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ー/ー




 構図はこんな感じかな。

 私は桜の花びらを見上げながら、両手で枠を作ってみた。
 桜をテーマにしたフォトコンテストに応募してみようと思い、父から古い一眼レフを借りてきたのだ。
 カメラはペンタックスのK‐5という機種。もう12年以上前のモデルらしい。

 普段あんまり話もしない娘に、先週いきなり話しかけられて、父は最初戸惑った顔をした。
 青春真っ只中の高2の私に、最近の父はどう接して良いのかわからなくなっているみたいだ。
 もうとっくに反抗期は過ぎているというのに、まだ腫れ物でも触る感じなのだ。


「あのさ。今度、桜のフォトコンテストがあって、私も写真撮ってみたいって思ったんだ」

 そう話しかけると、父の表情がぱっと明るくなった。
 父は仕事一筋みたいな人間だけど、唯一の趣味と言えるのが写真。
 最近はあまりカメラを持ってるのを見かけないけど、デジタルアルバムには私の赤ちゃん時代からの写真が山ほど残っている。


「ああ、いいね。環菜もカメラで写真撮ってみたくなったんだね。よし、防湿ボックスからカメラ出すよ」

 父はそう言ってデスクの横にあるボックスの扉を開けた。
 中には黒いレンガの塊みたいなカメラが何台かと、レンズだろう丸い筒が幾つか並んでいた。


「これが良いかな。これ使ってみなさい」

 父がそう言って取り出したのは、あまり聞かないメーカーの古いカメラだった。大きな傷はないけど、角が少し擦り切れている。
 それから私は、その一眼レフの基本的な使い方を小一時間ほどかけて教えてもらった。
  
 このコンテストに応募してみようと思ったのは、単純になにか新しいことに挑戦してみたかったこともある。
 いつもはスマホで気軽に撮っている写真だけど、いつか見た父のアルバムの桜の写真が、心に残っていたのだ。

 子供の頃、私の写真を撮る父はすごく楽しそうだった。
 あれこれとカメラを変えたり、レンズを付け替えて、構図を考えて、やっと一枚の写真が生まれるのだ。
 その時は、なにか職人的なものを感じた。


 実はそれと、もうひとつ。

 最近はあまり話すことのない父だけど、もう少し話がしたい。母が病気で死んでしまった今、私にとっては家族は父だけだから。
 でも何を話していいかわからない。
 だったら同じ趣味を持てば話が早い。
 そう思ったのだった。


 次に父に相談したのは、何処でどういうふうに桜を撮るか。

「この辺に桜のきれいな場所ってあるかな?」

 夕食を二人で食べている時に、そっと尋ねてみた。
 焼き魚を一口食べた後、父は答えてくれた。
「そうだな。水源池公園の桜はきれいだぞ。でも、コンテストに出すのなら、あそこはありきたりかな。自然の中の桜もいいけど、逆にオフィス街で健気に花開く桜、なんてのもいいと思うよ」
「オフィス街?」
「ああ、この近くでは市役所通りに桜の木が何本か植えてある。ビルをバックに桜の花びらを捉えるというのは?」

 なるほど。

 写真を趣味にして何十年の父の言葉には重みがあった。

 早速、じゃあ日曜日に行ってみると私は言った。


 そういう事情で、今日市役所前のバス停に私は降り立ったのだ。

 日当たりの良い道路脇で被写体になる桜の樹を探す。

 何本か五分咲きの桜があったけど、一本だけ満開の桜があった。この樹にしよう。
 手で枠を作って構図を決めていると、後ろから声がした。
 クラスメイトの小松くんだった。


「藤原、こんなとこで何してんの? でかいカメラなんてぶら下げてさ」

 彼は空色のパーカーのポケットに手を突っ込んだまま首を傾げた。
「あんたには関係ないから、さっさと行ってよ」
 せっかく乗ってきてるのに、水をさされて気分が悪い。
「もしかして、盗撮か? あの歩道橋渡ってる女のスカートの中とかさ」
「ばっかじゃないの? 女の私がそんなの撮るかよ」
 ぶん殴ってやりたいよ、まったく。
「冗談、それで、何してんの?」
 邪魔者は一向に去る気配がない。
 仕方なく、フォトコンテストの話をしてやった。


「それいいね。じゃあ俺も撮ってみようかな。写真なんてアイフォンで十分だっての」
 彼はそう言うと、ポケットから白いスマホを取り出した。
 そして、構図も適当にシャッターを押した。
「お前も撮ってみてよ。比べようぜ」
 彼は挑発するようにそう言った。
 
「ちょっと待って」
 私はカメラを手に取ると、まずは絞りの設定から始める。
 後ろをぼかすときは、確か数字を小さくすれば良いんだった。

 そして後は感度とシャッタースピードを合わせるのだけど、今は絞り優先設定にしているから、そこは自動になっているはずだ。


「なんだよ、まだか?」
 隣の小松くんが覗いてくる。
「気が散る。あっちいけ」
 ひとこと言ってカメラを構えた。
 ファインダーを覗き込み、ズームリングをひねって画角を調整する。
 いい感じにビルと桜の花がフレームに入ってきた。 
 ここだ。
 シャッターを切った。カシャッと小気味いい音がして、その風景を切り取った実感が湧いた。


「そのカメラ、シャッター音が格好いいな」

 小松くんにそう言われて、少し気分が良くなった。
 父が大事に10年間使ってきたカメラなのだ。


 じゃあ比べようとなって、彼がアイフォンの画面を見せた。

 私もカメラのモニターに今撮った写真を表示する。

 小松くんの撮った写真は、すごく綺麗だった。

 桜の花びら一枚一枚がくっきりして、後ろのビルもはっきり映っている。
 比べてみると、私が撮った方はなんだか全体が暗くて桜の花は良いけど、バックがぼんやり。

 ぼかす設定にしたのは失敗だったかな。

「まあ、十年前のデジカメではしょうがないよ。科学の進歩はすごいってことさ。気にするな」
 そう言って彼は私の肩を叩いて去っていった。


 その日の夜、昼間撮った写真をパソコンに移して観ていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「今日の成果はどうだった?」
 パソコンを覗きながら父が言う。


 そこには、小松くんと比べた写真以外にも、色々と設定を変えて撮った十枚以上の写真が並んでいる。


「なんだか、全体に暗い感じで」
 私の声まで暗かった。
「そうか、逆光気味に撮ったんだな。露出補正までは教えていなかった。悪かったよ。バックが明るいときは、前のダイヤルをプラスにして明るめに補正してやると良いよ。補正してやることで自分のイメージに近づけるんだ」
 そういう父の言葉で少し気持ちが落ち着いた。
 父の大事にしていたカメラがダメなんじゃなかったのだ。


「どうだ? 明日は祭日だし、一緒に撮りに行ってみないか? 私も久しぶりにコンテストに出してみたくなったんだよ」

「そうだね。久しぶりの親子デートしましょうか」
 やっぱり、フォトコンテストに挑戦することにしてよかった。

 ぐっと父が近くなった気がするから。


 そんな事があって、いよいよコンテストの発表の日。

 発表はネットサイト上で、21時に更新するということだった。
 父と並んでリビングのテレビ前のソファに座っている。
 テレビではすでにそのサイトが画面上に有り、後は更新の時刻を待つだけだ。


「それで、父さんはどの写真を応募したの」
 撮り終えた日に見せてもらったけど、どれを出すかはまだ決めていないと言っていたのだ。
「まあ。一番のお気に入りを応募したよ。最愛の写真になったと思う」
 父は含み笑いを浮かべながら言った。
 写真に最愛も何もあるのかな。

「それを言うなら最高でしょ」と言ってやった。


 テレビの前の時計が21時に変わった。

 そこでサイトの再読み込みボタンを押してやると、コンテスト結果が表示された。
 最初に最優秀賞が大きく表示される。
 草原の奥に大きな桜が朝霧の中、咲いている写真だった。

 心にずんとくる。


「やっぱり、最優秀賞は違うね。すごい感動」
 私が言うと、父も頷いた。
「これはプロ並みだな。場所も時間も、きっちり選定してるよ」父も同感のようだ。
 そして、その下に何枚か入選の作品が並んでいる。
 一枚一枚拡大して鑑賞する。どれも桜の樹の魅力が伝わる力作だった。


 私の撮った写真はなかった。それほど期待していたわけじゃないけど、やはりがっかりくる。
 そして、入選の最後の一枚。

 それだけは他とちょっと雰囲気が違う。
 桜の写真というよりも、それを見上げている少女の写真と言った方が良い。

 拡大してみた。

 それは、両手を枠にして桜を見上げる少女の写真。

 あの日の私自身だったのだ。


 思い出した。あの日、一緒に撮っていた父が、ちょっと場所を変えると言って私から離れたこと。

「これ、反則だよ」
 思わず私は唸ってしまう。
 隣に座る父の笑顔が嬉しすぎて。



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 構図はこんな感じかな。
 私は桜の花びらを見上げながら、両手で枠を作ってみた。
 桜をテーマにしたフォトコンテストに応募してみようと思い、父から古い一眼レフを借りてきたのだ。
 カメラはペンタックスのK‐5という機種。もう12年以上前のモデルらしい。
 普段あんまり話もしない娘に、先週いきなり話しかけられて、父は最初戸惑った顔をした。
 青春真っ只中の高2の私に、最近の父はどう接して良いのかわからなくなっているみたいだ。
 もうとっくに反抗期は過ぎているというのに、まだ腫れ物でも触る感じなのだ。
「あのさ。今度、桜のフォトコンテストがあって、私も写真撮ってみたいって思ったんだ」
 そう話しかけると、父の表情がぱっと明るくなった。
 父は仕事一筋みたいな人間だけど、唯一の趣味と言えるのが写真。
 最近はあまりカメラを持ってるのを見かけないけど、デジタルアルバムには私の赤ちゃん時代からの写真が山ほど残っている。
「ああ、いいね。環菜もカメラで写真撮ってみたくなったんだね。よし、防湿ボックスからカメラ出すよ」
 父はそう言ってデスクの横にあるボックスの扉を開けた。
 中には黒いレンガの塊みたいなカメラが何台かと、レンズだろう丸い筒が幾つか並んでいた。
「これが良いかな。これ使ってみなさい」
 父がそう言って取り出したのは、あまり聞かないメーカーの古いカメラだった。大きな傷はないけど、角が少し擦り切れている。
 それから私は、その一眼レフの基本的な使い方を小一時間ほどかけて教えてもらった。
 このコンテストに応募してみようと思ったのは、単純になにか新しいことに挑戦してみたかったこともある。
 いつもはスマホで気軽に撮っている写真だけど、いつか見た父のアルバムの桜の写真が、心に残っていたのだ。
 子供の頃、私の写真を撮る父はすごく楽しそうだった。
 あれこれとカメラを変えたり、レンズを付け替えて、構図を考えて、やっと一枚の写真が生まれるのだ。
 その時は、なにか職人的なものを感じた。
 実はそれと、もうひとつ。
 最近はあまり話すことのない父だけど、もう少し話がしたい。母が病気で死んでしまった今、私にとっては家族は父だけだから。
 でも何を話していいかわからない。
 だったら同じ趣味を持てば話が早い。
 そう思ったのだった。
 次に父に相談したのは、何処でどういうふうに桜を撮るか。
「この辺に桜のきれいな場所ってあるかな?」
 夕食を二人で食べている時に、そっと尋ねてみた。
 焼き魚を一口食べた後、父は答えてくれた。
「そうだな。水源池公園の桜はきれいだぞ。でも、コンテストに出すのなら、あそこはありきたりかな。自然の中の桜もいいけど、逆にオフィス街で健気に花開く桜、なんてのもいいと思うよ」
「オフィス街?」
「ああ、この近くでは市役所通りに桜の木が何本か植えてある。ビルをバックに桜の花びらを捉えるというのは?」
 なるほど。
 写真を趣味にして何十年の父の言葉には重みがあった。
 早速、じゃあ日曜日に行ってみると私は言った。
 そういう事情で、今日市役所前のバス停に私は降り立ったのだ。
 日当たりの良い道路脇で被写体になる桜の樹を探す。
 何本か五分咲きの桜があったけど、一本だけ満開の桜があった。この樹にしよう。
 手で枠を作って構図を決めていると、後ろから声がした。
 クラスメイトの小松くんだった。
「藤原、こんなとこで何してんの? でかいカメラなんてぶら下げてさ」
 彼は空色のパーカーのポケットに手を突っ込んだまま首を傾げた。
「あんたには関係ないから、さっさと行ってよ」
 せっかく乗ってきてるのに、水をさされて気分が悪い。
「もしかして、盗撮か? あの歩道橋渡ってる女のスカートの中とかさ」
「ばっかじゃないの? 女の私がそんなの撮るかよ」
 ぶん殴ってやりたいよ、まったく。
「冗談、それで、何してんの?」
 邪魔者は一向に去る気配がない。
 仕方なく、フォトコンテストの話をしてやった。
「それいいね。じゃあ俺も撮ってみようかな。写真なんてアイフォンで十分だっての」
 彼はそう言うと、ポケットから白いスマホを取り出した。
 そして、構図も適当にシャッターを押した。
「お前も撮ってみてよ。比べようぜ」
 彼は挑発するようにそう言った。
「ちょっと待って」
 私はカメラを手に取ると、まずは絞りの設定から始める。
 後ろをぼかすときは、確か数字を小さくすれば良いんだった。
 そして後は感度とシャッタースピードを合わせるのだけど、今は絞り優先設定にしているから、そこは自動になっているはずだ。
「なんだよ、まだか?」
 隣の小松くんが覗いてくる。
「気が散る。あっちいけ」
 ひとこと言ってカメラを構えた。
 ファインダーを覗き込み、ズームリングをひねって画角を調整する。
 いい感じにビルと桜の花がフレームに入ってきた。 
 ここだ。
 シャッターを切った。カシャッと小気味いい音がして、その風景を切り取った実感が湧いた。
「そのカメラ、シャッター音が格好いいな」
 小松くんにそう言われて、少し気分が良くなった。
 父が大事に10年間使ってきたカメラなのだ。
 じゃあ比べようとなって、彼がアイフォンの画面を見せた。
 私もカメラのモニターに今撮った写真を表示する。
 小松くんの撮った写真は、すごく綺麗だった。
 桜の花びら一枚一枚がくっきりして、後ろのビルもはっきり映っている。
 比べてみると、私が撮った方はなんだか全体が暗くて桜の花は良いけど、バックがぼんやり。
 ぼかす設定にしたのは失敗だったかな。
「まあ、十年前のデジカメではしょうがないよ。科学の進歩はすごいってことさ。気にするな」
 そう言って彼は私の肩を叩いて去っていった。
 その日の夜、昼間撮った写真をパソコンに移して観ていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「今日の成果はどうだった?」
 パソコンを覗きながら父が言う。
 そこには、小松くんと比べた写真以外にも、色々と設定を変えて撮った十枚以上の写真が並んでいる。
「なんだか、全体に暗い感じで」
 私の声まで暗かった。
「そうか、逆光気味に撮ったんだな。露出補正までは教えていなかった。悪かったよ。バックが明るいときは、前のダイヤルをプラスにして明るめに補正してやると良いよ。補正してやることで自分のイメージに近づけるんだ」
 そういう父の言葉で少し気持ちが落ち着いた。
 父の大事にしていたカメラがダメなんじゃなかったのだ。
「どうだ? 明日は祭日だし、一緒に撮りに行ってみないか? 私も久しぶりにコンテストに出してみたくなったんだよ」
「そうだね。久しぶりの親子デートしましょうか」
 やっぱり、フォトコンテストに挑戦することにしてよかった。
 ぐっと父が近くなった気がするから。
 そんな事があって、いよいよコンテストの発表の日。
 発表はネットサイト上で、21時に更新するということだった。
 父と並んでリビングのテレビ前のソファに座っている。
 テレビではすでにそのサイトが画面上に有り、後は更新の時刻を待つだけだ。
「それで、父さんはどの写真を応募したの」
 撮り終えた日に見せてもらったけど、どれを出すかはまだ決めていないと言っていたのだ。
「まあ。一番のお気に入りを応募したよ。最愛の写真になったと思う」
 父は含み笑いを浮かべながら言った。
 写真に最愛も何もあるのかな。
「それを言うなら最高でしょ」と言ってやった。
 テレビの前の時計が21時に変わった。
 そこでサイトの再読み込みボタンを押してやると、コンテスト結果が表示された。
 最初に最優秀賞が大きく表示される。
 草原の奥に大きな桜が朝霧の中、咲いている写真だった。
 心にずんとくる。
「やっぱり、最優秀賞は違うね。すごい感動」
 私が言うと、父も頷いた。
「これはプロ並みだな。場所も時間も、きっちり選定してるよ」父も同感のようだ。
 そして、その下に何枚か入選の作品が並んでいる。
 一枚一枚拡大して鑑賞する。どれも桜の樹の魅力が伝わる力作だった。
 私の撮った写真はなかった。それほど期待していたわけじゃないけど、やはりがっかりくる。
 そして、入選の最後の一枚。
 それだけは他とちょっと雰囲気が違う。
 桜の写真というよりも、それを見上げている少女の写真と言った方が良い。
 拡大してみた。
 それは、両手を枠にして桜を見上げる少女の写真。
 あの日の私自身だったのだ。
 思い出した。あの日、一緒に撮っていた父が、ちょっと場所を変えると言って私から離れたこと。
「これ、反則だよ」
 思わず私は唸ってしまう。
 隣に座る父の笑顔が嬉しすぎて。