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0時の部屋

ー/ー



 騎獅道とは、はるか昔の統治者を失った極東に、新たな王を誕生させるために行われた儀式の名である。消えぬ厄災によって混沌とも呼べるほど崩壊していた極東は王を欲した。愚かにも自らを奴隷とする統治者を求めたのだ。約束された明日が欲しいがために、微かでも希望を見たいがために、人々は王を求めてしまった。そして誕生したのが、騎獅道という史上最高最悪の()()だ。

 騎獅道旭はその末裔である。正当後継者である母、騎獅道輝夜の息子。現騎獅道家の長兄。そうであるにも関わらず、旭は家を追われることになる。理由は明白だった。

 旭には、王としての資質がなかった。王たるものが持つべき思想、揺るぎない意志、気高き気品。王としての素質が旭にはなかった。
 一方で、旭は兄妹の中でももっとも優れた王としての力を持っていた。他者を跪かせる支配力、絶対的な暴力、天賦の才を持って生まれた。だからこそ疎まれたのだろう。
 旭は愚息と罵られ、やがて自らの意思で家を出た。そして、最強と名高い獄蝶のジョカを尋ね、半ば強引に弟子に認めてもらったのだ。

 かくして、『王なれど、王ならざる者』は誕生した。王たる力を持って生まれ、しかし、王たる資格を持たぬ者。冠は無く、玉座は無く、王剣は無い。力だけを持って生まれた暴君。それこそが、騎獅道旭である。


「――どうだ、つまらない話だっただろ」


 ため息をつくように旭はそう言う。自分の身の上話をするのは生まれて初めてだった旭には、どんな顔をして話せばいいのかわからなかったが、黙って静かに話を聞いてくれているおかげか、リラックスして話すことができた。
 旭の目に映る彼女はとても悲しそうな顔をしていた。まるで自分事のように思ってくれているのだろう。そういう人間だということは理解していた。彼女は今にも涙を流しそうなほど瞳を潤わせて、旭と目を合わせると、ゆっくりと旭に身体を寄せてくる。そして、旭の手をぎゅっと握りしめ、胸に抱き寄せた。


「旭の手、安心する」


 慌てて旭が手を振り払うと、先程とはまた違う、悲しそうな顔をした。旭と同じ使命を背負う彼女は、さいこうの親友にも、相棒の妖狐にも告げずに旭の住んでいる宿屋に訪れていた。『救世の鍵』の断片、その一欠片を宿す少年少女は、まだ真新しい部屋に2人きりで静かに時間を過ごしていく。


「帰らなくていいのか、エストレイラ」

「うん、いいの。今日だけは」


 そう言って、モニカは旭の肩に身体を預ける。抵抗しなくなった旭にいたずらをし始めて、しばらく続けているとベッドに突き倒された。その瞬間に、色々なことを覚悟したモニカだったが、残念なことに想像していたようなことにはならなかった。


「真面目な話するとな、俺は次の大規模侵攻には参加しない方がいいと思ってる」

「……どうして?」

「危険すぎるんだよ」


 大規模侵攻。七曜の魔法使いの布告を元にして、バウディアムスの教師と一部生徒には戦闘招集がかけられている。旭とモニカもその一部生徒に含まれている。招集がかけられているからには、モニカにも戦闘に参加する権利がある。
 しかし、それは本当に最善だろうか。敵の目的は明確にはされていないが、布告の通りならばモニカを狙ってくることは明白だ。だというのに、モニカが戦場に現れては、鴨が葱を背負って来るようなものだろう。それどころか、現場ではモニカを護るための動きをしなければならない。本来なら敵に向けられる戦力を、モニカの防衛に割かなければならなくなる。そうなれば苦戦を強いられることは間違いないだろう。


「悪いことは言わないから止めておけ。どうしても戦場に出たいって言うなら後方支援に留めておけ。お前の魔法もそっちに向いてる」

「――嫌だ」


 一息おいて、モニカはハッキリと言い切った。


「不利になるってことはわかってる。それでも、私は戦いたい」


 わかっていた。そういう人間なのだ、モニカ・エストレイラは。自分のせいで、自分のことで誰かが傷つくことが許せない。たとえ、どんな理由があろうと、自分だけは目を開けていなければならない。そう考えているのだろう。きっとそう言うのだろうと、最初からわかっていたのだ。
 旭は目を閉じてゆっくりとため息をついた。この先、どんな言葉でモニカを制止しようが、モニカはもう考えを曲げないだろう。こうなってしまえば、モニカはもう揺るがない。


「ならせめて、クラウディアと一緒に行動してろ」

「旭は一緒にいてくれないの?」

「――俺は、やることがあるからな」


 モニカはまた懲りずに旭の手を抱きしめる。今度は抵抗しない。ただ、手のひらから伝わってくる温もりを感じながら、旭はモニカと目を合わせた。とろんと蕩けた目で見つめるモニカから、目を逸らし、よく見なければわからないくらい頬を赤らめる。


「えへへ、照れてる」

「うっせぇ」

「私ね、旭の焔が好き」


 柔らかな笑みを浮かべてモニカはそう言った。応えるように、旭は自由になっている手を小さな焔を浮かべる。焔は、『希望』の力が具現化した魔法だ。復讐を捨て、『希望』の力を自覚した焔には小さな変化が起きていた。


「もう熱くない。あったかい」


 モニカの手移った焔はゆらゆらとモニカの心に温もりを与え、ゆっくりと消えていく。王としての力だけを持って生まれた旭は、もはや暴君ではなくなっていた。優しく、暖かい、けれど、業火の如く燃える焔は、希望の光に満ちている。


「んふふ……おやすみ、旭」

「……あぁ、おやすみ、エストレイラ」


 そして、二人は同じ夜を過ごす。優しく、涼しい風に吹かれて、『救世』の断片を宿す少年少女は静かに目を閉じる。目を覚ました時、モニカは自分のしたことに気づき、顔を真っ赤に染め上げるだろう。それでも、それを受け入れてくれる旭にまたすりつくように甘えてしまう。自分の中にある想いに気づいたモニカは、思いの外、積極的になってしまうようだということを、恥ずかしがりながら理解するのだった。


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 騎獅道とは、はるか昔の統治者を失った極東に、新たな王を誕生させるために行われた儀式の名である。消えぬ厄災によって混沌とも呼べるほど崩壊していた極東は王を欲した。愚かにも自らを奴隷とする統治者を求めたのだ。約束された明日が欲しいがために、微かでも希望を見たいがために、人々は王を求めてしまった。そして誕生したのが、騎獅道という史上最高最悪の|真《・》|王《・》だ。
 騎獅道旭はその末裔である。正当後継者である母、騎獅道輝夜の息子。現騎獅道家の長兄。そうであるにも関わらず、旭は家を追われることになる。理由は明白だった。
 旭には、王としての資質がなかった。王たるものが持つべき思想、揺るぎない意志、気高き気品。王としての素質が旭にはなかった。
 一方で、旭は兄妹の中でももっとも優れた王としての力を持っていた。他者を跪かせる支配力、絶対的な暴力、天賦の才を持って生まれた。だからこそ疎まれたのだろう。
 旭は愚息と罵られ、やがて自らの意思で家を出た。そして、最強と名高い獄蝶のジョカを尋ね、半ば強引に弟子に認めてもらったのだ。
 かくして、『王なれど、王ならざる者』は誕生した。王たる力を持って生まれ、しかし、王たる資格を持たぬ者。冠は無く、玉座は無く、王剣は無い。力だけを持って生まれた暴君。それこそが、騎獅道旭である。
「――どうだ、つまらない話だっただろ」
 ため息をつくように旭はそう言う。自分の身の上話をするのは生まれて初めてだった旭には、どんな顔をして話せばいいのかわからなかったが、黙って静かに話を聞いてくれているおかげか、リラックスして話すことができた。
 旭の目に映る彼女はとても悲しそうな顔をしていた。まるで自分事のように思ってくれているのだろう。そういう人間だということは理解していた。彼女は今にも涙を流しそうなほど瞳を潤わせて、旭と目を合わせると、ゆっくりと旭に身体を寄せてくる。そして、旭の手をぎゅっと握りしめ、胸に抱き寄せた。
「旭の手、安心する」
 慌てて旭が手を振り払うと、先程とはまた違う、悲しそうな顔をした。旭と同じ使命を背負う彼女は、さいこうの親友にも、相棒の妖狐にも告げずに旭の住んでいる宿屋に訪れていた。『救世の鍵』の断片、その一欠片を宿す少年少女は、まだ真新しい部屋に2人きりで静かに時間を過ごしていく。
「帰らなくていいのか、エストレイラ」
「うん、いいの。今日だけは」
 そう言って、モニカは旭の肩に身体を預ける。抵抗しなくなった旭にいたずらをし始めて、しばらく続けているとベッドに突き倒された。その瞬間に、色々なことを覚悟したモニカだったが、残念なことに想像していたようなことにはならなかった。
「真面目な話するとな、俺は次の大規模侵攻には参加しない方がいいと思ってる」
「……どうして?」
「危険すぎるんだよ」
 大規模侵攻。七曜の魔法使いの布告を元にして、バウディアムスの教師と一部生徒には戦闘招集がかけられている。旭とモニカもその一部生徒に含まれている。招集がかけられているからには、モニカにも戦闘に参加する権利がある。
 しかし、それは本当に最善だろうか。敵の目的は明確にはされていないが、布告の通りならばモニカを狙ってくることは明白だ。だというのに、モニカが戦場に現れては、鴨が葱を背負って来るようなものだろう。それどころか、現場ではモニカを護るための動きをしなければならない。本来なら敵に向けられる戦力を、モニカの防衛に割かなければならなくなる。そうなれば苦戦を強いられることは間違いないだろう。
「悪いことは言わないから止めておけ。どうしても戦場に出たいって言うなら後方支援に留めておけ。お前の魔法もそっちに向いてる」
「――嫌だ」
 一息おいて、モニカはハッキリと言い切った。
「不利になるってことはわかってる。それでも、私は戦いたい」
 わかっていた。そういう人間なのだ、モニカ・エストレイラは。自分のせいで、自分のことで誰かが傷つくことが許せない。たとえ、どんな理由があろうと、自分だけは目を開けていなければならない。そう考えているのだろう。きっとそう言うのだろうと、最初からわかっていたのだ。
 旭は目を閉じてゆっくりとため息をついた。この先、どんな言葉でモニカを制止しようが、モニカはもう考えを曲げないだろう。こうなってしまえば、モニカはもう揺るがない。
「ならせめて、クラウディアと一緒に行動してろ」
「旭は一緒にいてくれないの?」
「――俺は、やることがあるからな」
 モニカはまた懲りずに旭の手を抱きしめる。今度は抵抗しない。ただ、手のひらから伝わってくる温もりを感じながら、旭はモニカと目を合わせた。とろんと蕩けた目で見つめるモニカから、目を逸らし、よく見なければわからないくらい頬を赤らめる。
「えへへ、照れてる」
「うっせぇ」
「私ね、旭の焔が好き」
 柔らかな笑みを浮かべてモニカはそう言った。応えるように、旭は自由になっている手を小さな焔を浮かべる。焔は、『希望』の力が具現化した魔法だ。復讐を捨て、『希望』の力を自覚した焔には小さな変化が起きていた。
「もう熱くない。あったかい」
 モニカの手移った焔はゆらゆらとモニカの心に温もりを与え、ゆっくりと消えていく。王としての力だけを持って生まれた旭は、もはや暴君ではなくなっていた。優しく、暖かい、けれど、業火の如く燃える焔は、希望の光に満ちている。
「んふふ……おやすみ、旭」
「……あぁ、おやすみ、エストレイラ」
 そして、二人は同じ夜を過ごす。優しく、涼しい風に吹かれて、『救世』の断片を宿す少年少女は静かに目を閉じる。目を覚ました時、モニカは自分のしたことに気づき、顔を真っ赤に染め上げるだろう。それでも、それを受け入れてくれる旭にまたすりつくように甘えてしまう。自分の中にある想いに気づいたモニカは、思いの外、積極的になってしまうようだということを、恥ずかしがりながら理解するのだった。