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五話 冒涜

ー/ー



「チンタラやってんじゃねえよ、カス。お前が遅いと、こっちの仕事が増えるんだよ」

 休憩明けの作業、金山は丁寧に梱包をしていた。
 ミスはないが作業スピードが遅くなっていたため、村内から罵声という鞭で打たれていた。

「ミスしたら迷惑かけてしまうので」
「遅えのがすでに迷惑なんだよ。丁寧に早くやれ。そんなのも分からねえのか」
「でも……」
「でも、じゃねえんだよ。口ばっかり動かしてねえで、手を動かせ」
「はい……」

 今は作業台で横一列に並んで梱包している。
 樹は二人の間で作業しており、緩衝材のような立ち位置だった。

「俺の話聞いてたか? もっと早く手を動かせって言ってんだよ」

 金山は村内に怒られるも、丁寧にやることを心がけていた。
 スピードを捨て、ミスをしないことを最優先にしているからだろう。

「ミスした方が余計に時間かかるんだから、これでいいよ。あんたもごちゃごちゃ言ってないで手動かせ」

 樹の言葉に村内は眉根を寄せた。
 苛立っているのが分かったが、樹は無視して作業を続ける。

「今日は最悪だよ。使えないゴミだけでも大変なのに、生意気なガキも付いてくる。昨日は可愛い大学生だったのによ。本当つまんねえわ」

 自分は良い方の人間だと思ってるのだろうか?
 大学生からしたら、こいつもハズレだ。
 樹は怒りが湧いてきたが、我慢して黙々と手を動かした。
 今までだったらこの時点で手を上げていたかもしれない。
 だが金山が変わろうとしているの見て、心の変化が生じていた。
 人生を悲観するのではなく、どうしたら好転するのかを考える。
 過去の足枷を外し、今を生きるために何をしなければいけないのか。
 樹は自分の欠点と向き合って、直していかなければと思っていた。

「由香ちゃん」

 作業が一段落し、梱包に使う段ボールを補充しようとしたときだった。
 村内は通りかかった女の子に声をかける。
 大学生くらいの子で、村内と同じ派遣会社の子だ。

「聞いてよ、またこいつ商品入れ忘れたんだよ」

 村内は金山を指差した。
 しかも大きな声で周りにも聞こえるように。

「いい歳してみっともないよね。由香ちゃんはこんな大人になっちゃダメだよ」

 相手の子は顔を引き攣らせていた。
 目の前に本人がいれば、反応に困るのは当然だ。
 それすら理解せず、辱めを与えようとする村内に怒りが沸々と煮えたぎる。
 金山を見ると唇を噛み締めていた。悔しさが樹にも伝わってくる。

「気にしなくていいよ。補充行こう」
「うん」

 この場から離れた方がいいと思い、金山を連れて段ボールの補充に向かおうとした。

「こんな人間は一生社会の底辺で生きないといけないから大変だよな。真面目に仕事しようとしても頑張るだけ無駄。バカだから簡単なこともできないし、無能を披露するだけ。もう死んだ方がいいよ。由香ちゃんもそう思わない?」
「いや、そこまでは……」

 樹の足は自然と立ち止まっていた。
 沸点を超えた怒りは、両足を村内の方へと導く。

「おい、おっさん。臭え息撒き散らせてないで仕事しろ。自分の意見押し付けて同意を得ようとしてんじゃねえよ」

「あ? もういっぺん言ってみろよ、クソガキ」

「他人のこと、どうこう言える立場じゃねえだろ。俺からしたらお前の方が底辺だよ」

 一触即発の空気に女の子は怯えた表情をした。
 樹は察したが、村内はお構いなしに反論してくる。

「俺が金山以下のわけねえだろが。こいつは社会のゴミだぞ。子供でもこなせるような仕事もろくにできない。そんな奴、生きててもなんの役にも立たないだろ。当たり前のことを言って何がいけないんだよ。いるだけで迷惑だろ、こんなクズ」

「人より失敗が多かったとしても、生きることを否定していい理由にはならない。馬鹿にされようが、笑われようが、それでも必死に頑張ろうとしてる人間だっている。表面だけで判断するな。躓いて、もがきながらも真っ直ぐ歩こうとしてるんだから。お前みたいな醜悪な人間が、他人の人生に土足で踏み込むんじゃねえよ」

 村内の人間否定が許せなかった。
 他人に夢を折られ、行き場を失った社会不適合者。
 人生を諦め、寿命を削るだけの腐った塊。
 朽ちていた心だったが、金山の話を聞いてもう一度生きてみようとも思えた。
 直向きに夢を追っていた少年が、あの日に捨てた希望。
 形は違えど、金山も大事に握りしめている。
 それに泥を塗られたことが屈辱だった。
 今までとは毛色の違う怒りを、樹は村内に向けた。

「金山みたいな人間が必死に頑張ったところで意味ねえよ。ゴミが綺麗になると思うか? ゴミはゴミのまま底辺で転がるだけ。一生地べたで這いつくばるしかねえんだよ。どれだけ努力しても、こいつは変わらねえ。アホだから学べねえんだ……」

 女の子が悲鳴を上げた。
 樹の拳が村内の顔を打ち抜いたから。
 周りの視線が一箇所に集まり、倉庫内は機械音だけが響いていた。
 村内は地面に倒れた後、立ちあがろうとしていたが、足元がふらついて何度も膝を付いていた。その姿はまるで酔っ払いのようだった。

「どうしました?」

 倉庫の管理者が数名駆けつけてきた。
 樹は何も言わず、よろけている村内に視線を送っていた。
 殴ったことに後悔はないが、今までとは違う怒りのぶつけ方だ。
 自分を守るためではなく、他人を守るために振るった拳。
 樹自身も理解できなかった。
 友達でもなければ、特に親しいわけでもない。
 許せなかったとはいえ、金山の想いを聞いたとはいえ、ここまでする意味はなんだったのだろう。
 鼓膜に触れる騒がしい声には靄がかかっているようだった。


次のエピソードへ進む 六話 誓い


みんなのリアクション

「チンタラやってんじゃねえよ、カス。お前が遅いと、こっちの仕事が増えるんだよ」
 休憩明けの作業、金山は丁寧に梱包をしていた。
 ミスはないが作業スピードが遅くなっていたため、村内から罵声という鞭で打たれていた。
「ミスしたら迷惑かけてしまうので」
「遅えのがすでに迷惑なんだよ。丁寧に早くやれ。そんなのも分からねえのか」
「でも……」
「でも、じゃねえんだよ。口ばっかり動かしてねえで、手を動かせ」
「はい……」
 今は作業台で横一列に並んで梱包している。
 樹は二人の間で作業しており、緩衝材のような立ち位置だった。
「俺の話聞いてたか? もっと早く手を動かせって言ってんだよ」
 金山は村内に怒られるも、丁寧にやることを心がけていた。
 スピードを捨て、ミスをしないことを最優先にしているからだろう。
「ミスした方が余計に時間かかるんだから、これでいいよ。あんたもごちゃごちゃ言ってないで手動かせ」
 樹の言葉に村内は眉根を寄せた。
 苛立っているのが分かったが、樹は無視して作業を続ける。
「今日は最悪だよ。使えないゴミだけでも大変なのに、生意気なガキも付いてくる。昨日は可愛い大学生だったのによ。本当つまんねえわ」
 自分は良い方の人間だと思ってるのだろうか?
 大学生からしたら、こいつもハズレだ。
 樹は怒りが湧いてきたが、我慢して黙々と手を動かした。
 今までだったらこの時点で手を上げていたかもしれない。
 だが金山が変わろうとしているの見て、心の変化が生じていた。
 人生を悲観するのではなく、どうしたら好転するのかを考える。
 過去の足枷を外し、今を生きるために何をしなければいけないのか。
 樹は自分の欠点と向き合って、直していかなければと思っていた。
「由香ちゃん」
 作業が一段落し、梱包に使う段ボールを補充しようとしたときだった。
 村内は通りかかった女の子に声をかける。
 大学生くらいの子で、村内と同じ派遣会社の子だ。
「聞いてよ、またこいつ商品入れ忘れたんだよ」
 村内は金山を指差した。
 しかも大きな声で周りにも聞こえるように。
「いい歳してみっともないよね。由香ちゃんはこんな大人になっちゃダメだよ」
 相手の子は顔を引き攣らせていた。
 目の前に本人がいれば、反応に困るのは当然だ。
 それすら理解せず、辱めを与えようとする村内に怒りが沸々と煮えたぎる。
 金山を見ると唇を噛み締めていた。悔しさが樹にも伝わってくる。
「気にしなくていいよ。補充行こう」
「うん」
 この場から離れた方がいいと思い、金山を連れて段ボールの補充に向かおうとした。
「こんな人間は一生社会の底辺で生きないといけないから大変だよな。真面目に仕事しようとしても頑張るだけ無駄。バカだから簡単なこともできないし、無能を披露するだけ。もう死んだ方がいいよ。由香ちゃんもそう思わない?」
「いや、そこまでは……」
 樹の足は自然と立ち止まっていた。
 沸点を超えた怒りは、両足を村内の方へと導く。
「おい、おっさん。臭え息撒き散らせてないで仕事しろ。自分の意見押し付けて同意を得ようとしてんじゃねえよ」
「あ? もういっぺん言ってみろよ、クソガキ」
「他人のこと、どうこう言える立場じゃねえだろ。俺からしたらお前の方が底辺だよ」
 一触即発の空気に女の子は怯えた表情をした。
 樹は察したが、村内はお構いなしに反論してくる。
「俺が金山以下のわけねえだろが。こいつは社会のゴミだぞ。子供でもこなせるような仕事もろくにできない。そんな奴、生きててもなんの役にも立たないだろ。当たり前のことを言って何がいけないんだよ。いるだけで迷惑だろ、こんなクズ」
「人より失敗が多かったとしても、生きることを否定していい理由にはならない。馬鹿にされようが、笑われようが、それでも必死に頑張ろうとしてる人間だっている。表面だけで判断するな。躓いて、もがきながらも真っ直ぐ歩こうとしてるんだから。お前みたいな醜悪な人間が、他人の人生に土足で踏み込むんじゃねえよ」
 村内の人間否定が許せなかった。
 他人に夢を折られ、行き場を失った社会不適合者。
 人生を諦め、寿命を削るだけの腐った塊。
 朽ちていた心だったが、金山の話を聞いてもう一度生きてみようとも思えた。
 直向きに夢を追っていた少年が、あの日に捨てた希望。
 形は違えど、金山も大事に握りしめている。
 それに泥を塗られたことが屈辱だった。
 今までとは毛色の違う怒りを、樹は村内に向けた。
「金山みたいな人間が必死に頑張ったところで意味ねえよ。ゴミが綺麗になると思うか? ゴミはゴミのまま底辺で転がるだけ。一生地べたで這いつくばるしかねえんだよ。どれだけ努力しても、こいつは変わらねえ。アホだから学べねえんだ……」
 女の子が悲鳴を上げた。
 樹の拳が村内の顔を打ち抜いたから。
 周りの視線が一箇所に集まり、倉庫内は機械音だけが響いていた。
 村内は地面に倒れた後、立ちあがろうとしていたが、足元がふらついて何度も膝を付いていた。その姿はまるで酔っ払いのようだった。
「どうしました?」
 倉庫の管理者が数名駆けつけてきた。
 樹は何も言わず、よろけている村内に視線を送っていた。
 殴ったことに後悔はないが、今までとは違う怒りのぶつけ方だ。
 自分を守るためではなく、他人を守るために振るった拳。
 樹自身も理解できなかった。
 友達でもなければ、特に親しいわけでもない。
 許せなかったとはいえ、金山の想いを聞いたとはいえ、ここまでする意味はなんだったのだろう。
 鼓膜に触れる騒がしい声には靄がかかっているようだった。