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十六話 エリートと野良犬

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 桶に入った色鮮やかなちらし寿司。
 人参やインゲンが彩る筑前煮。
 黄金の衣を羽織った天ぷら。
 よだれを引き出すような和食が、ダイニングテーブルを装飾していた。
 夕食は樹の歓迎会を兼ねて、いつもより豪勢な料理にしたらしい。
 作ったのは前に座る女性だ。
 目が合うと、彼女は表情を柔らかくして口を開けた。

「私は池田莉亜。ここに来て一ヶ月くらいかな。歳は二十四。樹くんより少しだけ上」

「年齢言ったっけ?」

「竜一さんから聞いた」

「そう」

 樹は無愛想に返すと、莉亜は一瞬だけ顔を顰める。

「僕は葉山薫。ここに来て一ヶ月半くらい。歳は二十五」

 樹の隣に座る葉山が、不穏な空気になりかけたところで自己紹介を挟んだ。
 斜め前に座る子供に目をやると、視線が重なった。
 女の子は先ほどよりも明るい笑みを浮かべる。

「その子は美鈴蘭。年齢は四歳。ここに来て半年くらいか」

 蘭は誕生席に座っている竜一の方を向き、大きく頷いた。

「樹くんはどこから来たの?」

「東京」

 莉亜の質問に、樹はぶっきらぼうに返す。

「大学生?」

「違う」

「じゃあ仕事を辞めて、ここに来たの?」

「言う必要ある? 友達作りに来たわけじゃないから干渉されるの面倒なんだけど」

 あまり過去に触れてほしくなかった。
 中卒ということを井口に馬鹿にされたこともあり、深掘りされるのを拒んだ。

「別に仲良くしなくてもいいけど、共同生活なんだから最低限のマナーは守ってね。君の言い方は空気を悪くするから」

「だったら話かけるなよ。お前がきっかけを作ってるんだろ」

「初対面の相手に『お前』って言い方は良くないよ。しかも私の方が歳上。敬語は使わなくてもいいけど、相手に敬意を払うことは忘れないで」

「なんで“お前”に払わないといけないの? 先に来てるからって偉ぶるなよ。それと歳が上とか関係ないだろ。たまたまお前の方が早く生まれたってだけだし、年齢なんてただの数字にしかすぎない。努力で積み上げたものでもないのにマウント取るんじゃねえよ。そういうのウザイから」

「別にマウントを取ってるわけじゃない。当たり前のことを言ってるの。社会で生きてきたなら、それくらいの礼儀は知ってるでしょ?」

――そんなことも知らないの
 そう言われてるようで、苛立ちを覚えた。
 莉亜は今まで、真っ当に生きてきたのかもしれない。
 樹とは正反対の“あちら側の人種”。
 普通と呼ばれる生き方をし、普通の道を歩んできた人間。
 もしかしたら大学にも通っていたのかもしれない。
 そういう人間からすれば、中卒は社会のゴミだろう。
 樹の頭の中には、井口の顔が浮かんでいた。

「説教垂れんなよ。お前から何かを学びたいから、ここに来たわけじゃない。そもそも、社会の犬から教わることなんてねえよ。お前の当たり前を俺に押し付けんな。あと見下した態度やめろ、ムカつくから」

「押し付けてなんてないし、見下してもない。みんなが当たり前に分かっていることを言ってるの。常識がないと、それぞれが好き勝手に行動して収集つかなくなるでしょ? ここは共同で生活する場所なの。最低限のルールは守ってもらう」

「二人とも、落ち着いて。せっかくの歓迎会なんだから喧嘩はやめよう」

 葉山は柔らかな口調で戦場に足を踏み入れた。
 だがそんなことはお構いなしに、二人は言葉という銃弾を打ち続ける。

「ルールってなんだよ。お前が勝手に決めたことだろ。それを押し付けんなって言ってんだよ」

「勝手になんか決めてない。普通に生きてきたら常識くらい身に付くでしょ? それを言ってるの」

「だから見下すのをやめろって言ってんだろ」

「だから見下してない」

「なあ」

 低音の声が、飛び交う銃弾を止めた。
 樹と莉亜は、竜一に視線を合わせる。

「なんで二人の言葉が噛み合ってないと思う?」

 急な問いかけに二人は黙り込んだ。
 小さな戦場には静けさが横たわる。

「どっちの意見が正しいかで論争しても終着点は見えない。なぜ相手が“その言葉を使うのか“を考えろ。今日までの過程の中で、拾ってきたものや、見てきたものはお互いに違う。だから言葉に齟齬が生じるんだ。そのズレが争いを生む。樹は莉亜に見下されてると感じている。でも莉亜は見下していない」

「してないです」

「俺は樹の過去を知ってるから、なんで苛立ってるかを理解できる。もちろん莉亜が言ってることも理解できる」

「私、間違ってないですよね?」

「間違ってる部分もある」

 莉亜は目を丸くし、『え?』という顔を見せた。
 自分の正しさが否定されたが、理解できていないという表情だ。

「どこですか? 何が間違ってるんですか? 私は当たり前のことを言ってますよね? 樹くんの方が正しいってことですか?」

「常識を持つことは大事だけど、すべてを常識という檻に入れようとしてはいけない。正しさは過ちを起こすきっかけにもなるし、誰かの道を阻んだりすることもあるから。場面ごとに判断する力を身に付けなければ、いつか人を傷つけてしまう。だからバランスを持つことが重要なんだ」

 竜一の言葉の直後、莉亜は硬く口を閉ざした。
 落ち込んでいるというよりは、思い当たる節があるといった表情だ。

「樹は今日までのバックボーンが言葉を歪ませて感情を動かしてしまってる。喧嘩のきっかけを作ったのはお前だ。過去を詮索されたくない気持ちは分かるが、言葉の使い方は意識しろ。銃を突きつけたら、相手も銃を突きつける。粗暴な言葉は力に頼るのと一緒だ」

 竜一の言っていることを理解しているが、まだ苛立ちは収まっていなかった。
 吹き消された希望を再び灯し、このコテージにやって来た。
 怒りを莉亜に向けることで、無意識に灯した火を守ろうとしてる。
 それは意図的ではない。心が折られた経験からくる防衛本能に近かった。
 他者という存在に蹂躙されないようにと無意識で抵抗し、銃を突きつける。
 樹自身は、まだそれに気付いてはいないが。

「食べましょうか。池田さんが折角作ってくれたんだし」

 葉山が空気を入れ替えるように言った。
 だが一度重くなった空気は滞留し、住みつくように横たわっている。

「私、部屋に戻ります」

 莉亜は席から立ち上がると、樹に視線を送る。

「ご飯はローテーションで作ることになってるから、明日の朝は樹くんが作って。簡単なものぐらいはできるでしょ? これは押し付けとかじゃないから」

 そう言って、莉亜はリビングを後にした。
 樹はやり場のない気持ちに戸惑っていると、蘭が視界に入った。
 幼い女の子の表情は、感情が剥落したような無を貼り付けている。
 生きてるかどうか分からない顔は、まるで人形のようだと思った。


 朝日を浴びたダイニングテーブルには、茶碗に入ったご飯と小さな器に乗せられた卵が並べられていた。

「ものすごい簡素だね」

 テーブルに着く葉山は顔を引き攣らせている。

「他になかったの?」

 樹の前に座る莉亜は、顔を顰めながら言葉を投げてきた。

「何がいけないんだよ。これで十分だろ」

 莉亜の不満な顔が理解できなかった。
 卵とご飯を食べられるだけでも贅沢なのだから、これ以上に何を求めているのだろうと。

「蘭ちゃんもいるんだからね。もっと栄養とか考えなよ」

「簡単なものでいいって言ったろ」

「簡単に作れるものって意味。これじゃあ食材を器に乗せてるだけじゃん。せめて目玉焼きとかは出してよ」

「じゃあ自分でやれよ」

「ローテーションで作ってるの。昨日も言ったでしょ? ルールがあるから不快なく他人同士が生活できる。だからそれは守って」

「じゃあいちいち突っかかってくるな。お前が乱してるんだろ」

「私じゃない。樹くんでしょ」

「落ち着いて二人とも。朝から喧嘩はよそうよ」

 葉山は口論を止めようと間に入るが、二人のボルテージが下がることはなかった。
 まだ寝ているのか、この場に竜一と蘭はいない。
 今止めれるのは葉山だけだったが、一度鳴った銃声の前では声が届いていなかった。

「てか、朝から小洒落た服着てメイクしてるぐらいなら、俺が作る前に言いに来いよ。それぐらいの時間はあったろ」

 莉亜は昨日と同様、ばっちりメイクを決めていた。
 服装はグレーのTシャツに下は黒のロングスカートを履いており、外行きの格好だった。

「別に私がメイクしようが、どんな服を着ようが関係ないでしょ」

「出かけるなら、外で朝飯食えばいいだろ」

「別に出かけるわけじゃない……」

 莉亜の言葉に勢いがなくなった。枯れたように顔を俯かせている。

「じゃあなんで、そんなばっちり決めてるんだよ」

「だから別にいいでしょ。今はそんなこと関係な……」

「おはよう」

 リビングのドアに視線を移すと、竜一と蘭が入ってきた。
 飛び交う言葉が息を潜め、静けさが着座する。
 蘭は莉亜の前に駆け寄ってくると、ニコッと笑顔を見せた。

「おはよう、蘭ちゃん」

 莉亜は笑顔を作るが、少しばかりぎこちない。

「喧嘩するのはいいけど、朝っぱらからはやめてくれ」

「竜一さん、見てください。樹くんが朝食担当したんですけど、これ酷くないですか?」

 莉亜がダイニングテーブルを指すと、樹の顔が歪む。

「樹、作れる料理ある?」

「ない」

「じゃあ、少しずつでいいから覚えていこう。自分一人だけで食べるわけじゃないから」

「……わかった」

「莉亜、今日の晩飯だけど、樹と一緒に作ってくれ」

「え? 一緒にですか」

「教えてあげて」

 困惑した様子が一目で分かった。それは樹も同様だ。
 二人の視線がぶつかると、お互いすぐに目を逸らした。

「でも、今日の夜は私の担当じゃ……」

 莉亜の言葉を遮るように、蘭が卵を割ってご飯にかけた。
 そしてかき混ぜた後、美味しそうにご飯を頬張る。

「別に仲良くなれって言ってるわけじゃない。喧嘩するならすればいい。でもちゃんと向き合ってみろ。今の莉亜に必要なものが、樹を通して知れるはずだ。昨日の二人の口論を聞いて、俺はそう感じた」

 樹には竜一の言ってることが理解できなかった。
 それは莉亜もだろう。
 喧嘩から見えるものなんてあるのだろうか?
 苛立ち以外に覚えたものはない。
 昨夜のことを思い返すが、どこにも見当たらなかった。
 二人は再び視線が重なるが、先ほどと同じようにすぐに目を逸らした。

「じゃあ、食べるか」

「いただきます」

 竜一と葉山は卵を割り、ご飯にかける。
 莉亜は箸すら持たずに、何かを考えている様子だった。
 樹も食欲がわかず、目の前の“豪勢”な料理をただ眺めていた。


次のエピソードへ進む 十七話 野良犬のプライド


みんなのリアクション

 桶に入った色鮮やかなちらし寿司。
 人参やインゲンが彩る筑前煮。
 黄金の衣を羽織った天ぷら。
 よだれを引き出すような和食が、ダイニングテーブルを装飾していた。
 夕食は樹の歓迎会を兼ねて、いつもより豪勢な料理にしたらしい。
 作ったのは前に座る女性だ。
 目が合うと、彼女は表情を柔らかくして口を開けた。
「私は池田莉亜。ここに来て一ヶ月くらいかな。歳は二十四。樹くんより少しだけ上」
「年齢言ったっけ?」
「竜一さんから聞いた」
「そう」
 樹は無愛想に返すと、莉亜は一瞬だけ顔を顰める。
「僕は葉山薫。ここに来て一ヶ月半くらい。歳は二十五」
 樹の隣に座る葉山が、不穏な空気になりかけたところで自己紹介を挟んだ。
 斜め前に座る子供に目をやると、視線が重なった。
 女の子は先ほどよりも明るい笑みを浮かべる。
「その子は美鈴蘭。年齢は四歳。ここに来て半年くらいか」
 蘭は誕生席に座っている竜一の方を向き、大きく頷いた。
「樹くんはどこから来たの?」
「東京」
 莉亜の質問に、樹はぶっきらぼうに返す。
「大学生?」
「違う」
「じゃあ仕事を辞めて、ここに来たの?」
「言う必要ある? 友達作りに来たわけじゃないから干渉されるの面倒なんだけど」
 あまり過去に触れてほしくなかった。
 中卒ということを井口に馬鹿にされたこともあり、深掘りされるのを拒んだ。
「別に仲良くしなくてもいいけど、共同生活なんだから最低限のマナーは守ってね。君の言い方は空気を悪くするから」
「だったら話かけるなよ。お前がきっかけを作ってるんだろ」
「初対面の相手に『お前』って言い方は良くないよ。しかも私の方が歳上。敬語は使わなくてもいいけど、相手に敬意を払うことは忘れないで」
「なんで“お前”に払わないといけないの? 先に来てるからって偉ぶるなよ。それと歳が上とか関係ないだろ。たまたまお前の方が早く生まれたってだけだし、年齢なんてただの数字にしかすぎない。努力で積み上げたものでもないのにマウント取るんじゃねえよ。そういうのウザイから」
「別にマウントを取ってるわけじゃない。当たり前のことを言ってるの。社会で生きてきたなら、それくらいの礼儀は知ってるでしょ?」
――そんなことも知らないの
 そう言われてるようで、苛立ちを覚えた。
 莉亜は今まで、真っ当に生きてきたのかもしれない。
 樹とは正反対の“あちら側の人種”。
 普通と呼ばれる生き方をし、普通の道を歩んできた人間。
 もしかしたら大学にも通っていたのかもしれない。
 そういう人間からすれば、中卒は社会のゴミだろう。
 樹の頭の中には、井口の顔が浮かんでいた。
「説教垂れんなよ。お前から何かを学びたいから、ここに来たわけじゃない。そもそも、社会の犬から教わることなんてねえよ。お前の当たり前を俺に押し付けんな。あと見下した態度やめろ、ムカつくから」
「押し付けてなんてないし、見下してもない。みんなが当たり前に分かっていることを言ってるの。常識がないと、それぞれが好き勝手に行動して収集つかなくなるでしょ? ここは共同で生活する場所なの。最低限のルールは守ってもらう」
「二人とも、落ち着いて。せっかくの歓迎会なんだから喧嘩はやめよう」
 葉山は柔らかな口調で戦場に足を踏み入れた。
 だがそんなことはお構いなしに、二人は言葉という銃弾を打ち続ける。
「ルールってなんだよ。お前が勝手に決めたことだろ。それを押し付けんなって言ってんだよ」
「勝手になんか決めてない。普通に生きてきたら常識くらい身に付くでしょ? それを言ってるの」
「だから見下すのをやめろって言ってんだろ」
「だから見下してない」
「なあ」
 低音の声が、飛び交う銃弾を止めた。
 樹と莉亜は、竜一に視線を合わせる。
「なんで二人の言葉が噛み合ってないと思う?」
 急な問いかけに二人は黙り込んだ。
 小さな戦場には静けさが横たわる。
「どっちの意見が正しいかで論争しても終着点は見えない。なぜ相手が“その言葉を使うのか“を考えろ。今日までの過程の中で、拾ってきたものや、見てきたものはお互いに違う。だから言葉に齟齬が生じるんだ。そのズレが争いを生む。樹は莉亜に見下されてると感じている。でも莉亜は見下していない」
「してないです」
「俺は樹の過去を知ってるから、なんで苛立ってるかを理解できる。もちろん莉亜が言ってることも理解できる」
「私、間違ってないですよね?」
「間違ってる部分もある」
 莉亜は目を丸くし、『え?』という顔を見せた。
 自分の正しさが否定されたが、理解できていないという表情だ。
「どこですか? 何が間違ってるんですか? 私は当たり前のことを言ってますよね? 樹くんの方が正しいってことですか?」
「常識を持つことは大事だけど、すべてを常識という檻に入れようとしてはいけない。正しさは過ちを起こすきっかけにもなるし、誰かの道を阻んだりすることもあるから。場面ごとに判断する力を身に付けなければ、いつか人を傷つけてしまう。だからバランスを持つことが重要なんだ」
 竜一の言葉の直後、莉亜は硬く口を閉ざした。
 落ち込んでいるというよりは、思い当たる節があるといった表情だ。
「樹は今日までのバックボーンが言葉を歪ませて感情を動かしてしまってる。喧嘩のきっかけを作ったのはお前だ。過去を詮索されたくない気持ちは分かるが、言葉の使い方は意識しろ。銃を突きつけたら、相手も銃を突きつける。粗暴な言葉は力に頼るのと一緒だ」
 竜一の言っていることを理解しているが、まだ苛立ちは収まっていなかった。
 吹き消された希望を再び灯し、このコテージにやって来た。
 怒りを莉亜に向けることで、無意識に灯した火を守ろうとしてる。
 それは意図的ではない。心が折られた経験からくる防衛本能に近かった。
 他者という存在に蹂躙されないようにと無意識で抵抗し、銃を突きつける。
 樹自身は、まだそれに気付いてはいないが。
「食べましょうか。池田さんが折角作ってくれたんだし」
 葉山が空気を入れ替えるように言った。
 だが一度重くなった空気は滞留し、住みつくように横たわっている。
「私、部屋に戻ります」
 莉亜は席から立ち上がると、樹に視線を送る。
「ご飯はローテーションで作ることになってるから、明日の朝は樹くんが作って。簡単なものぐらいはできるでしょ? これは押し付けとかじゃないから」
 そう言って、莉亜はリビングを後にした。
 樹はやり場のない気持ちに戸惑っていると、蘭が視界に入った。
 幼い女の子の表情は、感情が剥落したような無を貼り付けている。
 生きてるかどうか分からない顔は、まるで人形のようだと思った。
 朝日を浴びたダイニングテーブルには、茶碗に入ったご飯と小さな器に乗せられた卵が並べられていた。
「ものすごい簡素だね」
 テーブルに着く葉山は顔を引き攣らせている。
「他になかったの?」
 樹の前に座る莉亜は、顔を顰めながら言葉を投げてきた。
「何がいけないんだよ。これで十分だろ」
 莉亜の不満な顔が理解できなかった。
 卵とご飯を食べられるだけでも贅沢なのだから、これ以上に何を求めているのだろうと。
「蘭ちゃんもいるんだからね。もっと栄養とか考えなよ」
「簡単なものでいいって言ったろ」
「簡単に作れるものって意味。これじゃあ食材を器に乗せてるだけじゃん。せめて目玉焼きとかは出してよ」
「じゃあ自分でやれよ」
「ローテーションで作ってるの。昨日も言ったでしょ? ルールがあるから不快なく他人同士が生活できる。だからそれは守って」
「じゃあいちいち突っかかってくるな。お前が乱してるんだろ」
「私じゃない。樹くんでしょ」
「落ち着いて二人とも。朝から喧嘩はよそうよ」
 葉山は口論を止めようと間に入るが、二人のボルテージが下がることはなかった。
 まだ寝ているのか、この場に竜一と蘭はいない。
 今止めれるのは葉山だけだったが、一度鳴った銃声の前では声が届いていなかった。
「てか、朝から小洒落た服着てメイクしてるぐらいなら、俺が作る前に言いに来いよ。それぐらいの時間はあったろ」
 莉亜は昨日と同様、ばっちりメイクを決めていた。
 服装はグレーのTシャツに下は黒のロングスカートを履いており、外行きの格好だった。
「別に私がメイクしようが、どんな服を着ようが関係ないでしょ」
「出かけるなら、外で朝飯食えばいいだろ」
「別に出かけるわけじゃない……」
 莉亜の言葉に勢いがなくなった。枯れたように顔を俯かせている。
「じゃあなんで、そんなばっちり決めてるんだよ」
「だから別にいいでしょ。今はそんなこと関係な……」
「おはよう」
 リビングのドアに視線を移すと、竜一と蘭が入ってきた。
 飛び交う言葉が息を潜め、静けさが着座する。
 蘭は莉亜の前に駆け寄ってくると、ニコッと笑顔を見せた。
「おはよう、蘭ちゃん」
 莉亜は笑顔を作るが、少しばかりぎこちない。
「喧嘩するのはいいけど、朝っぱらからはやめてくれ」
「竜一さん、見てください。樹くんが朝食担当したんですけど、これ酷くないですか?」
 莉亜がダイニングテーブルを指すと、樹の顔が歪む。
「樹、作れる料理ある?」
「ない」
「じゃあ、少しずつでいいから覚えていこう。自分一人だけで食べるわけじゃないから」
「……わかった」
「莉亜、今日の晩飯だけど、樹と一緒に作ってくれ」
「え? 一緒にですか」
「教えてあげて」
 困惑した様子が一目で分かった。それは樹も同様だ。
 二人の視線がぶつかると、お互いすぐに目を逸らした。
「でも、今日の夜は私の担当じゃ……」
 莉亜の言葉を遮るように、蘭が卵を割ってご飯にかけた。
 そしてかき混ぜた後、美味しそうにご飯を頬張る。
「別に仲良くなれって言ってるわけじゃない。喧嘩するならすればいい。でもちゃんと向き合ってみろ。今の莉亜に必要なものが、樹を通して知れるはずだ。昨日の二人の口論を聞いて、俺はそう感じた」
 樹には竜一の言ってることが理解できなかった。
 それは莉亜もだろう。
 喧嘩から見えるものなんてあるのだろうか?
 苛立ち以外に覚えたものはない。
 昨夜のことを思い返すが、どこにも見当たらなかった。
 二人は再び視線が重なるが、先ほどと同じようにすぐに目を逸らした。
「じゃあ、食べるか」
「いただきます」
 竜一と葉山は卵を割り、ご飯にかける。
 莉亜は箸すら持たずに、何かを考えている様子だった。
 樹も食欲がわかず、目の前の“豪勢”な料理をただ眺めていた。