第1章 変わりゆく世界②
ー/ー
祭りの喧騒が最高潮に達した、その時だった。
突如、大地がかすかに震えた。
最初は、その揺れを誰も気に留めなかった。酒に酔い、踊りに興じた村人たちは、揺れを興奮の一部だと錯覚したのかもしれない。しかし、大地の奥深くから唸るような音が響き渡ると、さすがに異変に気づいた者たちが足を止めた。
「な、なんだ?」
「地震か?」
ざわめきが広がる。地面は揺れ続け、その振動は徐々に大きくなっていった。
祭りの灯火が風もないのに揺れ、影が不吉に躍る。
アレンも異様な雰囲気に気づき、顔を上げた。その時だった。
遺跡の方角から、突如、眩い光が天へと放たれた。
白銀の閃光は、夜空を貫くように一直線に伸び、天空に轟く雷鳴と共鳴した。空が割れたかのような轟音が響き渡り、祭りの賑わいは瞬時に凍りついた。
「何だ、あれは?」
誰かが叫ぶ。村人たちは恐怖に駆られ、光の発生源である遺跡を凝視した。
アレンは背筋が凍りつくような感覚がした。
その光は、まるで世界の理をねじ曲げるかのような圧倒的な力を秘めていた。
そして、光の先に立つ人物がいた。
「兄さん!」
アレンは叫んだ。
光の中、ジェイムズはその場に立ち尽くしていた。彼の体を包むように輝く白光が、徐々に強さを増していく。
「兄さん!そこから離れて!」
アレンは駆け出そうとした。しかし、その瞬間、地面が大きく裂けた。
大地が亀裂を走らせ、何かが目覚めるかのように震える。村人たちは悲鳴を上げながら後ずさり、祭りの装飾が無惨に崩れ落ちていく。
しかし、アレンはそんなことなど気にしていられなかった。
ジェイムズの元へ行かねば。助けなければ。
しかし、アレンの足は動かなかった。
空間そのものが歪み、地面が浮き上がるような錯覚。足元がふわりと浮く感覚に襲われる。
光の中へと吸い込まれるような圧力が空間に満ちていた。強い風が逆巻き、砂埃が舞い上がる。
「兄さん!」
必死に叫ぶアレン。しかし、その声も、轟く光の音にかき消された。
ジェイムズはゆっくりとこちらを振り向いた。
彼の瞳が、優しくも、どこか寂しげに揺れていた。
「アレン……」
穏やかな声だった。
「大丈夫だ」
彼は微笑んだ。アレンを安心させたかったのか……それとも自分の運命を受け入れたのか……。
その瞬間、爆発するように光が四方へ飛び散った。
吹き飛ばされる感覚。鼓膜が破れそうな轟音。全てが混ざり合い、意識がかき消される。アレンの視界は白く染まった。
どれほどの時間が経ったのか。
ようやく目を開けた時、そこには……ジェイムズの姿は、なかった。
「ここは、遺跡なのか?」
光は消え去り、遺跡の周囲は物音ひとつしない。
「兄さん?」
かすれた声で呼ぶ。
しかし、応える者はいない。
アレンは、崩れ落ちた。地面に手をつく。震える指先。何度呼んでも返事がないという事実に、息が詰まり、ただ呆然と空を仰ぐしかなかった。
村に戻ったアレンを迎えたのは、これまでにない、冷たく張り詰めた空気だった。
祭りの余韻はすっかり消え失せ、代わりに漂うのは、不安と恐怖に支配された沈黙のみ。あの喧騒が嘘のように、家々の窓は固く閉ざされ、通りを歩く者の姿もほとんどない。ちらほらと目に入る村人たちも、顔を伏せるようにして足早に去っていく。家の中から不安げにこちらを見つめる視線まで感じる。まるでアレンの存在自体を避けるように。
「どういうことなんだ?」
アレンは戸惑いながらも、重い足取りで自宅へと向かった。玄関の扉を開けると、すぐにセリアが駆け寄ってきた。
「アレン!」
その声には、安堵と、戸惑いが入り混じっていた。母の顔を見て、ようやくアレンは自分の身体の異変に気がつく。手足は泥にまみれ、服は裂け、血の跡がこびりついていた。無我夢中で戻ってきたため、痛みすら感じていなかったが、全身がひどく冷えている。
「ごめん、心配かけた……」
絞り出すようにそう言うと、母はアレンを抱きしめた。いつもと変わらない温もり。しかし、その体は震えている。
「お風呂を沸かしてあるわ。まずは温まって、傷の手当てをしましょう」
母の優しさは変わらない。それなのに、その奥に何か隠しているような違和感が拭えなかった。
トーマスは居間の椅子に座ったまま、沈痛な表情を浮かべていた。いつもの力強い眼差しはどこへ消えたのか。その背中はどこか小さく見えた。
「お前は、何も見ていないな?」
絞り出すような低い声に、アレンはぎくりとする。父の目がこちらを射抜くように見つめていた。まるで、何かを確かめるように。
「ジェイムズ兄さんが、光に……」
それだけを言葉にするのが精一杯だった。
父は深くため息をつき、手で顔を覆った。
「遺跡の封鎖が決まった」
「封鎖?」
「村の者たちは……あの光を、神の怒りだと言っている。封じられた力が解放されかけているのではないかと。あの場に居たお前も、見たのだろう? あの光を」
アレンは言葉を失った。確かに、あの光は尋常なものではなかった。しかし、それを神の怒りと断じてしまうのは、あまりに短絡的に思えた。
「兄さんは?そんなはずじゃ……」
「もう話すな!」
父の声が荒々しく響いた。アレンは驚いて父を見る。普段は冷静で、理性的な父。その彼が、こんなにも取り乱しているのを初めて見た。
「すまん…….。お前は、今日のことは忘れろ。村の決定には従うしかないんだ」
アレンの胸を深くえぐる。忘れろ、ただ従え。そんなことができるはずがない。
セリアがそっと父の肩に手を置いた。
「トーマス、アレンはまだ混乱しているのよ。少し、休ませましょう」
父は黙って立ち上がると、そのまま居間を出て行った。
アレンは何も言えなかった。
遺跡が封じられる。
村人たちが恐れている。
そして、家族の姿も変わり始めている。
ほんの数時間前まで、確かにあったはずの温かい日常。それが、まるで砂の城のように崩れ去ろうとしている。
兄がいない世界。
恐怖に縛られた村。
小さく見える父の背中。
こんなはずじゃなかった。
ふと、壁にかけられた一枚の絵に目が留まった。幼い頃、兄と一緒に描いた家族の絵。無邪気な笑顔の自分、頼りがいのある兄、優しく見守る両親。
今の家族は、その絵とはまるで違っていた。
取り戻したい。元の家族を、あの頃の幸せを。
「兄さんがいない日常。父さんと母さんの不安そうな顔。こんなもの、僕は望んじゃいない!」
強く拳を握りしめる。
「僕が、何とかしなくちゃ……」
それが、ジェイムズ兄さんのためになるのかはわからない。それでも、このままではいられない。
アレンは強い焦燥感に駆られた。
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突如、大地がかすかに震えた。
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「な、なんだ?」
「地震か?」
ざわめきが広がる。地面は揺れ続け、その振動は徐々に大きくなっていった。
祭りの灯火が風もないのに揺れ、影が不吉に躍る。
アレンも異様な雰囲気に気づき、顔を上げた。その時だった。
遺跡の方角から、突如、眩い光が天へと放たれた。
白銀の閃光は、夜空を貫くように一直線に伸び、天空に轟く雷鳴と共鳴した。空が割れたかのような轟音が響き渡り、祭りの賑わいは瞬時に凍りついた。
「何だ、あれは?」
誰かが叫ぶ。村人たちは恐怖に駆られ、光の発生源である遺跡を凝視した。
アレンは背筋が凍りつくような感覚がした。
その光は、まるで世界の理をねじ曲げるかのような圧倒的な力を秘めていた。
そして、光の先に立つ人物がいた。
「兄さん!」
アレンは叫んだ。
光の中、ジェイムズはその場に立ち尽くしていた。彼の体を包むように輝く白光が、徐々に強さを増していく。
「兄さん!そこから離れて!」
アレンは駆け出そうとした。しかし、その瞬間、地面が大きく裂けた。
大地が亀裂を走らせ、何かが目覚めるかのように震える。村人たちは悲鳴を上げながら後ずさり、祭りの装飾が無惨に崩れ落ちていく。
しかし、アレンはそんなことなど気にしていられなかった。
ジェイムズの元へ行かねば。助けなければ。
しかし、アレンの足は動かなかった。
空間そのものが歪み、地面が浮き上がるような錯覚。足元がふわりと浮く感覚に襲われる。
光の中へと吸い込まれるような圧力が空間に満ちていた。強い風が逆巻き、砂埃が舞い上がる。
「兄さん!」
必死に叫ぶアレン。しかし、その声も、轟く光の音にかき消された。
ジェイムズはゆっくりとこちらを振り向いた。
彼の瞳が、優しくも、どこか寂しげに揺れていた。
「アレン……」
穏やかな声だった。
「大丈夫だ」
彼は微笑んだ。アレンを安心させたかったのか……それとも自分の運命を受け入れたのか……。
その瞬間、爆発するように光が四方へ飛び散った。
吹き飛ばされる感覚。鼓膜が破れそうな轟音。全てが混ざり合い、意識がかき消される。アレンの視界は白く染まった。
どれほどの時間が経ったのか。
ようやく目を開けた時、そこには……ジェイムズの姿は、なかった。
「ここは、遺跡なのか?」
光は消え去り、遺跡の周囲は物音ひとつしない。
「兄さん?」
かすれた声で呼ぶ。
しかし、応える者はいない。
アレンは、崩れ落ちた。地面に手をつく。震える指先。何度呼んでも返事がないという事実に、息が詰まり、ただ呆然と空を仰ぐしかなかった。
村に戻ったアレンを迎えたのは、これまでにない、冷たく張り詰めた空気だった。
祭りの余韻はすっかり消え失せ、代わりに漂うのは、不安と恐怖に支配された沈黙のみ。あの喧騒が嘘のように、家々の窓は固く閉ざされ、通りを歩く者の姿もほとんどない。ちらほらと目に入る村人たちも、顔を伏せるようにして足早に去っていく。家の中から不安げにこちらを見つめる視線まで感じる。まるでアレンの存在自体を避けるように。
「どういうことなんだ?」
アレンは戸惑いながらも、重い足取りで自宅へと向かった。玄関の扉を開けると、すぐにセリアが駆け寄ってきた。
「アレン!」
その声には、安堵と、戸惑いが入り混じっていた。母の顔を見て、ようやくアレンは自分の身体の異変に気がつく。手足は泥にまみれ、服は裂け、血の跡がこびりついていた。無我夢中で戻ってきたため、痛みすら感じていなかったが、全身がひどく冷えている。
「ごめん、心配かけた……」
絞り出すようにそう言うと、母はアレンを抱きしめた。いつもと変わらない温もり。しかし、その体は震えている。
「お風呂を沸かしてあるわ。まずは温まって、傷の手当てをしましょう」
母の優しさは変わらない。それなのに、その奥に何か隠しているような違和感が拭えなかった。
トーマスは居間の椅子に座ったまま、沈痛な表情を浮かべていた。いつもの力強い眼差しはどこへ消えたのか。その背中はどこか小さく見えた。
「お前は、何も見ていないな?」
絞り出すような低い声に、アレンはぎくりとする。父の目がこちらを射抜くように見つめていた。まるで、何かを確かめるように。
「ジェイムズ兄さんが、光に……」
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父は深くため息をつき、手で顔を覆った。
「遺跡の封鎖が決まった」
「封鎖?」
「村の者たちは……あの光を、神の怒りだと言っている。封じられた力が解放されかけているのではないかと。あの場に居たお前も、見たのだろう? あの光を」
アレンは言葉を失った。確かに、あの光は尋常なものではなかった。しかし、それを神の怒りと断じてしまうのは、あまりに短絡的に思えた。
「兄さんは?そんなはずじゃ……」
「もう話すな!」
父の声が荒々しく響いた。アレンは驚いて父を見る。普段は冷静で、理性的な父。その彼が、こんなにも取り乱しているのを初めて見た。
「すまん…….。お前は、今日のことは忘れろ。村の決定には従うしかないんだ」
アレンの胸を深くえぐる。忘れろ、ただ従え。そんなことができるはずがない。
セリアがそっと父の肩に手を置いた。
「トーマス、アレンはまだ混乱しているのよ。少し、休ませましょう」
父は黙って立ち上がると、そのまま居間を出て行った。
アレンは何も言えなかった。
遺跡が封じられる。
村人たちが恐れている。
そして、家族の姿も変わり始めている。
ほんの数時間前まで、確かにあったはずの温かい日常。それが、まるで砂の城のように崩れ去ろうとしている。
兄がいない世界。
恐怖に縛られた村。
小さく見える父の背中。
こんなはずじゃなかった。
ふと、壁にかけられた一枚の絵に目が留まった。幼い頃、兄と一緒に描いた家族の絵。無邪気な笑顔の自分、頼りがいのある兄、優しく見守る両親。
今の家族は、その絵とはまるで違っていた。
取り戻したい。元の家族を、あの頃の幸せを。
「兄さんがいない日常。父さんと母さんの不安そうな顔。こんなもの、僕は望んじゃいない!」
強く拳を握りしめる。
「僕が、何とかしなくちゃ……」
それが、ジェイムズ兄さんのためになるのかはわからない。それでも、このままではいられない。
アレンは強い焦燥感に駆られた。