まん丸と太った白い光が、真っ暗な空に浮かんでいる。わたしは、思わず目を細めた。
「どうしても行かれるのですか」
マロの恨めしげな声を背中で聞き流しながら、わたしは空を見上げ続けた。振り返らなくとも、マロのふてくされた顔が目に浮かぶ。
それでもわたしが空から目を離せないのは、白い光が、今までになく強く輝いていて、わたしを呼んでいるからだ。
少し前から、じりじりと焼けるような熱がわたしの胸を焦がし、幻聴すら聞こえてくる。はっきりとした言葉としては聞き取れないけれど、あそこでわたしを待っているだれかがいるのだ。
あそこへ帰りたい、と思う気持ちが今まで以上にわたしの中で膨らんで、抑えることができない。
きっとわたしは、あそこへ行く。いや、行かなければならないのだ。
あの白い光の先へ、わたしが行く時が、もうすぐそこまで迫ってきている。
「姫のためなのです」
ぽつり、と宙に吐き出された言葉は、マロの最期の願いのように聞こえた。
思わず振り返ったわたしの目に、マロのきつく握りしめた両の拳が見えた。白い肌が更に鬱血《うっけつ》したように青白くなっている。
「わたしのため? それはどういうこと? マロも何か知っているのね」
クラミズは、結局なにも教えてくれなかった。
考えてみれば、時折ここを訪れるだけのクラミズよりも、わたしを産んだという〝御方様〟との繋がりのあるマロなら、わたしの傍にずっといてくれたマロなら、すべてを知っているのではないか。
高鳴る胸の音を聞きながら、わたしはマロの傍へ近寄って手をのばした。
マロが、困ったような泣きそうな顔でわたしを見上げる。
「このままここで、マロと一緒に……マロに、姫のお世話をさせてください……っ」
嗚咽まじりのマロの声が、わたしの胸にしんしんと染み渡る。マロには、これまで本当によく世話になった。わたしのことをずっと傍で見守ってくれていた。
そんなマロには悪いと思うものの、わたしはこの胸の内から湧き上がる強い想いを抑えることができない。
――行かなければ。
マロの泣き顔を振り切って、わたしは空を見上げた。ぐんっ、と背をのばして意識を空へと向ければ、足の裏から何かの鎖が千切れるような音を聞いた。ふわりと浮かび上がる身体を感じながら、幸福な高揚感に包まれる。少しずつ白い光がわたしに向かって近づいてくる。
じりじりと焼けるような熱と光が、わたしの頭上から降り注ぐ。
ああ、もう抗えない。
わたしの身体は、白い光の中へ吸い込まれるように消えていった――――――。
++〇++
みーん、みんみんみん…………――――。
「あ、セミが鳴いてる」
「もう夏だねぇ~」
だれかとだれかの話し声がする。
「セミって、たしか七日しか生きられないんだっけ? 短い命を憂いて《《泣いて》》いるのかな……」
「いや。本当は一ヵ月くらい生きるそうだよ。飼育下での生育が難しいから捕まえるとすぐに死んでしまうのと、野生下では鳥なんかの捕食者に食べられてしまうからそう思われているだけで。それに幼虫の間は、短い種で二年、長い種で十七年も地下で生き続けているんだ」
「十七年も?! そんな暗い地下にずっといて、退屈じゃないのかなぁ……」
「さあな。眠っていれば、あっという間かもよ」
「君って夢がないなぁ……でも、そうか……地中でそんなに長い間眠っているのだとしたら、きっとものすごく長い《《夢》》を見ることになるだろうね。一体どんな夢を見ているんだろう……」
「君は、ロマンチストだな」
「ありがとう、よく言われるよ。…………ねぇ、もしかして、この地面にたくさん開いている穴って……」
ひとりが呟き、土がむき出しになった地面を指さす。そこには小さな穴がぽこぽこと、たくさん開いている。
「ああ、そうだよ。それは、セミが地上に出てきた時にできた穴さ」
「うへぇ〜、きもちわるぅ〜い」
その時、二人の傍にあった一本の樹から、ぼとり、と何かが地に落ちた。セミの死骸だ。命の限りを尽くし、魂の抜けたその抜け殻は、まるで干からびたミイラのようだった。
メスはオスと交尾をし、最後の命を振り絞り、樹の幹に卵を産み付ける。卵はその年の冬を越し、翌年の梅雨頃に孵化して幼虫となり、地面に落ちて土の中へもぐる。幼虫は、木の根から汁を吸いながら、ゆっくりと数年をかけて成長する。
今度生まれてくる子らは、地中で一体どんな夢を見るのだろうか――――――。
了