表示設定
表示設定
目次 目次




最終話 新婚の夫婦がやるべきことが何かとか説明するまでもない

ー/ー



 優しい月明かりの差し込む寝室。ベッドの上でマベルは下半身を毛布へうずめて、一糸まとわぬ私はベッド端で腕を組み、仁王立ちしていた。

 今宵は、いわゆる初夜だ。アイノナイト家と、クレプリーズ家の婚姻が結ばれて、二人が交わる最初の夜ということになる。

 領主シロイ・クレプリーズのあれやこれやの問題を抱え込んでいたこともあって、結婚は式と呼べるほど盛大なものではなく、小規模で粛々と行われた。
 しかし、厳正な立会人のもと、しっかりと正式に書面上も夫婦になっている。

 よもや女を捨てたと豪語していた私に、こんなときが訪れるなんて。
 何度も何度も何度も夢かと確認したくらい、今に至っても信じられない。

 お互いの素肌を見せ合うのは、ダンジョンの罠で流されたあの夜以来だ。
 あのときはお互いの腹のうちを明かしあったり、謎に風邪を引いてしまったりと、少なくとも心が穏やかな状況とは言い難かった。

 今もそれとは違い心は穏やかではないが、胸のうちが焦げつきそうなほどに熱い。

「リナリー、形式だけの結婚なんだ。無理しなくていい。君は処女なのだろう?」
「うるさい、マベル。こうしてこの私が、直々にベッドに押し掛けてやったのだぞ。据え膳食わぬは騎士の恥ではないのか」

 耳まで熱い。心臓のバクバクの鼓動がマベルにまで伝わっているような気がして、今すぐにでもベッドから飛び降りたい気持ちでいっぱいだ。

 私は興奮しているのだろうか。
 ただの緊張ではないのか。それすらも不安を覚えてしまう。

 だが、私とて騎士である。
 栄誉ある騎士の称号を得た身として、退くわけにもいかない。

 それに、政略結婚とはそういうものだろう。
 パエデロス領とアミトライン領の和平のために背負うものがある。
 妹リノンもそうだった。ペウルと結婚して、子を儲けた。

 件の領土間を巻き込んだゴタゴタ問題を解消するためにこの結婚を承諾した以上、書類上のポンっ、だけで済ませるわけにもいくまい。

 ……まあ、婚期スレスレだった焦りもあるのではと言われれば否定しないが。
 何にせよ、どうにせよ、形だけの夫婦なのも私自身、許せないところはある。

「どうせ貴様は貧相な棒キレを見られるのが恥ずかしいのだろう? まあ安心しろ。今さら粗末なものを見させられたところでこれ以上お前に失望することなどない」

 弟のペウルのモノは見たことはないが、妹の話を聞くに相当な棍棒だったらしい。だとすれば剣すら握ったことのないマベルの軟弱なボディから逆算すれば相対的に、どの程度のモノなのかなど容易に想像できる。

「さあ、観念しろ! マベル・クレプリーズ!」

 私はとうとう、毛布を剥ぎ取った。
 お互いに生まれたままの姿を晒し合う。

「う?」

 私の視線の先に、見慣れない異物があった。太くて長い、得物のような何か。
 てっきり、マベルが護身用のナイフを素肌に身に付けているのかと思った。
 武器を持たない主義ではなかったのか。

 よもやこの状況で、まさかこの私が、マベルに警戒されているのか、と思ったが、奇妙なことにそのナイフと思っていたソレはピクンと動く。まるで生物かのように。

「分かった。ボクも男だ。キミが覚悟を決めているのに、拒絶なんて騎士の名折れ。ボクもクレプリーズ家の男児として、いや一人の男として覚悟を決めるよ」
「は、あれ?」

 私の思考が上手く動かない。
 なんでベッドの中にこんなにも巨大な蛇が紛れ込んでいるのだ?
 何故それをマベルは気付かないのだ?

「いくよ、リナリー。ボクの覚悟を受け入れてくれ」

 思いの外、強い力で抱かれる。
 私のお腹の下、下腹部に、異様に熱いソレが押し付けられる。

 なんで? どうして?
 今、私は、マベルにギュッと抱きしめられているという感覚を享受するとともに、下腹部に知らないものがそこにある。これは、ひょっとして、もしかして?

「ちょっと待て、こんなの聞いてな……」

 ギュッとマベルの両腕に体を抱き締められ、心の内側から温められる感覚。
 それと、グっとせり上がる熱に下腹部を突き上げられ、理性が吹き飛んでいく。
 その二つの衝撃が、同時にやってきた。

 直後、強烈な何がが私の下半身からビリビリと一気に押し寄せてきた。

「……ま、ま、マベルぅぅぅ!」
「リナリぃぃーっ!」

 無意識に、お互いがお互いの名を呼びあっていた。
 そんなことよりも私は全身に火が灯るような心地だった。これは一体なんだ。
 私の身に何が起こっている。こんなの、知らないぞ。

 私の中に、何かが入ってくるという途方もない実感。
 それはただの物理的な話だけではなく、不思議なくらい心を滾らせる。

 熱量が増していく。炉の中に薪を放り込んでいくみたいに、より燃え上がる。
 焚きつけるとは、こういうことを言うのだろう。
 私の中の戸惑いは、この情熱的な感情に流され、溶かされていく。
 何も分からなくなっていく。

 こうして、私たちの蜜月とやらは想像しうるロマンスとは程遠い形で終えていき、私は忘れかけていた女というものを改めて知った。
 きっと、私はこの夜のことを忘れることはないのだろう――……。

 ※ ※ ※

 ※ ※

 ※

「――で、その夜のうちに十発ヤッて、デキちゃったと。おめでとう、姉さん」

 ティーカップを持つ手がガクガクと震えるほどの笑いを堪えて言われる。
 そんなに顔を真っ赤にするほどニヤニヤしなくなっていいじゃないか。

「高尚な占い師で見てもらった限りでは、そう言ってたというだけだ」

 ここはクレプリーズ家の屋敷のサロン。
 こうしてまた妹と二人でティータイムを楽しめる余裕もあるとは。

「本当、ホッとしたわ。形式上だとか書類上だとか、回りくどいこと言ってたから、てっきりマベル様とは不仲なのかと。まあお熱いことお熱いこと」

 そう言われると私も顔が熱くなってきて堪らない。いっそ破裂しないだろうか。

「そういうリノンはどうなのだ。ペウルとは相変わらず上手くやってるのか?」
「ええ、ええ、上手くヤッていますとも。二人目も順調よ」

 リノンの腹も、少し見ないうちになかなか大きくなってきたものだ。
 私も片付けなければならないことも多く、パエデロス領を往復してばかりだったがやっと腰を落ち着けられるようになってきた。

「姉さん、長期休暇なんて言わないでこのままいっそ騎士を辞めてしまっては?」
「だからそうもいかんと言ってるだろう。マベルも領主を継いで忙しいこの状況で、私だけがのうのうともしていられん」

 そう。私は騎士を辞めてなどいない。元々そういう話だ。
 剣もなく、ペンしか握るものがなくともできることはある。

「リノンこそ、ペウルや使用人に任せっきりで堕落してるのではないだろうな」
「姉さん、子育てって大変ですのよ。もう少ししたら分かるのでしょうけど」

 不敵にフッフッフと笑って見せる。冗談のつもりでもなさそうだ。
 リノンはティーカップを口元に運び、また静かにフゥと吐息を漏らす。

「リナリー、ここにいたのか」

 ふと扉の向こうから高貴な服を身にまとうマベルが現れる。
 領主らしい凛々しい姿だ。実に様になっている。

「どうしたマベル。領主の仕事は捗っているのか?」
「まあ、それに関してはまだ山のようにドッサリと残っているけど」

 クレプリーズ家の所業全てが白日の下に晒され、その下からも隠されていたことがわんさかと出てきたものだから、まあそうもなるだろうが。
 父ビパリーも国境の向こう側で仕事が数倍に増大したと嘆いていた。

「まあまあ、マベル様。積もる話があるようでしたら、私、外しますわね」

 オホホ、とわざとらしいくらいに笑い、そそくさと立ち退いていく。
 最近リノンのこういう配慮が露骨すぎるように感じる。

「――それで、マベ……、旦那様。何の用だ?」
「ああ、ここのところ、ずっと悩んでいたが、やっと子供の名前が思いついたんだ。男の子ならプレア、女の子ならイバナにしようと思うんだが、どうだろうか」

 まさかと思うが、子供がデキた報告をしたときから仕事の最中にも悶々としながら名前を考え続けていたのではあるまいな。占い師呼んだの昨晩だぞ。
 それ以前から考えていたと思うのが自然か。

「いい名前だとは思う。まあ、私とお前――旦那様の子供だ。心配することはない。どちらにしても立派な騎士に育ててやるつもりだ」
「そうか……、そうだよな。ありがとう、リナリー。ボクも仕事に戻るよ」

 それだけ言ってマベルがあっさり去っていく。なんとまあ変わったものだ。
 いや、元々ああいう性格だったのかもしれん。
 父親になって、領主になって、考えるべきことが増えたのだろう。

 浮かれた気分のマベルもまた愛おしく感じてしまうものだ。
 あんな軟弱男に恋してしまった私も、どうしようもなく浮かれてしまっている。
 それだけは、はっきりと明確に言えることだ。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 優しい月明かりの差し込む寝室。ベッドの上でマベルは下半身を毛布へうずめて、一糸まとわぬ私はベッド端で腕を組み、仁王立ちしていた。
 今宵は、いわゆる初夜だ。アイノナイト家と、クレプリーズ家の婚姻が結ばれて、二人が交わる最初の夜ということになる。
 領主シロイ・クレプリーズのあれやこれやの問題を抱え込んでいたこともあって、結婚は式と呼べるほど盛大なものではなく、小規模で粛々と行われた。
 しかし、厳正な立会人のもと、しっかりと正式に書面上も夫婦になっている。
 よもや女を捨てたと豪語していた私に、こんなときが訪れるなんて。
 何度も何度も何度も夢かと確認したくらい、今に至っても信じられない。
 お互いの素肌を見せ合うのは、ダンジョンの罠で流されたあの夜以来だ。
 あのときはお互いの腹のうちを明かしあったり、謎に風邪を引いてしまったりと、少なくとも心が穏やかな状況とは言い難かった。
 今もそれとは違い心は穏やかではないが、胸のうちが焦げつきそうなほどに熱い。
「リナリー、形式だけの結婚なんだ。無理しなくていい。君は処女なのだろう?」
「うるさい、マベル。こうしてこの私が、直々にベッドに押し掛けてやったのだぞ。据え膳食わぬは騎士の恥ではないのか」
 耳まで熱い。心臓のバクバクの鼓動がマベルにまで伝わっているような気がして、今すぐにでもベッドから飛び降りたい気持ちでいっぱいだ。
 私は興奮しているのだろうか。
 ただの緊張ではないのか。それすらも不安を覚えてしまう。
 だが、私とて騎士である。
 栄誉ある騎士の称号を得た身として、退くわけにもいかない。
 それに、政略結婚とはそういうものだろう。
 パエデロス領とアミトライン領の和平のために背負うものがある。
 妹リノンもそうだった。ペウルと結婚して、子を儲けた。
 件の領土間を巻き込んだゴタゴタ問題を解消するためにこの結婚を承諾した以上、書類上のポンっ、だけで済ませるわけにもいくまい。
 ……まあ、婚期スレスレだった焦りもあるのではと言われれば否定しないが。
 何にせよ、どうにせよ、形だけの夫婦なのも私自身、許せないところはある。
「どうせ貴様は貧相な棒キレを見られるのが恥ずかしいのだろう? まあ安心しろ。今さら粗末なものを見させられたところでこれ以上お前に失望することなどない」
 弟のペウルのモノは見たことはないが、妹の話を聞くに相当な棍棒だったらしい。だとすれば剣すら握ったことのないマベルの軟弱なボディから逆算すれば相対的に、どの程度のモノなのかなど容易に想像できる。
「さあ、観念しろ! マベル・クレプリーズ!」
 私はとうとう、毛布を剥ぎ取った。
 お互いに生まれたままの姿を晒し合う。
「う?」
 私の視線の先に、見慣れない異物があった。太くて長い、得物のような何か。
 てっきり、マベルが護身用のナイフを素肌に身に付けているのかと思った。
 武器を持たない主義ではなかったのか。
 よもやこの状況で、まさかこの私が、マベルに警戒されているのか、と思ったが、奇妙なことにそのナイフと思っていたソレはピクンと動く。まるで生物かのように。
「分かった。ボクも男だ。キミが覚悟を決めているのに、拒絶なんて騎士の名折れ。ボクもクレプリーズ家の男児として、いや一人の男として覚悟を決めるよ」
「は、あれ?」
 私の思考が上手く動かない。
 なんでベッドの中にこんなにも巨大な蛇が紛れ込んでいるのだ?
 何故それをマベルは気付かないのだ?
「いくよ、リナリー。ボクの覚悟を受け入れてくれ」
 思いの外、強い力で抱かれる。
 私のお腹の下、下腹部に、異様に熱いソレが押し付けられる。
 なんで? どうして?
 今、私は、マベルにギュッと抱きしめられているという感覚を享受するとともに、下腹部に知らないものがそこにある。これは、ひょっとして、もしかして?
「ちょっと待て、こんなの聞いてな……」
 ギュッとマベルの両腕に体を抱き締められ、心の内側から温められる感覚。
 それと、グっとせり上がる熱に下腹部を突き上げられ、理性が吹き飛んでいく。
 その二つの衝撃が、同時にやってきた。
 直後、強烈な何がが私の下半身からビリビリと一気に押し寄せてきた。
「……ま、ま、マベルぅぅぅ!」
「リナリぃぃーっ!」
 無意識に、お互いがお互いの名を呼びあっていた。
 そんなことよりも私は全身に火が灯るような心地だった。これは一体なんだ。
 私の身に何が起こっている。こんなの、知らないぞ。
 私の中に、何かが入ってくるという途方もない実感。
 それはただの物理的な話だけではなく、不思議なくらい心を滾らせる。
 熱量が増していく。炉の中に薪を放り込んでいくみたいに、より燃え上がる。
 焚きつけるとは、こういうことを言うのだろう。
 私の中の戸惑いは、この情熱的な感情に流され、溶かされていく。
 何も分からなくなっていく。
 こうして、私たちの蜜月とやらは想像しうるロマンスとは程遠い形で終えていき、私は忘れかけていた女というものを改めて知った。
 きっと、私はこの夜のことを忘れることはないのだろう――……。
 ※ ※ ※
 ※ ※
 ※
「――で、その夜のうちに十発ヤッて、デキちゃったと。おめでとう、姉さん」
 ティーカップを持つ手がガクガクと震えるほどの笑いを堪えて言われる。
 そんなに顔を真っ赤にするほどニヤニヤしなくなっていいじゃないか。
「高尚な占い師で見てもらった限りでは、そう言ってたというだけだ」
 ここはクレプリーズ家の屋敷のサロン。
 こうしてまた妹と二人でティータイムを楽しめる余裕もあるとは。
「本当、ホッとしたわ。形式上だとか書類上だとか、回りくどいこと言ってたから、てっきりマベル様とは不仲なのかと。まあお熱いことお熱いこと」
 そう言われると私も顔が熱くなってきて堪らない。いっそ破裂しないだろうか。
「そういうリノンはどうなのだ。ペウルとは相変わらず上手くやってるのか?」
「ええ、ええ、上手くヤッていますとも。二人目も順調よ」
 リノンの腹も、少し見ないうちになかなか大きくなってきたものだ。
 私も片付けなければならないことも多く、パエデロス領を往復してばかりだったがやっと腰を落ち着けられるようになってきた。
「姉さん、長期休暇なんて言わないでこのままいっそ騎士を辞めてしまっては?」
「だからそうもいかんと言ってるだろう。マベルも領主を継いで忙しいこの状況で、私だけがのうのうともしていられん」
 そう。私は騎士を辞めてなどいない。元々そういう話だ。
 剣もなく、ペンしか握るものがなくともできることはある。
「リノンこそ、ペウルや使用人に任せっきりで堕落してるのではないだろうな」
「姉さん、子育てって大変ですのよ。もう少ししたら分かるのでしょうけど」
 不敵にフッフッフと笑って見せる。冗談のつもりでもなさそうだ。
 リノンはティーカップを口元に運び、また静かにフゥと吐息を漏らす。
「リナリー、ここにいたのか」
 ふと扉の向こうから高貴な服を身にまとうマベルが現れる。
 領主らしい凛々しい姿だ。実に様になっている。
「どうしたマベル。領主の仕事は捗っているのか?」
「まあ、それに関してはまだ山のようにドッサリと残っているけど」
 クレプリーズ家の所業全てが白日の下に晒され、その下からも隠されていたことがわんさかと出てきたものだから、まあそうもなるだろうが。
 父ビパリーも国境の向こう側で仕事が数倍に増大したと嘆いていた。
「まあまあ、マベル様。積もる話があるようでしたら、私、外しますわね」
 オホホ、とわざとらしいくらいに笑い、そそくさと立ち退いていく。
 最近リノンのこういう配慮が露骨すぎるように感じる。
「――それで、マベ……、旦那様。何の用だ?」
「ああ、ここのところ、ずっと悩んでいたが、やっと子供の名前が思いついたんだ。男の子ならプレア、女の子ならイバナにしようと思うんだが、どうだろうか」
 まさかと思うが、子供がデキた報告をしたときから仕事の最中にも悶々としながら名前を考え続けていたのではあるまいな。占い師呼んだの昨晩だぞ。
 それ以前から考えていたと思うのが自然か。
「いい名前だとは思う。まあ、私とお前――旦那様の子供だ。心配することはない。どちらにしても立派な騎士に育ててやるつもりだ」
「そうか……、そうだよな。ありがとう、リナリー。ボクも仕事に戻るよ」
 それだけ言ってマベルがあっさり去っていく。なんとまあ変わったものだ。
 いや、元々ああいう性格だったのかもしれん。
 父親になって、領主になって、考えるべきことが増えたのだろう。
 浮かれた気分のマベルもまた愛おしく感じてしまうものだ。
 あんな軟弱男に恋してしまった私も、どうしようもなく浮かれてしまっている。
 それだけは、はっきりと明確に言えることだ。