気がつけば、朝の光が差し込んでいた。どのように自室に戻ったのか、思い出せない。アレンはほとんど眠ることが出来ず、ベッドの上でただただ呆けていた。炭の焦げた匂いと木材の削れる音が混じり合っている。瓦礫が片付けられた広場では、村人たちが懸命に働いている。壊れた家の再建、井戸の修復……。どれも生活を取り戻すために必要な作業だった。
翌日、未だ重たい体を持ち上げ、作業を手伝いに外に出た。村人たちと共に材木を運ぶ。昨日までは崩れ落ちた家の残骸を片付けるのに追われていたが、今日からは新たな家を建てる工程に入った。額を伝う汗を拭いながら、周囲を見渡す。
トーマスが遠くで柱を立てる作業をしていた。かつては村の若者たちを率いて、冗談を言いながら指示を出していた男だ。しかし今は、ただ黙々と手を動かすだけ。鋸を引く手もどこか力がない。アレンが声をかけようとしたが、沈んだ顔を見て言葉を飲み込んだ。
「おい、トーマス。少し休んだらどうだ?」
見兼ねた男性が声をかけた。
しかし、トーマスは虚ろな目で「ああ……」と言うだけでその手を止めようとはしない。
「アレン、そっちは大丈夫?」
セリアが心配そうに駆け寄ってくる。彼女は元々姉御肌で、村の誰よりも気丈な女性だった。しかし今の彼女の表情には、不安の色が濃く浮かんでいた。
「平気だよ。これくらい、なんてことないさ」
アレンは無理に笑ってみせたが、セリアはなおも心配そうな目で見つめていた。
「無理しないでね。本当に、もう無理はしないで」
その悲し気な眼差しに気圧される。彼女の声には、アレンに対する気遣い以上のものが感じられた。
「わかってるよ」
アレンは苦笑いを浮かべながら応じたが、その言葉がセリアの不安を和らげたようには思えなかった。
復興作業は着々と進んでいた。新たな家が立ち、広場が整備され、村の形が少しずつ戻ってくる。しかし、アレンには元の村だと思うことができなかった。そこに暮らす人々の心だけが、まだあの夜に囚われているようだ。
「村の形は戻ってきても、あの夜の記憶は、人の心は戻っていない……」
アレンは手を止めて、トーマスの背中を見つめた。周りの村人も、彼が変わってしまったことに気づいてはいるが、どうすることもできないのだろう。
「父さん……」
呼びかけようとしたその時、ふとトーマスが動きを止めた。彼は手元を見つめながら、低く息を吐く。
「俺は、村を守れなかったんだ……ジェイムズを……」
その呟きは誰に向けられたものでもなく、ただ空虚に溶けるだけ。
あんなに村に笑い声があふれていたのに、今は誰も口を開こうともしない。このままではいけない。村が元に戻るには、家だけでなく、人の心も取り戻さなければ。そのために、自分に何ができるだろうか。
「僕は……無力だ」
答えを探しながら、まずは村人と同じように働こう。そう決意し、アレンは再び木材を担ぎ上げた。
ある日、アレンは神殿の外れにある、崩れかけた石壁の陰に身を潜めていた。
村の神官たちが今夜、結界の修復を行うと聞いたからだ。あの神殿は、兄が消えた場所。もしかすると、兄の行方に関する手掛かりが得られるかもしれない。そして、兄を奪った結界は何を封じているのか。様々な考えが頭をよぎる。神殿は封鎖されており、正式な許可がなければ立ち入ることはできない。だからこそ、こうして神官たちの様子を陰から伺うしかなかった。
神殿の中央には、赤い光を放つ魔法陣が浮かび上がっている。本来、あの光は青白いものだったはずだ。中心には、石の床に刻まれた古い文様がある。しかし、アレンの目には、文様の一部が以前と異なっているように映った。
「やはり、以前の結界とは異なるか」
神官の一人が呟く。五人の神官が封印を囲み、聖の魔力を慎重に注ぎ込んでいく。大がかりな儀式でも行われているかのような静けさが神殿を包み込む。
やがて、中央の神官が修復の呪文を唱え始めた。白い光が封印の文様を這い、修復が進んでいるかに見えた。
しかし、突如光が逆流し、神官たちが一斉に後ずさる。結界自身が修復を拒むかのように、神官たちの魔力が弾かれた。
「双方向の干渉だと?」
神官たちが驚愕する。結界の内側から何者かが干渉しているかのようだ。
中心の文様が変質し始めた。幾何学的な線が歪み、ねじれた曲線が浮かび上がる。その変化を目の当たりにした神官たちは、困惑の表情を浮かべた。
「これは、我々が知る結界ではない」
「まさか、結界そのものが魔力に反応し、変化しているというのか?」
刻まれた文字が、崩れ歪んでいく。結界自身が意思を持っているかのような異様な変化に、神官たちは言葉を失った。
一番年配に見える神官が、険しい目つきで結界を見据える。
「これ以上は危険だ……一度引くぞ!」
判断に他の者たちもうなずく。封印に近づいたままでは、魔力が干渉し、何が起こるか分からない。撤退の決断は賢明だった。
その中、アレンはただならぬ気配に目を奪われていた。
(この封印……何かが変わろうとしている。あの異変は、祭りのことと関係があるかも)
思わず、彼は足を踏み出しそうになった。だが、胸の奥に奇妙な感覚が走る。
遠い記憶の底で、何かが揺らいだような気がした。
「何だ、これ……?兄さんなのか?」
心の奥底で、何かが呼びかけているような気がした。