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三話 最下層

ー/ー



 バスの中には様々な年代の人たちが乗り合わせていた。
 まだ幼さが残る十代、年季の入った皺が刻まれている七十代くらいのおじいちゃん。子育てが終わり、ひと段落着いた主婦。
 楽しそうに話している人もいれば、憂鬱な表情を浮かべている人もいた。
 これから単調な作業を数時間すると思うと、樹自身も気分が落ちる。
 バスが向かっている先は倉庫だ。
 派遣を始めてから三週間ほど経った。商品を梱包する軽作業。
 設営の時に登録していた派遣会社からは実質クビを言い渡されたため、求人サイトで他の会社を探して応募した。
 ここには色んな人間がいる。そのため、人との繋がりが薄くても浮くことはない。
 友達同士で来てる人もいれが、ずっと一人でいる人間もいた。
 他人と関わらなくてもいいと思えるのは、それだけで心地よい。
 無愛想にしていれば話しかけられることはないし、自分のことを詮索しようとする人もいない。
 面倒くさそうな人もいるが、特段気にすることはなかった。
 自分に関わってこなければそれでいいし、こちらから話すことなど絶対にない。
 躓いてばかりの人生だったが、ここなら長く働けそうだなと考えていた。
 バスが倉庫に着くと、一斉に人の塊が吐き出される。
 一番後ろに座っていた樹は、全員が出るの待ってから降車した。
 倉庫は比較的新しく、外観も内装も綺麗だった。
 入り口には警備員がおり、挨拶を返す人もいれば見向きもせず通り過ぎる人もいる。
 これが社員だったら違う反応を示すだろう。
 樹は警備員と自分を重ねながら、無言で会釈をした。
 待合室に入ると、百を超える人間の群れが視界に映る。
 ここの倉庫には色んな派遣会社が集まっており、会社ごとに分かれて点呼をとっていた。
 樹は自身が登録している会社の社員を見つけると、人混みを掻き分けて進んだ。

「おはようございます。お名前宜しいですか」
「根本樹です」

 名前を告げると、男性社員は名簿に記載された【根本樹】にチェックを入れ、紐が付いた透明なケースとセキュリティーカードを渡してきた。このカードがなければ倉庫内の作業場に入れない。
 樹はカードをケースに入れた後、紐を首にぶら下げて周りを見渡した。
 待合室は二百人ほど入れる広さで、大勢が着ける長テーブルでは仲睦まじそうに話す人たちが占拠している。
 樹は真逆の人種から遠ざかるように、一番奥にある二名席に着く。
 中央は群れた人間で固まっているが、奥側は一人でいる人が多かった。
 まるで社会の構図を表しているようだが、隅っこほど落ちつく場所はない。
 弾かれた人間の居場所のような気がするから。
 壁にかけてある時計に視線を移すと7時40分と表示されている。
 作業は八時からのため、まだ時間があった。
 ポケットからスマホを取り出し、暇を潰そうとすると、

「根本くん、おはよう」

 顔を上げると男性が笑顔で立っていた。
 同じ派遣会社の人間で、名前は金山。
 三十代後半くらいで、ぽっちゃりとした体型だ。
 樹と同時期にこの倉庫で働き始め、先日、グループに分かれての作業で班が一緒になった。
 とりあえず会釈をすると、男性は前の席に座る。

「良かった根本くんがいて。同期がいると安心するよね」

 樹は関わりたくなかったため顔を歪ませたが、男性はお構いなしに話し始めた。

「知ってた? 今日は複数らしいよ」

 梱包作業はいつくかあり、一つの商品を段ボールに入れる単数と二つ以上の商品を入れる複数がある。
 単数の時は個別で作業するが、複数の時は三人一組で梱包を行う。
 他にも業務はあるが、樹の派遣会社はこのどちらかをすることが多い。

「知らない」

 樹は無愛想に返答した。
 遠回しに話しかけるなというメッセージだったが、金山は何か言いたそうな表情をしている。
 樹はスマホをいじって無視しようかと思ったが、とりあえず言葉を待った。

「この間はごめんね。僕のせいで根本くんにも迷惑かけて」

 金山は作業時によくミスをする。
 前回一緒の班になったときも梱包用の段ボールに商品を入れ忘れ、倉庫の管理者に怒られていた。

「別に」

 そんな下らないことだったのか、と言葉を待ったことに後悔した。
 樹は一人の世界に入ろうとスマホに視線を落とすが、再び金山が口を開く。

「根本くんはすごいよね。他の人は睨んできたり、『使えない』って言ってくるけど、何もなかったように作業に戻るでしょ? 言いたいこともあると思うけど、僕がミスしても淡々と自分の仕事をこなす。職人さんみたいでかっこいいよ」

 樹は無関心なだけだった。
 他人のことなどどうでもいいし、自分に火の粉がかからなければ構わない。
 わざわざ怒って体力を消耗するなど無駄。
 ただそれだけだった。
 金山は周りから疎われている。
 同じ派遣の人間から陰口を叩かれているのを聞いたこともある。
 普段の扱いが酷い分、麻痺してるのだろうなと樹は思った。

「僕は鈍臭いから根本くんみたいに仕事ができる人が羨ましい。同じ時期に入ったのに、もう差が着いてる。梱包くらいならできると思ってたけど、やっぱりいつもと一緒だった」

 “いつも”とはなんのことだろうと思ったが、話しを広げたくない。
 金山の顔は聞いてほしそうだが、樹は面倒だったので聞かなかった。
 他人の過去など知りたいとも思わないし、関わることなどもってのほか。
 どれだけミスをしようが、樹には関係ない。
 苦しくなったら仕事を変えればいいし、一つの場所に縋りつく必要もない。
 むしろ積極的に話かけてくる金山に辞めてほしいとすら思っていた。
 無愛想な自分に喋りかけてくる理由も分からなかったし、何を求めているのかも理解できない。
 金山は話題を変えて今も話しているが、すべて一言で返す。
 人の気持ちを汲めない目の前の人間に、分かりやすく意思を伝えるように。

「もう行こうか」

 金山がそう言ったので時計を見ると、始業十分前だった。
 周りの人たちも倉庫内へと向かっていく。
 やっと解放されると思い安堵すると、金山がボソッと言葉を発した。

「もう逃げない。絶対に」

 その意味が分からなかったが、どこか覚悟が感じ取れた。
 金山は何度か深呼吸をした後、立ち上がって笑顔を作る。

「よし、今日はミスしないぞ」

 まるでフリだな。
 樹はそう思いながら、重たい腰を上げた。


 倉庫内はいくつかの作業場で分かれており、樹たちの梱包場所は倉庫の一番奥に位置していた。
 作業前に倉庫の管理者から朝礼があり、進捗状況や本日までに発送しなければいけない商品の数などが伝えられる。
 五〜六十名ほどが管理者を囲む形で話を聞いているのだが、真剣な眼差しを向ける者、気怠そうしている者など温度差があった。
 樹は後者だったが、隣にいる金山は前者だ。
 仕事ができないから、代わりに態度で示そうとしているのだろうか。
 樹はそう思いながら、管理者の言葉を耳に入れていた。
 朝礼後、班の振り分けと自分の梱包場所が記載された用紙が壁に貼られる。
 皆が一斉に集まるため、群れが離れていくのを待った後、班の人間を確認した。
 複数梱包は三人一組でやる作業だ。
 その内の一人は金山。もう一人は別の派遣会社の人間だった。
 普段なら同じ派遣会社同士で組むのだが、今日は樹たちの会社の派遣が少なく、合同で班を組んでいるようだ。
 樹は名前を見て、小さくため息を吐いた。
 まだ作業前だがすでに嫌気が差す。

「マジかよ! 金山と一緒じゃねーか」

 嘆きと怒りが混ざったような声を上げたのは、同じ班の村内だった。
 六十代半ばくらいの男性で、数年は居るベテランらしい。
 口が悪く、態度も大きいため、樹は村内のことが嫌いだった。
 違う会社だったため関わりがあまりなかったが、今日は避けられない。
 樹が嫌気が差したのは、金山よりも村内にだった。

「ミスったりしたら、ブチギレるからな」

 村内は用紙を見ていた金山に対して声を荒げた。
 金山の顔は青ざめており、萎れた花のように首を垂らしている。

「できるだけミスしないようにします」
「できるだけじゃねえんだよ。必ずだろ、バカかお前は」
「すいません」
「はぁー、ノロマと一緒ってだけでノイローゼになりそうだよ。ノロマーゼだな。ハハッ」

 面白いだろ? そんなドヤ顔を村内は向けてきたが、樹は無表情で応えた。

「たくっ、つまんねえメンバーだな。ノリが悪いよ」

 ただ早く入っただけなのに、なぜこいつは偉そうなのだろう。
 同じ派遣なのに、自分の方が上とでも思ってるのだろうか。
 樹の目は無意識に鋭くなっていた。

「じゃあ、お前ら行くぞ」

 自分がリーダーとでも言いたいかのような口調に、樹は顔を顰めながら村内の後を付いていく。
 金山を見るとすでに生気がない。始業前だが心が折れているのが明らかだった。
 複数梱包のエリアにはコンベアが四レーンあり、各レーンの隣には大きな鉄製の棚が等間隔に並んでいる。
 樹たちはGと書かれた棚の前で足を止め、準備を始めた。
 複数梱包の作業は複雑なものではなく、多くの人がすぐに覚えられるような仕組みだ。
 鉄製の棚の中は20のゾーンに区分けされており、それぞれに番号が付けられている。
 商品のバーコードをスキャナーで読み取ると、パソコンの画面に数字が表示されるので、棚と同じ番号の箇所に振り分けていく。
 カートに入った商品を全部読み取った後、一つの区切りの中にある複数の商品を同じ段ボールに梱包し、棚の裏にあるコンベアに流す。
 すべての梱包が終わったら、商品の入った新しいカートを持ってきて同じことを繰り返していく。
 一つのカートを十五分ほどで終わらせ、一時間に四〜五ほどできればいい方だ。
 大抵の人は二時間ほどで卒なくこなせるようになるし、ミスもほとんど起きないが、アクセサリーなどの小さな商品を入れ忘れる人がいる。
 ちゃんと確認すれば問題ないのだが、それでも間違いを起こす人間はいる。

「てめえ、あれだけミスんなって言っただろう」 

 作業開始から一時間、金山は期待通りピアスを梱包し忘れた。
 樹は隣で金山の作業を見ていたが、焦りすぎだ。
 できるだけ多く梱包しようとしているのだろうが、そのせいでミスが起きる。
 たぶんだが、『仕事のできない奴』というレッテルを貼られているため、作業スピードを上げて取り返そうとしているのだろう。
 しかも今日は村内と一緒だ。
 余計に評価されたいという気持ちが出て、自分のキャパを超えた速度でやっていたのかもしれない。

「すいませんでした」
「すいませんじゃねーよ。お前本当に使えないな。どういう生き方したら毎日同じミスをするんだよ」
「本当にすいません」

 樹は二人のやりとりをよそに、残りの商品を黙々と梱包していた。
 何度も頭を下げている金山も、手を止めて説教をしている村内もアホだ。
 早く管理者に報告すべきだし、怒るのは休憩時間でいい。
 村内は今もお灸を据えているため、梱包を一人でやらなくてはならない。
 作業効率を落としてまで説教をする必要はないし、同じ派遣に謝ったところで何も変わらない。
 周りの班の人間もこちらに視線を送ってくるため、それが樹の感情をさらに逆撫でる。

「どうしました?」

 ストレスがピークに達する前に、倉庫の管理者が来た。

「こいつまた梱包し忘れたんすよ」

 村内がピアスを手に取って管理者に見せつけると、金山は「すいませんでした」と勢いよく頭を下げる。

「また金山さんですか。昨日も言いましたけど、ちゃんと確認してから梱包して下さい」
「ごめんなさい」

 管理者は二十代前半くらいの若い男性だ。
 樹とそこまで歳の変わらない人間に、一回り以上離れている金山が頭を下げている。それが情けなく思えた。

「こいつには厳しく言っとくので、もうミスさせないようにします」

 村内は先ほどとは違って、口調に柔らかさがある。
 相手が管理者だからだろう。
 人によって態度を変える六十代の大人を、金山以上にダサいと思った。

「少し遅くても構わないので丁寧にお願いします」
「はい……」

 管理者はピアスを受け取り、去っていった。

「小学生でも簡単にこなせる仕事だぞ。こんな奴と時給が大して変わらないと思うとやってられねえよ。やる気がないなら早く辞めろ」
「ごめんなさい」
「こんな使えない人間、初めてだわ。今までどうやって生きてきたんだよ。本当にどうしようもないな、お前は」
「ごめんなさい」

 その後も、村内による人間否定は続いた。
 金山は歯を食いしばりながら、一つ一つを丁寧に梱包していた。


次のエピソードへ進む 四話 小さな灯火


みんなのリアクション

 バスの中には様々な年代の人たちが乗り合わせていた。
 まだ幼さが残る十代、年季の入った皺が刻まれている七十代くらいのおじいちゃん。子育てが終わり、ひと段落着いた主婦。
 楽しそうに話している人もいれば、憂鬱な表情を浮かべている人もいた。
 これから単調な作業を数時間すると思うと、樹自身も気分が落ちる。
 バスが向かっている先は倉庫だ。
 派遣を始めてから三週間ほど経った。商品を梱包する軽作業。
 設営の時に登録していた派遣会社からは実質クビを言い渡されたため、求人サイトで他の会社を探して応募した。
 ここには色んな人間がいる。そのため、人との繋がりが薄くても浮くことはない。
 友達同士で来てる人もいれが、ずっと一人でいる人間もいた。
 他人と関わらなくてもいいと思えるのは、それだけで心地よい。
 無愛想にしていれば話しかけられることはないし、自分のことを詮索しようとする人もいない。
 面倒くさそうな人もいるが、特段気にすることはなかった。
 自分に関わってこなければそれでいいし、こちらから話すことなど絶対にない。
 躓いてばかりの人生だったが、ここなら長く働けそうだなと考えていた。
 バスが倉庫に着くと、一斉に人の塊が吐き出される。
 一番後ろに座っていた樹は、全員が出るの待ってから降車した。
 倉庫は比較的新しく、外観も内装も綺麗だった。
 入り口には警備員がおり、挨拶を返す人もいれば見向きもせず通り過ぎる人もいる。
 これが社員だったら違う反応を示すだろう。
 樹は警備員と自分を重ねながら、無言で会釈をした。
 待合室に入ると、百を超える人間の群れが視界に映る。
 ここの倉庫には色んな派遣会社が集まっており、会社ごとに分かれて点呼をとっていた。
 樹は自身が登録している会社の社員を見つけると、人混みを掻き分けて進んだ。
「おはようございます。お名前宜しいですか」
「根本樹です」
 名前を告げると、男性社員は名簿に記載された【根本樹】にチェックを入れ、紐が付いた透明なケースとセキュリティーカードを渡してきた。このカードがなければ倉庫内の作業場に入れない。
 樹はカードをケースに入れた後、紐を首にぶら下げて周りを見渡した。
 待合室は二百人ほど入れる広さで、大勢が着ける長テーブルでは仲睦まじそうに話す人たちが占拠している。
 樹は真逆の人種から遠ざかるように、一番奥にある二名席に着く。
 中央は群れた人間で固まっているが、奥側は一人でいる人が多かった。
 まるで社会の構図を表しているようだが、隅っこほど落ちつく場所はない。
 弾かれた人間の居場所のような気がするから。
 壁にかけてある時計に視線を移すと7時40分と表示されている。
 作業は八時からのため、まだ時間があった。
 ポケットからスマホを取り出し、暇を潰そうとすると、
「根本くん、おはよう」
 顔を上げると男性が笑顔で立っていた。
 同じ派遣会社の人間で、名前は金山。
 三十代後半くらいで、ぽっちゃりとした体型だ。
 樹と同時期にこの倉庫で働き始め、先日、グループに分かれての作業で班が一緒になった。
 とりあえず会釈をすると、男性は前の席に座る。
「良かった根本くんがいて。同期がいると安心するよね」
 樹は関わりたくなかったため顔を歪ませたが、男性はお構いなしに話し始めた。
「知ってた? 今日は複数らしいよ」
 梱包作業はいつくかあり、一つの商品を段ボールに入れる単数と二つ以上の商品を入れる複数がある。
 単数の時は個別で作業するが、複数の時は三人一組で梱包を行う。
 他にも業務はあるが、樹の派遣会社はこのどちらかをすることが多い。
「知らない」
 樹は無愛想に返答した。
 遠回しに話しかけるなというメッセージだったが、金山は何か言いたそうな表情をしている。
 樹はスマホをいじって無視しようかと思ったが、とりあえず言葉を待った。
「この間はごめんね。僕のせいで根本くんにも迷惑かけて」
 金山は作業時によくミスをする。
 前回一緒の班になったときも梱包用の段ボールに商品を入れ忘れ、倉庫の管理者に怒られていた。
「別に」
 そんな下らないことだったのか、と言葉を待ったことに後悔した。
 樹は一人の世界に入ろうとスマホに視線を落とすが、再び金山が口を開く。
「根本くんはすごいよね。他の人は睨んできたり、『使えない』って言ってくるけど、何もなかったように作業に戻るでしょ? 言いたいこともあると思うけど、僕がミスしても淡々と自分の仕事をこなす。職人さんみたいでかっこいいよ」
 樹は無関心なだけだった。
 他人のことなどどうでもいいし、自分に火の粉がかからなければ構わない。
 わざわざ怒って体力を消耗するなど無駄。
 ただそれだけだった。
 金山は周りから疎われている。
 同じ派遣の人間から陰口を叩かれているのを聞いたこともある。
 普段の扱いが酷い分、麻痺してるのだろうなと樹は思った。
「僕は鈍臭いから根本くんみたいに仕事ができる人が羨ましい。同じ時期に入ったのに、もう差が着いてる。梱包くらいならできると思ってたけど、やっぱりいつもと一緒だった」
 “いつも”とはなんのことだろうと思ったが、話しを広げたくない。
 金山の顔は聞いてほしそうだが、樹は面倒だったので聞かなかった。
 他人の過去など知りたいとも思わないし、関わることなどもってのほか。
 どれだけミスをしようが、樹には関係ない。
 苦しくなったら仕事を変えればいいし、一つの場所に縋りつく必要もない。
 むしろ積極的に話かけてくる金山に辞めてほしいとすら思っていた。
 無愛想な自分に喋りかけてくる理由も分からなかったし、何を求めているのかも理解できない。
 金山は話題を変えて今も話しているが、すべて一言で返す。
 人の気持ちを汲めない目の前の人間に、分かりやすく意思を伝えるように。
「もう行こうか」
 金山がそう言ったので時計を見ると、始業十分前だった。
 周りの人たちも倉庫内へと向かっていく。
 やっと解放されると思い安堵すると、金山がボソッと言葉を発した。
「もう逃げない。絶対に」
 その意味が分からなかったが、どこか覚悟が感じ取れた。
 金山は何度か深呼吸をした後、立ち上がって笑顔を作る。
「よし、今日はミスしないぞ」
 まるでフリだな。
 樹はそう思いながら、重たい腰を上げた。
 倉庫内はいくつかの作業場で分かれており、樹たちの梱包場所は倉庫の一番奥に位置していた。
 作業前に倉庫の管理者から朝礼があり、進捗状況や本日までに発送しなければいけない商品の数などが伝えられる。
 五〜六十名ほどが管理者を囲む形で話を聞いているのだが、真剣な眼差しを向ける者、気怠そうしている者など温度差があった。
 樹は後者だったが、隣にいる金山は前者だ。
 仕事ができないから、代わりに態度で示そうとしているのだろうか。
 樹はそう思いながら、管理者の言葉を耳に入れていた。
 朝礼後、班の振り分けと自分の梱包場所が記載された用紙が壁に貼られる。
 皆が一斉に集まるため、群れが離れていくのを待った後、班の人間を確認した。
 複数梱包は三人一組でやる作業だ。
 その内の一人は金山。もう一人は別の派遣会社の人間だった。
 普段なら同じ派遣会社同士で組むのだが、今日は樹たちの会社の派遣が少なく、合同で班を組んでいるようだ。
 樹は名前を見て、小さくため息を吐いた。
 まだ作業前だがすでに嫌気が差す。
「マジかよ! 金山と一緒じゃねーか」
 嘆きと怒りが混ざったような声を上げたのは、同じ班の村内だった。
 六十代半ばくらいの男性で、数年は居るベテランらしい。
 口が悪く、態度も大きいため、樹は村内のことが嫌いだった。
 違う会社だったため関わりがあまりなかったが、今日は避けられない。
 樹が嫌気が差したのは、金山よりも村内にだった。
「ミスったりしたら、ブチギレるからな」
 村内は用紙を見ていた金山に対して声を荒げた。
 金山の顔は青ざめており、萎れた花のように首を垂らしている。
「できるだけミスしないようにします」
「できるだけじゃねえんだよ。必ずだろ、バカかお前は」
「すいません」
「はぁー、ノロマと一緒ってだけでノイローゼになりそうだよ。ノロマーゼだな。ハハッ」
 面白いだろ? そんなドヤ顔を村内は向けてきたが、樹は無表情で応えた。
「たくっ、つまんねえメンバーだな。ノリが悪いよ」
 ただ早く入っただけなのに、なぜこいつは偉そうなのだろう。
 同じ派遣なのに、自分の方が上とでも思ってるのだろうか。
 樹の目は無意識に鋭くなっていた。
「じゃあ、お前ら行くぞ」
 自分がリーダーとでも言いたいかのような口調に、樹は顔を顰めながら村内の後を付いていく。
 金山を見るとすでに生気がない。始業前だが心が折れているのが明らかだった。
 複数梱包のエリアにはコンベアが四レーンあり、各レーンの隣には大きな鉄製の棚が等間隔に並んでいる。
 樹たちはGと書かれた棚の前で足を止め、準備を始めた。
 複数梱包の作業は複雑なものではなく、多くの人がすぐに覚えられるような仕組みだ。
 鉄製の棚の中は20のゾーンに区分けされており、それぞれに番号が付けられている。
 商品のバーコードをスキャナーで読み取ると、パソコンの画面に数字が表示されるので、棚と同じ番号の箇所に振り分けていく。
 カートに入った商品を全部読み取った後、一つの区切りの中にある複数の商品を同じ段ボールに梱包し、棚の裏にあるコンベアに流す。
 すべての梱包が終わったら、商品の入った新しいカートを持ってきて同じことを繰り返していく。
 一つのカートを十五分ほどで終わらせ、一時間に四〜五ほどできればいい方だ。
 大抵の人は二時間ほどで卒なくこなせるようになるし、ミスもほとんど起きないが、アクセサリーなどの小さな商品を入れ忘れる人がいる。
 ちゃんと確認すれば問題ないのだが、それでも間違いを起こす人間はいる。
「てめえ、あれだけミスんなって言っただろう」 
 作業開始から一時間、金山は期待通りピアスを梱包し忘れた。
 樹は隣で金山の作業を見ていたが、焦りすぎだ。
 できるだけ多く梱包しようとしているのだろうが、そのせいでミスが起きる。
 たぶんだが、『仕事のできない奴』というレッテルを貼られているため、作業スピードを上げて取り返そうとしているのだろう。
 しかも今日は村内と一緒だ。
 余計に評価されたいという気持ちが出て、自分のキャパを超えた速度でやっていたのかもしれない。
「すいませんでした」
「すいませんじゃねーよ。お前本当に使えないな。どういう生き方したら毎日同じミスをするんだよ」
「本当にすいません」
 樹は二人のやりとりをよそに、残りの商品を黙々と梱包していた。
 何度も頭を下げている金山も、手を止めて説教をしている村内もアホだ。
 早く管理者に報告すべきだし、怒るのは休憩時間でいい。
 村内は今もお灸を据えているため、梱包を一人でやらなくてはならない。
 作業効率を落としてまで説教をする必要はないし、同じ派遣に謝ったところで何も変わらない。
 周りの班の人間もこちらに視線を送ってくるため、それが樹の感情をさらに逆撫でる。
「どうしました?」
 ストレスがピークに達する前に、倉庫の管理者が来た。
「こいつまた梱包し忘れたんすよ」
 村内がピアスを手に取って管理者に見せつけると、金山は「すいませんでした」と勢いよく頭を下げる。
「また金山さんですか。昨日も言いましたけど、ちゃんと確認してから梱包して下さい」
「ごめんなさい」
 管理者は二十代前半くらいの若い男性だ。
 樹とそこまで歳の変わらない人間に、一回り以上離れている金山が頭を下げている。それが情けなく思えた。
「こいつには厳しく言っとくので、もうミスさせないようにします」
 村内は先ほどとは違って、口調に柔らかさがある。
 相手が管理者だからだろう。
 人によって態度を変える六十代の大人を、金山以上にダサいと思った。
「少し遅くても構わないので丁寧にお願いします」
「はい……」
 管理者はピアスを受け取り、去っていった。
「小学生でも簡単にこなせる仕事だぞ。こんな奴と時給が大して変わらないと思うとやってられねえよ。やる気がないなら早く辞めろ」
「ごめんなさい」
「こんな使えない人間、初めてだわ。今までどうやって生きてきたんだよ。本当にどうしようもないな、お前は」
「ごめんなさい」
 その後も、村内による人間否定は続いた。
 金山は歯を食いしばりながら、一つ一つを丁寧に梱包していた。