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 朱夏は貼り付けたような笑顔をほどき、青衣にこぼした。

「ママの言いつけを破ったことがないのは本当なのに、信じないなんてひど過ぎ」

「そうね。でも」と、青衣は涼しい顔でエレベーターのボタンを押す。「朱夏はびっくりするくらい、おっちょこちょいでしょう?」

「自覚はあるけど、はっきり言われると傷つく」

「それなら、努力してしっかりすればいいのよ。違う?」

 長い髪をさらりとはらう青衣。朱夏は手入れが面倒でショートカットにしているが、落ち着きがないと言われるのは、見た目のせいもあるんじゃないだろうかと思った。

「髪、伸ばそうかな……」

「ヘアスタイル関係ある? 朱夏はそのままが一番いいと思うけど」

 エレベーターが一階に到着した。二人は家の鍵を開けて、なかに入った。
 卵の置き場所は決めてある。キッチンのダイニングテーブルの上。そこなら風が当たる心配がない。
 朱夏は背の高い青衣が高くかざしたランタンの灯りを頼りに、ラタンの籠をそっと降ろした。白いリネンのカバーを外すと、息がかからないよう遠巻きになかを確かめた。

「青緑色をしているのね」

「にわとりの卵と同じくらいの大きさかな?」

 ランタンを定位置に戻した青衣は、忍び足で朱夏の隣に並んだ。音を立てないよう気をつけたのは、なんとなくそうしないといけないような気がしたから。

「不思議ね。少しもおいしそうに見えないわ」

「卵だけ見ておいしそうって思うのは、は虫類か青衣くらいだよ」

「卵好きならまず食べられるかどうか考えるのは普通だと思うけど」

「冷静に返答すると、食べちゃ駄目っていう理性が働いてるから、まずそうに見えるんじゃない?」

「あら。朱夏にしてはずいぶんまともなことを言うのね」

「朱夏にしては、っていう言い方はどうかと思うよ。やめたほうがいい」

「そうね。ごめんなさい」

 青衣はトカゲのように舌をちろりと出して反省を装う。その様子が、朱夏の気に障った。

「あのさ、ちょっと前から思っていたけど、青衣は誰彼構わず大人に好かれたいわけ?」

「どういう意味?」

「いつも良い子ぶってるようにしか見えないんだよ」

「へえ。朱夏は私のこと、そういう風に見てたわけ? こんなことしても?」

 青衣の手には、朱夏が後で飲もうと提案していた茶色い瓶が握られていた。

「なにするつもり?」

「こうするつもりよ」

 青衣は言うが早いか瓶の蓋を開け、いつの間にか用意していたマグカップに中身を注いだ。瓶と同じ色の液体からは、確かにコーヒーの匂いがした。

「あんたより先に飲んでやるんだから。世界一のコーヒー」

「あ、ずるい! わたしも!」

 朱夏が伸ばした手はむなしく宙を切るだけ。片手に瓶、もう片方の手にコップを持った青衣は、悠々と毒味をする。

「ふうん。これが世界一のコーヒー? 私には濃過ぎるかしら。ミルクを入れたらちょうどいいかも」

「ねえ、わたしにもちょうだい!」

「駄目よ。さっきの発言を撤回するなら分けてあげてもいいけどね」

 青衣はそう言って、朱夏が届かない棚に瓶をしまい込む。朱夏はすかさず抗議の声を上げた。


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 朱夏は貼り付けたような笑顔をほどき、青衣にこぼした。
「ママの言いつけを破ったことがないのは本当なのに、信じないなんてひど過ぎ」
「そうね。でも」と、青衣は涼しい顔でエレベーターのボタンを押す。「朱夏はびっくりするくらい、おっちょこちょいでしょう?」
「自覚はあるけど、はっきり言われると傷つく」
「それなら、努力してしっかりすればいいのよ。違う?」
 長い髪をさらりとはらう青衣。朱夏は手入れが面倒でショートカットにしているが、落ち着きがないと言われるのは、見た目のせいもあるんじゃないだろうかと思った。
「髪、伸ばそうかな……」
「ヘアスタイル関係ある? 朱夏はそのままが一番いいと思うけど」
 エレベーターが一階に到着した。二人は家の鍵を開けて、なかに入った。
 卵の置き場所は決めてある。キッチンのダイニングテーブルの上。そこなら風が当たる心配がない。
 朱夏は背の高い青衣が高くかざしたランタンの灯りを頼りに、ラタンの籠をそっと降ろした。白いリネンのカバーを外すと、息がかからないよう遠巻きになかを確かめた。
「青緑色をしているのね」
「にわとりの卵と同じくらいの大きさかな?」
 ランタンを定位置に戻した青衣は、忍び足で朱夏の隣に並んだ。音を立てないよう気をつけたのは、なんとなくそうしないといけないような気がしたから。
「不思議ね。少しもおいしそうに見えないわ」
「卵だけ見ておいしそうって思うのは、は虫類か青衣くらいだよ」
「卵好きならまず食べられるかどうか考えるのは普通だと思うけど」
「冷静に返答すると、食べちゃ駄目っていう理性が働いてるから、まずそうに見えるんじゃない?」
「あら。朱夏にしてはずいぶんまともなことを言うのね」
「朱夏にしては、っていう言い方はどうかと思うよ。やめたほうがいい」
「そうね。ごめんなさい」
 青衣はトカゲのように舌をちろりと出して反省を装う。その様子が、朱夏の気に障った。
「あのさ、ちょっと前から思っていたけど、青衣は誰彼構わず大人に好かれたいわけ?」
「どういう意味?」
「いつも良い子ぶってるようにしか見えないんだよ」
「へえ。朱夏は私のこと、そういう風に見てたわけ? こんなことしても?」
 青衣の手には、朱夏が後で飲もうと提案していた茶色い瓶が握られていた。
「なにするつもり?」
「こうするつもりよ」
 青衣は言うが早いか瓶の蓋を開け、いつの間にか用意していたマグカップに中身を注いだ。瓶と同じ色の液体からは、確かにコーヒーの匂いがした。
「あんたより先に飲んでやるんだから。世界一のコーヒー」
「あ、ずるい! わたしも!」
 朱夏が伸ばした手はむなしく宙を切るだけ。片手に瓶、もう片方の手にコップを持った青衣は、悠々と毒味をする。
「ふうん。これが世界一のコーヒー? 私には濃過ぎるかしら。ミルクを入れたらちょうどいいかも」
「ねえ、わたしにもちょうだい!」
「駄目よ。さっきの発言を撤回するなら分けてあげてもいいけどね」
 青衣はそう言って、朱夏が届かない棚に瓶をしまい込む。朱夏はすかさず抗議の声を上げた。