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第4話 かしこい男

ー/ー



 どこからか澄んだ冷たい空気が流れてくる。だれかがまた、ここを訪れたのだろう。イシヅキに、アベチカ、次から次へといとまがない。

「クラミズ様がおいでです」

 マロの声が背後から聞こえた。わたしは、視線を空へ向けたまま答えなかった。

 白い光が、前より少しずつ大きく、強くなっている気がするのだ。胸が(はや)る。わたしは、あそこへ行かなければいけない気がする。
 
「姫が御退屈なされていると伺いましたので、今日は、私のとっておきの宝物をお持ちいたしました」

 背後から、涼やかな落ち着いた男の声がした。

 わたしは、男の口にした言葉が気になり、後ろを振り返った。

「宝物?」

 平伏して、こちらへ烏帽子の先端を向けている男がいた。

「はい、こちらに」

 クラミズが、床の上に置かれた植木鉢を、すっとわたしのほうへと滑らす。そこには、一本の木が生えていた。

 くねくねと曲がった幹は銀色に輝き、尖った枝葉の先に丸い玉がついている。

「これは」

 わたしが身を乗り出して見れば、顔を上げたクラミズが涼やかな目元を緩ませた。

「こちらは、精霊の宿り木。枝の先に成っている玉が、精霊の御霊(みたま)です。もうすぐ孵化する頃合ですので、姫にお見せしようとお持ちいたしました」

 銀色の枝の先についた玉は、ほわんほわん、と淡い光を放ち、脈動しているように見える。

 そのままじっと見つめていると、ぱりっと小さな亀裂が入り、中から羽根を生やした虫のような何かが這い出してきた。

 それは、小さな羽虫のような生き物だった。半透明の羽根を震わせて、ふわりふわりと宙を舞い、頼りなげな光を帯びて飛んでいる。

 一匹、また一匹と、孵化した光虫がわたしとクラミズの間を彷徨い、わたしの鼻先をかすめて通り過ぎてゆく。

 どこへゆくのかと見送れば、孵化した小さな光虫たちは、暗い空へと昇っていく。その先には、ひときわ強い光が見えた。あれが彼らを導いているようだ。

 その時、突然わたしの中に、帰らなくては、という強い想いが膨らんだ。

 無意識に光を追って立ち上がろうとしたわたしの腕が、誰かに掴まれた。クラミズだ。

「いけません。あなたは、ここにいるほうがいい」

 クラミズの黒い瞳に、白い光が見えた。静かな叡智と、僅かな恐れを湛えた目だ。

「あれが何か、知っているのだな」

 わたしの問いに、クラミズは僅かに目を細めた。彼はいつもわたしに会う度、わたしの知らない話を聞かせてくれる。わたしの知りたいことを、彼なら教えてくれると思った。

「知らないほうがいい」

 クラミズが静かに首を横に振る。やはり、彼は何か知っているのだ。

「ここにいれば、あなたは安全です。何者にも脅かされることなく、あなたの好きにできるというのに……」

 なぜここを出ようとするのですか、とクラミズはわたしに問うた。

 その答えこそ、わたしがずっと知りたいと思っているというのに……。

「わからない。でも、あれがわたしを呼ぶのだ。だれかがわたしを待っている……そんな気がするのだ」

 話しながら、その言葉が確信へ変わっていくのを感じた。

 そうだ。あそこに、わたしを待っているだれかがいる。

 わたしの手首を握るクラミズの手に力がこもる。クラミズの掌は、ひんやりと冷たい。それでも、握られた箇所がじんじんと熱を帯びていくのがわかる。

「いくな。いつまでも、私の姫でいてくれ」

 すがるように私を見るクラミズの目が、すでにその答えを知っているような気がした。



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 どこからか澄んだ冷たい空気が流れてくる。だれかがまた、ここを訪れたのだろう。イシヅキに、アベチカ、次から次へといとまがない。
「クラミズ様がおいでです」
 マロの声が背後から聞こえた。わたしは、視線を空へ向けたまま答えなかった。
 白い光が、前より少しずつ大きく、強くなっている気がするのだ。胸が逸《はや》る。わたしは、あそこへ行かなければいけない気がする。
「姫が御退屈なされていると伺いましたので、今日は、私のとっておきの宝物をお持ちいたしました」
 背後から、涼やかな落ち着いた男の声がした。
 わたしは、男の口にした言葉が気になり、後ろを振り返った。
「宝物?」
 平伏して、こちらへ烏帽子の先端を向けている男がいた。
「はい、こちらに」
 クラミズが、床の上に置かれた植木鉢を、すっとわたしのほうへと滑らす。そこには、一本の木が生えていた。
 くねくねと曲がった幹は銀色に輝き、尖った枝葉の先に丸い玉がついている。
「これは」
 わたしが身を乗り出して見れば、顔を上げたクラミズが涼やかな目元を緩ませた。
「こちらは、精霊の宿り木。枝の先に成っている玉が、精霊の|御霊《みたま》です。もうすぐ孵化する頃合ですので、姫にお見せしようとお持ちいたしました」
 銀色の枝の先についた玉は、ほわんほわん、と淡い光を放ち、脈動しているように見える。
 そのままじっと見つめていると、ぱりっと小さな亀裂が入り、中から羽根を生やした虫のような何かが這い出してきた。
 それは、小さな羽虫のような生き物だった。半透明の羽根を震わせて、ふわりふわりと宙を舞い、頼りなげな光を帯びて飛んでいる。
 一匹、また一匹と、孵化した光虫がわたしとクラミズの間を彷徨い、わたしの鼻先をかすめて通り過ぎてゆく。
 どこへゆくのかと見送れば、孵化した小さな光虫たちは、暗い空へと昇っていく。その先には、ひときわ強い光が見えた。あれが彼らを導いているようだ。
 その時、突然わたしの中に、帰らなくては、という強い想いが膨らんだ。
 無意識に光を追って立ち上がろうとしたわたしの腕が、誰かに掴まれた。クラミズだ。
「いけません。あなたは、ここにいるほうがいい」
 クラミズの黒い瞳に、白い光が見えた。静かな叡智と、僅かな恐れを湛えた目だ。
「あれが何か、知っているのだな」
 わたしの問いに、クラミズは僅かに目を細めた。彼はいつもわたしに会う度、わたしの知らない話を聞かせてくれる。わたしの知りたいことを、彼なら教えてくれると思った。
「知らないほうがいい」
 クラミズが静かに首を横に振る。やはり、彼は何か知っているのだ。
「ここにいれば、あなたは安全です。何者にも脅かされることなく、あなたの好きにできるというのに……」
 なぜここを出ようとするのですか、とクラミズはわたしに問うた。
 その答えこそ、わたしがずっと知りたいと思っているというのに……。
「わからない。でも、あれがわたしを呼ぶのだ。だれかがわたしを待っている……そんな気がするのだ」
 話しながら、その言葉が確信へ変わっていくのを感じた。
 そうだ。あそこに、わたしを待っているだれかがいる。
 わたしの手首を握るクラミズの手に力がこもる。クラミズの掌は、ひんやりと冷たい。それでも、握られた箇所がじんじんと熱を帯びていくのがわかる。
「いくな。いつまでも、私の姫でいてくれ」
 すがるように私を見るクラミズの目が、すでにその答えを知っているような気がした。