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食堂の仲間

ー/ー



 盤星寮には妖が棲み憑いている。かつて盤星寮で生まれ、育ち、その影響で死んだ後もそこから離れられず地縛霊となった座敷わらし『小福』。
 ひょんなことから獄蝶のジョカがどこかから拾ってきてから盤星寮を気に入ってしまい棲み憑くこととなった『静か餅』。今では夕食後に毎回頬が落ちるほど美味なお餅が貰えると噂すら立つお餅をぺたんぺたんと突いている。
 モニカによって盤星寮に連れてこられた三大怨霊の一角。大昔、その大いなる美貌によって極東を滅ぼしたとされる大怨霊、九尾の狐、八重(やえ)の一人娘。大器晩成なお茶目な小狐、『ソラ』。

 そして、また、この盤星寮に棲み憑く妖が一人増えることとなる――

 深夜、時計の針が揃ってまたズレ始めた頃、モニカは雨の音で目が覚めてしまったので食堂へ小福に会いに行く。最近は夜に目が覚めることが多くなったように思う。単純に、モニカがショートスリーパー体質であることも理由の一つだが、近ごろは眠りが浅いように感じている。
 食堂へ向かい、いつも通り小福に挨拶をしようとしたところ、見慣れない人影がモニカの前を横切った。それが一体何であったか、モニカの長年の勘が教えてくれた。


「妖だ……!」

「な、なんでわかったんですか!?」

「こんばんわ。私はモニカ。小福ちゃんに会いに来たんだけど、どこにいるかわかるかな? お名前は?」


 モニカは屈んで笠をかぶった気弱そうな妖と目を合わせると、妖も恐る恐るモニカの目を見て話し始めた。


「ざ、座敷わらし様は台所にいらっしゃいます。あ、あたすのお盆を直してくれているのです」

「お盆?」


 そう聞き返すと、突如モニカたちを人影が覆った。薄明かりに映る影には、ぶかぶかの服と、もう見慣れてしまったとんがり帽子が見える。この人影を見て誰なのかわからない人はもうこの学園には存在しないだろう。


「その子は『豆腐娘』。お盆が割れちまったって道端でうるさいもんだから連れてきたんだよ」

「……豆腐? ってなんですか?」

「ノーチェスの子には馴染みない食べ物なのかな。ま、そのせいもあって弱ってたんだろうね」


 もはや夜中に起き上がって食堂にいるモニカを注意しようともしない獄蝶のジョカに若干の危機感を覚えながら、モニカは豆腐娘のもちもちの頬を一心不乱に揉みまくる。


「もちもちだ。ソラには勝てないけど」

「あうあう……」

「やめたげて」


 ジョカは取り憑かれたように豆腐娘の頬を触りまくるモニカを引き剥がして、椅子に座らせる。身体をうずうずとさせて豆腐娘をじっと見つめるモニカを魔法で無理やり拘束して、ジョカは小さくため息をついた。
 こんな幼気な少女に、一体どれだけの重圧がのしかかっているのかと、ジョカは頭を抱える。妖憑きとして人と妖の架け橋となる『繋ぐ者』。救世の理の断片の1つである『奇跡』。終極の理によって造られた魔法『全知』。運命とは時として、残酷で冷酷だ。


「エストレイラ」


 真剣な声色のまま、ジョカはモニカに声をかける。何かを感じ取ったように、モニカもまた真っ直ぐな眼差しをジョカへと向けた。これから言わなければいけない言葉を心の中で復唱するたび、痛いほど胸が苦しくなる。意を決して、ジョカは口を開いた。


「もし、これから先、君の尊敬する者や、愛する者を前に戦わなければならない時が来たら、君はどうする」

「それは、アステシア先生のことですか?」

「――あぁ、そうだ」


 問い返してきたモニカに対して、ジョカはそう言い切った。それは、つまりそういうことなのだろう――と、モニカは俯き、スカートをギュッと握りしめて眉間に皺を寄せた。
 険しい表情をしたモニカを見て、豆腐娘はオロオロと辺りをウロウロするばかりで、やがていてもたってもいられなくなったのか、モニカに近づいてギュッと抱きしめるように寄り添っていた。
 そして、モニカは躊躇うように、言葉を選ぶように慎重に口を開く。


「……私は……迷うと、思います」


 混じり気のない純粋な瞳がジョカに向けられる。透き通るようで、まるで自分とは違う瞳で、眩しすぎて目を閉じてしまうかと思うほどの純粋さだった。


「迷って、迷って、迷って……きっと、先生を前にしても、迷うと思います」


 でも、とモニカは言葉を付け足す。


「でも、この使命の重さは理解してます。これは私にしかできないことなんです。なら――」


 いつの日か、ジョカは旭から聞いた。モニカ・エストレイラという人間の異常性を。純粋で、純白。そして、その内に秘められた、歪で破滅的な自己犠牲を。それは、言ってしまえば、そう在ることでしか自分の存在を認められないモニカの心の未熟さだ。誰かを助けること、誰かを救うことは自分にしかできないことなのだから、()()()()()()()()()()()()()()()


「私はきっと、戦うことを選ぶのだと思います」


 そんな歪んだ自己認識が、ジョカの目に映る。引き止めてしまいたい。これ以上、モニカが傷つく前に、誰かが止めなければならない。けれど、ジョカにはそれができなかった。
 差し伸べられようとした手が、あと少しのところで止まる。そして、張り詰めた空気を引き裂くように、食堂から声が聞こえてきた。


「豆腐娘さ〜ん。お盆、直りましたよ!」


 小福のハツラツとした声が食堂に響き渡る。と言っても、それが聞こえるのはモニカとジョカだけだ。その声を聞いた豆腐娘は目をキラキラと輝かせて、慎重に小福からお盆を受け取ると、すぐに引き返してモニカの前に立った。


「……これ、あげます!」


 豆腐娘がお盆を差し出すと、そこにはいつの間にか一丁の豆腐が乗せられていた。白く、ぷるぷるしたその物体に、モニカの視線が向けられる。


「ありがとう」


 お盆を受け取り、モニカは見たことのない奇妙な物体を眺める。到底食べ物とは思えない様相だが、果たして味はどうなのかと、豆腐の全貌をまじまじと見つめ、匂いをかいで無臭であることを確かめると、どうすればいいのかわからなくなったモニカは困った顔をしてジョカに目を向けた。


「……まぁ、お話はこの辺りにしようか。小福ちゃん、この豆腐使ってお味噌汁作れるかい?」

「もちろんです〜! お餅もご一緒にいかがですか〜?」


 かくして、食堂に新たな仲間が迎え入れられることになり、翌日からの朝食には、やけに手の込んだ味噌汁が頻繁に出されることになった。モニカはその味噌汁を味わいながら、時折、食堂から顔を出す豆腐娘を見てニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべるのだった。


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 盤星寮には妖が棲み憑いている。かつて盤星寮で生まれ、育ち、その影響で死んだ後もそこから離れられず地縛霊となった座敷わらし『小福』。
 ひょんなことから獄蝶のジョカがどこかから拾ってきてから盤星寮を気に入ってしまい棲み憑くこととなった『静か餅』。今では夕食後に毎回頬が落ちるほど美味なお餅が貰えると噂すら立つお餅をぺたんぺたんと突いている。
 モニカによって盤星寮に連れてこられた三大怨霊の一角。大昔、その大いなる美貌によって極東を滅ぼしたとされる大怨霊、九尾の狐、|八重《やえ》の一人娘。大器晩成なお茶目な小狐、『ソラ』。
 そして、また、この盤星寮に棲み憑く妖が一人増えることとなる――
 深夜、時計の針が揃ってまたズレ始めた頃、モニカは雨の音で目が覚めてしまったので食堂へ小福に会いに行く。最近は夜に目が覚めることが多くなったように思う。単純に、モニカがショートスリーパー体質であることも理由の一つだが、近ごろは眠りが浅いように感じている。
 食堂へ向かい、いつも通り小福に挨拶をしようとしたところ、見慣れない人影がモニカの前を横切った。それが一体何であったか、モニカの長年の勘が教えてくれた。
「妖だ……!」
「な、なんでわかったんですか!?」
「こんばんわ。私はモニカ。小福ちゃんに会いに来たんだけど、どこにいるかわかるかな? お名前は?」
 モニカは屈んで笠をかぶった気弱そうな妖と目を合わせると、妖も恐る恐るモニカの目を見て話し始めた。
「ざ、座敷わらし様は台所にいらっしゃいます。あ、あたすのお盆を直してくれているのです」
「お盆?」
 そう聞き返すと、突如モニカたちを人影が覆った。薄明かりに映る影には、ぶかぶかの服と、もう見慣れてしまったとんがり帽子が見える。この人影を見て誰なのかわからない人はもうこの学園には存在しないだろう。
「その子は『豆腐娘』。お盆が割れちまったって道端でうるさいもんだから連れてきたんだよ」
「……豆腐? ってなんですか?」
「ノーチェスの子には馴染みない食べ物なのかな。ま、そのせいもあって弱ってたんだろうね」
 もはや夜中に起き上がって食堂にいるモニカを注意しようともしない獄蝶のジョカに若干の危機感を覚えながら、モニカは豆腐娘のもちもちの頬を一心不乱に揉みまくる。
「もちもちだ。ソラには勝てないけど」
「あうあう……」
「やめたげて」
 ジョカは取り憑かれたように豆腐娘の頬を触りまくるモニカを引き剥がして、椅子に座らせる。身体をうずうずとさせて豆腐娘をじっと見つめるモニカを魔法で無理やり拘束して、ジョカは小さくため息をついた。
 こんな幼気な少女に、一体どれだけの重圧がのしかかっているのかと、ジョカは頭を抱える。妖憑きとして人と妖の架け橋となる『繋ぐ者』。救世の理の断片の1つである『奇跡』。終極の理によって造られた魔法『全知』。運命とは時として、残酷で冷酷だ。
「エストレイラ」
 真剣な声色のまま、ジョカはモニカに声をかける。何かを感じ取ったように、モニカもまた真っ直ぐな眼差しをジョカへと向けた。これから言わなければいけない言葉を心の中で復唱するたび、痛いほど胸が苦しくなる。意を決して、ジョカは口を開いた。
「もし、これから先、君の尊敬する者や、愛する者を前に戦わなければならない時が来たら、君はどうする」
「それは、アステシア先生のことですか?」
「――あぁ、そうだ」
 問い返してきたモニカに対して、ジョカはそう言い切った。それは、つまりそういうことなのだろう――と、モニカは俯き、スカートをギュッと握りしめて眉間に皺を寄せた。
 険しい表情をしたモニカを見て、豆腐娘はオロオロと辺りをウロウロするばかりで、やがていてもたってもいられなくなったのか、モニカに近づいてギュッと抱きしめるように寄り添っていた。
 そして、モニカは躊躇うように、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「……私は……迷うと、思います」
 混じり気のない純粋な瞳がジョカに向けられる。透き通るようで、まるで自分とは違う瞳で、眩しすぎて目を閉じてしまうかと思うほどの純粋さだった。
「迷って、迷って、迷って……きっと、先生を前にしても、迷うと思います」
 でも、とモニカは言葉を付け足す。
「でも、この使命の重さは理解してます。これは私にしかできないことなんです。なら――」
 いつの日か、ジョカは旭から聞いた。モニカ・エストレイラという人間の異常性を。純粋で、純白。そして、その内に秘められた、歪で破滅的な自己犠牲を。それは、言ってしまえば、そう在ることでしか自分の存在を認められないモニカの心の未熟さだ。誰かを助けること、誰かを救うことは自分にしかできないことなのだから、|そ《・》|れ《・》|が《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》|自《・》|分《・》|に《・》|価《・》|値《・》|は《・》|無《・》|い《・》。
「私はきっと、戦うことを選ぶのだと思います」
 そんな歪んだ自己認識が、ジョカの目に映る。引き止めてしまいたい。これ以上、モニカが傷つく前に、誰かが止めなければならない。けれど、ジョカにはそれができなかった。
 差し伸べられようとした手が、あと少しのところで止まる。そして、張り詰めた空気を引き裂くように、食堂から声が聞こえてきた。
「豆腐娘さ〜ん。お盆、直りましたよ!」
 小福のハツラツとした声が食堂に響き渡る。と言っても、それが聞こえるのはモニカとジョカだけだ。その声を聞いた豆腐娘は目をキラキラと輝かせて、慎重に小福からお盆を受け取ると、すぐに引き返してモニカの前に立った。
「……これ、あげます!」
 豆腐娘がお盆を差し出すと、そこにはいつの間にか一丁の豆腐が乗せられていた。白く、ぷるぷるしたその物体に、モニカの視線が向けられる。
「ありがとう」
 お盆を受け取り、モニカは見たことのない奇妙な物体を眺める。到底食べ物とは思えない様相だが、果たして味はどうなのかと、豆腐の全貌をまじまじと見つめ、匂いをかいで無臭であることを確かめると、どうすればいいのかわからなくなったモニカは困った顔をしてジョカに目を向けた。
「……まぁ、お話はこの辺りにしようか。小福ちゃん、この豆腐使ってお味噌汁作れるかい?」
「もちろんです〜! お餅もご一緒にいかがですか〜?」
 かくして、食堂に新たな仲間が迎え入れられることになり、翌日からの朝食には、やけに手の込んだ味噌汁が頻繁に出されることになった。モニカはその味噌汁を味わいながら、時折、食堂から顔を出す豆腐娘を見てニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべるのだった。