七話 社会不適合者
ー/ー 閑静な住宅街にある三階建ての建物を、水瀬竜一は見上げていた。
すりガラスが夏の日差しを反射させ、瞳孔を収縮させる。
入り口の扉の横には『特定非営利活動法人』と書かれた看板がかかっていた。
ここは薬物依存者を社会復帰させるための施設だ。
竜一は知人に会うために静岡からやって来た。
二ヶ月ぶりの東京。空気はどこか澱んでいるように感じる。
二十代から三十代前半まで、竜一も東京に住んでいた。
十年前に環境を変え、今は穏やかな風が吹く海沿いのコテージに住処を移した。
知人はそのコテージで出会った女性だ。まだ二十代で、これから輝かしい未来が待っている……はずだった。
最後に見た彼女の姿を思い浮かべ、竜一は扉を開けた。
中に入ると、二メートルほどのミーティングテーブルあり、壁際にはソファと棚が置いてある。
テーブルには十代くらいの女性が着いており、対面には七十代の男性が見えた。二人は楽しそうに会話をしており、和やかな空気感が漂っている。
すりガラスが夏の日差しを反射させ、瞳孔を収縮させる。
入り口の扉の横には『特定非営利活動法人』と書かれた看板がかかっていた。
ここは薬物依存者を社会復帰させるための施設だ。
竜一は知人に会うために静岡からやって来た。
二ヶ月ぶりの東京。空気はどこか澱んでいるように感じる。
二十代から三十代前半まで、竜一も東京に住んでいた。
十年前に環境を変え、今は穏やかな風が吹く海沿いのコテージに住処を移した。
知人はそのコテージで出会った女性だ。まだ二十代で、これから輝かしい未来が待っている……はずだった。
最後に見た彼女の姿を思い浮かべ、竜一は扉を開けた。
中に入ると、二メートルほどのミーティングテーブルあり、壁際にはソファと棚が置いてある。
テーブルには十代くらいの女性が着いており、対面には七十代の男性が見えた。二人は楽しそうに会話をしており、和やかな空気感が漂っている。
「竜一くん、久しぶりだね」
男性は竜一に気付くと立ち上がり、皺の入った顔をクシャッとさせて笑顔を作った。整えられた白髪が、余生感を引き立たせている。
男性の名前は土屋仁志。
都内に商業ビルやタワマンをいくつか所有する不動産オーナーだ。
この施設の理事長でもある。
「奈々は?」
「食堂にいるよ」
竜一はスリッパに履き替えた後、土屋と共に奥にある扉へと向かう。
座っている女性を見ると、肘窩に注射痕があった。手首にはバーコードのような傷があり、苦しみの足跡が顕在化している。
どんな痛みかは分からないが、救いを求めてここに来たのだろう。もしくは無理やり入れられたか。
どちらにせよ、人間らしい顔つきはしている。
場所が違えば、普通の女の子にしか見えないほどに。
食堂に入ると、長テーブルに着く女性の後ろ姿が目に入った。
「奈々ちゃん、竜一くんが来たぞ」
土屋が声をかけると、美鈴奈々が振り返る。
痩せほそった頬とパサついた髪の毛。
生気の抜けた目には前髪がかかっており、表情の暗さを演出していた。
「お久しぶりです」
彼女は竜一の姿を見ると立ち上がって会釈した。
「久しぶり」
竜一と土屋が席に着くと、奈々も腰を下ろす。
「どう調子は?」
「だいぶ落ち着きました」
表情は乏しいが、前に会ったときと比べると肌ツヤはいい。
少しだけだが、マシになったなと感じた。
半年前まで薬物を常用していたが、やめさせるために竜一が施設へと連れてきた。
今よりも頬はげっそりとしており、人間らしかぬ顔つきだった。
「来たばかりのときは本当に死人みたいだったけど、だいぶ人らしい生活ができるようになったよ」
土屋の言葉に奈々は顔を俯かせた。
申し訳ないという気持ちが見て取れる。
「私たちは手助けはできるが、本人の意志がないとやめることはできない。奈々ちゃんは覚悟があるから、きっと薬を断ち切ることができると思う」
土屋が言うと、奈々は小さい声ながらも「頑張ります」と力強く答えた。
「あの子は元気にしてますか?」
奈々には四歳の娘がいる。
今は彼女と引き離しており、竜一が預かっていた。
「ああ、“前よりは“上手く笑えるようになった。他の奴にも可愛がられてるよ」
「良かった」
奈々は少しだけ口角を上げて、安心したような柔らかな表情を見せる。
「蘭と一緒に暮らせるかは今後のお前次第だ。生半可な覚悟で娘と過ごしたいなんて思うなよ。人生をかけて薬を断ち切れ。そして母親として生きろ。道を踏み外したとしても、そこに道がないわけじゃない。落ちた先で何を拾えるかを考えろ」
「はい」
「竜一くん、コテージの方はどうだい? 二人は元気にしてる?」
重たくなった空気を変えるように、土屋は話を切り替えた。
竜一は現在、コテージの管理人をしている。
そこには人生に行き詰まった人たちが集まり、三ヶ月間宿泊費なしで泊まることができる。
土屋が『人生の休憩所』というコンセプトでコテージを建て、竜一に管理をお願いした形だ。
奈々の娘もそこで暮らしており、他にも二人同居している。
「来たときよりも元気そうにやってるよ。まだ傷は残ってるって感じだけど」
「心に付いた傷は消えるものではないからね。人は消しゴムを持てないから、描いたものに書き足していくしかない。でも傷があるから描けるものもある。自分が何を描きたいかを見つけることができたら、人はまた歩いていけるはずだ。あの場所はそのためにある。まだ二ヶ月あるから、その間に社会に復帰するための準備ができるといいね。宜しく頼むよ、竜一くん」
土屋がすべてを受け止めてくれそうな優しい笑顔を表情に灯すと、場の空気が少し和んだ。
「一筆書きの人生で、止まることを知らない奴は芯を折ってしまう。土屋さんが作った人生の休憩所は、あいつらにとっても大事な場所だ。だからちゃんと育てるよ。人は枯れるからこそ、美しく咲ける」
「初めて会ったときは今にも人を殺しそうな目をしてたけど、だいぶ角が取れたね。丸くなったというより、必要な部分に柔らかさが出てきた。あの場所は竜一くん自身にも、もたらすものがあったんだね」
「人は変われる。変われないのは育て方を知らないか、間違ってるかだ。咲き方は人それぞれ違うし、誰にでも当てはまるマニュアルなんてこの世界にはない。正解があるとするなら、自分と向き合うことでしか見つけられない」
土屋は笑みを零した。
まるで自分の息子の成長を喜ぶ父のように。
「奈々、もうお前一人の人生じゃない。その背中には小さな命があることを忘れるな。分かってると思うが、軽くはねえぞ。今日来たのは、お前に覚悟があるかを確認しにきた」
「あります。もう絶対に薬には手を出さない。あの子のためにも」
生気の抜けていた目には、覚悟と呼べるような力強さがあった。
この先のことは分からないが、今だけで判断するなら信用してもいいと思えるような表情だった。
「お前の意思は分かった。でも、もう少し様子を見てから土屋さんと相談して決める。自分の言葉には責任を持て。俺は奈々を信じるからな」
「はい」
「じゃあ用事も済んだし、行くわ」
「せっかく来たんだから、もう少しゆっくりしていけばいい」
「昔コテージに来てた奴が、こっちで働いてるんだ。どうせなら会おうと思ってな」
「そうか。今度そっちにも顔出すから、莉亜ちゃんと薫くんにも宜しく伝えといてくれ」
「ああ」
樹は太陽から身を隠すように、木々の下にあるベンチに腰を下ろした。
近所にある大きな公園には川が流れており、少しでも涼もうとここを選んだ。
電気代は払ったためクーラーは付くが、家には借金取りが来るので、日中は外に出て、夜中に帰るという生活を送っている。
昨日も家の扉に張り紙が貼られていた。
『お金は返しましょう』『お母さんが悲しみますよ』『社会のクズ』
見慣れた光景だが、今の樹には汚れた言葉が胸に響いた。
利子の返済すら滞り、借金は膨れ上がる。
返えす意思はあるが、仕事が決まらなければ返すことはできない。
派遣を辞めてから数日。
真面目に生きようと決意し、正社員を目指した。
だが不採用が続き、心に灯した火は消えかける寸前だった。
手のひらに注ぐ木漏れ日。
影に差す微かな光を掴むように、樹は拳を握りしめた。
「おい、クズ。こんなところでボーっとしてんじゃねえよ。早く働いて金返せ」
左を向くと、柄シャツを羽織った男がこちらへと向かってくる。
オールバックにサングラス、絵に描いたようなチンピラ。
小柄で細身の体を大きく見せたいのか、肩で風を切るように歩いていた。
男は樹に金を貸し付けてる、闇金の下っ端だ。
確か、名前は後藤だったはず。
「真昼間から無職してんじゃねえよ。社会のゴミが公共の場で息していいと思ってんのか、コラ」
樹は頭を下げて待ってもらおうかと思ったが、闇金相手にへりくだるのが嫌で気が引けた。
だが払える金がないため、頭を下げることしかできない。
迷っていると、反対側から気配を感じた。
視線を移すと、スーツを着た男が立っている。
後藤のような小物感はなく、鋭利なものを突きつけられてるような殺気と雰囲気。
ビジネスマンのような格好だが、明らかに堅気ではないと分かる。
周りを見渡すが、平日の昼ということもあり人はいなかった。
「てめえ、利子も払わずにバックれようとしてんじゃねえよ」
後藤が隣に腰を下ろした。樹は距離を取り、少し右にズレる。
「今、仕事探してて、払える金がない」
「てめえ、舐めてんのかよ。人様から金借りてんのに、マジもんのニートってどういうことだクソ野郎。調子乗ってると攫うぞ」
「ちゃんと見つけるよ。だからもう少し……」
スーツを着た男が目の前に立った。刺してくるような目つきに緊張が走る。
男は樹の髪の毛を掴み、息がかかる距離まで顔を近づけてきた。
「お前、頻繁に仕事変えるらしいな。返す気ねえだろ」
殺される。
樹の脳裏に言葉がよぎった。
普段は怖気付くことなどないが、今は背筋が凍りつくような感覚がある。
初めて感じる恐怖に、樹は声を発することができなかった。
「宮田さん、俺がやるんで大丈夫っすよ。こんなクズ野郎から回収するのなんて、朝飯前っす」
「後藤、大口叩くなら回収してからにしろ」
口調は落ち着いているが鋭さがある。
言葉というより刃物を突きつけられてるような。
「すんません」
後藤は先ほどまでの威勢を萎れさせ、肩を縮こませた。
「根本って言ったか? 金は返す気あんの?」
「これからは真面目に生きようと思ってる。だから借金も全額返済するよ。また人生をやり直したいから」
金山と会わなかったら、金を返さずに飛んでいたかもしれない。
人生を諦め、もうどうにでもなれと。
だがもう一度真剣に生きてみようと思っていた。
社会の底辺で埋もれている、名もなき枯れた花を咲かせるために。
マイナスから這い上がるためには、今背負っているものを降ろさければならない。
闇金と言えど、真っ直ぐ歩くためには返済する必要があると思っていた。
「分かった。ちゃんと頑張れよ」
宮田は樹の髪の毛を離し、笑顔を零した。
思っていた反応とは違い戸惑うが、自分の気持ちが伝わったのかもと感じた。
後藤は愕然とした様子で宮田を見ている。
「ちゃんと返す。だからもう少しだけ待っててほしい」
樹は立ち上がって、宮田に頭を下げた。
「顔上げろ」
そう言われ顔を上げると、宮田の拳が樹の腹部にめり込んだ。
樹は地面に膝を付く。
「まともな人間なら利子をちゃんと返してる。仕事を辞めずにな。誠意ってのは言葉じゃなくて行動で示すんだよ。クズは痛みが伴わないと、それを理解できない。だからクズなんだよ。真面目に生きる? またやり直す? どの口が言ってんだよ。ほざく前にやることやれ。それと今日中に仕事見つけて来い。アルバイトでも日雇いでもいい。金を返せるなら汚ねえ仕事でも構わねえ。信用のない言葉はゴミと変わらないんだよ」
宮田に浴びせられた言葉に反論すらできなかった。
中途半端な生き方を続けて仕事をすぐにやめる自分は、反社以下のクズかもしれない。
樹は悔しさから、血がでるほど唇を噛んだ。
苛立ちではなく、自分の不甲斐なさに。
「今日中に仕事を見つける。金もちゃんと返す。もう逃げたりしない」
宮田に言ったというより、自分自身への誓いだった。
ここで逃げたら、もう一生底辺から抜け出せないと思ったから。
「しっかり働けよ。次はねえからな」
宮田はそう言って、去っていった。
後藤も後を付いていく。
もう簡単に仕事を辞めるという選択はできない。
村内のような卑俗な人間と関わることになっても、感情を殺して耐え続ける。
クズとして生きるのは、これで最後にしよう。
樹はゆっくりと立ち上がり、公園を後にした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
閑静な住宅街にある三階建ての建物を、水瀬竜一は見上げていた。
すりガラスが夏の日差しを反射させ、瞳孔を収縮させる。
入り口の扉の横には『特定非営利活動法人』と書かれた看板がかかっていた。
ここは薬物依存者を社会復帰させるための施設だ。
竜一は知人に会うために静岡からやって来た。
二ヶ月ぶりの東京。空気はどこか澱んでいるように感じる。
二十代から三十代前半まで、竜一も東京に住んでいた。
十年前に環境を変え、今は穏やかな風が吹く海沿いのコテージに住処を移した。
知人はそのコテージで出会った女性だ。まだ二十代で、これから輝かしい未来が待っている……はずだった。
最後に見た彼女の姿を思い浮かべ、竜一は扉を開けた。
中に入ると、二メートルほどのミーティングテーブルあり、壁際にはソファと棚が置いてある。
テーブルには十代くらいの女性が着いており、対面には七十代の男性が見えた。二人は楽しそうに会話をしており、和やかな空気感が漂っている。
すりガラスが夏の日差しを反射させ、瞳孔を収縮させる。
入り口の扉の横には『特定非営利活動法人』と書かれた看板がかかっていた。
ここは薬物依存者を社会復帰させるための施設だ。
竜一は知人に会うために静岡からやって来た。
二ヶ月ぶりの東京。空気はどこか澱んでいるように感じる。
二十代から三十代前半まで、竜一も東京に住んでいた。
十年前に環境を変え、今は穏やかな風が吹く海沿いのコテージに住処を移した。
知人はそのコテージで出会った女性だ。まだ二十代で、これから輝かしい未来が待っている……はずだった。
最後に見た彼女の姿を思い浮かべ、竜一は扉を開けた。
中に入ると、二メートルほどのミーティングテーブルあり、壁際にはソファと棚が置いてある。
テーブルには十代くらいの女性が着いており、対面には七十代の男性が見えた。二人は楽しそうに会話をしており、和やかな空気感が漂っている。
「竜一くん、久しぶりだね」
男性は竜一に気付くと立ち上がり、皺の入った顔をクシャッとさせて笑顔を作った。整えられた白髪が、余生感を引き立たせている。
男性の名前は土屋仁志。
都内に商業ビルやタワマンをいくつか所有する不動産オーナーだ。
この施設の理事長でもある。
男性の名前は土屋仁志。
都内に商業ビルやタワマンをいくつか所有する不動産オーナーだ。
この施設の理事長でもある。
「奈々は?」
「食堂にいるよ」
「食堂にいるよ」
竜一はスリッパに履き替えた後、土屋と共に奥にある扉へと向かう。
座っている女性を見ると、|肘窩《ちゅうか》に注射痕があった。手首にはバーコードのような傷があり、苦しみの足跡が顕在化している。
どんな痛みかは分からないが、救いを求めてここに来たのだろう。もしくは無理やり入れられたか。
どちらにせよ、人間らしい顔つきはしている。
場所が違えば、普通の女の子にしか見えないほどに。
食堂に入ると、長テーブルに着く女性の後ろ姿が目に入った。
座っている女性を見ると、|肘窩《ちゅうか》に注射痕があった。手首にはバーコードのような傷があり、苦しみの足跡が顕在化している。
どんな痛みかは分からないが、救いを求めてここに来たのだろう。もしくは無理やり入れられたか。
どちらにせよ、人間らしい顔つきはしている。
場所が違えば、普通の女の子にしか見えないほどに。
食堂に入ると、長テーブルに着く女性の後ろ姿が目に入った。
「奈々ちゃん、竜一くんが来たぞ」
土屋が声をかけると、美鈴奈々が振り返る。
痩せほそった頬とパサついた髪の毛。
生気の抜けた目には前髪がかかっており、表情の暗さを演出していた。
痩せほそった頬とパサついた髪の毛。
生気の抜けた目には前髪がかかっており、表情の暗さを演出していた。
「お久しぶりです」
彼女は竜一の姿を見ると立ち上がって会釈した。
「久しぶり」
竜一と土屋が席に着くと、奈々も腰を下ろす。
「どう調子は?」
「だいぶ落ち着きました」
「だいぶ落ち着きました」
表情は乏しいが、前に会ったときと比べると肌ツヤはいい。
少しだけだが、マシになったなと感じた。
半年前まで薬物を常用していたが、やめさせるために竜一が施設へと連れてきた。
今よりも頬はげっそりとしており、人間らしかぬ顔つきだった。
少しだけだが、マシになったなと感じた。
半年前まで薬物を常用していたが、やめさせるために竜一が施設へと連れてきた。
今よりも頬はげっそりとしており、人間らしかぬ顔つきだった。
「来たばかりのときは本当に死人みたいだったけど、だいぶ人らしい生活ができるようになったよ」
土屋の言葉に奈々は顔を俯かせた。
申し訳ないという気持ちが見て取れる。
申し訳ないという気持ちが見て取れる。
「私たちは手助けはできるが、本人の意志がないとやめることはできない。奈々ちゃんは覚悟があるから、きっと薬を断ち切ることができると思う」
土屋が言うと、奈々は小さい声ながらも「頑張ります」と力強く答えた。
「あの子は元気にしてますか?」
奈々には四歳の娘がいる。
今は彼女と引き離しており、竜一が預かっていた。
今は彼女と引き離しており、竜一が預かっていた。
「ああ、“前よりは“上手く笑えるようになった。他の奴にも可愛がられてるよ」
「良かった」
奈々は少しだけ口角を上げて、安心したような柔らかな表情を見せる。
「蘭と一緒に暮らせるかは今後のお前次第だ。生半可な覚悟で娘と過ごしたいなんて思うなよ。人生をかけて薬を断ち切れ。そして母親として生きろ。道を踏み外したとしても、そこに道がないわけじゃない。落ちた先で何を拾えるかを考えろ」
「はい」
「竜一くん、コテージの方はどうだい? 二人は元気にしてる?」
重たくなった空気を変えるように、土屋は話を切り替えた。
竜一は現在、コテージの管理人をしている。
そこには人生に行き詰まった人たちが集まり、三ヶ月間宿泊費なしで泊まることができる。
土屋が『人生の休憩所』というコンセプトでコテージを建て、竜一に管理をお願いした形だ。
奈々の娘もそこで暮らしており、他にも二人同居している。
竜一は現在、コテージの管理人をしている。
そこには人生に行き詰まった人たちが集まり、三ヶ月間宿泊費なしで泊まることができる。
土屋が『人生の休憩所』というコンセプトでコテージを建て、竜一に管理をお願いした形だ。
奈々の娘もそこで暮らしており、他にも二人同居している。
「来たときよりも元気そうにやってるよ。まだ傷は残ってるって感じだけど」
「心に付いた傷は消えるものではないからね。人は消しゴムを持てないから、描いたものに書き足していくしかない。でも傷があるから描けるものもある。自分が何を描きたいかを見つけることができたら、人はまた歩いていけるはずだ。あの場所はそのためにある。まだ二ヶ月あるから、その間に社会に復帰するための準備ができるといいね。宜しく頼むよ、竜一くん」
土屋がすべてを受け止めてくれそうな優しい笑顔を表情に灯すと、場の空気が少し和んだ。
「一筆書きの人生で、止まることを知らない奴は芯を折ってしまう。土屋さんが作った人生の休憩所は、あいつらにとっても大事な場所だ。だからちゃんと育てるよ。人は枯れるからこそ、美しく咲ける」
「初めて会ったときは今にも人を殺しそうな目をしてたけど、だいぶ角が取れたね。丸くなったというより、必要な部分に柔らかさが出てきた。あの場所は竜一くん自身にも、もたらすものがあったんだね」
「人は変われる。変われないのは育て方を知らないか、間違ってるかだ。咲き方は人それぞれ違うし、誰にでも当てはまるマニュアルなんてこの世界にはない。正解があるとするなら、自分と向き合うことでしか見つけられない」
土屋は笑みを零した。
まるで自分の息子の成長を喜ぶ父のように。
まるで自分の息子の成長を喜ぶ父のように。
「奈々、もうお前一人の人生じゃない。その背中には小さな命があることを忘れるな。分かってると思うが、軽くはねえぞ。今日来たのは、お前に覚悟があるかを確認しにきた」
「あります。もう絶対に薬には手を出さない。あの子のためにも」
生気の抜けていた目には、覚悟と呼べるような力強さがあった。
この先のことは分からないが、今だけで判断するなら信用してもいいと思えるような表情だった。
この先のことは分からないが、今だけで判断するなら信用してもいいと思えるような表情だった。
「お前の意思は分かった。でも、もう少し様子を見てから土屋さんと相談して決める。自分の言葉には責任を持て。俺は奈々を信じるからな」
「はい」
「じゃあ用事も済んだし、行くわ」
「せっかく来たんだから、もう少しゆっくりしていけばいい」
「昔コテージに来てた奴が、こっちで働いてるんだ。どうせなら会おうと思ってな」
「そうか。今度そっちにも顔出すから、莉亜ちゃんと薫くんにも宜しく伝えといてくれ」
「ああ」
樹は太陽から身を隠すように、木々の下にあるベンチに腰を下ろした。
近所にある大きな公園には川が流れており、少しでも涼もうとここを選んだ。
電気代は払ったためクーラーは付くが、家には借金取りが来るので、日中は外に出て、夜中に帰るという生活を送っている。
昨日も家の扉に張り紙が貼られていた。
『お金は返しましょう』『お母さんが悲しみますよ』『社会のクズ』
見慣れた光景だが、今の樹には汚れた言葉が胸に響いた。
利子の返済すら滞り、借金は膨れ上がる。
返えす意思はあるが、仕事が決まらなければ返すことはできない。
派遣を辞めてから数日。
真面目に生きようと決意し、正社員を目指した。
だが不採用が続き、心に灯した火は消えかける寸前だった。
手のひらに注ぐ木漏れ日。
影に差す微かな光を掴むように、樹は拳を握りしめた。
近所にある大きな公園には川が流れており、少しでも涼もうとここを選んだ。
電気代は払ったためクーラーは付くが、家には借金取りが来るので、日中は外に出て、夜中に帰るという生活を送っている。
昨日も家の扉に張り紙が貼られていた。
『お金は返しましょう』『お母さんが悲しみますよ』『社会のクズ』
見慣れた光景だが、今の樹には汚れた言葉が胸に響いた。
利子の返済すら滞り、借金は膨れ上がる。
返えす意思はあるが、仕事が決まらなければ返すことはできない。
派遣を辞めてから数日。
真面目に生きようと決意し、正社員を目指した。
だが不採用が続き、心に灯した火は消えかける寸前だった。
手のひらに注ぐ木漏れ日。
影に差す微かな光を掴むように、樹は拳を握りしめた。
「おい、クズ。こんなところでボーっとしてんじゃねえよ。早く働いて金返せ」
左を向くと、柄シャツを羽織った男がこちらへと向かってくる。
オールバックにサングラス、絵に描いたようなチンピラ。
小柄で細身の体を大きく見せたいのか、肩で風を切るように歩いていた。
男は樹に金を貸し付けてる、闇金の下っ端だ。
確か、名前は後藤だったはず。
オールバックにサングラス、絵に描いたようなチンピラ。
小柄で細身の体を大きく見せたいのか、肩で風を切るように歩いていた。
男は樹に金を貸し付けてる、闇金の下っ端だ。
確か、名前は後藤だったはず。
「真昼間から無職してんじゃねえよ。社会のゴミが公共の場で息していいと思ってんのか、コラ」
樹は頭を下げて待ってもらおうかと思ったが、闇金相手にへりくだるのが嫌で気が引けた。
だが払える金がないため、頭を下げることしかできない。
迷っていると、反対側から気配を感じた。
視線を移すと、スーツを着た男が立っている。
後藤のような小物感はなく、鋭利なものを突きつけられてるような殺気と雰囲気。
ビジネスマンのような格好だが、明らかに堅気ではないと分かる。
周りを見渡すが、平日の昼ということもあり人はいなかった。
だが払える金がないため、頭を下げることしかできない。
迷っていると、反対側から気配を感じた。
視線を移すと、スーツを着た男が立っている。
後藤のような小物感はなく、鋭利なものを突きつけられてるような殺気と雰囲気。
ビジネスマンのような格好だが、明らかに堅気ではないと分かる。
周りを見渡すが、平日の昼ということもあり人はいなかった。
「てめえ、利子も払わずにバックれようとしてんじゃねえよ」
後藤が隣に腰を下ろした。樹は距離を取り、少し右にズレる。
「今、仕事探してて、払える金がない」
「てめえ、舐めてんのかよ。人様から金借りてんのに、マジもんのニートってどういうことだクソ野郎。調子乗ってると攫うぞ」
「ちゃんと見つけるよ。だからもう少し……」
スーツを着た男が目の前に立った。刺してくるような目つきに緊張が走る。
男は樹の髪の毛を掴み、息がかかる距離まで顔を近づけてきた。
男は樹の髪の毛を掴み、息がかかる距離まで顔を近づけてきた。
「お前、頻繁に仕事変えるらしいな。返す気ねえだろ」
殺される。
樹の脳裏に言葉がよぎった。
普段は怖気付くことなどないが、今は背筋が凍りつくような感覚がある。
初めて感じる恐怖に、樹は声を発することができなかった。
樹の脳裏に言葉がよぎった。
普段は怖気付くことなどないが、今は背筋が凍りつくような感覚がある。
初めて感じる恐怖に、樹は声を発することができなかった。
「宮田さん、俺がやるんで大丈夫っすよ。こんなクズ野郎から回収するのなんて、朝飯前っす」
「後藤、大口叩くなら回収してからにしろ」
口調は落ち着いているが鋭さがある。
言葉というより刃物を突きつけられてるような。
言葉というより刃物を突きつけられてるような。
「すんません」
後藤は先ほどまでの威勢を萎れさせ、肩を縮こませた。
「根本って言ったか? 金は返す気あんの?」
「これからは真面目に生きようと思ってる。だから借金も全額返済するよ。また人生をやり直したいから」
金山と会わなかったら、金を返さずに飛んでいたかもしれない。
人生を諦め、もうどうにでもなれと。
だがもう一度真剣に生きてみようと思っていた。
社会の底辺で埋もれている、名もなき枯れた花を咲かせるために。
マイナスから這い上がるためには、今背負っているものを降ろさければならない。
闇金と言えど、真っ直ぐ歩くためには返済する必要があると思っていた。
人生を諦め、もうどうにでもなれと。
だがもう一度真剣に生きてみようと思っていた。
社会の底辺で埋もれている、名もなき枯れた花を咲かせるために。
マイナスから這い上がるためには、今背負っているものを降ろさければならない。
闇金と言えど、真っ直ぐ歩くためには返済する必要があると思っていた。
「分かった。ちゃんと頑張れよ」
宮田は樹の髪の毛を離し、笑顔を零した。
思っていた反応とは違い戸惑うが、自分の気持ちが伝わったのかもと感じた。
後藤は愕然とした様子で宮田を見ている。
思っていた反応とは違い戸惑うが、自分の気持ちが伝わったのかもと感じた。
後藤は愕然とした様子で宮田を見ている。
「ちゃんと返す。だからもう少しだけ待っててほしい」
樹は立ち上がって、宮田に頭を下げた。
「顔上げろ」
そう言われ顔を上げると、宮田の拳が樹の腹部にめり込んだ。
樹は地面に膝を付く。
樹は地面に膝を付く。
「まともな人間なら利子をちゃんと返してる。仕事を辞めずにな。誠意ってのは言葉じゃなくて行動で示すんだよ。クズは痛みが伴わないと、それを理解できない。だからクズなんだよ。真面目に生きる? またやり直す? どの口が言ってんだよ。ほざく前にやることやれ。それと今日中に仕事見つけて来い。アルバイトでも日雇いでもいい。金を返せるなら汚ねえ仕事でも構わねえ。信用のない言葉はゴミと変わらないんだよ」
宮田に浴びせられた言葉に反論すらできなかった。
中途半端な生き方を続けて仕事をすぐにやめる自分は、反社以下のクズかもしれない。
樹は悔しさから、血がでるほど唇を噛んだ。
苛立ちではなく、自分の不甲斐なさに。
中途半端な生き方を続けて仕事をすぐにやめる自分は、反社以下のクズかもしれない。
樹は悔しさから、血がでるほど唇を噛んだ。
苛立ちではなく、自分の不甲斐なさに。
「今日中に仕事を見つける。金もちゃんと返す。もう逃げたりしない」
宮田に言ったというより、自分自身への誓いだった。
ここで逃げたら、もう一生底辺から抜け出せないと思ったから。
ここで逃げたら、もう一生底辺から抜け出せないと思ったから。
「しっかり働けよ。次はねえからな」
宮田はそう言って、去っていった。
後藤も後を付いていく。
もう簡単に仕事を辞めるという選択はできない。
村内のような卑俗な人間と関わることになっても、感情を殺して耐え続ける。
クズとして生きるのは、これで最後にしよう。
樹はゆっくりと立ち上がり、公園を後にした。
後藤も後を付いていく。
もう簡単に仕事を辞めるという選択はできない。
村内のような卑俗な人間と関わることになっても、感情を殺して耐え続ける。
クズとして生きるのは、これで最後にしよう。
樹はゆっくりと立ち上がり、公園を後にした。