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雨の日

ー/ー



「あれ、雨だ」

「えぇ〜、そんな急に……傘もってきてないよ〜」


 ある日の休日、パーシーと買い物に出かけていたモニカたちを急な雨が襲った。最初はぽつぽつと優しく降っていた雨は、雨宿りも虚しく、さらに強まっていく。水しぶきを大きな音を立てて地面に打ち付けられる。
 ノーチェスにおける雨は非常に危険な天候だ。ただでさえ薄暗いノーチェスに雲がかかり、雨まで降り始めると、前方の様子がまるでわからなくなる。雨の降るノーチェスは、一寸先は闇、という言葉が相応しい真っ暗闇と化す。


「どうしよっか。飛んで帰るには怖いよね」

「せっかくお気に入りの服だったのに〜」


 メインストリートの上空には大勢の魔法使いや一般市民が空を飛んでいる。正面衝突でもして落下すればタダでは済まない。モニカやパーシーは無事だろうが、主にぶつかられた側を大事故に巻き込みかねない。傘でもあれば歩いて帰宅することは可能だろうが、2人は持ち合わせていない。
 パーシーが頭を悩ませていると、モニカは何かに気がついたようにメインストリートの中央通りをじっと見つめ、耳を澄ませる。目を閉じて、不要な情報をシャットダウンして聞こえてくる音だけに集中すると、やがて微かな音が耳に届いた。
 バシャバシャと、水溜まりに飛び込んで遊んでいるような音がする。こんな危険な時に子どもでも遊んでいるのだろうかとパーシーは首を傾げる。水の飛沫の音は止むどころか次第に大きくなっていく。奇妙なのはそれだけではない。子どもが差している傘の音なのか、バサバサと雨を弾く音が聞こえてくる。聞き慣れない音だったが、やがて弟が大きくなると、傘の音だろうということがわかった。

 しかし、何より恐ろしいのは――


「……誰もいなくない?」


 パーシーがどれだけ目を凝らしても、音のする方に人の姿は見当たらない。何も無いところでバシャバシャと水溜まりから飛沫が飛び散り、しかし、そこに雨は降っていない。まるで、傘でも差しているみたいに、そこだけ雨が降っていないのだ。


「ねぇ、モニカ、早く走って帰ろうよ。気味悪くなってきた……」

「……いるよ」


 寒さもあってか、ふるふると身体を震わせるパーシーにモニカはそう言った。改めてパーシーがそこに目を向けても、やはり何も存在しないようにしか見えない。しかし、モニカにはその『何か』が見えているのか、じっと音のする方を見つめていた。


「何がいるってのさ。正直、今どんな妖が出てきたって嬉しくはないんだけど……」

「傘だよ」

「…………へ?」

「だから、傘だよ。あそこにいる子」

「傘ってあの傘でしょ? 傘がいるってどういうことなの」

「傘だよ。傘が跳ねてるの」

「跳ねてる?……」


 言葉の意味を理解できないパーシーが頭にハテナを浮かべる。傘を持っている妖、ならまだ理解できる。しかし、そこにいるのが傘そのものだと言い張るモニカは嘘をついている様子もない。少し前に、盤星寮には餅の妖がいる、という話をされたばかりだったが、傘の妖までいるのかと、パーシーは大きくため息をついた。


「妖ってなんでもありなのね」

「人生にやり残したことがあったり、怨みを持った妖は生前の姿で妖になることが多いよ。逆に、物に魂が宿る付喪神は善良な妖なことが多いの」

「じゃあ、あれは良い奴?」

「かもしれない。傘になってくれないかな」

「頼んでみれば?」


 二人でそんな話をしていると、先程までうるさいくらいに聞こえていた音がピタリと止んだ。水溜まりに飛び込む音、降る雨を弾く音が、まるで最初から聞こえていなかったみたいに聞こえなくなってしまった。


「……消えたの?」

「いなくなっちゃった」


 がっくりと肩を落とす二人は仕方なく走って帰ろうと覚悟を決めた。モニカは買った商品を抱え込み、パーシーは魔法を使って雨をできるだけ弾くようにすることで話がまとまり、走り出そうとしたその瞬間に、二人の背後から物音が聞こえた。
 がさっと、無造作に置かれていたそれは、ノーチェスでは見た事のない極東風の唐傘のようだった。美しい朱色の傘には、舞降る桜の絵が描かれている傘が二本。辺りには誰もいないのに、ぽつんと置いてある唐傘は誰が忘れていったものだろうか。あるいは、いたずらな妖からの贈り物だろうか。


「……どうする?」

「どうするもないでしょ、こんなの。借りていっちゃおう」

「ありがとね、妖さん!」


 真実はわからないまま、二人は唐傘を手に持って雨を凌いで走り出す。バサバサと音を立てて雨を防ぐ傘は、心なしかどこか嬉しそうな音を奏でていた。

 不思議なことに、翌日にはその傘はなくなっていた。雨はもう止んでいた。また、雨の降る曇天の日に再開できるだろうか。その時はちゃんとお礼をしようと、二人だけの思い出がまた一つ増えるのだった。


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「あれ、雨だ」
「えぇ〜、そんな急に……傘もってきてないよ〜」
 ある日の休日、パーシーと買い物に出かけていたモニカたちを急な雨が襲った。最初はぽつぽつと優しく降っていた雨は、雨宿りも虚しく、さらに強まっていく。水しぶきを大きな音を立てて地面に打ち付けられる。
 ノーチェスにおける雨は非常に危険な天候だ。ただでさえ薄暗いノーチェスに雲がかかり、雨まで降り始めると、前方の様子がまるでわからなくなる。雨の降るノーチェスは、一寸先は闇、という言葉が相応しい真っ暗闇と化す。
「どうしよっか。飛んで帰るには怖いよね」
「せっかくお気に入りの服だったのに〜」
 メインストリートの上空には大勢の魔法使いや一般市民が空を飛んでいる。正面衝突でもして落下すればタダでは済まない。モニカやパーシーは無事だろうが、主にぶつかられた側を大事故に巻き込みかねない。傘でもあれば歩いて帰宅することは可能だろうが、2人は持ち合わせていない。
 パーシーが頭を悩ませていると、モニカは何かに気がついたようにメインストリートの中央通りをじっと見つめ、耳を澄ませる。目を閉じて、不要な情報をシャットダウンして聞こえてくる音だけに集中すると、やがて微かな音が耳に届いた。
 バシャバシャと、水溜まりに飛び込んで遊んでいるような音がする。こんな危険な時に子どもでも遊んでいるのだろうかとパーシーは首を傾げる。水の飛沫の音は止むどころか次第に大きくなっていく。奇妙なのはそれだけではない。子どもが差している傘の音なのか、バサバサと雨を弾く音が聞こえてくる。聞き慣れない音だったが、やがて弟が大きくなると、傘の音だろうということがわかった。
 しかし、何より恐ろしいのは――
「……誰もいなくない?」
 パーシーがどれだけ目を凝らしても、音のする方に人の姿は見当たらない。何も無いところでバシャバシャと水溜まりから飛沫が飛び散り、しかし、そこに雨は降っていない。まるで、傘でも差しているみたいに、そこだけ雨が降っていないのだ。
「ねぇ、モニカ、早く走って帰ろうよ。気味悪くなってきた……」
「……いるよ」
 寒さもあってか、ふるふると身体を震わせるパーシーにモニカはそう言った。改めてパーシーがそこに目を向けても、やはり何も存在しないようにしか見えない。しかし、モニカにはその『何か』が見えているのか、じっと音のする方を見つめていた。
「何がいるってのさ。正直、今どんな妖が出てきたって嬉しくはないんだけど……」
「傘だよ」
「…………へ?」
「だから、傘だよ。あそこにいる子」
「傘ってあの傘でしょ? 傘がいるってどういうことなの」
「傘だよ。傘が跳ねてるの」
「跳ねてる?……」
 言葉の意味を理解できないパーシーが頭にハテナを浮かべる。傘を持っている妖、ならまだ理解できる。しかし、そこにいるのが傘そのものだと言い張るモニカは嘘をついている様子もない。少し前に、盤星寮には餅の妖がいる、という話をされたばかりだったが、傘の妖までいるのかと、パーシーは大きくため息をついた。
「妖ってなんでもありなのね」
「人生にやり残したことがあったり、怨みを持った妖は生前の姿で妖になることが多いよ。逆に、物に魂が宿る付喪神は善良な妖なことが多いの」
「じゃあ、あれは良い奴?」
「かもしれない。傘になってくれないかな」
「頼んでみれば?」
 二人でそんな話をしていると、先程までうるさいくらいに聞こえていた音がピタリと止んだ。水溜まりに飛び込む音、降る雨を弾く音が、まるで最初から聞こえていなかったみたいに聞こえなくなってしまった。
「……消えたの?」
「いなくなっちゃった」
 がっくりと肩を落とす二人は仕方なく走って帰ろうと覚悟を決めた。モニカは買った商品を抱え込み、パーシーは魔法を使って雨をできるだけ弾くようにすることで話がまとまり、走り出そうとしたその瞬間に、二人の背後から物音が聞こえた。
 がさっと、無造作に置かれていたそれは、ノーチェスでは見た事のない極東風の唐傘のようだった。美しい朱色の傘には、舞降る桜の絵が描かれている傘が二本。辺りには誰もいないのに、ぽつんと置いてある唐傘は誰が忘れていったものだろうか。あるいは、いたずらな妖からの贈り物だろうか。
「……どうする?」
「どうするもないでしょ、こんなの。借りていっちゃおう」
「ありがとね、妖さん!」
 真実はわからないまま、二人は唐傘を手に持って雨を凌いで走り出す。バサバサと音を立てて雨を防ぐ傘は、心なしかどこか嬉しそうな音を奏でていた。
 不思議なことに、翌日にはその傘はなくなっていた。雨はもう止んでいた。また、雨の降る曇天の日に再開できるだろうか。その時はちゃんとお礼をしようと、二人だけの思い出がまた一つ増えるのだった。