十四話 悪党と野良犬
ー/ー 繁華街から少し離れた場所に、古びた五階建ての雑居ビルがある。
そこの四階に宮田たちの事務所があった。
ここに来たのは二ヶ月ぶりだ。
今はソファーに座り、手当てをしてもらっていた。
後藤は「なんで俺が」と不満を垂れている。
対面には竜一と宮田が座っており、二人が並ぶと事務所が反社色に染まる。
この二人は知り合いなのだろうか?
それとも、竜一も闇金の人間なのだろうか?
だとしたらコテージはタコ部屋のような場所で、過酷な肉体労働を強いられるのだろうか?
樹の頭にはいくつかの疑問符が絡み合い、状況の整理に時間がかかっていた。
そこの四階に宮田たちの事務所があった。
ここに来たのは二ヶ月ぶりだ。
今はソファーに座り、手当てをしてもらっていた。
後藤は「なんで俺が」と不満を垂れている。
対面には竜一と宮田が座っており、二人が並ぶと事務所が反社色に染まる。
この二人は知り合いなのだろうか?
それとも、竜一も闇金の人間なのだろうか?
だとしたらコテージはタコ部屋のような場所で、過酷な肉体労働を強いられるのだろうか?
樹の頭にはいくつかの疑問符が絡み合い、状況の整理に時間がかかっていた。
「終わったぞ、ガキ」
後藤は樹の顔全体に絆創膏を何枚かと、左目にガーゼを貼った。
見えてはいないが、きっと適当に貼っているのだろうなと思った。なんとなくだが。
「後藤、今日はもう帰っていいぞ」
「じゃあ、お先っす。おいガキ、借りたもんはちゃんと返せよ。お前の母ちゃん泣くぞ」
きっとお前の母ちゃんも泣いてる。
そう言おうと思ったが、樹は喉元の言葉を押し戻した。
後藤は眠そうな目を擦りながら救急箱を棚に戻し、あくびをしながら事務所を出て行った。
ドアが閉まった途端、空気が重くなったように感じた。
後藤の軽い雰囲気が場を調和していたんだと思うと、あの騒々しい声にありがたみを覚える。
「こいつ、俺の後輩なんだ。昨日、たまたま会ってな、十年ぶりに一緒に飯食ってたんだよ」
竜一は親指で宮田を指した。
「あんたも闇金なの?」
「昨日、名刺渡したろ? 俺はコテージの管理人だ」
この場で言われると説得力がない。
完全に反社のように見える。
「お前、バイトクビになったんだってな。どうやって返すんだよ」
宮田の目に殺気のようなものを感じた。
返答次第では殺される。そう思うほどの圧があった。
「働けるとこ探すよ」
「どうせまた辞めるだろ」
「ちゃんとやるよ」
「おいコラ!」
宮田は木製のローテーブルを蹴飛ばした。
脛にぶつかり、樹は顔を歪める。
「野良犬に餌やってるわけじゃねえんだよ。借りたら死に物狂いで返せ。行動が伴わない奴の言葉に信用なんて付かないんだよ。バイトもろくにできねえクズなら体捌いてでも金作れ。汗水垂らせないなら血を流せ。もう選ぶっていう段階じゃねえぞ。テメエみたいなクソの体でも欲しがる奴はいるんだよ」
「好きにしろよ。どうせ社会から弾かれたクズだ。これ以上生きてても、ろくな人生は歩めない。いっそのこと殺してくれ。そうすれば迷うこともなくなる。こんな腐った世の中で真面目に生きようとした俺が馬鹿だった」
考えることも悩むこともしたくなかった。ただ無になりたい。それだけが頭の中を埋め尽くしていた。
人は未来を描けているときは生きる希望を見出せるが、描き方が分からなくなると死んでもいいと筆を折ってしまう。
苦しむことから解放されたいし、楽にしてほしい。
すべてを投げたせたらそれは叶う。
今の樹に人生という道はなかった。
崖の淵に立ち、漠然と闇の底を見下ろしているような状態だ。
片足はすでに踏み出し、あと一歩で命を捨てられるところまできている。
「だったら、頭から足先まで無駄なく使ってやるよ。お前みたいなクズでもカラスの餌くらいにはなるだろ」
宮田は樹の胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。
「その腐った命を捌いてやるから付いてこい。無様な死に方をすると思うが、花くらいは手向けてやるよ」
宮田は樹の服を引っ張って事務所の扉へと向かった。
樹は無気力なまま、後を付いていく。
「待て」
竜一の声に宮田は足を止め、振り返る。
「鉄也、こいつ俺に預けろ」
「竜一さんとこで面倒見るってことですか? こんなクズ変われませんよ」
「変われるかどうかは他人が決めることじゃない。こいつ自身が決めることだ」
――変われない
樹は心の中でそう呟いた。
変わろうと思ったが、社会の中に自分の居場所なんてなかった。
最下層の人間に足の踏み場は用意されていない。
普通の人間のように生きるにはもう遅かった。
あとは人生という道から、飛び降りることしかできない。
「なあ」
竜一は樹の前に立つと、真剣な眼差しを送ってきた。
心の奥底に刺すような視線に、自然と耳を傾ける。
「世の中がお前を弾いてるんじゃない。一部の偏見を持った人間が弾こうとしてくるだけだ。お前が見てるのは世界のほんの一部に過ぎない。それなのに社会がどうこう言ってたら、世間もお前のことを拒むようになる。普通の人間と比べれば足の踏み場は少ないかもしれない。でもな、進むための道は自分でも作れる。まずはもう一度向き合ってみろ。人がやり直すには、まずは考え方からだ」
自分に居場所があるとは思えなかった。
どこに行ったって弾かれるだけ。
世間の人間は、底辺の住人が自分たちと同じ道を歩むのを拒んでくる。
樹はそう考えていたが、竜一の言葉に心が揺れた。
まだどこかで期待しているのかもしれない。
人生をやり直せるかもと。
「希望なんてどこにもないだろ。これ以上期待させないでくれよ。死ぬなら今が一番いい。中途半端な光が見えると覚悟が持てなくなる」
もう絶望には触れたくない。
そんな想いが、微かな期待を摘み取るように負の言葉を選んだ。
希望を持ったぶんだけ辛くなるだけだ。
人は幸福を知らなければ、不幸と感じることもない。
光があるから影があるように。
「人は揺れながら生きてる。いっときの傾きですべてを決めようとするな。0か100でしか考えられなくなれば、好転させる難易度が高くなっていく。負の感情の方が引っ張る力が強いからだ。希望がないのではなく、今は見えてないだけ。道から逸れても道はあるんだよ」
樹の心が再び揺れた。
竜一のことをよく知らないが、信じてみたいと思っている。
本心を言えば、人生をやり直したい。
枯れかけた希望の花弁を、まだポケットに忍ばせている。
きっとこれが最後のチャンスになるだろう。
だからこそ怖かった。
次に希望を見失えば、心に付く傷は尋常ではない痛みを伴う。
天秤に乗せる生と死は、心臓の鼓動を早めるように大きく揺れていた。
「お前の人生だ。どちらか選べ。無様に摘まれるか、自分の手で咲かせるか」
「俺は……」
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
繁華街から少し離れた場所に、古びた五階建ての雑居ビルがある。
そこの四階に宮田たちの事務所があった。
ここに来たのは二ヶ月ぶりだ。
今はソファーに座り、手当てをしてもらっていた。
後藤は「なんで俺が」と不満を垂れている。
対面には竜一と宮田が座っており、二人が並ぶと事務所が反社色に染まる。
この二人は知り合いなのだろうか?
それとも、竜一も闇金の人間なのだろうか?
だとしたらコテージはタコ部屋のような場所で、過酷な肉体労働を強いられるのだろうか?
樹の頭にはいくつかの疑問符が絡み合い、状況の整理に時間がかかっていた。
そこの四階に宮田たちの事務所があった。
ここに来たのは二ヶ月ぶりだ。
今はソファーに座り、手当てをしてもらっていた。
後藤は「なんで俺が」と不満を垂れている。
対面には竜一と宮田が座っており、二人が並ぶと事務所が反社色に染まる。
この二人は知り合いなのだろうか?
それとも、竜一も闇金の人間なのだろうか?
だとしたらコテージはタコ部屋のような場所で、過酷な肉体労働を強いられるのだろうか?
樹の頭にはいくつかの疑問符が絡み合い、状況の整理に時間がかかっていた。
「終わったぞ、ガキ」
後藤は樹の顔全体に絆創膏を何枚かと、左目にガーゼを貼った。
見えてはいないが、きっと適当に貼っているのだろうなと思った。なんとなくだが。
見えてはいないが、きっと適当に貼っているのだろうなと思った。なんとなくだが。
「後藤、今日はもう帰っていいぞ」
「じゃあ、お先っす。おいガキ、借りたもんはちゃんと返せよ。お前の母ちゃん泣くぞ」
きっとお前の母ちゃんも泣いてる。
そう言おうと思ったが、樹は喉元の言葉を押し戻した。
後藤は眠そうな目を擦りながら救急箱を棚に戻し、あくびをしながら事務所を出て行った。
ドアが閉まった途端、空気が重くなったように感じた。
後藤の軽い雰囲気が場を調和していたんだと思うと、あの騒々しい声にありがたみを覚える。
そう言おうと思ったが、樹は喉元の言葉を押し戻した。
後藤は眠そうな目を擦りながら救急箱を棚に戻し、あくびをしながら事務所を出て行った。
ドアが閉まった途端、空気が重くなったように感じた。
後藤の軽い雰囲気が場を調和していたんだと思うと、あの騒々しい声にありがたみを覚える。
「こいつ、俺の後輩なんだ。昨日、たまたま会ってな、十年ぶりに一緒に飯食ってたんだよ」
竜一は親指で宮田を指した。
「あんたも闇金なの?」
「昨日、名刺渡したろ? 俺はコテージの管理人だ」
この場で言われると説得力がない。
完全に反社のように見える。
完全に反社のように見える。
「お前、バイトクビになったんだってな。どうやって返すんだよ」
宮田の目に殺気のようなものを感じた。
返答次第では殺される。そう思うほどの圧があった。
返答次第では殺される。そう思うほどの圧があった。
「働けるとこ探すよ」
「どうせまた辞めるだろ」
「ちゃんとやるよ」
「おいコラ!」
「どうせまた辞めるだろ」
「ちゃんとやるよ」
「おいコラ!」
宮田は木製のローテーブルを蹴飛ばした。
脛にぶつかり、樹は顔を歪める。
脛にぶつかり、樹は顔を歪める。
「野良犬に餌やってるわけじゃねえんだよ。借りたら死に物狂いで返せ。行動が伴わない奴の言葉に信用なんて付かないんだよ。バイトもろくにできねえクズなら体捌いてでも金作れ。汗水垂らせないなら血を流せ。もう選ぶっていう段階じゃねえぞ。テメエみたいなクソの体でも欲しがる奴はいるんだよ」
「好きにしろよ。どうせ社会から弾かれたクズだ。これ以上生きてても、ろくな人生は歩めない。いっそのこと殺してくれ。そうすれば迷うこともなくなる。こんな腐った世の中で真面目に生きようとした俺が馬鹿だった」
考えることも悩むこともしたくなかった。ただ無になりたい。それだけが頭の中を埋め尽くしていた。
人は未来を描けているときは生きる希望を見出せるが、描き方が分からなくなると死んでもいいと筆を折ってしまう。
苦しむことから解放されたいし、楽にしてほしい。
すべてを投げたせたらそれは叶う。
今の樹に人生という道はなかった。
崖の淵に立ち、漠然と闇の底を見下ろしているような状態だ。
片足はすでに踏み出し、あと一歩で命を捨てられるところまできている。
人は未来を描けているときは生きる希望を見出せるが、描き方が分からなくなると死んでもいいと筆を折ってしまう。
苦しむことから解放されたいし、楽にしてほしい。
すべてを投げたせたらそれは叶う。
今の樹に人生という道はなかった。
崖の淵に立ち、漠然と闇の底を見下ろしているような状態だ。
片足はすでに踏み出し、あと一歩で命を捨てられるところまできている。
「だったら、頭から足先まで無駄なく使ってやるよ。お前みたいなクズでもカラスの餌くらいにはなるだろ」
宮田は樹の胸ぐらを掴み、立ち上がらせた。
「その腐った命を捌いてやるから付いてこい。無様な死に方をすると思うが、花くらいは手向けてやるよ」
宮田は樹の服を引っ張って事務所の扉へと向かった。
樹は無気力なまま、後を付いていく。
樹は無気力なまま、後を付いていく。
「待て」
竜一の声に宮田は足を止め、振り返る。
「鉄也、こいつ俺に預けろ」
「竜一さんとこで面倒見るってことですか? こんなクズ変われませんよ」
「変われるかどうかは他人が決めることじゃない。こいつ自身が決めることだ」
――変われない
樹は心の中でそう呟いた。
変わろうと思ったが、社会の中に自分の居場所なんてなかった。
最下層の人間に足の踏み場は用意されていない。
普通の人間のように生きるにはもう遅かった。
あとは人生という道から、飛び降りることしかできない。
樹は心の中でそう呟いた。
変わろうと思ったが、社会の中に自分の居場所なんてなかった。
最下層の人間に足の踏み場は用意されていない。
普通の人間のように生きるにはもう遅かった。
あとは人生という道から、飛び降りることしかできない。
「なあ」
竜一は樹の前に立つと、真剣な眼差しを送ってきた。
心の奥底に刺すような視線に、自然と耳を傾ける。
心の奥底に刺すような視線に、自然と耳を傾ける。
「世の中がお前を弾いてるんじゃない。一部の偏見を持った人間が弾こうとしてくるだけだ。お前が見てるのは世界のほんの一部に過ぎない。それなのに社会がどうこう言ってたら、世間もお前のことを拒むようになる。普通の人間と比べれば足の踏み場は少ないかもしれない。でもな、進むための道は自分でも作れる。まずはもう一度向き合ってみろ。人がやり直すには、まずは考え方からだ」
自分に居場所があるとは思えなかった。
どこに行ったって弾かれるだけ。
世間の人間は、底辺の住人が自分たちと同じ道を歩むのを拒んでくる。
樹はそう考えていたが、竜一の言葉に心が揺れた。
まだどこかで期待しているのかもしれない。
人生をやり直せるかもと。
どこに行ったって弾かれるだけ。
世間の人間は、底辺の住人が自分たちと同じ道を歩むのを拒んでくる。
樹はそう考えていたが、竜一の言葉に心が揺れた。
まだどこかで期待しているのかもしれない。
人生をやり直せるかもと。
「希望なんてどこにもないだろ。これ以上期待させないでくれよ。死ぬなら今が一番いい。中途半端な光が見えると覚悟が持てなくなる」
もう絶望には触れたくない。
そんな想いが、微かな期待を摘み取るように負の言葉を選んだ。
希望を持ったぶんだけ辛くなるだけだ。
人は幸福を知らなければ、不幸と感じることもない。
光があるから影があるように。
そんな想いが、微かな期待を摘み取るように負の言葉を選んだ。
希望を持ったぶんだけ辛くなるだけだ。
人は幸福を知らなければ、不幸と感じることもない。
光があるから影があるように。
「人は揺れながら生きてる。いっときの傾きですべてを決めようとするな。0か100でしか考えられなくなれば、好転させる難易度が高くなっていく。負の感情の方が引っ張る力が強いからだ。希望がないのではなく、今は見えてないだけ。道から逸れても道はあるんだよ」
樹の心が再び揺れた。
竜一のことをよく知らないが、信じてみたいと思っている。
本心を言えば、人生をやり直したい。
枯れかけた希望の花弁を、まだポケットに忍ばせている。
きっとこれが最後のチャンスになるだろう。
だからこそ怖かった。
次に希望を見失えば、心に付く傷は尋常ではない痛みを伴う。
天秤に乗せる生と死は、心臓の鼓動を早めるように大きく揺れていた。
竜一のことをよく知らないが、信じてみたいと思っている。
本心を言えば、人生をやり直したい。
枯れかけた希望の花弁を、まだポケットに忍ばせている。
きっとこれが最後のチャンスになるだろう。
だからこそ怖かった。
次に希望を見失えば、心に付く傷は尋常ではない痛みを伴う。
天秤に乗せる生と死は、心臓の鼓動を早めるように大きく揺れていた。
「お前の人生だ。どちらか選べ。無様に摘まれるか、自分の手で咲かせるか」
「俺は……」