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ー/ー



 

 とりあえず屋上の偵察に行こうと、私は立入禁止の屋上へと足を運んだ。

でも当然屋上に続くドアには鍵が掛かっていて、今の時代、そう簡単には死なせてくれないらしい。

さっき香奈が言っていた本間利夫はどうやって自殺したのか調べようと、屋上のドアの前の階段に腰を下ろしスマホを取り出した。

包丁で刺すとか痛いのは嫌だし、出来れば一瞬で死ねるような死に方がいいな。

ああ私、死にたいほど小湊先生が好きなんだな。そこまで人を好きになれるとか超かっこいいじゃん自分。

とか自惚れながらスマホの画面に集中していると、階段の下から誰かに声をかけられた。


「美波さん、そんなとこで何してんの。」

ハッとして下を見ると、同じ3年生の久賀君だった。私が一昨日の朝振ったばかりの久賀君。

「ええと、ちょっとね、色々調べようと思って。」

「そんな立入禁止区域で?」

「う、うん、」

「隣、行ってもいい?」

「·····まあ、いいけど。」


久賀君の精神力、半端ない。

私ははっきりと他に好きな人がいると告げたのにな。

久賀君が一歩一歩階段を登って来ると、平然と私の隣に座った。

「ねえ、美波さんの好きな人ってさ、小湊でしょ。」

「ええっ?!」

「当たり?」

「うん、そう。当たり。」

「だよね。見てたら分かるけどさ。しかも1年の時からずっとだよね。」

「え?ま、前から知ってたの?!」

「まあ、ね。」


じゃあ何で私に告ったんだ。知ってて告ったってこと?

ちょっとびっくりした。

そりゃ私の行動はあからさまなものかもしれないけど、私の存在なんてこの学校の全生徒、何百分の一に過ぎない。

私からしたら久賀君は告白された今でも何百分の一に過ぎなくて、だから私を見ていた久賀君に驚いた。

私なんて地味なカースト3軍出身なのに。

「美波さんて1年の時学校休みがちだったよね。」

「うん。よく覚えてるね⋯⋯。」

久賀君は確か1年の時同じクラスだった。もしかしてその頃から私のこと好きだったとか?

なんて、自意識過剰にも程がある。

「実はさ、美波さんが休みがちなのが気になっててさ、」

「·······?」

「何で入学早々休んでるのかなとか、何か嫌なことでもあったのかなって思ってて」

「·······」

何となく、この次に聞かれるのは「あの時何で休んでたの?」って言葉なんだろうなと思ったら、いい気はしなかった。

それでも振ってしまった手前、ちゃんと答えなきゃと真面目に思って。

何て答えようか考えていると、久賀君が予想外のことを言ってきた。

「そうやって考えているうちに、いつの間にか美波さんのこと好きになってたんだよね。」

「······え」

「きっと小湊も同じでさ、美波さんが休んでたから色々考えて助けたいって思ったんだろうね。」

「·······」

「小湊が美波さんを救ったんでしょ?」

「うん。まあ。」

「担任でもない癖にね。俺は小湊に敵わないと思ったから卒業前にきっぱり振られとこうと思ったんだよ。」

「はは。」

「応援してるよ。」

久賀君は、いい人だ。

普通教師と生徒なんてあり得ないはずなのに、冷やかしでも何でもなく本心を言ってくれているのだと、思う。

でも久賀君の言葉で、私は例え死んでも先生に好きにはなってもらえないのだと悟った。

久賀君は休みがちな私を気にして好きになってくれて、小湊先生は休みがちな私を気にしてくれても、好きにはなってくれていない。

大事な奥さんという存在があるからじゃない。

久賀君にだって大事な水泳という存在があって、それでも私を今日まで好きでいてくれたのだから。

奥さんに敵わず悔しいと思っていた感情が、あきらめに変わり果てる。

いい人からもらう「応援してる」は、けっこう辛いよ久賀君。


 それから私は、先生の元に質問をしに行くことはなくなった。

たまに顔を合わせれば向こうから声は掛けてくれたけど、受験勉強を理由に先生から逃げていた。

「最近来ないですけど、困ったことがあれば、いつでも来て下さい、ね。」

親のような教師の言葉。

先生はやっぱり私を一人の生徒としか思ってなくて、廊下で会うたびに先生からは奥さんの香りがした。

次第に顔を合わせるのも辛くなって、私は出来るかぎり小湊先生を避けるようになっていった。

そんな私の行動に当然香奈は気付いてくれて、

「桜、最近あの香水つけてないね。」

「⋯⋯うん。」

「あんなに小湊のこと好きだったのに。何で急に避けるようになった?」

帰り道に立ち寄った公園のベンチで、私は香奈に先生への想いを諦めたことを話した。

何となく香奈には聞いてほしかったから。

奥さんに勝ちたいがために死のうとしたこと、初めてそれくらい人を好きになったということ、でも結局先生は私を一人の生徒としか見ていないということも含めて。

必死に駄目な、かっこ悪い自分を香奈に伝えた。

自分の本心を洗いざらい話したのは多分これが初めてだった。

香奈は私の涙が流れるよりも先に泣いてくれた。

香奈という大切な親友が出来たのも、私がこうして普通に高校生活を送れているのも全て小湊先生のお陰だ。

必死に感謝を胸に刻んで私は初めての失恋を経験した。

失恋がこんなにも辛く苦しいものだったなんて知らなかった。

きっと私はこの辛さを知ることを恐れていて、ずっと気付かないふりをしていただけなんだ·····。

それと同時に、久賀君を心から尊敬した。


 それから半年後、私は何事もなく平穏に卒業式の日を迎えた。

昔は就職するつもりでいたけど、特待生制度のある大学に入学することにした。

受験勉強から解放されて少し気は晴れていたのに、小湊先生には報告せず仕舞いだ。

久賀君は私に振られると分かっていながら告白してくれたのに⋯⋯。

そのことがずっと頭の中にあって、私もちゃんと先生に想いを伝えるべきか迷っていた。


卒業式が終わって、クラスでの最後の会が終わった後、校庭には沢山の先生や生徒たちが泣きながら別れを惜しんでいた。

私も香奈や他の友達、それに久賀君とも別れの挨拶をして、泣く場面にも関わらずずっと緊張しっぱなしだった。

先生に想いを伝えようかどうしようか⋯⋯

ちらちらと自然と小湊先生を目で追ってしまう自分がいて、きっと先生には挙動不審に見えていることだろう。

人に自分の想いを伝えることが、こんなにもドキドキして苦しいものなのかと知った。

人が少なくなってきて、嫌でも先生と目が合う回数が増えてくると、私は意を決して先生の元に歩いて行った。

「こ、小湊先生······!」

その名前を口にしただけで、目頭に涙が溢れた。

視界がぼやけて、胸が熱くなって、痛くなって。

そんな私を見て眉尻を下げ困ったようにふと笑う先生。

「美波さん。卒業、おめでとうございます。」

「あ、ありがとう、ございます…」

「進学も、おめでとうございます。特待枠に入れて、凄いです、ね。」

「い、いえ、先生の、お陰です。ほ、本当に、ありがとう、ございました。」

鼻をすすってもすすっても涙は次から次へと溢れてくる。

俯きっぱなしの私の頭を先生がふわりと撫でてくれた。

「良かった⋯⋯。僕はてっきり、あなたに嫌われてしまったのかと、思っていたので⋯⋯。」

泣いて鼻がつまってしまったせいか、その日は昔懐かしの香水が感じられなかった。

「き、嫌うはずなんて、ありません。わ私、ほんとうは」

詰まりながらも必死に喉から声を出そうとした。でも全然出てこない。
言わなきゃと思うほど涙と鼻水が邪魔をしてくる。

死にたいほど好きだった自分の気持ちは宙ぶらりんのまま。

苦しいけど言わないと、痛くても言わないと。


先生がぐちゃぐちゃになった私の顔を覗き込むようにして、囁いた。

「美波さんに、頼られなくなったこの半年間、僕は孤独でした。」

「え⋯⋯」

「もし、あなたも同じように感じてくれていたのなら、ここに連絡して下さい。」

先生が私に二つ折りのメモ用紙を渡してきた。

すぐに先生が人差し指を自分の唇に当てて、ナイショという仕草をして、ふわりと笑った。

こんな時でも、かわいいかよ。


皆と別れた後、私は一人になった帰り道でそのメモ用紙を開いてみた。


『"歎きつつひとり寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る"

090-xxxx-xxxx

小湊 昌晴』


今度は、私が先生の孤独を埋める番かもしれない。

その日の夜、私は電話でさっき伝えられなかった自分の想いを伝えた。



-fin-


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 とりあえず屋上の偵察に行こうと、私は立入禁止の屋上へと足を運んだ。
でも当然屋上に続くドアには鍵が掛かっていて、今の時代、そう簡単には死なせてくれないらしい。
さっき香奈が言っていた本間利夫はどうやって自殺したのか調べようと、屋上のドアの前の階段に腰を下ろしスマホを取り出した。
包丁で刺すとか痛いのは嫌だし、出来れば一瞬で死ねるような死に方がいいな。
ああ私、死にたいほど小湊先生が好きなんだな。そこまで人を好きになれるとか超かっこいいじゃん自分。
とか自惚れながらスマホの画面に集中していると、階段の下から誰かに声をかけられた。
「美波さん、そんなとこで何してんの。」
ハッとして下を見ると、同じ3年生の久賀君だった。私が一昨日の朝振ったばかりの久賀君。
「ええと、ちょっとね、色々調べようと思って。」
「そんな立入禁止区域で?」
「う、うん、」
「隣、行ってもいい?」
「·····まあ、いいけど。」
久賀君の精神力、半端ない。
私ははっきりと他に好きな人がいると告げたのにな。
久賀君が一歩一歩階段を登って来ると、平然と私の隣に座った。
「ねえ、美波さんの好きな人ってさ、小湊でしょ。」
「ええっ?!」
「当たり?」
「うん、そう。当たり。」
「だよね。見てたら分かるけどさ。しかも1年の時からずっとだよね。」
「え?ま、前から知ってたの?!」
「まあ、ね。」
じゃあ何で私に告ったんだ。知ってて告ったってこと?
ちょっとびっくりした。
そりゃ私の行動はあからさまなものかもしれないけど、私の存在なんてこの学校の全生徒、何百分の一に過ぎない。
私からしたら久賀君は告白された今でも何百分の一に過ぎなくて、だから私を見ていた久賀君に驚いた。
私なんて地味なカースト3軍出身なのに。
「美波さんて1年の時学校休みがちだったよね。」
「うん。よく覚えてるね⋯⋯。」
久賀君は確か1年の時同じクラスだった。もしかしてその頃から私のこと好きだったとか?
なんて、自意識過剰にも程がある。
「実はさ、美波さんが休みがちなのが気になっててさ、」
「·······?」
「何で入学早々休んでるのかなとか、何か嫌なことでもあったのかなって思ってて」
「·······」
何となく、この次に聞かれるのは「あの時何で休んでたの?」って言葉なんだろうなと思ったら、いい気はしなかった。
それでも振ってしまった手前、ちゃんと答えなきゃと真面目に思って。
何て答えようか考えていると、久賀君が予想外のことを言ってきた。
「そうやって考えているうちに、いつの間にか美波さんのこと好きになってたんだよね。」
「······え」
「きっと小湊も同じでさ、美波さんが休んでたから色々考えて助けたいって思ったんだろうね。」
「·······」
「小湊が美波さんを救ったんでしょ?」
「うん。まあ。」
「担任でもない癖にね。俺は小湊に敵わないと思ったから卒業前にきっぱり振られとこうと思ったんだよ。」
「はは。」
「応援してるよ。」
久賀君は、いい人だ。
普通教師と生徒なんてあり得ないはずなのに、冷やかしでも何でもなく本心を言ってくれているのだと、思う。
でも久賀君の言葉で、私は例え死んでも先生に好きにはなってもらえないのだと悟った。
久賀君は休みがちな私を気にして好きになってくれて、小湊先生は休みがちな私を気にしてくれても、好きにはなってくれていない。
大事な奥さんという存在があるからじゃない。
久賀君にだって大事な水泳という存在があって、それでも私を今日まで好きでいてくれたのだから。
奥さんに敵わず悔しいと思っていた感情が、あきらめに変わり果てる。
いい人からもらう「応援してる」は、けっこう辛いよ久賀君。
 それから私は、先生の元に質問をしに行くことはなくなった。
たまに顔を合わせれば向こうから声は掛けてくれたけど、受験勉強を理由に先生から逃げていた。
「最近来ないですけど、困ったことがあれば、いつでも来て下さい、ね。」
親のような教師の言葉。
先生はやっぱり私を一人の生徒としか思ってなくて、廊下で会うたびに先生からは奥さんの香りがした。
次第に顔を合わせるのも辛くなって、私は出来るかぎり小湊先生を避けるようになっていった。
そんな私の行動に当然香奈は気付いてくれて、
「桜、最近あの香水つけてないね。」
「⋯⋯うん。」
「あんなに小湊のこと好きだったのに。何で急に避けるようになった?」
帰り道に立ち寄った公園のベンチで、私は香奈に先生への想いを諦めたことを話した。
何となく香奈には聞いてほしかったから。
奥さんに勝ちたいがために死のうとしたこと、初めてそれくらい人を好きになったということ、でも結局先生は私を一人の生徒としか見ていないということも含めて。
必死に駄目な、かっこ悪い自分を香奈に伝えた。
自分の本心を洗いざらい話したのは多分これが初めてだった。
香奈は私の涙が流れるよりも先に泣いてくれた。
香奈という大切な親友が出来たのも、私がこうして普通に高校生活を送れているのも全て小湊先生のお陰だ。
必死に感謝を胸に刻んで私は初めての失恋を経験した。
失恋がこんなにも辛く苦しいものだったなんて知らなかった。
きっと私はこの辛さを知ることを恐れていて、ずっと気付かないふりをしていただけなんだ·····。
それと同時に、久賀君を心から尊敬した。
 それから半年後、私は何事もなく平穏に卒業式の日を迎えた。
昔は就職するつもりでいたけど、特待生制度のある大学に入学することにした。
受験勉強から解放されて少し気は晴れていたのに、小湊先生には報告せず仕舞いだ。
久賀君は私に振られると分かっていながら告白してくれたのに⋯⋯。
そのことがずっと頭の中にあって、私もちゃんと先生に想いを伝えるべきか迷っていた。
卒業式が終わって、クラスでの最後の会が終わった後、校庭には沢山の先生や生徒たちが泣きながら別れを惜しんでいた。
私も香奈や他の友達、それに久賀君とも別れの挨拶をして、泣く場面にも関わらずずっと緊張しっぱなしだった。
先生に想いを伝えようかどうしようか⋯⋯
ちらちらと自然と小湊先生を目で追ってしまう自分がいて、きっと先生には挙動不審に見えていることだろう。
人に自分の想いを伝えることが、こんなにもドキドキして苦しいものなのかと知った。
人が少なくなってきて、嫌でも先生と目が合う回数が増えてくると、私は意を決して先生の元に歩いて行った。
「こ、小湊先生······!」
その名前を口にしただけで、目頭に涙が溢れた。
視界がぼやけて、胸が熱くなって、痛くなって。
そんな私を見て眉尻を下げ困ったようにふと笑う先生。
「美波さん。卒業、おめでとうございます。」
「あ、ありがとう、ございます…」
「進学も、おめでとうございます。特待枠に入れて、凄いです、ね。」
「い、いえ、先生の、お陰です。ほ、本当に、ありがとう、ございました。」
鼻をすすってもすすっても涙は次から次へと溢れてくる。
俯きっぱなしの私の頭を先生がふわりと撫でてくれた。
「良かった⋯⋯。僕はてっきり、あなたに嫌われてしまったのかと、思っていたので⋯⋯。」
泣いて鼻がつまってしまったせいか、その日は昔懐かしの香水が感じられなかった。
「き、嫌うはずなんて、ありません。わ私、ほんとうは」
詰まりながらも必死に喉から声を出そうとした。でも全然出てこない。
言わなきゃと思うほど涙と鼻水が邪魔をしてくる。
死にたいほど好きだった自分の気持ちは宙ぶらりんのまま。
苦しいけど言わないと、痛くても言わないと。
先生がぐちゃぐちゃになった私の顔を覗き込むようにして、囁いた。
「美波さんに、頼られなくなったこの半年間、僕は孤独でした。」
「え⋯⋯」
「もし、あなたも同じように感じてくれていたのなら、ここに連絡して下さい。」
先生が私に二つ折りのメモ用紙を渡してきた。
すぐに先生が人差し指を自分の唇に当てて、ナイショという仕草をして、ふわりと笑った。
こんな時でも、かわいいかよ。
皆と別れた後、私は一人になった帰り道でそのメモ用紙を開いてみた。
『"歎きつつひとり寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る"
090-xxxx-xxxx
小湊 昌晴』
今度は、私が先生の孤独を埋める番かもしれない。
その日の夜、私は電話でさっき伝えられなかった自分の想いを伝えた。
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