表示設定
表示設定
目次 目次




エンディング

ー/ー



「あーあ。いい風だなー……」

 雲ひとつない快晴の空を見上げながら、隣の和彦がつぶやいた。
 場所はやっぱり学校裏の土手原。和彦と2人して転がって、心地良い風を受けながら昼食後の駄眠を貧っている。

 あのあと。
 ひとしきり泣き通した俺たちは、町内の見回りをしていた巡査の不審尋問を受け、無免許運転で補導されてしまった。
 唯一の保護者であるおばさんは祖父の所だし、真夜中ってこともあって、しかたなし、留置所泊まりとなり、厄介なことになったと思う反面、これは結構いい隠れ場所だと笑いあった。

 バイクで逃走した不審者を誘拐犯と決めつけた警官たちが東京中を走り回っている間、その俺たちは難なく一夜をすごすことができるわけだから。

 ばれたときを心配してそわそわしていた小心者の和彦も、疲れがきたのか1時間も経たないうちに寝息をたて始め、あとはすっかり熟睡だ。
 ……相変わらず言動不一致なやつ。

 まったく。バレるはずがない。佳織が誘拐される瞬間は街頭監視カメラで撮られている。その2人組は当然車にいた黒服どもだし、俺たちは一介の高校生。
 仕掛けた張本人であるあの人や佳織が口を閉ざす以上、疑うほうがおかしい目で見られるさ。せいぜい街中を暴走していたことで説教される程度だ。

 疲れでぐっすり眠った翌朝早々に担任が呼ばれ、案の定、期末前だというのに停学をくらってしまった。
 わけを訊かれてもはぐらかし続ける俺たちにおばさんは、まさか自分の留守中に俺たちがこんなことするなんて、と泣いて、信用丸っきりなくなるし、怒りまくった担任に、就職にひびくぞと脅されたりしたが、犯罪者として警察に捕まって前科者になることに比べたら全然マシだと2人して貝になる覚悟を決めた。

 それがもう1カ月も前とはとても思えない。復学してすぐに放課後行われた期末の結果はやはり散々だったが、変わらず、俺たちの上では季節以外特に目立った変化のない、ゆるやかな毎日が流れている。

 1度だけ、佳織から手紙が届いた。

 あの誘拐騒ぎは、いつまでも反発する彼女を邪魔として消そうとしたのではなく、実は彼女の関心を買いたい一心で仕組んだことが判明したということだった。
 彼女を救うためにあらゆる手を尽くす、良い継母という姿を示して、彼女に打ち解けてもらおうとしたらしい。もちろん、中には世間へのアピールもあっただろうが。

 それはとても愚かなことだけれど、到底認めることはできないけれど、(ゆる)そうと思うと、書いてあった。

 そして、手紙の中のどこにも、俺とあの人に関してのことは一言も触れられていなかった。
 相も変わらずみごとにつきる、ソツなくできた文面。
 冒頭にあった名前は『高槻 融様』。

 たぶんあの佳織のことだから、調べ尽くしたのだとは思う。だからこそ、手紙がこうして着いてるんだから。

 その結論がこの沈黙であるのなら、俺からは何も言うことはない。賢い義妹を持ったことを密かに誇るだけだ。

 そう。俺のことは知らないふりをするほうがいいんだ。みんな、みんな。
 俺は高槻 融であって、志尾 融じゃない。俺にとっても、あの人にとっても。

 もう、胸の中でさえ『母さん』とは呼べない人になってしまったけれど……。でも、あの日のあなたを責めようとは思わないよ。あのとき一緒に、ずっと俺の中にあったこだわりも、あなたは消してくれたんだから。
 他人としてなら、あなたを理解し、まだ、好きでいられる……。

「会いたいなあ……」

 ボソッと、独り言にしては大きめの声で和彦がつぶやく。しっかりそれを聞きつけた俺は、またずいぶん高望みをしやがって、と思いながらも、でも己を知らない和彦らしいことだと思い直すと肘立てて身を起こし、胸ポケットから取り出した紙を、さあ食いつけとばかりに和彦の顔の上でヒラヒラ振って見せた。

「これなーんだ」
「……なに?」

 俺のその意味深な態度に、和彦も真剣な目を向けて寝返りをうつと肘立ててくる。

「ふっふっふ。手紙に同封されてた佳織嬢からの招待状。
 誘拐犯から助けたまま、名も告げず去って行った高校生っていうのが俺たちってことになってるだろ?」
「事実じゃん」

 おっと。アッサリ言うね、こいつ。

「ま、そうだけどな。
 それで、お礼として食事に誘ってくれてるんだよ」
「な、何それっ!」

 目をまんまるくして、途端、がばっ、なんて、勢いよく身を起こすやいなや正座した。
 ……ここに佳織がいるわけじゃないってのに、まあどうだろ、すっかり緊張しまくって、こいつは。

「一流ホテルでフランス料理だってさ。固い話抜きにしたいから、3人だけでってさ。
 条件によっては食後、2人っきりにしてやっても、いいんだぜ? 和彦くん」

 ふっふっふ。

 こくこくこく、なんて素直に頷く和彦を横目で見ながら、俺は、この手で一体何回こいつをこき使えるかという、実に楽しいことを考えていた。






【PUZZLE LOSS 了】


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「あーあ。いい風だなー……」
 雲ひとつない快晴の空を見上げながら、隣の和彦がつぶやいた。
 場所はやっぱり学校裏の土手原。和彦と2人して転がって、心地良い風を受けながら昼食後の駄眠を貧っている。
 あのあと。
 ひとしきり泣き通した俺たちは、町内の見回りをしていた巡査の不審尋問を受け、無免許運転で補導されてしまった。
 唯一の保護者であるおばさんは祖父の所だし、真夜中ってこともあって、しかたなし、留置所泊まりとなり、厄介なことになったと思う反面、これは結構いい隠れ場所だと笑いあった。
 バイクで逃走した不審者を誘拐犯と決めつけた警官たちが東京中を走り回っている間、その俺たちは難なく一夜をすごすことができるわけだから。
 ばれたときを心配してそわそわしていた小心者の和彦も、疲れがきたのか1時間も経たないうちに寝息をたて始め、あとはすっかり熟睡だ。
 ……相変わらず言動不一致なやつ。
 まったく。バレるはずがない。佳織が誘拐される瞬間は街頭監視カメラで撮られている。その2人組は当然車にいた黒服どもだし、俺たちは一介の高校生。
 仕掛けた張本人であるあの人や佳織が口を閉ざす以上、疑うほうがおかしい目で見られるさ。せいぜい街中を暴走していたことで説教される程度だ。
 疲れでぐっすり眠った翌朝早々に担任が呼ばれ、案の定、期末前だというのに停学をくらってしまった。
 わけを訊かれてもはぐらかし続ける俺たちにおばさんは、まさか自分の留守中に俺たちがこんなことするなんて、と泣いて、信用丸っきりなくなるし、怒りまくった担任に、就職にひびくぞと脅されたりしたが、犯罪者として警察に捕まって前科者になることに比べたら全然マシだと2人して貝になる覚悟を決めた。
 それがもう1カ月も前とはとても思えない。復学してすぐに放課後行われた期末の結果はやはり散々だったが、変わらず、俺たちの上では季節以外特に目立った変化のない、ゆるやかな毎日が流れている。
 1度だけ、佳織から手紙が届いた。
 あの誘拐騒ぎは、いつまでも反発する彼女を邪魔として消そうとしたのではなく、実は彼女の関心を買いたい一心で仕組んだことが判明したということだった。
 彼女を救うためにあらゆる手を尽くす、良い継母という姿を示して、彼女に打ち解けてもらおうとしたらしい。もちろん、中には世間へのアピールもあっただろうが。
 それはとても愚かなことだけれど、到底認めることはできないけれど、|赦《ゆる》そうと思うと、書いてあった。
 そして、手紙の中のどこにも、俺とあの人に関してのことは一言も触れられていなかった。
 相も変わらずみごとにつきる、ソツなくできた文面。
 冒頭にあった名前は『高槻 融様』。
 たぶんあの佳織のことだから、調べ尽くしたのだとは思う。だからこそ、手紙がこうして着いてるんだから。
 その結論がこの沈黙であるのなら、俺からは何も言うことはない。賢い義妹を持ったことを密かに誇るだけだ。
 そう。俺のことは知らないふりをするほうがいいんだ。みんな、みんな。
 俺は高槻 融であって、志尾 融じゃない。俺にとっても、あの人にとっても。
 もう、胸の中でさえ『母さん』とは呼べない人になってしまったけれど……。でも、あの日のあなたを責めようとは思わないよ。あのとき一緒に、ずっと俺の中にあったこだわりも、あなたは消してくれたんだから。
 他人としてなら、あなたを理解し、まだ、好きでいられる……。
「会いたいなあ……」
 ボソッと、独り言にしては大きめの声で和彦がつぶやく。しっかりそれを聞きつけた俺は、またずいぶん高望みをしやがって、と思いながらも、でも己を知らない和彦らしいことだと思い直すと肘立てて身を起こし、胸ポケットから取り出した紙を、さあ食いつけとばかりに和彦の顔の上でヒラヒラ振って見せた。
「これなーんだ」
「……なに?」
 俺のその意味深な態度に、和彦も真剣な目を向けて寝返りをうつと肘立ててくる。
「ふっふっふ。手紙に同封されてた佳織嬢からの招待状。
 誘拐犯から助けたまま、名も告げず去って行った高校生っていうのが俺たちってことになってるだろ?」
「事実じゃん」
 おっと。アッサリ言うね、こいつ。
「ま、そうだけどな。
 それで、お礼として食事に誘ってくれてるんだよ」
「な、何それっ!」
 目をまんまるくして、途端、がばっ、なんて、勢いよく身を起こすやいなや正座した。
 ……ここに佳織がいるわけじゃないってのに、まあどうだろ、すっかり緊張しまくって、こいつは。
「一流ホテルでフランス料理だってさ。固い話抜きにしたいから、3人だけでってさ。
 条件によっては食後、2人っきりにしてやっても、いいんだぜ? 和彦くん」
 ふっふっふ。
 こくこくこく、なんて素直に頷く和彦を横目で見ながら、俺は、この手で一体何回こいつをこき使えるかという、実に楽しいことを考えていた。
【PUZZLE LOSS 了】