な止められ方をしたため、戸惑いや気まずさが入り混じった雑然な空気が漂っている。
気まずさを誤魔化すように、樹は竜一の言葉を反芻した。
莉亜と合ってると言われたが理解できない。
今の喧嘩から、竜一は何を感じとったのだろう。
当事者からしたら、ただムカついただけの無駄な争いとしか思えない。
少し収まったが、それでもまだ怒りは胸の中を彷徨っている。
これのどこがいい傾向なんだよ。
そう思ってると莉亜と目が合った。
樹と同様に、戸惑いを抱いている様子だ。
二人は目を逸らすと、名状し難い沈黙の中で立ち尽くした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
竜一と蘭と共に、樹は近くのスーパーへと車で買い出しに向かっていた。
「あいつって、いつもあんな感じなの?」
助手席から外の景色を眺めながら、運転席の竜一に質問した。
「莉亜か?」
「うん」
「樹が来る前は喧嘩なんかしてなかったよ」
「俺のせいみたいじゃん」
「うん、お前のせいだよ」
竜一は笑顔を作って答えた。
半分は冗談かもしれないが、半分は本気で言ってるような気もする。
半分は冗談かもしれないが、半分は本気で言ってるような気もする。
「あいつがここに来てる理由が分からない。俺みたいに人生に躓いてるようにも見えないし、道から逸れたようにも見えない。どちらかと言えば、普通の奴らと同じに感じる」
「家柄は良いって言ってたよ。大学は立派なところに行ってるし、誰もが知ってる商社に就職してた。あと、親が厳しかったとも言ってたな」
見下している理由が分かった。
エリートは自分のような底辺をゴミとして見ているはずだ。
言葉を研いだような言い回しは、先天性のものかもしれない。
ナチュラルにクズ扱いしてくるのは、そういった環境で育ってきたからだろう。
そう考えると、樹の心に憎悪のようなものが渦巻いた。
エリートは自分のような底辺をゴミとして見ているはずだ。
言葉を研いだような言い回しは、先天性のものかもしれない。
ナチュラルにクズ扱いしてくるのは、そういった環境で育ってきたからだろう。
そう考えると、樹の心に憎悪のようなものが渦巻いた。
「だから自分を見下してるのか」
「え?」
「今、そう思ったろ」
心の中で考えていたことが、竜一に読まれていた。
樹はなんの言葉も返せないまま、微かに目を泳がせる。
樹はなんの言葉も返せないまま、微かに目を泳がせる。
「バイアスがかかってるから、そう感じるだけだ。過去の人間に引っ張られるな。そいつらはもう過ぎた存在で、今の人生に必要ない。周りにフォーカスを当て過ぎれば、自分の道を委ねることになる。過去を振り返るときは、進むために必要なものを探すときだけでいい。道標を間違えるな。行き先を見失うぞ」
竜一は「なあ、蘭」と子供に同意を求めた。
バックミラーで見た蘭の顔は、笑顔を作っている。
バックミラーで見た蘭の顔は、笑顔を作っている。
「あいつらも俺みたいに拾ってきたの?」
「ホームページがあるんだよ。人生に行き詰まった人に、休憩所を無料で提供するって。莉亜と薫はそれを見て連絡してきた」
「怪しすぎるだろ。よく連絡したな」
「わざとそうしてるんだよ。まだ余裕があるうちは怪しいと思って連絡しようとも思わない。でも本当に切羽詰まってたり、自分を変えたいって思う人間は藁でもいいから縋りたくなる。そんな奴らに来てほしいんだってよ。うちのオーナーは」
「管理人になったのは、そのオーナーに誘われたんだっけ?」
「うん」
「どんな人なの?」
「簡単に言えば、金持ち」
「やっぱり金持ってる奴は変わってるな。当時のあんたは喧嘩ばっかりしてたんだろ? そんな人間、普通は危なくて誘わない」
「それは“喧嘩ばかり”ってところにだけフォーカスを当てるからだ。多くの人間は善悪の両方を持っていて、環境や周りの人間によって傾き方が変わり、思考の色が決まってくる。当時の俺は真っ当な道を歩いていなかったし、周りも同じような奴らばかりだった。世間一般の常識が鬱陶しくて、反発することに意義を見出していたようにも思う。それが自分という存在を肯定する、唯一の方法だと勘違いしてたのかもしれない」
どこか自分と似ているな、と樹は感じた。
世間を厭うが、認めてほしいという部分は持っている。
その方法が分からないから、暴力という手段で解決しようとしていたのかもしれない。
一番手っ取り早く、自分を誰かの上に置ける行為だから。
世間を厭うが、認めてほしいという部分は持っている。
その方法が分からないから、暴力という手段で解決しようとしていたのかもしれない。
一番手っ取り早く、自分を誰かの上に置ける行為だから。
「オーナーは腐った部分じゃなく、根っこの部分を見てくれた。だから俺自身も変わろうと思えた。咲き方すら知らなかったガキに、花の育て方を教えてくれたんだ。世間からしたら見窄らしい花かもしれないが、俺はこの咲き方が気に入ってる」
形は違えど、自分と同じように道から逸れていた竜一。
今は自分の咲き方を見つけ、新たな道を歩いている。
真っ当に生きてきた人間は竜一の存在を否定するのかもしれないが、樹のような社会の底辺の住人には希望のように見える。
今は自分の咲き方を見つけ、新たな道を歩いている。
真っ当に生きてきた人間は竜一の存在を否定するのかもしれないが、樹のような社会の底辺の住人には希望のように見える。
「でも金持ちは好かない。なんか偉そうだから」
「明日、オーナーがコテージに来る。そのときに判断してみろ。頭の中だけでは知り得ないことが、この世界にはたくさんある」
正直、面倒だなと樹は思った。
もともと人が嫌いということもあるが、金持ちという肩書きがより一層加速させる。
億劫になっていると、バックミラー越しに後部座席の蘭と目が合った。
ニコッとした可愛らしい笑顔を向けてきたが、樹は無視するように目を逸らす。
再度バックミラーで蘭を見ると、幼い子の顔は無表情で俯いていた。
もともと人が嫌いということもあるが、金持ちという肩書きがより一層加速させる。
億劫になっていると、バックミラー越しに後部座席の蘭と目が合った。
ニコッとした可愛らしい笑顔を向けてきたが、樹は無視するように目を逸らす。
再度バックミラーで蘭を見ると、幼い子の顔は無表情で俯いていた。
青い空が茜に染まり、暖色の光がリビングに差し込んでいた。
樹は夕食を作るため、莉亜と共にキッチンに立っている。
ソファでは蘭が寝ており、その隣に座る竜一が二人を観察するように視線を向けていた。
広々としたアイランドキッチンの上には、豚こま肉、人参、玉ねぎ、じゃがいもが並べられている。野菜は皮を剥き終え、丸裸の姿でステンレスのトレーに置かれていた。
樹は夕食を作るため、莉亜と共にキッチンに立っている。
ソファでは蘭が寝ており、その隣に座る竜一が二人を観察するように視線を向けていた。
広々としたアイランドキッチンの上には、豚こま肉、人参、玉ねぎ、じゃがいもが並べられている。野菜は皮を剥き終え、丸裸の姿でステンレスのトレーに置かれていた。
「まずは人参からね。初めは私が切るから見てて」
莉亜は人参をまな板の上に置き、端の部分に包丁を添える。
「刃先を斜めに入れる(一口大に切る)。切ったら九十度回転させて、再度斜めに刃を入れる。(再び人参を切る)これを乱切りって言うの。太くなってきたら縦に半分に切って。あとは繰り返していくだけ」
莉亜はそう言った後、刃先を反対側に向け、まな板に対し垂直に置いた。
「じゃあやってみて」
樹は包丁を手に取り、言われたまま人参に刃を入れる。
「ちょっと待って」
包丁を一回入れたところで、莉亜が慌てた様子で手を止めさせた。
「なんだよ」
「なんで大きさが違うの。これじゃあ均等に火が入らないじゃん」
樹は莉亜が切った人参に目を向けた。
確かに大きさは違うが、そこまでの差はない。
確かに大きさは違うが、そこまでの差はない。
「これくらい変わらねえだろ」
「ダメ、火の通りにムラができるから均等に切って。それに今は基本を覚える段階だから大きさは意識して」
うるせえな。
喉元まで出かけた言葉を押し殺し、樹は均等を意識して人参に包丁を入れる。
喉元まで出かけた言葉を押し殺し、樹は均等を意識して人参に包丁を入れる。
「違う」
「均等じゃねえかよ。一ミリもズレるなって言いたいの? そんなのできるわけねえだろ」
目視では人参の大きさに差異は感じられない。
あまりにも無慈悲な几帳面さが、樹にとっては息苦しく感じる。それが苛立ちに火を付けていた。
あまりにも無慈悲な几帳面さが、樹にとっては息苦しく感じる。それが苛立ちに火を付けていた。
「大きさじゃなくて包丁の持ち方。今の樹くんの持ち方は五本の指で柄を握ってるでしょ? 親指と人差し指は刃元の中央をしっかりと握り、他の三本の指を柄に添える。それと姿勢。まずは台から拳一個分離れる。持ち手側の足を半歩引いて、まな板から少し斜めに立つように。そうすることで疲れにくい姿勢を保つことができるの。因みに包丁の握り方にはいくつか種類があって……」
莉亜は詰め込むように基礎を押し込んできた。
淀みなく続く説明に、樹は苛立ちを覚える。
そんな細かいことまでは求めてないし、早く次に進みたい。
ただ料理を作るだけであって、これは仕事ではない。
莉亜の口が動くたび、樹の顔は平行して険しくなっていた。
何より、『そんなことも知らないの』と言わんばかりの口調が許せなかった。
淀みなく続く説明に、樹は苛立ちを覚える。
そんな細かいことまでは求めてないし、早く次に進みたい。
ただ料理を作るだけであって、これは仕事ではない。
莉亜の口が動くたび、樹の顔は平行して険しくなっていた。
何より、『そんなことも知らないの』と言わんばかりの口調が許せなかった。
「少し乱暴な気はしたけど、悪くはないかな」
我慢して説明を聞いた後、並べられたすべての食材を切り終えた。
樹は溜め込んだ怒りを包丁に滲ませて、無関係な野菜にぶつけていた。
樹は溜め込んだ怒りを包丁に滲ませて、無関係な野菜にぶつけていた。
「次はお鍋で野菜を炒める。サラダ油を大さじ二杯入れて」
ガラスの器に入った軽量スプーンの隣に、サラダ油が置かれている。
樹は手に取って“そのまま”鍋の中に注ごうとすると、「ちょっと待って」と莉亜が手を止めさせた。
樹は手に取って“そのまま”鍋の中に注ごうとすると、「ちょっと待って」と莉亜が手を止めさせた。
「なんで測らないの?」
「大体でいいだろ」
「ダメ、ちゃんと測って」
「いちいち細かいんだよ」
樹は胸に溜めていた怒りを吐きだすように、莉亜に言葉をぶつけた。
「そもそもなんでカレーなんだよ。誰でも作れるようなものを教えても意味ないだろ」
「まずは簡単な方がいいと思ったの。それに細かく言うのは、ちゃんと教えるため。全部“樹くんのため”なんだよ。百点のものを作るには、まず基本から身に付けないといけない。適当にやってたらずっと下手なままでしょ? だから基礎から丁寧に教えてるの。知らないことを教えてもらってるのに、その態度はないんじゃないかな。しかもずっとイライラしてたでしょ。相手に失礼だからね」
その言葉に樹の怒りが二乗する。
やはり見下しているのだろう。
金持ちのエリートからしたら、社会の底辺はゴミと変わらない。
その概念が言葉の節々に宿っている。
やはり見下しているのだろう。
金持ちのエリートからしたら、社会の底辺はゴミと変わらない。
その概念が言葉の節々に宿っている。
「お前が見下した言い方をするからだろ。原因作ってるのはそっちじゃねえか」
「見下してなんかない。丁寧に教えてるだけ。樹くんが恥じを掻かないように言ってるの。今言ったことは全部当たり前のことなんだよ。なんで私が怒られないといけないの?」
「馬鹿にしてるだろ。言葉に出てるんだよ、そういうの全部」
「だからしてない。なんで否定しようとしてくるの?」
「否定してるのはそっちだろ。だからムカついてんだよ」
「さっきから意味が分からない。樹くんが言ってること無茶苦茶だよ」
「それはお前が……」
二人の前に竜一が立った。鋭利な言葉が鞘に収まる。
「やっぱりお前たち合ってるよ。根本にあるものが薄らと見えてきてる。強引ではあるが、喧嘩したことで引き摺り出されてきたって感じだな。お互いの欠点が炙り出されてる、いい傾向だ」
竜一はそう言って、リビングを出て行った。
変な止められ方をしたため、戸惑いや気まずさが入り混じった雑然な空気が漂っている。
気まずさを誤魔化すように、樹は竜一の言葉を反芻した。
莉亜と合ってると言われたが理解できない。
今の喧嘩から、竜一は何を感じとったのだろう。
当事者からしたら、ただムカついただけの無駄な争いとしか思えない。
少し収まったが、それでもまだ怒りは胸の中を彷徨っている。
これのどこがいい傾向なんだよ。
そう思ってると莉亜と目が合った。
樹と同様に、戸惑いを抱いている様子だ。
二人は目を逸らすと、名状し難い沈黙の中で立ち尽くした。
変な止められ方をしたため、戸惑いや気まずさが入り混じった雑然な空気が漂っている。
気まずさを誤魔化すように、樹は竜一の言葉を反芻した。
莉亜と合ってると言われたが理解できない。
今の喧嘩から、竜一は何を感じとったのだろう。
当事者からしたら、ただムカついただけの無駄な争いとしか思えない。
少し収まったが、それでもまだ怒りは胸の中を彷徨っている。
これのどこがいい傾向なんだよ。
そう思ってると莉亜と目が合った。
樹と同様に、戸惑いを抱いている様子だ。
二人は目を逸らすと、名状し難い沈黙の中で立ち尽くした。