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第三十八話 雲母の石斧

ー/ー



「拓……何だ、寝ているのか。居眠りなんて珍しいな」
『しぃー……。このところ連日の討伐任務ですから、お疲れなのですわ』

 雫に(たしな)められ、確かにと思い私は素直に大人しくした。

 日の出を過ぎ、辰の初刻(しょこく)(朝七時頃)を迎えた頃。寝殿には私と雫、うたた寝している拓磨の三人がいて、暁はいつものように陰陽寮に出掛けていた。相変わらず拓磨が自ら寮に報告に行くことはない。

 (しゅ)の討伐から五日ほどが経過しているが、あれから拓磨は連日昼夜問わず妖怪討伐漬けだ。と言うのもここ最近妖怪どもの活動が益々活発化しており、拓磨は一日で十五体以上の妖怪を退治していた。
 それでも拓磨は日々心力(しんりょく)強化の鍛錬をしているから、例え妖怪どもの力も徐々に上がってきていると言えど、てっきり余裕なのだと思っていたが。

 考えてみれば心力に余裕があると言えど、体力は別か。常時強い術を放っていれば疲労が溜まるのも無理はない。だからこうして居眠りをしているのだろう。
 ちなみに私は拓磨が留守の間、雫と屋敷で待機だった。本当は一緒に行きたいのだが、例の一件で暁に無言の圧力をかけられている。別にそうでなくとも私自身も安易に妖術を使う気はないが、そうなると私はただのお荷物になってしまう。ならばいない方がマシである。

 それでも共に行きたいと思うのは、拓磨の顔を見て無事を確認するまで、不安で落ち着かなくなってしまったのだ。雑魚を相手に負けるとは思っていないが……最悪、危険を察知したら飛んでいく心づもりだ。

『拓磨様に何かご用があったのですか、華葉』
「ん? あぁ……この前、聞きそびれた話があったから、暁がいない内に聞いておこうと思ったのだが」
『あら、暁の前では言えない、特別な話ですの?』

 意地悪っぽく雫が笑う。
 いや、別に暁が居ても問題ないが、何となく。

 美月の屋敷からの帰り、拓磨は「お前の正体には見当が付いている」ということを言っていた。この連日の多忙のせいで、その続きをまだ私は聞けていなかったのだ。
 私の正体を知っているなら早く聞かせてほしいのだが……と言うか、逆に知っているなら何故早く言わぬのか。雫が意地悪なら、その主もやはり意地悪だ。

 そう思いながら膨れていると、私は雫が書物を読んでいることに気がついた。

「雫は何を読んでいるんだ?」
『安曇陰陽記ですわ、拓磨様に内容を熟読するよう指示されましたの』

 確かそれは陰陽について細かい記述がある、拓磨の父親が残した書物だったな。見つかった時は拓磨が自分で大雑把に読んでいたが、忙しさからか読み込むのは雫に任せたらしい。雫は丁寧に初めから目を通しているようで、もう半分くらいは読み終わっていた。

「凄いな、雫は。私に言葉を教えるのも上手かったし」
『いえ。私は暁と違って人前には出られないので、こうゆうことしか拓磨様のお役に立てないのですわ』

 言われてみれば私がここに来てから、雫が屋敷の外に出るのを見たことがなかった。それどころか雫の人以外の姿も見たことがない。式神なのであれば、暁の山鳥のように元の姿があるはずだ。
 一度考えてしまうと、興味というものが沸いてしまうもので。彼女は聞けば何でも教えてくれるし、いつもどおり疑問に思ったことをそのまま尋ねることにした。

「なぁ。雫は一体、何の……ッ」

 その問いを最後まで口にすることはなかった。何故ならば私の中に突然、とても嫌な気が一瞬にして走ったからだ。そんなに強力ではないものの、それでもここ最近感じた気では一番大きいものだ。私は暁ほど敏感ではないのだが、その私ですら肌に感じるソレ。
 すると同じくして、寝ていたはずの拓磨が勢いよく飛び起きた。険しい顔をして鋭く空を睨んでいる。

「拓磨……!」
「あぁ、近くにいる」

 そう言いながら拓磨は手際よく準備をすると、早々に門の方へ向かおうとした。だが私は咄嗟に拓磨の裾を掴んでそれを引き留めた。

「待て、この妖気はただ事じゃない。暁も帰りがまだなんだ、私を連れていけ」

 こんなものを感じさせられて、みすみす一人で行かせるわけにはいかない。むしろこれで一人で行かせたら逆に暁に何と言われることか。
 拓磨は考えるように黙ったまま私を見つめたが、諦めたように溜め息を吐くと「分かった」と口にした。

「だが私が許すまで妖術は使うな。雫はそのまま書の解読を続けてくれ、なるべく早く読み終えてほしい」
『畏まりましたわ。ですが危険とあらば、私のことはいつでも解いてくださいませ』

 雫の願いに拓磨が了解の返事をすると、私と共に屋敷を後にした。



 夏の太陽に負けぬほどの、身に刺すような妖気を感じる。ここ数日で討伐してきた妖怪も、並の陰陽師に言わせるのであればそこそこの強さであった。日常に現れる妖怪の力ですら、日に日に増している。
 言わずもがな雷龍(らいりゅう)の仕業だが、相変わらず奴は何を企んでいるのか分からぬ。

 妖気を感じる方向に急ぎ足で歩を進めれば、次第に正確なその大きさが分かってきた。山犬、もとい白狼(はくろう)が持っていた妖気に引けを取っていない……今日は厄介な戦いになりそうだ。

 本人の希望もあり一応華葉を連れてきたが、安易に妖術を使わせるわけにはいかない。恐らくこの妖気を感じて駆けつけている者は他にもいるだろうから、間違いなく目につく。それに妖怪たちが雷龍と繋がっているなら、奴の耳にも届くだろう。
 前回の戦いで既に気づかれている可能性もあるが、今のところ奴が奇襲などを仕掛けてきていないことを考えると、案外鈍い奴なのか。まぁ、油断は禁物だ。

 周りの状況を見て、必要になった時のみ華葉を戦わせることにしよう。

 地鳴りと何かが破壊される音が響く。
 群がる人の影の中に、敵の正体を捉えた。

 人より二回りほど大きめ。黒と灰色のまだら模様で、硬い鱗に覆われた筋肉質な体。巨長な(ふん)(前方に突き出た口の部分のこと)には鋭い歯が何本も並び、大きな金の瞳。その姿は正しく和邇(ワニ)であったが、少し違うのは長めの四肢で二足歩行をしていた。
 何人かが妖怪に挑み強靱であろう顎を避けているが、直後に太い尾っぽが直撃して背中から〝くの字〟に折れ曲がった。

 結界壁(けっかいへき)で応戦すべきか。白狼の月光術の例もあり、容易に手を出すのは危険だ。
 しかし奴が右掌の上に巨大な石を作り出したことで、悠長な考えは即刻捨てた。

『妖術、雲母(うんも)乱石斧(らんせきふ)……!』
急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)、結界壁ッ」

 相生(そうしょう)の心力生成により濃度を上げたお陰で、いつもより少量の心力で同等の強さの結界壁を出すことができる。ならばと少し心力を上乗せしてより強固に仕上げた。
 和邇が発動した妖術は、層のようになった巨大な岩を投下するものであった。だから少し結界を強化したというのもあり、実際結界は破られることなくその術を防いだ。しかしその術はそれだけでは終わらなかった。

「割れた……!」

 同じ結界内ですぐ隣にいた華葉が、岩の行方を見てそう叫んだ。

 それは砕け散ったのではない。結界と衝突した岩はその衝撃で跳ね上がると、層が裂けるように薄い刃物状……言うなれば斧のように分裂し、再び降りかかってきたのだ。術名のとおり、石斧(せきふ)の乱れ打ちである。
 それもその石斧は最初に岩を投下した場所に留まらず、周囲一帯を巻き込んで投石された。

「避けろ!!」

 咄嗟に叫んだ声に反応できた者は直ぐさま結界で対応したが、何人かの陰陽師や検非違使が重傷を負った。
 くそ、何と厄介な術だ。

『安曇拓磨。貴様に恨みなどないが、その命頂戴する』
「……他の者は眼中になしか。相変わらずお前は人気者だな、拓磨」

 低く(しゃが)れた妖怪の声に華葉が皮肉を呟くが、妖怪に人気と言われても嬉しくない。
 和邇は挨拶もそこそこに再び雲母乱石斧を作り出していた。防げば層が分裂する……ならば、串刺しにして分裂を防ぐ!

「安曇式陰陽術、根楼白槍(こんろうはくそう)!」

 飛びかかってくる複数の岩に、層を貫くように根楼白槍が突き刺さった。ところが今度は亀裂が入った途端に木っ端微塵となって飛散し、鋭利な砂の雨が降り注いだ。顔を覆うように防御をしたが、頬を掠めた砂が切り傷を刻んで血を滲ませる。着物も所々切り刻まれたように綻びていた。

 防いでも駄目、打っても駄目。さて、どうする。
 華葉が何か言いたげな目を向けて振り返る。……分かっている、お前の蕾の術ならあれを簡単に無効にできるだろう。だがそれは、どうにもならない場合の最終手段だ。

 間髪入れず次の岩を作り出す和邇の不敵の笑みを目障りに思いながら、私は心の中で深い溜め息を吐いた。


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 日の出を過ぎ、辰の|初刻《しょこく》(朝七時頃)を迎えた頃。寝殿には私と雫、うたた寝している拓磨の三人がいて、暁はいつものように陰陽寮に出掛けていた。相変わらず拓磨が自ら寮に報告に行くことはない。
 |呪《しゅ》の討伐から五日ほどが経過しているが、あれから拓磨は連日昼夜問わず妖怪討伐漬けだ。と言うのもここ最近妖怪どもの活動が益々活発化しており、拓磨は一日で十五体以上の妖怪を退治していた。
 それでも拓磨は日々|心力《しんりょく》強化の鍛錬をしているから、例え妖怪どもの力も徐々に上がってきていると言えど、てっきり余裕なのだと思っていたが。
 考えてみれば心力に余裕があると言えど、体力は別か。常時強い術を放っていれば疲労が溜まるのも無理はない。だからこうして居眠りをしているのだろう。
 ちなみに私は拓磨が留守の間、雫と屋敷で待機だった。本当は一緒に行きたいのだが、例の一件で暁に無言の圧力をかけられている。別にそうでなくとも私自身も安易に妖術を使う気はないが、そうなると私はただのお荷物になってしまう。ならばいない方がマシである。
 それでも共に行きたいと思うのは、拓磨の顔を見て無事を確認するまで、不安で落ち着かなくなってしまったのだ。雑魚を相手に負けるとは思っていないが……最悪、危険を察知したら飛んでいく心づもりだ。
『拓磨様に何かご用があったのですか、華葉』
「ん? あぁ……この前、聞きそびれた話があったから、暁がいない内に聞いておこうと思ったのだが」
『あら、暁の前では言えない、特別な話ですの?』
 意地悪っぽく雫が笑う。
 いや、別に暁が居ても問題ないが、何となく。
 美月の屋敷からの帰り、拓磨は「お前の正体には見当が付いている」ということを言っていた。この連日の多忙のせいで、その続きをまだ私は聞けていなかったのだ。
 私の正体を知っているなら早く聞かせてほしいのだが……と言うか、逆に知っているなら何故早く言わぬのか。雫が意地悪なら、その主もやはり意地悪だ。
 そう思いながら膨れていると、私は雫が書物を読んでいることに気がついた。
「雫は何を読んでいるんだ?」
『安曇陰陽記ですわ、拓磨様に内容を熟読するよう指示されましたの』
 確かそれは陰陽について細かい記述がある、拓磨の父親が残した書物だったな。見つかった時は拓磨が自分で大雑把に読んでいたが、忙しさからか読み込むのは雫に任せたらしい。雫は丁寧に初めから目を通しているようで、もう半分くらいは読み終わっていた。
「凄いな、雫は。私に言葉を教えるのも上手かったし」
『いえ。私は暁と違って人前には出られないので、こうゆうことしか拓磨様のお役に立てないのですわ』
 言われてみれば私がここに来てから、雫が屋敷の外に出るのを見たことがなかった。それどころか雫の人以外の姿も見たことがない。式神なのであれば、暁の山鳥のように元の姿があるはずだ。
 一度考えてしまうと、興味というものが沸いてしまうもので。彼女は聞けば何でも教えてくれるし、いつもどおり疑問に思ったことをそのまま尋ねることにした。
「なぁ。雫は一体、何の……ッ」
 その問いを最後まで口にすることはなかった。何故ならば私の中に突然、とても嫌な気が一瞬にして走ったからだ。そんなに強力ではないものの、それでもここ最近感じた気では一番大きいものだ。私は暁ほど敏感ではないのだが、その私ですら肌に感じるソレ。
 すると同じくして、寝ていたはずの拓磨が勢いよく飛び起きた。険しい顔をして鋭く空を睨んでいる。
「拓磨……!」
「あぁ、近くにいる」
 そう言いながら拓磨は手際よく準備をすると、早々に門の方へ向かおうとした。だが私は咄嗟に拓磨の裾を掴んでそれを引き留めた。
「待て、この妖気はただ事じゃない。暁も帰りがまだなんだ、私を連れていけ」
 こんなものを感じさせられて、みすみす一人で行かせるわけにはいかない。むしろこれで一人で行かせたら逆に暁に何と言われることか。
 拓磨は考えるように黙ったまま私を見つめたが、諦めたように溜め息を吐くと「分かった」と口にした。
「だが私が許すまで妖術は使うな。雫はそのまま書の解読を続けてくれ、なるべく早く読み終えてほしい」
『畏まりましたわ。ですが危険とあらば、私のことはいつでも解いてくださいませ』
 雫の願いに拓磨が了解の返事をすると、私と共に屋敷を後にした。
 夏の太陽に負けぬほどの、身に刺すような妖気を感じる。ここ数日で討伐してきた妖怪も、並の陰陽師に言わせるのであればそこそこの強さであった。日常に現れる妖怪の力ですら、日に日に増している。
 言わずもがな|雷龍《らいりゅう》の仕業だが、相変わらず奴は何を企んでいるのか分からぬ。
 妖気を感じる方向に急ぎ足で歩を進めれば、次第に正確なその大きさが分かってきた。山犬、もとい|白狼《はくろう》が持っていた妖気に引けを取っていない……今日は厄介な戦いになりそうだ。
 本人の希望もあり一応華葉を連れてきたが、安易に妖術を使わせるわけにはいかない。恐らくこの妖気を感じて駆けつけている者は他にもいるだろうから、間違いなく目につく。それに妖怪たちが雷龍と繋がっているなら、奴の耳にも届くだろう。
 前回の戦いで既に気づかれている可能性もあるが、今のところ奴が奇襲などを仕掛けてきていないことを考えると、案外鈍い奴なのか。まぁ、油断は禁物だ。
 周りの状況を見て、必要になった時のみ華葉を戦わせることにしよう。
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 群がる人の影の中に、敵の正体を捉えた。
 人より二回りほど大きめ。黒と灰色のまだら模様で、硬い鱗に覆われた筋肉質な体。巨長な|吻《ふん》(前方に突き出た口の部分のこと)には鋭い歯が何本も並び、大きな金の瞳。その姿は正しく|和邇《ワニ》であったが、少し違うのは長めの四肢で二足歩行をしていた。
 何人かが妖怪に挑み強靱であろう顎を避けているが、直後に太い尾っぽが直撃して背中から〝くの字〟に折れ曲がった。
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 しかし奴が右掌の上に巨大な石を作り出したことで、悠長な考えは即刻捨てた。
『妖術、|雲母《うんも》|乱石斧《らんせきふ》……!』
「|急々如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》、結界壁ッ」
 |相生《そうしょう》の心力生成により濃度を上げたお陰で、いつもより少量の心力で同等の強さの結界壁を出すことができる。ならばと少し心力を上乗せしてより強固に仕上げた。
 和邇が発動した妖術は、層のようになった巨大な岩を投下するものであった。だから少し結界を強化したというのもあり、実際結界は破られることなくその術を防いだ。しかしその術はそれだけでは終わらなかった。
「割れた……!」
 同じ結界内ですぐ隣にいた華葉が、岩の行方を見てそう叫んだ。
 それは砕け散ったのではない。結界と衝突した岩はその衝撃で跳ね上がると、層が裂けるように薄い刃物状……言うなれば斧のように分裂し、再び降りかかってきたのだ。術名のとおり、|石斧《せきふ》の乱れ打ちである。
 それもその石斧は最初に岩を投下した場所に留まらず、周囲一帯を巻き込んで投石された。
「避けろ!!」
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 くそ、何と厄介な術だ。
『安曇拓磨。貴様に恨みなどないが、その命頂戴する』
「……他の者は眼中になしか。相変わらずお前は人気者だな、拓磨」
 低く|嗄《しゃが》れた妖怪の声に華葉が皮肉を呟くが、妖怪に人気と言われても嬉しくない。
 和邇は挨拶もそこそこに再び雲母乱石斧を作り出していた。防げば層が分裂する……ならば、串刺しにして分裂を防ぐ!
「安曇式陰陽術、|根楼白槍《こんろうはくそう》!」
 飛びかかってくる複数の岩に、層を貫くように根楼白槍が突き刺さった。ところが今度は亀裂が入った途端に木っ端微塵となって飛散し、鋭利な砂の雨が降り注いだ。顔を覆うように防御をしたが、頬を掠めた砂が切り傷を刻んで血を滲ませる。着物も所々切り刻まれたように綻びていた。
 防いでも駄目、打っても駄目。さて、どうする。
 華葉が何か言いたげな目を向けて振り返る。……分かっている、お前の蕾の術ならあれを簡単に無効にできるだろう。だがそれは、どうにもならない場合の最終手段だ。
 間髪入れず次の岩を作り出す和邇の不敵の笑みを目障りに思いながら、私は心の中で深い溜め息を吐いた。