2.助け人
ー/ー
「キ…丈夫? おーい、呼ん…めか。…しよう。こうい…て、息をしていなかったら確か…するん…よな」
ボヤボヤと人の声が聞こえる。声のおかげで歪んでいた視界が薄っすら戻ってきて、現実に戻される。青空が見え、ゆっくりと目を開くと唇と唇が重なる直前だった。
私はすぐに反射的に動き、自分でもびっくりするほど早く立ち上がっていた。
「あああごめん! 悪気はなくて、今は緊急用アンドロイドがいないから昔の蘇生方法の…心肺蘇生ってやつを試そうとしただけで!」
ドキドキと鼓動が鳴りながら、慌てる青年を見る。白い服を着ていて、グレーの髪に濃い緑色の瞳。印象的には良い人に見える。
「いえ、助けようとしてくれてありがとうございます。ところで、此処は何処ですか?」
「此処は、栄西町だけど…」
私がいた所も栄西町だ。ということは場所は移動していない。私のみ間違えだろうと思いたいが、周りの景色が違う時点でおかしい。私が寝ている間に祭りは終わっていて、いつも通りに戻っていたら良かったけど、明らかにお祭りだけじゃなくて住宅街も雰囲気や位置が変わっている。どういうことなのだろうか。
「あの、今の西暦は…」
「六〇三四年だ。」
西暦がまだ経って居ない。此処は…未来の日本?
「キミは何処から来たの? もしよかったら送るけど」
青年はこちらに手を差しのべる。誰も居ないこの未来で、この人だけは優しい言葉をくれる。とても嬉しく、少し涙が目を滲ませる。孤独を感じたことがないからか、この人は仏なんじゃないかと思う程に安心できる。
きっとそんな結構先の未来には私の家は存在しないだろう。存在していたら逆に怖いくらいだ。
「私の家はないんです」
青年は不思議そうに首を傾げたが、察したのか気遣ったのかこう言う。
「じゃあ、俺のところに来る?」
「いいんですか!」
「この世界で困ってる人なんか放っておけないし。それに……」
何か続きを言おうとしていたが、何故かやめてしまった。
何を言おうとしたのか聞き返すと、後で話す、といきなり真剣に言って私の口を手で覆った。
人差し指を立てて口に近づけ、静かにと合図をする。少し混乱している中、青年は私の腕を掴んで木の影に隠れた。姿勢を低くしてゆっくり覗く青年を追って私もちらりと覗く。すると、そこにいたのは人型のロボットだった。
ロボットの目に値するセンサーが、ウィーンウィーンを機械らしい音を出して辺りを見回している。
一瞬こちらを見て気づかれたのかと思ったが、影にぴったり隠れていたようで気づかれない。脚代わりっぽいタイヤのようなものを回転させて、私たちを気にせず真っ直ぐ行ってしまった。
すると、青年は力を抜いて疲れたように木に凭れこんだ。私の口を閉ざしていた手も離し、警戒している素振りで言う。
「早めに此処を離れた方がいいな。」
「あの、どういうことですか」
すると青年は目を丸くし、体を硬直させる。
「き、きみ知らないの? 現世に生きてる人間はみんな知ってると思うんだけど……取り合えず、後で話す。今は危ないから急いで此処を出よう」
危ない、急いで、というのはどういう事?
危機を意味する言葉を私は理解できない程混乱している。
青年は立ち上がる。私の腕を引っ張り、その勢いで私も立つ。腕を掴んでキョロキョロと辺りを見回すと、駆け抜けて街を出た。
何分走ったかはわからないけれど、青年の後姿には見覚えのあるような気がした。
昔の記憶と青年が重なって、とても不思議な感じがした。
現代とは違い、地下に向かうはずの階段もエスカレーターとは少し違う丸い円盤に乗って移動する。
走っている間、地下に行くと言われた時は薄暗いのを考えていたけれど、予想外にシェルターのような白く明るい地下で驚いた。青年は何の驚きも見せず、この時代はこれが当たり前なんだなと思う。
ドアのセンサーが、青年を認識し、青いランプがついて開く。
中に入ると、普通の部屋のような空間が目に入り、変に緊張しそうな場所じゃなくて安心した。
「此処は安全だからリラックスするといいよ。飲み物持ってくるけど、何がいい?」
「じゃあ、ホットミルクお願いします」
青年は微笑んで頷くと、違う部屋に行った。私は近くにあったソファーに座って待つ。
テレビはなく、よくわからない球や半透明の板、私が生きていた時代にはないもので埋まっている。
他の人がこの時代に飛ばされても、不思議な感覚がするだろうな。増してや奈良時代とか、平安時代とか生きていた人なんかがこっちに来たら驚きすぎて気絶してそう。
数分経つと、ホットミルクを持って青年が帰ってきた。ホットミルクを私に差し出し、受け取ると隣に座って言った。
「俺は空澄。聞きたいことがあったら、何でも言ってね。キミは何だか不思議の国から来たようだから」
笑ってそう言う空澄さんに私は不思議の国じゃなくて過去の此処です、と思っていた。
「えっと、私は冴耶です。あの、今の日本はどうなってるんですか? さっきもロボットから隠れていたし……」
「今、この世界はAIがあるきっかけで暴走し、侵略されているんだ。不審者を排除するという設定が、不審者=人間という認識になってしまって、街の役にたっていたアンドロイドは人を見つければ殺すようになったんだ」
深刻そうな顔は、何処かで見たことがあるように見える。
「じゃあ、今私たち人間はさっきのようなアンドロイドから逃げているという事ですか。その暴走を止めることはできないんでしょうか」
「多分、無理だね。過去に何度か暴走を止めようとしてセキュリティ管理室に入った人たちが、以前ではとても活躍していたAI防犯カメラによって殺された。人が労働を嫌がってAIを頼りすぎたせいだね。自業自得だよ」
悔しそうに手に力が入っていて、実際の事がわからなくても空澄さんがどれだけ苦労しているか伝わる。
私の方をちらりと見ると、すぐに力を抜いて微笑んだ。
「此処は俺の親が残してくれた高い性能を持つシェルターだから、しばらくは此処で過ごそうか」
「ありがとうございます。私にできることがあったら、何でも言って下さい!」
空澄さんは微笑んでくれたけれど、悲しそうな表情にもわかる。
本当はあの人を探すために祭りに来ていたわけだけど、こうなってしまったのなら、空澄さんを助けたい。
この辛そうな顔は、あの人にも似ているところがある。5歳の時の私だって、あの人が悲しそうな表情を浮かべているのには気づいていた。あの時助けられなかった、せめての相談もすることができなかった。だから、空澄さんは絶対救ってあげたい。
たとえ、AIの世界になっていたとしても。
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ボヤボヤと人の声が聞こえる。声のおかげで歪んでいた視界が薄っすら戻ってきて、現実に戻される。青空が見え、ゆっくりと目を開くと唇と唇が重なる直前だった。
私はすぐに反射的に動き、自分でもびっくりするほど早く立ち上がっていた。
「あああごめん! 悪気はなくて、今は緊急用アンドロイドがいないから昔の蘇生方法の…心肺蘇生ってやつを試そうとしただけで!」
ドキドキと鼓動が鳴りながら、慌てる青年を見る。白い服を着ていて、グレーの髪に濃い緑色の瞳。印象的には良い人に見える。
「いえ、助けようとしてくれてありがとうございます。ところで、此処は何処ですか?」
「此処は、栄西町だけど…」
私がいた所も栄西町だ。ということは場所は移動していない。私のみ間違えだろうと思いたいが、周りの景色が違う時点でおかしい。私が寝ている間に祭りは終わっていて、いつも通りに戻っていたら良かったけど、明らかにお祭りだけじゃなくて住宅街も雰囲気や位置が変わっている。どういうことなのだろうか。
「あの、今の西暦は…」
「六〇三四年だ。」
西暦がまだ経って居ない。此処は…未来の日本?
「キミは何処から来たの? もしよかったら送るけど」
青年はこちらに手を差しのべる。誰も居ないこの未来で、この人だけは優しい言葉をくれる。とても嬉しく、少し涙が目を滲ませる。孤独を感じたことがないからか、この人は仏なんじゃないかと思う程に安心できる。
きっとそんな結構先の未来には私の家は存在しないだろう。存在していたら逆に怖いくらいだ。
「私の家はないんです」
青年は不思議そうに首を傾げたが、察したのか気遣ったのかこう言う。
「じゃあ、俺のところに来る?」
「いいんですか!」
「この世界で困ってる人なんか放っておけないし。それに……」
何か続きを言おうとしていたが、何故かやめてしまった。
何を言おうとしたのか聞き返すと、後で話す、といきなり真剣に言って私の口を手で覆った。
人差し指を立てて口に近づけ、静かにと合図をする。少し混乱している中、青年は私の腕を掴んで木の影に隠れた。姿勢を低くしてゆっくり覗く青年を追って私もちらりと覗く。すると、そこにいたのは人型のロボットだった。
ロボットの目に値するセンサーが、ウィーンウィーンを機械らしい音を出して辺りを見回している。
一瞬こちらを見て気づかれたのかと思ったが、影にぴったり隠れていたようで気づかれない。脚代わりっぽいタイヤのようなものを回転させて、私たちを気にせず真っ直ぐ行ってしまった。
すると、青年は力を抜いて疲れたように木に凭れこんだ。私の口を閉ざしていた手も離し、警戒している素振りで言う。
「早めに此処を離れた方がいいな。」
「あの、どういうことですか」
すると青年は目を丸くし、体を硬直させる。
「き、きみ知らないの? 現世に生きてる人間はみんな知ってると思うんだけど……取り合えず、後で話す。今は危ないから急いで此処を出よう」
危ない、急いで、というのはどういう事?
危機を意味する言葉を私は理解できない程混乱している。
青年は立ち上がる。私の腕を引っ張り、その勢いで私も立つ。腕を掴んでキョロキョロと辺りを見回すと、駆け抜けて街を出た。
何分走ったかはわからないけれど、青年の後姿には見覚えのあるような気がした。
昔の記憶と青年が重なって、とても不思議な感じがした。
現代とは違い、地下に向かうはずの階段もエスカレーターとは少し違う丸い円盤に乗って移動する。
走っている間、地下に行くと言われた時は薄暗いのを考えていたけれど、予想外にシェルターのような白く明るい地下で驚いた。青年は何の驚きも見せず、この時代はこれが当たり前なんだなと思う。
ドアのセンサーが、青年を認識し、青いランプがついて開く。
中に入ると、普通の部屋のような空間が目に入り、変に緊張しそうな場所じゃなくて安心した。
「此処は安全だからリラックスするといいよ。飲み物持ってくるけど、何がいい?」
「じゃあ、ホットミルクお願いします」
青年は微笑んで頷くと、違う部屋に行った。私は近くにあったソファーに座って待つ。
テレビはなく、よくわからない球や半透明の板、私が生きていた時代にはないもので埋まっている。
他の人がこの時代に飛ばされても、不思議な感覚がするだろうな。増してや奈良時代とか、平安時代とか生きていた人なんかがこっちに来たら驚きすぎて気絶してそう。
数分経つと、ホットミルクを持って青年が帰ってきた。ホットミルクを私に差し出し、受け取ると隣に座って言った。
「俺は空澄。聞きたいことがあったら、何でも言ってね。キミは何だか不思議の国から来たようだから」
笑ってそう言う空澄さんに私は不思議の国じゃなくて過去の此処です、と思っていた。
「えっと、私は冴耶です。あの、今の日本はどうなってるんですか? さっきもロボットから隠れていたし……」
「今、この世界はAIがあるきっかけで暴走し、侵略されているんだ。不審者を排除するという設定が、不審者=人間という認識になってしまって、街の役にたっていたアンドロイドは人を見つければ殺すようになったんだ」
深刻そうな顔は、何処かで見たことがあるように見える。
「じゃあ、今私たち人間はさっきのようなアンドロイドから逃げているという事ですか。その暴走を止めることはできないんでしょうか」
「多分、無理だね。過去に何度か暴走を止めようとしてセキュリティ管理室に入った人たちが、以前ではとても活躍していたAI防犯カメラによって殺された。人が労働を嫌がってAIを頼りすぎたせいだね。自業自得だよ」
悔しそうに手に力が入っていて、実際の事がわからなくても空澄さんがどれだけ苦労しているか伝わる。
私の方をちらりと見ると、すぐに力を抜いて微笑んだ。
「此処は俺の親が残してくれた高い性能を持つシェルターだから、しばらくは此処で過ごそうか」
「ありがとうございます。私にできることがあったら、何でも言って下さい!」
空澄さんは微笑んでくれたけれど、悲しそうな表情にもわかる。
本当はあの人を探すために祭りに来ていたわけだけど、こうなってしまったのなら、空澄さんを助けたい。
この辛そうな顔は、あの人にも似ているところがある。5歳の時の私だって、あの人が悲しそうな表情を浮かべているのには気づいていた。あの時助けられなかった、せめての相談もすることができなかった。だから、空澄さんは絶対救ってあげたい。
たとえ、AIの世界になっていたとしても。