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第19話 父親にご挨拶に伺い婚約を報告して全てに終わりを告げる

ー/ー



「はぁー……、こんな下らぬ茶番に付き合わされる、このワシの身にもなってみろ。何の書類の束を突きつけたのかは知らぬが、無礼で済ませる話はとうに過ぎたぞ」

 シロイが執務室の机から立ち上がり、徐に壁に掛けていた大剣を手に取る。
 飾りだけの代物ではないことは明白だ。手入れの行き届いた武力の象徴だろう。

「あくまで白を切るつもりでいらっしゃる。この書類をたかが紙束だとおっしゃる。そういうことですが、シロイ・クレプリーズ殿」

 これが怒りに震える男の静けさなのだろうか。
 喩えるならば、それは煮えたぎる溶岩の上を素足で歩くような所作。
 その場に立っているだけなのに、ビリビリとした殺気が肌にひりついてくる。

 忘れてなどいない。彼の名はシロイ・クレプリーズ。
 ファンシトム国のアミトライン領の領主にして、最強の騎士と謳われた男。
 彼自身もまた、歴戦の記憶を忘れていないのだろう。

「ふざけた真似はもはや目に余る。女風情が騎士を名乗ることなど烏滸がましい。マベル。貴様は親のワシを愚弄するばかりか、こうも泥を塗ってくれるとは」

 白髪交じりのご老体が剣を握りしめているだけというのに、なんという威圧感。切っ先は微塵もブレず、その両手の中に収まる怒りはどれほどのものか。
 血管の浮き上がる両腕の怒張っぷりを見るに、老いを感じさせない筋肉量。

「父さん……、お言葉ですが、今は時代も変わろうとしている。女風情なんて認識、カビの生えた思想だ。リナリーはニセモノの騎士なんかでは決してない」
「五月蠅い。騎士とは崇高であるべきもの。女に跨がせる敷居など未来永劫ないわ」

 悲しいものだな。私が目指していた理想の騎士とは、こんなにも醜悪だったとは。いや、私自身そうであることを当然のものとしてきていたし、受け入れていた。
 だから女であることを捨て、女騎士としての人生をその手で自ら勝ち取ったのだ。

 男らしさとは。女らしさとは。騎士とは何か。
 私がその先駆者であるわけではないが、新しい思想の礎にはなっただろう。
 残念なことに、その思想は目の前の男には理解されることはないようだが。

「シロイ・クレプリーズ殿。残念だ。私は、あなたを尊敬し、今ここに立っている。その剣を向ける先が弱者のつもりならば、失望しかない」

 弱気を助け、強きを挫く。私の学んだ騎士道精神は、空しく踏みにじられた。
 他でもない、私の恩師に値するその人間に。

「もう愚者に語ることなどない。死んで詫びろ」

 シロイの両腕が大剣を振りかざす。刹那、執務室内に、突風が巻き起こる。
 なんということだろう。情人離れの怪力の成せる業。

 机の上の書類の山が吹き飛び、家具や調度品がガタガタと激しく揺さぶられる。

 剣を向けた先に立つ相手が、弱者で、愚者だったのなら、語るまでもない。
 本当にそうであったのなら、という話だが。

「シロイ殿、私は騎士なのです。あなたが認めなくともね」

 ガチィンと私の剣がシロイの振り下ろされようとした剣を迎え撃つ。
 重い。ただの鉄塊でもこうもならない重圧感。
 それがこの老体から繰り出されているのだから驚くばかり。

 弾き返すことも、押し返すことも、悲しいことに私にはできない。
 だから、受け流し、その剣の勢いを殺して、シロイもろとも床に叩きつけた。
 それでもその重厚な大剣を避けるには至らず、私の剣はひしゃげて折れる。

「リナリー!」

 マベルが私のもとへ駆け寄る。用意してきた書類の束を放り投げてまで。
 大剣ごと床にめり込んでいる実の父親には目もくれず。

「はは……、あはは……、私の剣が折られてしまったよ」

 お気に入りだったのに。人生の終わりまで傍らに置いておくつもりだったのに。
 力なく私がへっぴり腰で笑っていると、マベルが手をとり、支えてくれた。

「おい、貴様らァッ! このワシをなんと心得る! 許し難い、許し難いぞォ!」

 その隣で、両腕が大剣とその自重(じじゅう)に床に飲まれたシロイが叫ぶ。
 無様、滑稽という言葉がよく似合う。これが俗にいう老害か。

「父さん、あなたの言葉をお返しする。もう愚者に語ることなどない」

 さりげなく私の体を抱きしめ、実の父を見下ろしながらマベルが強く言い放つ。
 未だ納得のいかない、そんな怒りに震えた顔でこちらを睨む。

「――あ、あのー、これ入ってもいい空気?」
「ああ、ダリアか。少し遅かったな。見ての通り、話は拗れた」

 ふと、風圧で真っ二つに割れた扉の隙間から赤髪の魔女ダリアが顔を覗かせる。
 よいしょよいしょと扉を押しのけて入ってくる。
 その後ろに、何ともいかつい男たちをゾロゾロと引き連れながら。

「な、なんだ貴様らは! 何の権限があってここに足を踏み入れる!」
「上から失礼。私はレッドアイズ国の伝令のダリアと申します。お見知りおきを」

 床に這いつくばるシロイに、ダリアが申し訳なさそうに挨拶する。
 レッドアイズ国の、という言葉で額に汗が滲むのが見えた気がした。

「こちらはご存じ、あなたの息子ペウルくんなんですけど」
「父上。これは一体、何の騒ぎですか」

 一番いかつい男――ことマベルの弟にしてシロイの実の息子、ペウルが前に出る。状況が掴めない顔をしている。
 まあ、執務室はボロボロだし、この部屋の主は床にめり込んでるし。

「ペウル! この不届き者たちをとっとと追い出せッ!」
「父上、そうはいきません。ファンシトム国からの通達もありますので」

 そういってペウルは懐から物々しい羊皮紙を開いて差し出す。
 それが何かと言われれば、剝奪令だ。王印も押印してある。
 要約すればシロイ・クレプリーズから領主としての地位を剥奪すると書いてある。

「な――これは何の冗談だ。こんなもの、偽物に決まっているだろうォ!」
「ここに王印が見えますよね。これ、捏造できるものじゃないんですよ」

 ダリアが横からツンツンと令状のソレを指さす。

「父上、あなたが追放した従者たちも皆、白状しました。そこに一片の疑いもなし。これ以上言い逃れができると思っているのなら極刑は免れませんよ」
「わざわざレッドアイズ国からも大賢者さまが協力して洗いざらい全部調べたのよ。まったく、リナリーには面倒な仕事を吹っ掛けられたものね」

 私たちが用意した書類の束だけでは信用に足らないとごねられたときのためにも、更なる裏取りの証拠もかき集めてきてもらっていた。
 まあ、ごねられすぎてご覧のあり様なのだが。

 正直、ダリアの人脈の広さには一番助けられたといってもいい。
 私には考え付きもしなかったありとあらゆる方法で情報を得られたのだから。

 さしもの厚顔無恥なシロイも、ここまで大人数に囲まれては大ボラも吹けまい。
 目を白黒させて、口もパクパクとさせている。

「おわ、終わりだ、な、何もかも……アミトライン領は、おわり……、ああ」

 とうとううわ言のように呟きだした。
 事は、シロイが領主としての地位を剥奪されただけに留まらない。
 アミトライン領のこれまで誤魔化してきた大罪が露呈する。
 即ち、柱をなくしたも同然ということになるだろう。

 無論、そのことを何も考えずここに踏み切ったわけではない。

「父さん、これからのアミトライン領はボクが継ぐ」
「お前が……? お前一人如きに、何ができるというのだ?」
「もちろんボク一人の力ではどうにもならないかもしれない。だけど一人じゃない」

 そこでマベルはまた強く私の肩をにじり、私の体ごと寄せる。

「この度パエデロス領の辺境伯の娘である私リナリー・アイノナイトが婚姻を結ぶ。クレプリーズを支えるためのもう一つの柱としてな」

 マベル一人に全てを背負わせない。そのために考えた方法。
 それは、私自身がアミトライン領、クレプリーズ家に嫁ぐことだった。

 これはシロイ自身も考え、検討していたことでもある。
 実際リノンとペウルを政略結婚させ、パエデロス領を牛耳ろうとしていた。
 私の父ビパリーを傀儡にするための策略を、逆に利用させてもらったまで。

 要するに、領主がシロイでなくなればよいのだから。

 パエデロス領を実質的に手中に収めればアミトライン領の平定が保たれるのなら、こうすることが一番の妙案といえるだろう。
 ちなみに父は泣いて喜んでいたし、妹もえげつないほど祝福してくれた。

「お二人とも結婚おめでとう~! ひゅー! ひゅー!」

 謎にダリアも横から祝福してくれるのだが、シロイは唖然としている。
 まさかこんな形で結婚の挨拶にしにくるとは予想もしていなかっただろうしな。

「リナリー……、これから末永くよろしく頼む」
「ああ、私の剣もなくしてしまったし、これからは貴様が私の剣となってくれ」

 恋人は剣だと豪語していたこの私が、本当に結婚してしまうとはな。

 形式上のものだと割り切っている――つもりなのだが、どうしよう。
 顔が、熱くなってきた。


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 シロイが執務室の机から立ち上がり、徐に壁に掛けていた大剣を手に取る。
 飾りだけの代物ではないことは明白だ。手入れの行き届いた武力の象徴だろう。
「あくまで白を切るつもりでいらっしゃる。この書類をたかが紙束だとおっしゃる。そういうことですが、シロイ・クレプリーズ殿」
 これが怒りに震える男の静けさなのだろうか。
 喩えるならば、それは煮えたぎる溶岩の上を素足で歩くような所作。
 その場に立っているだけなのに、ビリビリとした殺気が肌にひりついてくる。
 忘れてなどいない。彼の名はシロイ・クレプリーズ。
 ファンシトム国のアミトライン領の領主にして、最強の騎士と謳われた男。
 彼自身もまた、歴戦の記憶を忘れていないのだろう。
「ふざけた真似はもはや目に余る。女風情が騎士を名乗ることなど烏滸がましい。マベル。貴様は親のワシを愚弄するばかりか、こうも泥を塗ってくれるとは」
 白髪交じりのご老体が剣を握りしめているだけというのに、なんという威圧感。切っ先は微塵もブレず、その両手の中に収まる怒りはどれほどのものか。
 血管の浮き上がる両腕の怒張っぷりを見るに、老いを感じさせない筋肉量。
「父さん……、お言葉ですが、今は時代も変わろうとしている。女風情なんて認識、カビの生えた思想だ。リナリーはニセモノの騎士なんかでは決してない」
「五月蠅い。騎士とは崇高であるべきもの。女に跨がせる敷居など未来永劫ないわ」
 悲しいものだな。私が目指していた理想の騎士とは、こんなにも醜悪だったとは。いや、私自身そうであることを当然のものとしてきていたし、受け入れていた。
 だから女であることを捨て、女騎士としての人生をその手で自ら勝ち取ったのだ。
 男らしさとは。女らしさとは。騎士とは何か。
 私がその先駆者であるわけではないが、新しい思想の礎にはなっただろう。
 残念なことに、その思想は目の前の男には理解されることはないようだが。
「シロイ・クレプリーズ殿。残念だ。私は、あなたを尊敬し、今ここに立っている。その剣を向ける先が弱者のつもりならば、失望しかない」
 弱気を助け、強きを挫く。私の学んだ騎士道精神は、空しく踏みにじられた。
 他でもない、私の恩師に値するその人間に。
「もう愚者に語ることなどない。死んで詫びろ」
 シロイの両腕が大剣を振りかざす。刹那、執務室内に、突風が巻き起こる。
 なんということだろう。情人離れの怪力の成せる業。
 机の上の書類の山が吹き飛び、家具や調度品がガタガタと激しく揺さぶられる。
 剣を向けた先に立つ相手が、弱者で、愚者だったのなら、語るまでもない。
 本当にそうであったのなら、という話だが。
「シロイ殿、私は騎士なのです。あなたが認めなくともね」
 ガチィンと私の剣がシロイの振り下ろされようとした剣を迎え撃つ。
 重い。ただの鉄塊でもこうもならない重圧感。
 それがこの老体から繰り出されているのだから驚くばかり。
 弾き返すことも、押し返すことも、悲しいことに私にはできない。
 だから、受け流し、その剣の勢いを殺して、シロイもろとも床に叩きつけた。
 それでもその重厚な大剣を避けるには至らず、私の剣はひしゃげて折れる。
「リナリー!」
 マベルが私のもとへ駆け寄る。用意してきた書類の束を放り投げてまで。
 大剣ごと床にめり込んでいる実の父親には目もくれず。
「はは……、あはは……、私の剣が折られてしまったよ」
 お気に入りだったのに。人生の終わりまで傍らに置いておくつもりだったのに。
 力なく私がへっぴり腰で笑っていると、マベルが手をとり、支えてくれた。
「おい、貴様らァッ! このワシをなんと心得る! 許し難い、許し難いぞォ!」
 その隣で、両腕が大剣とその|自重《じじゅう》に床に飲まれたシロイが叫ぶ。
 無様、滑稽という言葉がよく似合う。これが俗にいう老害か。
「父さん、あなたの言葉をお返しする。もう愚者に語ることなどない」
 さりげなく私の体を抱きしめ、実の父を見下ろしながらマベルが強く言い放つ。
 未だ納得のいかない、そんな怒りに震えた顔でこちらを睨む。
「――あ、あのー、これ入ってもいい空気?」
「ああ、ダリアか。少し遅かったな。見ての通り、話は拗れた」
 ふと、風圧で真っ二つに割れた扉の隙間から赤髪の魔女ダリアが顔を覗かせる。
 よいしょよいしょと扉を押しのけて入ってくる。
 その後ろに、何ともいかつい男たちをゾロゾロと引き連れながら。
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 床に這いつくばるシロイに、ダリアが申し訳なさそうに挨拶する。
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「な――これは何の冗談だ。こんなもの、偽物に決まっているだろうォ!」
「ここに王印が見えますよね。これ、捏造できるものじゃないんですよ」
 ダリアが横からツンツンと令状のソレを指さす。
「父上、あなたが追放した従者たちも皆、白状しました。そこに一片の疑いもなし。これ以上言い逃れができると思っているのなら極刑は免れませんよ」
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 私には考え付きもしなかったありとあらゆる方法で情報を得られたのだから。
 さしもの厚顔無恥なシロイも、ここまで大人数に囲まれては大ボラも吹けまい。
 目を白黒させて、口もパクパクとさせている。
「おわ、終わりだ、な、何もかも……アミトライン領は、おわり……、ああ」
 とうとううわ言のように呟きだした。
 事は、シロイが領主としての地位を剥奪されただけに留まらない。
 アミトライン領のこれまで誤魔化してきた大罪が露呈する。
 即ち、柱をなくしたも同然ということになるだろう。
 無論、そのことを何も考えずここに踏み切ったわけではない。
「父さん、これからのアミトライン領はボクが継ぐ」
「お前が……? お前一人如きに、何ができるというのだ?」
「もちろんボク一人の力ではどうにもならないかもしれない。だけど一人じゃない」
 そこでマベルはまた強く私の肩をにじり、私の体ごと寄せる。
「この度パエデロス領の辺境伯の娘である私リナリー・アイノナイトが婚姻を結ぶ。クレプリーズを支えるためのもう一つの柱としてな」
 マベル一人に全てを背負わせない。そのために考えた方法。
 それは、私自身がアミトライン領、クレプリーズ家に嫁ぐことだった。
 これはシロイ自身も考え、検討していたことでもある。
 実際リノンとペウルを政略結婚させ、パエデロス領を牛耳ろうとしていた。
 私の父ビパリーを傀儡にするための策略を、逆に利用させてもらったまで。
 要するに、領主がシロイでなくなればよいのだから。
 パエデロス領を実質的に手中に収めればアミトライン領の平定が保たれるのなら、こうすることが一番の妙案といえるだろう。
 ちなみに父は泣いて喜んでいたし、妹もえげつないほど祝福してくれた。
「お二人とも結婚おめでとう~! ひゅー! ひゅー!」
 謎にダリアも横から祝福してくれるのだが、シロイは唖然としている。
 まさかこんな形で結婚の挨拶にしにくるとは予想もしていなかっただろうしな。
「リナリー……、これから末永くよろしく頼む」
「ああ、私の剣もなくしてしまったし、これからは貴様が私の剣となってくれ」
 恋人は剣だと豪語していたこの私が、本当に結婚してしまうとはな。
 形式上のものだと割り切っている――つもりなのだが、どうしよう。
 顔が、熱くなってきた。