極東風土料理 ―ラーメン編―
ー/ー
ラーメンの起源は極東から少し西にいった地域、蓮花と呼ばれる国である。蓮花から伝わった拉麺と呼ばれる食物は極東の人間に合う味に改良が重ねられていき、今では極東独自の食べ物として極東風土料理の一つに数えられる。
授業を終えた放課後、旭たちは数十人も並ぶ行列を乗り越え、オープンしたばかりでまだ賑わっているラーメン屋に入店した。モニカやパーシーが想像していたような、熱気でむせかえるような物々しい雰囲気のラーメン屋はそこにはなく、むしろ真逆の和やかであたたかな姿が広がった。
「意外といいじゃん」
「内装綺麗〜!」
「はしゃぐなよ」
モニカとパーシーはメニュー表に目を通すとなんの迷いもなく一番のオススメらしいラーメンを注文することにしたらしく、和気あいあいと楽しそうに話し込んでいる。それに対してどうにも重苦しい雰囲気を漂わせている旭たちは食いつくようにメニューとにらめっこをしていた。どうやらメニューを選びきれないらしく全員が眉間に皺を寄せて悩んでいた。
「早く決めてよ……」
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
「すまんがクラウディア嬢、こればかりは譲れんのだ」
「塩、醤油、味噌、豚骨まで……よりどりみどりで悩ましい……」
ただでさえうるさい旭とレオノールにウミストラとダモクレスが追加されてしまえば手が付けられない。頭を抱えて悩み続ける男四人に呆れてパーシーは言葉を失った。
「……ん〜、まぁいいや。とりあえずおすすめのやつで」
「む……本当にいいのか?」
「あんま悩んでもクラウディアたちに迷惑だろ。それに――」
旭はグラスに注がれた冷水を一呑みしてモニカの方を見ると、憎たらしい笑みを浮かべて嬉しそうに言う。それは、モニカから教えてもらった一つの考え方。過去と現在しか見ていなかった旭にはなかった、未来のことを考える新しい視点だ。
「また、みんなで来ればいい」
「……っ! うん! そうだよね!」
妙に嬉しそうに旭の言葉を受け入れるモニカとニヤニヤと笑う旭を見比べて、なんとも言えない嫌そうな表情をしているのパーシーをよそ目に、レオノールたちも納得したのかそれぞれメニューを決定させて店主に注文する。そして料理が完成するまでの間、旭たちは談笑をして時間を過ごすのだった。
「そういや、例の戦闘招集、お前らは来たのか?」
「招集? 来てないけど、何それ」
「一月後あたりに大規模な戦闘があるらしい。その招集が先日届いた。ウミストラ、レオノールにも届いているが、旭には届いていないらしい」
「人選んで招集してんだろ。お前は要らねぇってよ」
「うっせぇ。俺が必要なほどの戦闘じゃねぇんだろ」
モニカとパーシーは目を合わせて言葉もないまま何かを伝え合う。幼なじみテレパシーで何が伝わったのかはわからないが、2人揃ってくすくすと可愛らしく笑っているようだった。
「私たちにも届いてないよ。そもそも、一年が戦闘招集ってこと自体が稀なんじゃない?」
「ん〜……それもあるが、俺たちが戦闘向きな魔法を使うってのが大きいだろうな。俺は戦闘も索敵もできる。ダモクレスは一対一なら敵なしだろうし、広範囲の魔法ならウミストラより適任はいない」
「私も全部いけるし」
「はっ、呼ばれてないからって僻むなよ」
「超重力・五倍」
「やるのは勝手だが、椅子は壊すなよ」
レオノールの周りだけ空間が歪んで見えるのを全員見えないフリをして話を続ける。旭は無表情のまま、キツイ重力に耐えかねて次第にぷるぷると震え出し、冷や汗までかき始めたレオノールの前にわざと冷水を注いでいじりだした。飲まないのか、とでも言いたげな顔で姿勢を維持するので限界なレオノールと目を合わせて煽りだす。
そんなことをしているとようやく料理が完成したのか、店主が美味そうに湯気をラーメンを持って来た。注文したのは全員同じで、一番のオススメらしい醤油ラーメン。目の前に置かれたラーメンを見てレオノールと旭は今にも涙を流すのではないかと思ってしまうほど感動していた。
「クラウディア……もう限界……腕上がんねぇから許して……」
「許して?」
「……許して下さい!!!!!」
「よろしい」
旭とレオノールは両手を合わせて感謝を告げてからラーメンを啜る。
「んじゃ、いただきます」
その光景は、店内にいる誰もが振り返って見てしまうほど異様なものだっただろう。ノーチェスには、ラーメンはもちろん麺類の食物が存在しない。『啜る』という行為が初めての経験なのである。
先入観。食事は丁寧で上品でなくてはならない。それが、他の誰かと共にする食事ならなおのことである。しかし旭たちの行動はそれに反するものであった。
音を立てて啜る!
それは極東独自の食文化である。上品さの欠けらも無い行為だが、それが逆にモニカたちの食欲を煽る。理由はまったくわからないが、音を立てて麺を啜る行為は、人によってはどうしてかむしろ食欲をそそる事に繋がるらしい。それは『おいしい』という表現であったり、また、ラーメンの香りを楽しむための一種の食べ方であるだとか、様々な説が囁かれているが、根拠は一切ない。
「……む、む……うまくすすれない……」
「やらなくていい……あれは別次元のナニカだから……」
真似して麺を啜ろうとするモニカをパーシーは制止する。どうやら店主も理解があるのか、麺を啜って食べる旭たちを見てなにやら満足気な顔をして頷いているのだった。
「……食べやすい。こんな食べものがあったとは……」
「ラーメンって食べにくいね……旭たちみたいに啜った方がむしろ良さそうだ」
ウミストラとダモクレスも初めて食べるラーメンに感動したのか、目を輝かせながらひと口ひと口美味しそうに食べていく。
「まさかここまでのクオリティとは……」
「極東のラーメンが再現されてるどころの話じゃない……本物だ……」
その傍ら、旭たちは久しぶりに食べるラーメンに涙を流しながら黙々と箸を進めていく。淡口醤油の風味が抑えられた素材の味を活かすラーメン。しかし、決してコクが薄いこともない。極東の人間の舌に刻み込まれた醤油ラーメンの味が思い出される。
「ごちそうさん」
「はやっ……もっと味わって食べなさいよ」
「ラーメンは時間が経つとスープを吸って麺の味が落ちるんだよ。熱くて美味いうちに食わなきゃ地獄を見るぞ」
ラーメン初心者とも呼べるパーシーたちにアドバイスを残して旭は再び手を合わせる。食事の前に感謝を表すのも、極東独自の文化である。もっとも、あまりその習慣が身についていないレオノールは忘れることがほとんどだが、旭はそれを欠かさない。元より、貴族であるダモクレスに次いで、旭はかなりテーブルマナーにうるさい。当然、ラーメンの前では例外である。
初めて食べるラーメンを味わいながら、モニカたちも無事に完食する。形だけでも、と言ってモニカは旭の真似をして手を合わせて感謝を告げた。旭たちは食べた感想を少し話してから、ラーメン屋を後にするのだった。
「会計はウミストラが払う」
「あ……それは決定事項なんだ……」
五人が外に出ると、気がつけば空には月が浮かんでいた。下弦の月、月は徐々に欠けていく。その姿を見て、レオノールは刻限が近いことに危機を覚える。この月が再び満ちるまで、もうひと月もない。そうなれば、七曜は容赦なくバウディアムスを襲ってくるだろう。
「ん〜! おなかいっぱい! 大満足!」
「モニカ、食べるの好きだね〜」
「レオノール、今度また試合でもどうだ」
「絶対負けねぇ」
楽しかった時間の余韻に浸るモニカたちとは対照的に、旭だけは緊張した面持ちで月を見上げる。モニカとパーシーは戦闘招集について知らなかった。まだ知らないだけかもしれない。もしくは、戦闘に参加させることができない理由がある。恐らく後者だろう。油断はしていられない。
「なぁレオ。もうすぐだ」
「……ん、そうだな」
七曜の魔法使いの襲撃まで、残り二十二日。
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ラーメンの起源は極東から少し西にいった地域、|蓮花《リェンファ》と呼ばれる国である。|蓮花《リェンファ》から伝わった拉麺と呼ばれる食物は極東の人間に合う味に改良が重ねられていき、今では極東独自の食べ物として極東風土料理の一つに数えられる。
授業を終えた放課後、旭たちは数十人も並ぶ行列を乗り越え、オープンしたばかりでまだ賑わっているラーメン屋に入店した。モニカやパーシーが想像していたような、熱気でむせかえるような物々しい雰囲気のラーメン屋はそこにはなく、むしろ真逆の和やかであたたかな姿が広がった。
「意外といいじゃん」
「内装綺麗〜!」
「はしゃぐなよ」
モニカとパーシーはメニュー表に目を通すとなんの迷いもなく一番のオススメらしいラーメンを注文することにしたらしく、和気あいあいと楽しそうに話し込んでいる。それに対してどうにも重苦しい雰囲気を漂わせている旭たちは食いつくようにメニューとにらめっこをしていた。どうやらメニューを選びきれないらしく全員が眉間に皺を寄せて悩んでいた。
「早く決めてよ……」
「うるさい。ちょっと黙ってろ」
「すまんがクラウディア嬢、こればかりは譲れんのだ」
「塩、醤油、味噌、豚骨まで……よりどりみどりで悩ましい……」
ただでさえうるさい旭とレオノールにウミストラとダモクレスが追加されてしまえば手が付けられない。頭を抱えて悩み続ける|男四人《バカども》に呆れてパーシーは言葉を失った。
「……ん〜、まぁいいや。とりあえずおすすめのやつで」
「む……本当にいいのか?」
「あんま悩んでもクラウディアたちに迷惑だろ。それに――」
旭はグラスに注がれた冷水を一呑みしてモニカの方を見ると、憎たらしい笑みを浮かべて嬉しそうに言う。それは、モニカから教えてもらった一つの考え方。過去と現在しか見ていなかった旭にはなかった、未来のことを考える新しい視点だ。
「|ま《・》|た《・》、みんなで来ればいい」
「……っ! うん! そうだよね!」
妙に嬉しそうに旭の言葉を受け入れるモニカとニヤニヤと笑う旭を見比べて、なんとも言えない嫌そうな表情をしているのパーシーをよそ目に、レオノールたちも納得したのかそれぞれメニューを決定させて店主に注文する。そして料理が完成するまでの間、旭たちは談笑をして時間を過ごすのだった。
「そういや、例の戦闘招集、お前らは来たのか?」
「招集? 来てないけど、何それ」
「一月後あたりに大規模な戦闘があるらしい。その招集が先日届いた。ウミストラ、レオノールにも届いているが、旭には届いていないらしい」
「人選んで招集してんだろ。お前は要らねぇってよ」
「うっせぇ。俺が必要なほどの戦闘じゃねぇんだろ」
モニカとパーシーは目を合わせて言葉もないまま何かを伝え合う。幼なじみテレパシーで何が伝わったのかはわからないが、2人揃ってくすくすと可愛らしく笑っているようだった。
「私たちにも届いてないよ。そもそも、一年が戦闘招集ってこと自体が稀なんじゃない?」
「ん〜……それもあるが、俺たちが戦闘向きな魔法を使うってのが大きいだろうな。俺は戦闘も索敵もできる。ダモクレスは|一対一《タイマン》なら敵なしだろうし、広範囲の魔法ならウミストラより適任はいない」
「私も全部いけるし」
「はっ、呼ばれてないからって僻むなよ」
「|超重力《ギガ・グラビティ》・|五倍《クインティ》」
「やるのは勝手だが、椅子は壊すなよ」
レオノールの周りだけ空間が歪んで見えるのを全員見えないフリをして話を続ける。旭は無表情のまま、キツイ重力に耐えかねて次第にぷるぷると震え出し、冷や汗までかき始めたレオノールの前にわざと冷水を注いでいじりだした。飲まないのか、とでも言いたげな顔で姿勢を維持するので限界なレオノールと目を合わせて煽りだす。
そんなことをしているとようやく料理が完成したのか、店主が美味そうに湯気をラーメンを持って来た。注文したのは全員同じで、一番のオススメらしい醤油ラーメン。目の前に置かれたラーメンを見てレオノールと旭は今にも涙を流すのではないかと思ってしまうほど感動していた。
「クラウディア……もう限界……腕上がんねぇから許して……」
「|許《・》|し《・》|て《・》|?《・》」
「……許して下さい!!!!!」
「よろしい」
旭とレオノールは両手を合わせて感謝を告げてからラーメンを啜る。
「んじゃ、いただきます」
その光景は、店内にいる誰もが振り返って見てしまうほど異様なものだっただろう。ノーチェスには、ラーメンはもちろん麺類の食物が存在しない。『啜る』という行為が初めての経験なのである。
先入観。食事は丁寧で上品でなくてはならない。それが、他の誰かと共にする食事ならなおのことである。しかし旭たちの行動はそれに反するものであった。
音を立てて啜る!
それは極東独自の食文化である。上品さの欠けらも無い行為だが、それが逆にモニカたちの食欲を煽る。理由はまったくわからないが、音を立てて麺を啜る行為は、人によってはどうしてかむしろ食欲をそそる事に繋がるらしい。それは『おいしい』という表現であったり、また、ラーメンの香りを楽しむための一種の食べ方であるだとか、様々な説が囁かれているが、根拠は一切ない。
「……む、む……うまくすすれない……」
「やらなくていい……あれは別次元のナニカだから……」
真似して麺を啜ろうとするモニカをパーシーは制止する。どうやら店主も理解があるのか、麺を啜って食べる旭たちを見てなにやら満足気な顔をして頷いているのだった。
「……食べやすい。こんな食べものがあったとは……」
「ラーメンって食べにくいね……旭たちみたいに啜った方がむしろ良さそうだ」
ウミストラとダモクレスも初めて食べるラーメンに感動したのか、目を輝かせながらひと口ひと口美味しそうに食べていく。
「まさかここまでのクオリティとは……」
「極東のラーメンが再現されてるどころの話じゃない……本物だ……」
その傍ら、旭たちは久しぶりに食べるラーメンに涙を流しながら黙々と箸を進めていく。淡口醤油の風味が抑えられた素材の味を活かすラーメン。しかし、決してコクが薄いこともない。極東の人間の舌に刻み込まれた醤油ラーメンの味が思い出される。
「ごちそうさん」
「はやっ……もっと味わって食べなさいよ」
「ラーメンは時間が経つとスープを吸って麺の味が落ちるんだよ。熱くて美味いうちに食わなきゃ地獄を見るぞ」
ラーメン初心者とも呼べるパーシーたちにアドバイスを残して旭は再び手を合わせる。食事の前に感謝を表すのも、極東独自の文化である。もっとも、あまりその習慣が身についていないレオノールは忘れることがほとんどだが、旭はそれを欠かさない。元より、貴族であるダモクレスに次いで、旭はかなりテーブルマナーにうるさい。当然、ラーメンの前では例外である。
初めて食べるラーメンを味わいながら、モニカたちも無事に完食する。形だけでも、と言ってモニカは旭の真似をして手を合わせて感謝を告げた。旭たちは食べた感想を少し話してから、ラーメン屋を後にするのだった。
「会計はウミストラが払う」
「あ……それは決定事項なんだ……」
五人が外に出ると、気がつけば空には月が浮かんでいた。下弦の月、月は徐々に欠けていく。その姿を見て、レオノールは刻限が近いことに危機を覚える。この月が再び満ちるまで、もうひと月もない。そうなれば、七曜は容赦なくバウディアムスを襲ってくるだろう。
「ん〜! おなかいっぱい! 大満足!」
「モニカ、食べるの好きだね〜」
「レオノール、今度また試合でもどうだ」
「絶対負けねぇ」
楽しかった時間の余韻に浸るモニカたちとは対照的に、旭だけは緊張した面持ちで月を見上げる。モニカとパーシーは戦闘招集について知らなかった。まだ知らないだけかもしれない。もしくは、戦闘に参加させることができない理由がある。恐らく後者だろう。油断はしていられない。
「なぁレオ。もうすぐだ」
「……ん、そうだな」
七曜の魔法使いの襲撃まで、残り二十二日。